海へ行こう、と言い出したのはどちらからだったか。その突飛な提案を却下することもなく、結局二人で海へ向かっていた。電車の中では特に言葉を交わすこともなく各々の時間に浸っていた。暗いトンネルを抜けて視界が明るくなる。それと同時に窓の外には海が広がっていた。「もう少しか」と独り言のつもりで呟くと隣のサイードが「そうみたいやね」と返してくれた。
電車が駅に停車する。真冬の今の季節、この駅で降りる乗客は自分たちだけだった。夏だったらもう少し降りる客もいただろうに。この駅で降りるということは、地元の人間でもない限りほぼ海が目当てであることを知っていた。無人駅の簡素な改札を抜けて駅の外へ出る。厚手のコートを着ているものの、冷たい潮風が頬を撫でればかなり寒い。
海までの道順は複雑なものではなく、特に案内板があったわけではないが難なくたどり着けた。辺りに他に人はおらず、「寒いな」などと言いながらいつの間にかどちらからともなく手を繋いでいた。
ブーツで砂浜に降り立ち、波打ち際まで歩いてゆく。綺麗なエメラルドグリーンが見られると噂に聞いていた海は、近くで見るとどちらかと言うとサファイアの方が近いような濃紺色をしていた。これはこれで綺麗だが。サイードの方をちらりと見る。彼の瞳はこの海よりもいくらか明るい。
「なぁ、知ってる? 海の色って季節によって違うんやって」
「……へぇ、そうなんだ」
どうやら彼も自分と同じ感想を抱いたらしい。
「たしか、光の入射角の違いなんだとか。ほら、夏と冬じゃ太陽の位置違うやろ? それで夏はあまり光を吸収しないから浅瀬の方がエメラルドグリーンに見えるらしいで」
「なるほど」
その説明を聞いて納得した。光と色は密接に関わっている。それは考えてみればなんてことのない当たり前の現象だった。
「まあ、冬の海もなかなかオツなもんやな。人全然おらんけど」
「いいじゃないか、僕たちの貸し切りだ」
ぎゅう、と繋いでいた手を少し強く握る。その温もりから何を感じたのか、サイードはへらりと笑った。彼のダークブラウンの髪が揺れる。
「それも悪くないなぁ?」
波の音すら寒く聞こえる海辺で大の大人が二人、じゃれ合う。興味本位で海水に触れるとキンと刺すような冷たさが指先から伝わった。さすがに靴を脱いで足を浸す勇気まではなかった。そんなことをしたら凍えて風邪でも引いてしまうだろう。
再び温もりを求めて、今度は彼の頬に手を伸ばした。
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