砂塵
2025-02-04 14:05:01
4956文字
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2024アシュ誕

以前X(旧Twitter)に出したアシュ誕祝いアシュクロSSです。
※当社比ラブラブです。
※クロくんが若干メンヘラっぽい。
※そんなメンヘラクロくんに嬉しくてにちゃにちゃしてる㌧です。

「ごめん。今日は好きな人と過ごしたいんだ。だから夜からでもいいかい?」
 マーズ村で暮らしているレナとアシュトンがそう話していたのをたまたま訊いてしまった。旅をしている道すがら、マーズ村を通りかかったので、レナとセリーヌさんの顔を見ようと寄り道した。僕とアシュトンはセリーヌさんにこき使われて、紋章研究の道具を運んだり雑用をこなしたりした。ようやくこちらの仕事が終わった頃、アシュトンを連れ立って昼食にしようとしたら、二人が話しているところに出くわしてしまったのだ。僕は思わず物陰に隠れてしまった。
 アシュトンの好きな人なんて、訊いたことがない。レナには話せて、ずっと一緒にいる僕には打ち明けてくれないのか。寂しくなって、胸が重くなる。好きな人って、誰だ? もしかしてセリーヌさん? 僕には関係の無い話なのに、無性に叫びたくなって、これ以上この場にいられなかった。今すぐ癇癪をあげたくなって、でもどうしてこんなに怒り狂っているのかわからなくて、混乱した。自分自身から逃げ出すように、森に駆け出した。森に逃げ出して、走って、走り抜けて。森の奥深くの小屋に辿り着いて、ようやく息を吐いた。息切れもひどければ、鼓動も鳴り止まない。こめかみからつう、と汗が流れた。
 ど、ど、と、静かな森の中で自分の血流の音を聴く。アシュトンの好きな人、に動揺していた。どうして動揺しているのか、分からない。一番先に、僕に教えてほしかった。これは、嘘。じゃあ、僕に教えてくれなかったから、悲しんでいるのか。――これも嘘だ。どうして。僕が一番、アシュトンの傍にいたのに。
 獰猛な怒りと――哀しみが襲ってきて、咄嗟に露出している腕を噛んだ。嫌だ。この感情に名前をつけたくない。ぎり、と歯が皮膚を破る。つ、と腕に赤い血が流れる。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ……
「クロード! こんなところにいたんだね!」
 背後から、聞き馴染んだ声が聞こえた。少し掠れていて、呑気な声。毎日聴いているアシュトンの声だった。僕は振り向けず、腕を噛むのをやめて、その代わり歯を食いしばった。喉が、熱い。声が出せない。
「レナが夜に豪勢なディナーつくってくれるって。今日はぼくの……クロード?」
 アシュトンが血に濡れた僕の腕を掴む。僕はその手を振り払った。アシュトンが僕の顔を覗き込んで、ぎょっとした。
「クロード!? なんで泣いているのさ!」
……え?」
 僕が泣いている? そんなわけがない。泣く要素はどこにもない。なんで、僕は泣いているんだ。目元を手の平で拭うと、皮膚に生ぬるい液体が染みこむ感触がした。ぼろぼろと、決壊していく。次々溢れる涙を必死に拭った。
「なんでもない」
 ようやく出せた言葉だったが、喉が痛くてしょうがなかった。熱くて、痛くて、涙に濡れている。
「なんでもないわけないだろ。腕もケガしてるし……
「なんでもない、って、言ってるだろ!」
 アシュトンの顔を見られなくて、目を瞑る。とめようと思うのに、言葉が涙と同じく次々と溢れ出してとまらなかった。
「アシュトンなんか、好きな人とやらのところに行っちゃえばいいだろ!」
 言ってしまって、後悔した。もし本当に、アシュトンが僕から離れてしまったら? 僕は、また独りになってしまう。アシュトンと一緒に旅をしていて、楽しかったのに。夢みたいな日々だったのに。僕の一言で全部壊れてしまう。どうしてだよ、アシュトン。どうして僕じゃ、だめなんだ。
……さっきの話、訊いてたのかい?」
「そうだよ! だから――
 思い切って目を開く。目の前には、頬を紅潮させて、ぷるぷると震えているアシュトンがいた。どこかしら嬉しそうで、にやけるのを我慢しているような表情だった。熱い吐息を漏らして、アシュトンは言った。
……それって、嫉妬してくれてる?」
 え、と声が出た。アシュトンは今、なんと言った? 僕が嫉妬してるなんて、馬鹿げている。僕が一体、誰に嫉妬しているというんだ。けれどなんとなく腑に落ちて、言葉を失ってしまった。そうか、僕は嫉妬していたのか。
 アシュトンはとうとう我慢できなかったようで、にこにこと笑っていた。「えへへ、最高の誕生日だなあ」と言っていた。……なんだって?
