スサ
2025-02-03 22:27:19
5956文字
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【ゲタ水】3/16新刊の出だし

3/16ゲタ水プチオンリーの新刊をこんな風にしようと考えていて…タイトルが決まらなくて…。
水木の家を高校進学とともに出たゲタ吉の生活の乱れを養父が注意するところから始まります。モブ女の影が見えるけども、ゲタくんは水木さん一筋です。(という感じになった)お義父さんは男らしいタイプのお義父さんです。

 養い子とその実父が水木の家を巣立ったのは、ちょうど子が高校に進学する時だった。どうして家を出る必要があるんだ、俺は大学まで行かせるつもりで働いてきたんだ、と水木は渋り、高校の学費の支払いは押し切った。本人は新聞配達して通いますなんて言っていたが、朝起きられないやつがどうやって新聞など配る気だ、と呆れたものだ。夜寝ないで配ればいいじゃないですかとの反論があったが、それで学校に行く時間に起きられるのか、昼に眠くなってしまうのではないのか、と言えばもごもごするばかりで、ほらみろ、と水木は言ったものだ。
 確かに勤労学生などはその頃珍しくもなかったが、水木はそんな苦労を養い子にさせるつもりはなかった。
 だが色々あって、「しかしいつまでも水木に甘えているわけにはいかない」という養い子の実父、水木の親友の鶴の一声でもって、養い子──鬼太郎と目玉に指人形のような小さな体がくっついた実父は、水木の家を出た。あれは受験が終わった頃の話だったから、かれこれ数ヶ月が経つ。逆に言えば、まだ半年も経ってはいないわけだが、水木は家の中が随分と冷えてしまったように感じていた。
 だが、これが成長のためだと言われてしまえば、水木には言い返すことができなかった。鬼太郎はとっくに水木の背を抜き、ひょろりとした体ながら、徐々に大人に近づいていっている。この先どこかでもっと成長がゆっくりになっていくだろうとは目玉の言。本来ならもっと前に成長がゆっくりになるか止まっていただろうとも言っていた。理由はと尋ねれば、人間に擬態するためじゃろうなあ、とも。
ただいま」
 帰宅して、手洗いうがいをして、戸棚の上に飾っている写真に目を細める。小学校入学、小学校卒業、中学校入学、中学校卒業。四枚の写真がそこにある。本当はそこに、五枚目、高校の入学式の写真が加わるはずだった。だが、鬼太郎は来ないでくださいと言った。確かに実の親ではないが、これはなかなかに堪えた。目玉のやつは、「鬼太郎はおぬしを嫌っているわけではない、許してやってくれんか」と大層申し訳なさそうに謝ってきた。かまわんよ、と首を振ること以外、水木に何ができただろう。
 鬼太郎が水木に来なくて良いと言った理由の中には、彼が高校に「田中ゲタ吉」という名で通うと決めたことも含まれていた。

 鬼太郎達が居た頃は、栄養があるものを食べさせようとか、珍しいものを食べさせてやろうとか、そういう楽しみがあった。新しいものや珍しいものは鬼太郎よりその父の方が喜んだが、鬼太郎だって喜んでいたと思う。それでも最後には、水木さんが作ってくれたのが一番美味しいです、と言うのが可愛くて。
 それがどうだ。今は何を食べても味気なく、ただ生きるために食べている。これでは昔に逆戻りだ。自嘲がこみあげ、とうとう水木は箸を止めた。

 そんな、いまいち気鬱な日々を過ごしていた水木は、ある日出先でにわかには信じがたい光景を見た。
……?」
