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くこ
2025-02-04 09:52:12
2787文字
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凡陰の出会い
妄想パターン1
どうあがいても少女漫画
あの偶然がなければどうなっていたのだろう、と、たまに思う。
おそらくは、なかったとしても、別に何も変わりはしなかっただろう。
その日は限定盤の予約を取りに行く日で、それが楽しみすぎて、ただの平日にも関わらず前日にアニメ一気見をしてしまった。当然、通常就寝している時間にまで寝られるはずもなく、気づいたときには空が白んでいた。油断すると落ちてくるまぶたを、必死にこすって開け続け、ようやく放課後が来た。その安堵と、座席が空いたのでうっかり座ってしまったのが、直接的な敗因である。
(よ、ようやく戻ってこれた
……
)
へろへろ、という擬音にふさわしく、最原の足元はおぼつかない。
気が急いて、快速の電車に乗ったのが運の尽きだった。座席に座った最原は、あたたかな気候も相まって、すっかり寝入ってしまった。気づけば終点、字面だけはよく見る名前の看板を前に、あわてて逆方面の電車を探した。なんとか終電に間に合ったが、目的地に着いたのは、もはや22時を回った頃であった。
お店は23時まで。本当にギリギリだった。なんとか駆け込み、予約した旨を伝え、限定盤を手にする。ほ、と最原の顔がゆるんだ。
最原は制服のままだ。このままでは、警察に補導されてしまう。限定盤を大事に鞄へしまい込み、胸の前で抱えて足速に駅へと向かった。ショップのある通りは、街灯があれど薄暗く、治安もあまりいいイメージがない。
かつ、と、靴が何かに当たり、最原は前につんのめりそうになる。あわててもう片方の足で地面を踏み締めたが、二歩三歩よろけてしまった。嫌な予感がして、顔を上げないままに視線を横へ向ける。帽子のつばの隙間から見えたのは、柄の悪そうな4人組だった。
(うわー
……
サイアク
……
)
自分のようなオタクが、一生関わりそうにない人種。ならば放っておいてくれればいいのに、なぜか彼らは絡んでくる。そういう生き物なのだろうか。
ぐ、と鞄を抱え直し、会釈をすると、さっさと歩き出そうとする。だが、最原の予感の通り、それは阻まれた。
「冷たいなー。そんなに急がなくてもいいじゃん?」
まるで知り合いのように、4人組の一人が話しかけてくる。特にずれてもいないキャップを、くいくいと引っ張って直すふりをした。
あの、急ぐので、と、もごもごと伝えて走り出そうとしたが、また足を引っ掛けられる。今度こそ膝から地面に落ちた。咄嗟に右手をついたので、手のひらが少し擦りむける。
ああもう、終電だって近いのに。立ち上がるより前に、この場をどう切り抜けようかとぐるぐる考えるが、あまり有効な手段は思いつかない。交番はどこだっけ、と、頭の中で地図を思い浮かべる。
瞬間、何か強い力に急に引っ張られ、視界が歪んだ。
「
……
????」
目の前に、端正な顔があった。肩まで伸びた髪は、少し癖があり、ぴょんぴょんと外に跳ねている。大きめのパーカーに、そこから覗く二本の足。体型は推測でしかわからないが、すらりとしていそうだ。ただ、猫背の最原と同じ位置に顔があるので、身長はさほど大きくなさそうである。
急な展開に頭がついていけず、目の前の人物をまじまじと見るなどしていた最原は、状況を思い出し、はっ、と横を見回した。
なぜか、苦虫を嚙みつぶしたような顔をしている、先ほど声をかけてきた男がいる。
「
……
まだ何か用? 失せなよ」
最原の腕を掴んで立ち上がらせた人は、冷たい声音で言い放つ。男は何か言いたそうだったが、少し躊躇うと、舌打ちをしてきびすを返した。他の3人は、とっくにどこかへ逃げおおせてしまっている。最原は、呆気にとられながらその後ろ姿を見送った。
はあ、と、すぐ近くでため息が聞こえてきて、あわてて最原が顔を前に戻す。最原がしっかりと立てば、ほとんど頭ひとつ分、背が低かった。つむじが見えてしまいそうだ。
「怪我は?」
「あ
……
は、あ、えと、無い、と思う」
手のひらの擦り傷は、大したことはないし。そう思って最原が答えると、掴んだ腕の先を見た彼が、顔をしかめた。たらり、と鮮血が一筋流れたのを見て、最原が「あ」と間抜けな声を出す。
彼は最原の腕を掴んだまま、自身の鞄からハンカチを取り出した。ちょっと来て、と、誘導された先は、公衆トイレ。蛇口に手のひらを差し出され、そのまま傷口を洗われる。冷たい水と、ぴりっとした痛みに、最原がうぅと呻いた。あらかた赤い色がなくなった頃、水は止められ、先ほど取り出していたハンカチで綺麗にしずくを拭い取られる。そして、器用にそれを手のひらに巻かれた。
「帰ったらちゃんと消毒したほうがいいよ」
じゃあ、と立ち去ろうとする彼に、最原はまごまごとして何も言えない。その様子を視界の端で捉えながら背を向ける彼に、あ、と思った最原が、彼の手を掴んで引き止めた。
「あ、のっ
……
なまえ、名前、は?」
は?と、眉をひそめられて、最原が瞬間後悔する。首から頭に血が昇っていく感覚がした。その顔を見た彼は、手を振りほどくことはせず、もう一度ふうと息をついた。
「
……
オーマ。オウマ、コキチ」
「えっ?」
脳が認識できず、最原が顔を上げる。手を掴んだとき、恥ずかしさに腰を曲げて俯いていたから、彼の顔はまた目の前にあった。紫がかった瞳が、街頭のぼんやりとした明かりの下でにぶく光っていて、きれいだなぁと呑気に思う。
「名前だよ。オレの」
「
……
あっ、あぁ、そ、そうだよね」
己が問いかけたのだった、と、最原があいまいな笑みを浮かべる。掴んだ手を振り払われなかったので、なんとなくそのまま両手で包む。王馬と名乗ったその人物は、目の前のことをどう処理しようか、考えあぐねている様子であった。
「あ、ごめんね。あの
……
僕は、サイハラシュウイチ、といいます」
「そう
……
」
人に名を尋ねておいて、自分は名乗っていなかったと、最原が自己紹介をする。右手を最原の両手に掴まれたまま、王馬は戸惑いのなかで相槌を打った。それ以上何を言えば、といった様子であった。
一拍置いて、あっ、という最原の声が沈黙を破る。まだ何かあるのか、という王馬の視線は無視して、あるいは気が付かずに、制服のポケットからスマートフォンを取り出した。王馬の右手を掴んだ手は、そのままだ。
「連絡先、おしえてください」
「
……
は?」
今までは小さな声でつぶやかれていた程度だったが、今度ははっきりと最原の耳にも聞こえる程度に王馬が言った。だめ、かな?と、最原が首を傾げると、眉根を寄せた王馬が、もう何度目かわからない嘆息をした。
肩にかけたスクールバッグから、四角い板を取り出す。スマートフォンだ。
嬉しそうに笑った最原に、王馬は、いいかげん手を離してくれないかな、と、もう一度ため息をついた。
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