chiri_onigiri
2025-02-04 20:01:53
1741文字
Public 玑灵
 

喧嘩するほど仲がいい


 もしかして自分は育て方を間違えてしまったのだろうかという不安が盛霊淵の頭をよぎった。
 目の前で眉をつり上げて肩をいからせている男は、わざとらしく盛霊淵の目の前を歩いては時折ちらちらと振り返る。まるでまだ歩き慣れていない可愛らしい雛が翼を広げながら必死にガニ股歩きしているようで、盛霊淵は緩みそうになる口元を慌てて隠した。たった今雛に例えられた宣璣は、怒れる朱雀族長として威厳たっぷりで歩いているつもりであるのだから。
 喧嘩の理由はなんだったか。盛霊淵が宣璣の話に集中せずスマホを弄っていたのが原因だったか。それとも食欲が湧かず肉料理を宣璣の皿にまわし続けたのがまずかったのか。はたまた背後から抱き締めて思う存分羽吸いをして、満足したらその気になった宣璣を適当にあしらって立ち去ったことを怒っているのか。
 弁明するなら、盛霊淵はしっかり宣璣の話を聞いていたが特に意見を求められていないと判断したから適当に相槌を打つにとどめたのであり、あちこち動き回る宣璣のためを思って肉を食べさせたのであり、最後のは盛霊淵なりの愛情表現、いわゆるデレであったのだが、なにかを間違えてしまったらしい。
 盛霊淵は元来表立って意思表示をする質ではなく、当然ながら口喧嘩は苦手である。昔から盛霊淵の怒りは彤が全身で表現して昇華してくれていたので、お喋りと感情表現のプロと喧嘩となると盛霊淵は貝のように黙り込むしかないのだ。
 今回も盛霊淵が口にできた言葉は「なに? 」くらいで、あとは宣璣のよく回る口を感心しながら眺めていた。そもそも、盛霊淵にとって宣璣は目に入れても痛くないほど可愛い存在であるので、怒っている姿も愛らしく思えて仕方がないのだ。
 宣璣は案外冷静なので、あまり怒りを爆発させない。小言は言うが盛霊淵の世話を焼いて兄面できるのが嬉しくて仕方がないという喜びが全面に出過ぎている。本当の兄というものは、さり気なく甘やかしてそっと喜びを噛み締めるものだと同じく兄面をする盛霊淵は考える。
 さて、そんな宣璣であるからして、彼の怒りは持続しない。二人の関係性を決定づけるきっかけとなったあの日でさえ、宣璣はあくまできっかけとして怒りを見せただけであり、腹を立てていたのは真実であろうが盛霊淵を抱いたあとはケロリとしていた。
 今回も怒っていますアピールをしているうちに怒りがおさまったのか、先程からチラチラと盛霊淵の反応を窺って、いつ仲直りを持ちかけるかとタイミングを見計らっていた。
 ここで盛霊淵が「哥哥が悪かった。許して」と悲しそうな顔をすれば話は早いのだが、如何せん盛霊淵の悪戯心が疼いてしまったのだから仕方がない。普段見られない不機嫌顔をもっと見ようと敢えて黙りを選んだのはもっと仕方がない。
 しかし、ここで盛霊淵はある間違いを犯していたことに気がついた。日常的に「美しい」「愛らしい」と褒めそやしていたせいで、宣璣は己に絶対的な自信を持ってしまったのだ! すると、どうなるか。
「霊淵、俺の怒った顔が美しいからってわざと怒らせるようなことしてない?」
 こうなった。
「確かに俺は美しいけど、だからって悪いことをするのは違うと思わないか?」
……
 盛霊淵は最早なにを言えばいいのかわからない。しかし、やはりぷりぷりと怒る宣璣は愛らしいのだ。隠しきれなかった微笑みを見られてしまい、宣璣がさらに唇を尖らせた。正に鳥である。
「信じられない。霊淵がそんな子供っぽいことをするなんて」
「そんな哥哥のことも好きなんだろう?」
「大好きですがなにか!?」
 適当に言った冗談に条件反射のようにキレられて盛霊淵は本格的に口を噤んだ。
「でも仲直りしたあとの俺の顔も可愛いと思わない?」
 そう言って胸元に顔を埋めるように抱きついてきた宣璣は、上目遣いで盛霊淵を見上げた。盛霊淵はワックスで固められた髪の毛を撫でながら頷く。本来の毛質が好みなので、ワックスの固さは気に入らなかった。
「思う」
「よし! じゃあ仲直りしよう」
 宣璣はパッと破顔すると盛霊淵の頬や鼻の頭や唇にキスの雨を降らせてきた。
 結局宣璣がなにに腹を立てていたのか、盛霊淵は知ることなく喧嘩が終了した。