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桜霞
2025-02-02 18:29:10
22175文字
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【RKRN】しのぶれど【雑夢】
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【RKRN】しのぶれど【ZAT夢】2
全然進んでない続き……尊奈門くんが出ます。
※つどい設定あり
※雑高(稚児)要素があります。
地雷の人は回れ右してください。よろしく。
雑渡の意識が戻ったのは、雑渡が彼の家に運び込まれてから二週間が過ぎてからだった。戦で大火傷を負った日から締めて一ヶ月、もはや若い命は帰って来ぬだろうと構えていた忍の隠れ里の大半は安堵で肺を空にした。
一方の雑渡はと言えば、左目は使えんわ左耳も機能しないわ寝返りを打とうものなら全身の表面が捻じ切れそうになるわ、じっとしていても肌の表面をじくじくとした痒みを持った痛みが這いずり回るわで、何か考えていなければ数拍ごとに意識を失いたいと絶叫しそうになる程だった。心底から楽になりたくて、自分の加減を問う者が現れれば、どこそこの薬草を使って楽にしてくれという懇願が何度も口の中と喉元を行き来した。
けれども、それが音にならなかったのは、ひとえに諸泉尊奈門という十になったばかりの、こどものせいである。
見てくれが恐ろしいからか、それとも痛々しいからか、尊奈門は涙をポロポロ溢しながら雑渡に薬を塗り、水を飲ませ、包帯を替えた。初め意識が朦朧としていた雑渡は、高坂の手指が随分と小さくなったものだと思ってしまった。
陣左なら、泣くだろうが、楽にしてくれはするだろうと、固まった首をなんとか動かした先で雑渡が見たのは、目をまんまるに見開いたこどもが、静かに涙をこぼす様だった。数拍して自分が身を挺して助けた男の倅だと思い出した雑渡は、何も言えなくなってしまったのである。
大人達はと問うと、こどもは「みな、出はらっております」と大人の口調を辿々しく真似して言った。
「けがをしたものが多く、動けるものが少ないから」
「そうか。
……
お前の父は?」
雑渡は意識して、柔い声を心掛けた。何か言おうとする度に、掠れた喉が引き攣れて痛む。
「雑渡さまのおかげで、無事でございます。今は、戦の後始末に出ています。高坂どのも、同じく
……
山本さまは、城に詰めておられるそうです」
そうかと答えて、雑渡は己の脳みそが働いていないことに気付いた。普段ならば人の話を聞いているうちから次の指示が弾き出されているのに、それが無い。鉛のように重い体は、雑渡の意識を泥濘の中へ引き摺り込んでいった。
次に雑渡が目を覚ましたのは、日差しの眩しい昼間のことだった。
「雑渡さま、」
弱々しいが聞き覚えのある声音に、やはり左が聞こえんなと落胆する。
「陣左
……
」
「はい、」
すぐに傍寄る気配がして、雑渡は息をついた。吸い口が差し出され、唇に当てられる。最小限の動きでそれを喰むと、少しずつ水が流し込まれる。口の中が、喉が、胃の腑が冷たく染み渡るそれを歓迎して、雑渡はゆるりと緩慢に瞬いた。そっと吸い口が外される。何も言わぬでも望んだとおりに動いてくれる高坂に、雑渡は胸の内を楽にした。
「ご気分は、いかがですか」
「最悪だね
……
」
「痛むところなど、ありますか」
「全身」
「
……
これ以上の麻酔は、体に毒だと」
「だろうね」
忍であるが故に、ある程度の毒薬には耐性をつけて育てられたせいで、雑渡達の体は薬が効きにくい。毒には耐えられても、代償として良薬が効能を失うのだ。
「
……
尊は?」
「今は、家で休ませております。また今晩から、あれがお側につく予定です」
それまでに、何か召し上がってください、と高坂は腰を上げた。
「粥など、お持ちしましょう」
「ん
……
」
高坂の離れる気配を追おうとして、肌の痛痒い感触に阻まれる。これでは空気を察して気配を読むなど、とてもではないが難しい。雑渡は苛立ちを嘆息に変えた。
程なくして、高坂は鍋と脇息を持って雑渡の元に戻ってきた。自分の意思では全く動かせない体を助け起こしてもらい、なんとか座って、脇息に体重を預ける。
