めめた
2025-02-03 22:38:02
2944文字
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(ダン戦)スキャンダルの仙郷

プロプレイヤー郷田にスキャンダルが出てしまった話

 明日はオフだがむやみに家を出るな、と言われたのが昨日のこと。そう言われても、郷田は従うつもりは無かった。
 自分は特に悪いことはしていない。それより今日の約束を反故にするほうが悪いことだろう。
 そうだ。そもそも約束はあったのだから、むやみに外に出た訳では無い。
 こうして郷田はいつも通りひっそりと、譲り受けた喫茶店に入った。

――君に品の無い熱愛報道がされている。
 呼び出された郷田はそう言われて素っ頓狂な声を漏らした。
 プロメテウス社の応接室で見なれない雑誌を見せられた郷田は覚えのある光景を目にして、あの時、他の目からはこう見えていたのか、などと本題からズレたことを考えていた。
 ふらついた女性スタッフを咄嗟に支えたのは記憶に新しい。あれは確か、LBXプロプレイヤー同士のエキシビションマッチの日で、会場には観客も大勢居て大盛りあがりだった。良い勝負をして気分も良かった。
 慌ただしくしているスタッフを見かけるのは珍しい事ではない。楽屋に戻る途中で、そのスタッフがふらりと倒れそうになったのだ。
 咄嗟に倒れる方向へ身を乗り出して支えたのだが、その時の写真だろう。身体を掴まなかったのは、不用意に触れるのは良くないのでは、と郷田にしては頭の回転が早くなって手が伸ばせなかったのだ。腕を掴んでいても、あの勢いだと掴んだ箇所が痣になっていそうだった。
 聞けば足を怪我していたらしい。靴擦れだとかなんとか。見れば赤く血が滲んで痛そうだった。
 そんなこともあり、郷田にはしっかりと、見せられた写真に覚えがあった。隣に書いてある文字の内容には覚えが無いが。
 呆れ混じりに当時の状況を説明すれば、そんなことだろうと思った。などと、残念そうに言われる始末。
 郷田を呼出した相手――郷田の実の父である――から見ると、色恋沙汰の雰囲気も感じられない息子を心配しているのだろう。
 まあ、恋人なら居るのだが、伝える必要も無いだろうと郷田は思っている。昔から郷田は少しばかり反抗的だった。

 履き慣れた下駄を慣らして、ラフな格好で来た喫茶店には先客が居た。
 何故店主より先に客がいるのだ、とは思わずに、ただ座っているだけに見えるその様子にギクリとした。
 紙を捲る音が僅かに聞こえる。まさかな、と思いながらカウンター越しにその紙面を覗き見た。昨日見たものと同じだった。
……お前も、そんな本読むんだな……?」
 何故わざわざここでそれを読むのか。恐る恐る声をかけるが、喫茶店の先客――仙道は顔も上げなければそれ以外の反応も無かった。
 やましいことは何一つ無い。郷田の恋人は仙道だけだ。郷田本人がそう思っているし、仙道もそれを知っている。そもそも郷田が二股だの浮気などと軟派な真似が出来るわけがないのも、仙道は理解しているはずだ。
 それでも、郷田はもしかしたらこれはマズイことなのでは、と仙道の姿を見てようやくそう思った。
「まさかお前……俺が何か気にしてるとでも思ってるのか?」
 開いていた雑誌を閉じて除けると、仙道はようやく郷田を見た。ついさっきまで感情も見えず、陶器やガラスのような冷たい印象しか感じられなかったのに、今はいつも通りに見える。
 ただ紙面に集中していただけなのかもしれない。郷田はそう結論付けて、自身もいつも通りでいることにした。
「仙道が気にすることなんて何もねえよ」
「あぁ、そうだよなぁ」
 仙道はカウンターテーブルに頬杖をついて、口角を上げる。
 今度はやけに機嫌が良さそうで、郷田は珈琲を準備する手を止めた。
「相手のほうがいい迷惑だろうよ」
「ンだと!? どういう意味だ!」
「ハァ? そのままの意味に決まってるだろ? お前が迂闊なせいで相手に迷惑だって言ってるんだ」
 所謂スキャンダルなんてものは、相手が居ないと成り立たない。今回たまたま、助けた人がその相手になってしまった。
「じゃあ助けなけりゃ良かったってのか!」
 郷田が仙道に負けじと噛み付くと、仙道は唇を引き結んで冷たい目を向けた。
「ああ。そうだ」
「テメェはまた……!」
 一昔前の仙道なら、そう言っただろう。人の事なんて関係無くて、怪我をしたならそれはそいつの自己責任だ。
 それから数年、郷田は仙道と共に居て少しは考え方が変わったのではないだろうかと、考えたことは無くとも無意識にそう感じていたのだ。自分の考え方が、仙道の考え方を変えた、なんて傲慢ではあるがそう思わせるほどには、仙道は出会った頃より柔軟になっていた。
 だから今の仙道の言葉は郷田にとって、少なからずショックを与えた。同時に怒りも。
「間違っちゃいないだろう? あいつが転んで怪我をしようが関係ない。それをお前が手を出したせいで関係を作ったんだ」
「素通りなんざ出来るわけねぇだろ!」
「その虫唾の走るお人好しが迷惑だって言ってるんだ!」
 声を荒らげた仙道に郷田は目を見開いて、ようやく、仙道の様子がいつもと違うことに気がついた。
 最初に感じた冷たい違和感とも違う、激情にも似たそれは郷田を酷く駆り立てる。カウンターの上で握りしめられた拳が、叩きつけられることもなく静かに感情を押し込めていた。
 機嫌が良いなんて、そんなわけがない。こんなに不機嫌な仙道を見るのは初めてかもしれない。
 カウンターの中から出て、仙道の隣の席に手をかける。座った彼はこちらを見ない。
……悪かった」
 助けたことを間違いだとは思わない。悪いのはその場面を悪意を持って切り取った奴だ。けれど恋人を不安にさせたのは間違いだった。
「やけに素直じゃないか」
 茶化すような声色で言うのに、やはり郷田のほうは見なかった。正直なところ、郷田は面倒くさいと思ってしまったがそんなところも嫌いとは言えないため、声には出さなかった。
「俺の恋人は仙道だけだ!」
 漢なら、二股だなんだとすべきではない。今一番大切な人だけを愛するべきだ。
 そう思っている事を伝えたくて宣言したが、仙道はしばし固まった後で笑い始めた。
「郷田」
 ようやくこちらを向いた仙道は郷田を小さく手招きする。断る理由もなく、郷田は一歩、カランと軽快な下駄の音を慣らして仙道に近寄った。
 下がった目尻を親指の腹で撫でられて目を閉じる。したいのだろう、と思ったからそうした。この手も、目も、そう訴えている気がした。
「ゔっ」
 目を閉じて大人しくしていたのに鼻を摘まれて咄嗟に目を開けた。今度こそ、仙道は上機嫌で口角を上げている。
 それを確認した直後、目を閉じる暇もなく唇がくっついた。
 わしわしと乱雑に髪を撫ぜられながらもう一度瞼を下ろし、ふにふにと押し合う唇を受け入れる。
(お前もたまには素直になればいいのによ)
 郷田にとって、仙道は実に難解だ。けれど嫌いではない。共に居て飽きないし、落ち着く時だって稀にはある。こうして触れ合っているのも心地が良い。
 さっき話した全てが、どこまで本音なのか、どれが歪曲の無い言葉なのか、未だに郷田は分からない。けれど仙道自身が何かに納得してくれたのなら、取り敢えずはそれで良いかと思うのだった。