「アシュトン、今日誕生日なのか?」
 驚いて涙が引っ込んでしまった。アシュトンはうん、と頷く。
「だから今日の夜はレナがディナーをつくってくれるってさ」
 レナはアシュトンの誕生日を知っていたのに、ずっと一緒にいた僕はなにも知らなかった。またじんわりと、胸の中に青が広がる。
……僕には教えてくれなかった」
「だってクロードって、みんなの誕生日を覚えてるくらいだから、気を遣ってぼくのためにあれこれしようとするだろ? ぼくはクロードに気を遣わせたくなかったし……
……僕からは、お祝いされたくない?」
 思わず自嘲を漏らした。涙すら出なかった。ただ、じくじくの心臓に刻まれた傷が痛んだ。僕は、アシュトンのなにを知っていたんだろう。なにも知ろうとせず、単に傍にいただけだ。僕は、誰よりもアシュトンのことを分かってなかった。分かって、あげられなかった。君に必要とされたかったのに、誕生日すらも、教えられない希薄な関係のままだった。
……ごめんよ、ぼくが悪かった。だからそんな顔しないで」
 アシュトンが言う。僕が一体、どんな顔をしているというのか。そんな顔って、なんだ? 僕に分かるのは、濁流のようにせめぎ合っている心臓の音だけだった。アシュトンはうう、と唸って、頬を紅く染めていた。
「じゃ、じゃあさ、今から誕生日プレゼント、くれる?」
……なんだって?」
 今から準備してもろくなものを渡せないのに、アシュトンはそんなことを言い出した。思わず眉間に力がこもる。
「ぼくのお願い、訊いてほしい」
「アシュトンのお願いだって? いいけど……まともな物渡せないぞ」
「大丈夫。物じゃないから。もしかすると、物を用意するより難しいかもしれないけど」
「ええ……怖いな」
 アシュトンはこほん、と咳払いして、両腕を広げる。赤らんだ頬は期待の色でつやつやしていて、どうしてそんなに上機嫌なのか分からなかった。
「まず一つ目。ハグしてちょうだい」
「待ってくれ。お願いっていくつあるんだ?」
「三つくらい?」
「思ったより控えめだな」
 ハグくらいなんてことはない。アシュトンの背中に手を回して抱きしめると、静かに抱き返してくれた。柔らかな土の匂いがふわりと香る。アシュトンの身体からは生命に満ちた植物の匂いがした。安心するから、彼の優しい体臭が好きだった。首筋に鼻先を埋めると、アシュトンの熱すぎる体温が伝わった。今までざわざわと騒いでいた胸が落ち着きを取り戻す。
「あたたかいな。で、二つ目は?」
「うん。えっと、さ、ぼくのこと、好きだって言ってほしいな……
 驚いて、アシュトンの首筋から顔を離して、彼の顔を見やる。アシュトンは既に笑っておらず、真剣な眼差しで、顔を真っ赤にしていた。ふざけてるのか? と笑おうとしたが、笑える空気ではなかった。薄く膜を張った緑の目が、まっすぐに僕を射抜く。冗談で言っているわけではない。アシュトンのことが分からないのに、なぜか伝わってしまった。
「アシュトンって、僕のことが好きだったのか?」
 言葉にすると、不思議な多幸感に満ちた。僕の言葉に狼狽えて、更に頬を紅く染めるアシュトンに、嬉しい、と思ってしまう。そうか。嬉しいんだ。アシュトンが僕に向けてくれる気持ちが、嬉しいんだ。
「そ、そうだよ。クロード、ぼくはきみが好きだ」
「そうだったのか……
「べ、別に、無理しなくて言わなくてもいいけど……気持ち悪いだろ?」
「気持ち悪くないよ」
 アシュトンの顔を見て、息を吸い込む。これ、すごく恥ずかしいかも。抱きしめ合ってる状態で、相手の鼓動も自分の鼓動もすぐ伝わってしまう。アシュトンの脈拍は異様に速くて、心臓が破けてしまわないか心配になった。頬に熱が集中する。僕らの間で熱がこもって、循環してくれなかった。
「アシュトン、君が好きだ」