 すれ違ったのは外車で、思わず目で追ってしまった。鬼太郎が小さい頃、知人から車を借りてドライブをしたことがあった。通勤はともかく、あの子とその父、何ならその妖怪の知り合いを乗せてどこかへ行くのもいい、そのうちマイカーを持とう、そんな風に思っていたことが胸に蘇る。その未来は来なかったが。しかし、そんな感傷に長く浸っている間はなかった。一瞬だったが、見間違えるはずもない。車の助手席に乗っていたのは、間違いない、養い子の鬼太郎──ゲタ吉だった。運転席にいたのは、義息より年上の女性に見えた。一瞬だったし、鬼太郎ほどの自信はなかったが、確かに女性だった。それは間違いない。
 外車を運転する女、という言葉から連想できる女性が息子の同級生であるはずがなく、その保護者ということもまずない。だとすれば、義息がいかがわしいことか危ないことに関わっているとしか思えない。水木は青ざめ、鞄を取り落とした。しばらく彼は、遠ざかっていく外車を食い入るように見つめるしかできなかった。

「──知ってることを洗いざらい吐け」
 鬼太郎と目玉が暮らす下宿を訪れると、水木はドスの利いた声で脅しながら、残っていた目玉を締め上げた。文字通り、ぎゅうぎゅうに。
 そもそも鬼太郎が勝手に決めて住所しか教えなかった(それも渋ってなかなか教えなかった)下宿に来てみればとんだあばらやで、水木は最初めまいを覚えた。こんな、どうして、と。今すぐ首に縄つけてでも家に連れ帰ってやる、と思ったものの鬼太郎は不在で、その父、水木にとっては友である男だけがいた。
「ひっ、久しぶりじゃな水木っ、いっ、痛いやめんかこら、乱暴な!」
「ああ、ひっさしぶりだなァ、目玉よ。言いたいことが山ほどあるが、とにかくまずはひとつ聞かせろよ。鬼太郎はどこだ」
 ヒュッと目玉が喉を鳴らした。ような音がしたが、実際喉という器官が存在しているか謎である。
せ、せがれは、その
「学校はもう終わってるはずだろ。バイトも新聞配達ならまだ早い。だとすれば
「い、いやあ、せがれもほら、高校生になったわけじゃろ、仲間と寄り道でもしとるのではないかの
「おまえはそれを信じているのか?」
 水木の声は尖りに尖っていた。それはもう、厳冬の雪国で見られる氷柱もかくやという程に。
「いいやあ、そ、そりゃあのう」
 水木はじっと目玉を見た。目玉もだらだらと汗を流しながら黙って待っている。
「昨日、俺は見たんだ」
? 何をじゃ」
「鬼太郎だ。いや、そうか、今はゲタ吉だっけか。いや、まあどっちでもいい。俺にとっては鬼太郎なわけだしな」
 水木の声は淡々としていて、それだけに深い怒りを感じさせた。こりゃあ謝らんと大変じゃぞせがれよ、と目玉は心の内で思った。こういう時の水木に変にお愛想を使っても無駄だ。というか怒りの火に油を注ぐことにしかならないのが経験則でわかっている。
「とにかく、昨日。外車の助手席に乗ってるのを見た。運転してたのはどう見ても年上の女だった」
……そ、……せがれも隅におけぬのっ、ぐう!」
 ほっほっと笑ってごまかすつもりだったのがばれたのか、目玉は最後まで言い切れず、水木の固い手のひらにぎゅうと握られた。
「ごまかすな」
 大きな声ではない。静かで、抑揚の効いた声だ。怖くて仕方がない声である。
「どういうことだ? あいつちゃんと学校行ってるんだろうな」
「行っておるよ、それは間違いない!」
………
 水木の疑念の籠もったまなざしをはねのけるように、目玉は胸を反らす。
「本当だとも! わしのわしの、ええと、ええと何も賭けられるものがないのわし
 勢いが途中で失速した目玉に、水木は深々とため息をついた。調子が狂う。だが、おかげで少し冷静になれた。
……信じるよ。それで、寝坊で遅刻はしてないのか」
「それはほぼ毎日かのう」