 思い切って言えば、胸にすとんと落ちてきた。なんだ、僕、アシュトンのことが好きだったのか。だからアシュトンに好きな人がいるって知って、癇癪を起こしたのか。今更自分の気持ちに気づいて、つい苦笑してしまう。昔から自分の感情に向き合ってこなかった。ずっと不器用なまま、大人になってしまっているのかもしれない。アシュトンは僕より年上なのに、感情表現が豊かだ。僕ができないことを平然とやってのける彼が好きだった。
 アシュトンは目を輝かせて、泣きそうな声で「嬉しい」と言った。ずっと、ずっと好きだったんだ。きみのこと。そう耳元で囁かれて、擽ったかった。
「最後のお願いは、なんだい?」
……あー、えっと、無理しないでほしいんだけど……
 アシュトンは苺のように真っ赤になってしまっていて、少しかわいそうだった。なんなら、若干泣きかけている。今ならアシュトンのお願いをすべて叶えてあげられる気がした。
 彼は意を決したらしく、震える唇で言った。
「き、きす、してほしいな、なんて……
……驚いた。アシュトンって本当に僕が好きなんだな」
「うう、何度も言わないで……
 キスくらい、別に初めてでもなんでもない。キスに特別な感情を持ったこともなかったし、緊張したこともなかった。けれど、僕の心臓は早鐘のように高鳴っていて、今にも口から飛び出しそうだ。僕は今から、アシュトンにキスをする。異様に緊張して、キスをしたいのかしたくないのかも分からなかった。
「クロード……?」
「いいから、じっとしててくれ」
 僕は緊張で震える唇を寄せた。ぎゅっと、アシュトンが目を瞑る。そんないじらしい様子がたまらなくて、胸が切なくなった。ふに、と触れるだけの口づけを贈る。アシュトンの唇は少しかさついていたけれど、暖かかった。柔らかなアシュトンの体温が、僕は好きだった。
 すぐに唇を離して、恥ずかしさのあまりアシュトンの肩に額を埋める。初めてじゃないのに、もっとすごいキスもしたことあるのに、恥ずかしかった。アシュトンは無理に僕の顔を覗こうとはせず、強く抱きしめて「ありがとう」と囁いた。彼の顔を見られないまま、言葉を紡ぐ。
……来年からはちゃんと誕生日のお祝いをさせてくれ」
「クロードって人の誕生日祝い、張り切っちゃうだろ? 無理しなくていいよ」
「好きな人の誕生日くらい、祝いたいに決まってるだろ。僕が、君に尽くしたいだけなんだ」
 それっきり、僕らは沈黙して抱きしめ合った。木々の隙間から木漏れ日が漏れ、きらきらと光の模様をつくっている。暗い森だと思っていたのに、よく観察すると陽光が差し込む場所もあった。ささやかな光の中、二人きりだった。
「アシュトン、寂しかったんだよ、僕は」
「うん」
「僕にはなにも言ってくれなくて、寂しかった……
……うん、ごめんね」
 抱き留める身体を離して、ようやくアシュトンの目を見据えられた。この深い緑葉に似た、アシュトンの目は優しげに細められていた。アシュトンが、微笑む。君の優しい笑顔が好きだ。
 途端、アシュトンの頭にギョロが噛みついた。ぎゃふぎゃふと鳴きながらアシュトンに絡む二匹に、笑ってしまう。今まで空気を読んで静かにしてくれていたのは助かるが、あんな情けない姿を二匹に見られて少し恥ずかしい。
「もー! ギョロ! ウルルン! 勘弁してくれってば……。まだ戻らないよ!」
「え? レナのところに帰らないのか?」
 そう言ったら、アシュトンは太陽の如く満面に笑みを携えた。彼の笑顔が眩しくて、目の前が眩みそうだ。でも、君を笑顔にできて良かった。
「今日は、好きな人と一緒に過ごすって決めてるからね!」
 アシュトンは僕の手を握って、そう言った。夜まで残り数時間、僕たちは二人きりで過ごすのだろう。二人きりの、森の奥で。
 彼の暖かな手を握り返した。その温度は、幸せの熱に満ちていた。