「ほう?」
 あっ、とおやじは、その辺が口なのか、目玉の下の方を押さえた。そんなことをしても無駄なのだが、気持ちはわかった。
「あいつ何をやってるんだ
 一度冷静になりかけた水木だったが、怒りが再度燃え上がるまでにわけはなかった。だが、こればかりは水木が狭量ということではない。
「み、水木、せがれにも、そのぉ、わけが
「ほう。なんだ、わけってのは」
 水木は教育熱心だ。彼自身が今なら学校に通っているくらいの年頃に戦争に行かされた経験も影響しているのだろうけれど、彼はとにかく鬼太郎の教育に熱心なのだ。妖怪なんだから勉強なんて、とあまり熱心でない鬼太郎に、いかにこれからの時代勉強が必要かを滔々と説いて、ついには話がわからなくなった鬼太郎をして「はい」と言わせたくらいには。
 鬼太郎の学費だって結局水木が出している。生活費も当然出すつもりだったが、自分でどうにかすると啖呵を切ったのは鬼太郎だ。ならやってみなさい、と結局は水木も認めたが、気にかけていなかったことはあるまい。
「ええと、それはそのぉ」
 しどろもどろになる目玉に、水木は何も言わない。ただ、嘘を許さない目でじっと見つめるだけだ。こうして静かになられると緊張が高まる。水木の顔が良すぎるせいだと思う。
 だが、万事窮すと思われた所で、ガララッと玄関の引き戸が開いた。
「ただいま
 下宿としているが、鬼太郎──ゲタ吉以外の住人が今はいないため、借家といった方がいいかもしれない。ボロ家だが一軒まるまるとなればそれなりにしそうなものだが、泥棒も入らないようなボロさだから安いのか。さておき、とにかく渦中の義息が帰ってきたわけだ。水木の目がぎらりと光った。自分がとりあえず解放されたことはわかったが、おやじの気持ちは別に楽になったりはしなかった。むしろ、この後の方がどう考えても修羅場になりそうで
「おう。おかえり」
……みずき、さん」
 鬼太郎は目を丸くして立ち尽くしている。けだるげな雰囲気に、水木はぴくりと眉を動かした。
「鬼太郎。こっちに来て座りなさい」
……なんでですか」
 昔、鬼太郎がまだ小さく、ゲタ吉なんて妙な名前を名乗っていない頃だったなら、きっと水木の言われた通りにしただろう。だが、今の彼はそうしない。水木は眉をいらだたしげに震わせ、なんででもだ、と強い調子で言う。結局、ため息一つ、鬼太郎がやってきた。そして言われた通り水木の前で腰を下ろす。言われる前から正座をするあたり、教育が身に染みついているのかもしれない。
 水木もまた、鬼太郎に向き合うよう、それまで立っていたのだが腰を下ろし、正座をした。
 なんじゃ、初夜でもあるまいし膝つき合わせて、とおやじがぼそっと言った言葉は水木の耳に入ったようで、彼は地獄の獄卒も震え上がるような鋭い目で目玉を睨めつけた。水木はそういう冗談が好きではなかったので。
「鬼太郎」
「はい」
「おまえ、ちゃんと学校は通っているんだろうな」
 鬼太郎は目を丸くした。どうやら驚いているらしい。驚くようなことを聞いたか? と水木は思う。
「通ってますよ。そりゃ、たまに寝坊することはありますが、そこはなんとか」
 水木は盛大なため息をつき、軽く頭を抱えた。
「遅刻はするな」
……はい」
「俺の目を見なさい。いいか、遅刻するな。朝は早く起きろ。そうだ、そもそも新聞配達はどうしたんだ」
 あっと鬼太郎が声を出した。どうも水木に知られるのは芳しくないことがありそうだった。じろり、水木は久方ぶりの鬼太郎をまじまじと見つめる。
 背が伸びた。家を出る前からだったが、どうも家を出た後も伸びている気がする。となると、だぼだぼのTシャツの中でどの程度体が泳いでしまっているかも気がかりだ。
「めしはちゃんと食っているのか」
「え、えぇ、まあ」
……。米だけでも米屋に届けるよう頼んでおくから。ちゃんと食べなさい。いいか、これは命令だと思え。断ってもだめだ」
 水木サン、むちゃくちゃ怒ってるな、とゲタ吉こと鬼太郎は思った。生活態度をこんな風に心配されると、なんだか小さい頃に戻ったようだ。それはいただけない。鬼太郎は微かに眉をひそめた。
……ではありがたく、いただきますケド、それで今日突然?」
 水木が幽霊族の親子のことを気にかけてくれているのは知っているし、昔から少々過保護なところもなくはなかった。数ヶ月という期間が養父の限界だった、ということもあるかもしれないが、それにしてもなぜ急に、と鬼太郎は思った。
「──昨日、おまえを出先で見た」
 と、そんな鬼太郎の疑問を読んだように、水木が一転して静かな態度になり口を開いた。
「昨日?」
「女性が運転する車の助手席に乗っていただろう」
 鬼太郎は首を傾げた後、あ、と小さく声をこぼした。こぼしてしまった。水木は眉をひそめ、そして幾分苦しげな表情で口を開く。鬼太郎の胸がどくんと鳴った。
どういう関係だ? おまえより年上に見えた。おまえ、ああ、お相手の方に失礼な言い方になってしまうが、おまえ、騙されてはいないよな?」
 苦しげ、と思ったのは、心配そう、の間違いだったかもしれない。先ほどまで厳しい養父の顔をしていた水木は、今、ただ心配そうな顔で鬼太郎を見ている。
………、なんだ
 鬼太郎は──その時頭の中がぐちゃぐちゃになった。そして気がついたら、水木に飛びかかり、彼を畳に押さえ込んでいた。あちこち毛羽だって、とっくにい草を交換しなければいけない古い畳。水木は養い子に押さえられた手首の痛みに顔をしかめながらも、それでも警戒ではなく心配の表情で鬼太郎を見ていた。
……ひどいや」
「え?」
……あなた、やっぱり僕のこと、子どもだと思ってる」
……? 高校生は子どもだろ」
 至極正論だったが、今は状況が良くなかった。
「わかってない! 水木さんは何もわかったないんだ!」
 破れかぶれになって、鬼太郎は水木の唇に噛みつくように吸い付いていた。やめんか鬼太郎、と目玉の父が制止する声が遠くに聞こえた気がするが、聞こえただけだった。そして当の水木はといえば、まさかの行動に目を見開いて固まっている。
 だがさすがに、長い舌で唇をこじ開けられそうになるに至り、水木ももがき始めた。純粋な力でなら幼子だった時から鬼太郎が上だ。だが、喧嘩は腕力だけでするものではない。
 水木は唇を開けると見せかけ、すかさずがぶりと鬼太郎の唇に噛みついた。怪我をしたりすることはないにしても、単純に驚いて鬼太郎は顔を離す。そしてその隙をついて、水木は鬼太郎の襟首をぎゅっと絞めると、あっという間に体勢を入れ替え絞め技に持ち込んだ。ぐえ、とつぶれた声を出す鬼太郎に「親に何をする」という地を這うような低い声が投げかけられた。
……っ、」
 気がついたら、うう、と畳に顔を突っ伏して、鬼太郎は悔し涙をあふれさせていた。
、ばか、泣くやつがあるか」
 だがこうなってしまうとまたも形勢は入れ替わり、水木は途端に弱った声を出し、鬼太郎を押さえ込む体勢をといた。ふう、という目玉のおやじのため息が部屋に落とされる。
まったく、わからんやつだ
 ぼやく水木に、すまん水木、と目玉の父が平謝りをし、鬼太郎は駄々をこねるようにしばらく畳に突っ伏していた。おぬしが甘やかして育てるからじゃぞ、とこそりと目玉が耳打ちすれば、しょうがないだろ、可愛かったんだから、と水木は開き直ったものだった。