匙で掬った粥をふうふうと冷まして差し出す高坂に、雑渡は何も言わなかった。普段なら甲斐甲斐しいねと揶揄っているところ、そのような元気もなければ、自分の腕を動かして匙を持つのも億劫だった。
「どれくらい経った」
「ひと月ほどでございます」
「領地の切り取りは」
「万事予定通りに監察が取り計らっております」
「怪我人は」
「雑渡さま以外は、皆ほぼ全快です。諸泉殿は引退されるとの由にて
……
」
「もうそろそろ定年だったしね。いいんじゃない。組頭は?」
「山本殿と城に詰めておられます」
「押都は」
「他領の動きを探っております。もう間も無く帰還するかと
……
」
「そう」
粥をほとんど噛まずに舌で押し潰して胃の腑に流し込みながら、後は何を確認するかと雑渡は思考回路をさらった。何か忘れている気がするような。しかし、今回は戦後処理をどのように進めていくか事前に監察側と詳細を詰めていたのだから、何も憂うことはないはず、とそこまで考えて、雑渡は「あ、」とひとりの娘を思い出した。
「そうだ。私の縁談ってどうなったの?」
「
……
それが、生きております」
「えっ」
雑渡は素直に驚いた。一度死に体になった男との婚儀を、あの監察の家がそのままにしておくのは意外に過ぎた。組頭は老体で、次代と目されていた雑渡が自分では碌に動けないような有様なのだから、忍軍と協力体制を取るのではなく、忍軍を取り込む方向に、とっとと舵を切りそうなものだが。そちらの方が、婚儀などと、まどろっこしい真似をせずとも、黄昏甚兵衛に働きかけるだけで事足りる。
「戦後処理に忙しいというのもありますが
……
どうも、監察の家の方で、何かあるようで」
「ふうん
……
?」
雑渡は脇息に頬杖をついた。差し出された匙を、ぱくりと咥える。
「気になられるようでしたら、探りを入れて参りますが」
「うん。まあ
……
流石にちょっと、かわいそうだしね」
冷戦状態にあった監察と忍軍も、雑渡と監察の娘の婚約で、表向き、仕事をするだけなら、諍いや問題は激減した。互いに合理に寄っているところがあるのだから、一度きちんと噛み合わせた歯車がそう簡単に外れることもないだろう。
鏡で自分の見てくれを確認したわけではないが、もしかすると一生寝たきりの、後はただ死を待つしかない男に、年若い娘が嫁がされるのは、あまりに哀れがすぎる。
婚約が破棄される方向に進んでいるならば良しと、雑渡は気軽に高坂を送り出した。
翌日、高坂は山本に聞いた場所を訪れていた。厳しい武家屋敷の間に、人がひとり、ようやく通れるくらいの門の前で、高坂は何度か瞬いた。仮にも家中のひとつである監察の屋敷が、こんなにもこぢんまりとしているはずがないからだ。
「御免」
声を張り上げると、少しして、初老の下働きらしい無愛想な女が顔を出した。雑渡の遣いと名乗ると、老婆は高坂を中に通し、庭に面した部屋の前で「姫さま、雑渡さまの使いの方でございます」とぶっきらぼうに言った。
「お通しなさい」
高坂は廊の板間に手を着いて頭を下げ、障子の開けられる音を聞いた。一礼した老婆がそそくさと下がる。
「どうぞ、お顔をお上げください」
「は、」
手を着いたまま、高坂は顔を上げた。初対面の高坂に驚くそぶりもなく、きちりと座した娘が静かにこちらを真正面から見つめているので、高坂は寸暇、意外に思った。
「お初にお目にかかります。高坂陣内左衛門と申します」
彼女も三つ指を着いて、名を名乗る。丁寧で、真面目な声音だった。あの男の娘なのだから、こちらを見下して当然と心のどこかで思っていた高坂は、少し意表を突かれた心地だった。
「その後、雑渡殿をはじめ、皆さまはいかがお過ごしですか」
「おかげさまで、皆、回復に向かっております。雑渡に関しましても、昨日、意識を取り戻しましてございます」
「それは
……
ようございました」
ほ、と安堵の息を吐く彼女の頬が、柔らかく綻ぶ。高坂は数度瞬いた。彼女が本当に心底から雑渡の容体を案じていたらしいのを、想像できていなかったということに、高坂は初めて気がついた。
「ですが、ひと月も生死の境を彷徨われたのですから、まだまだ予断を許さぬ状況でしょう。また必要なものがあれば、いつでも仰ってください」
「
……
は、
……
もったいなきお心遣い、感謝いたします」
とんでもございません、と彼女が会釈する。それがどうにも、婚約者という立場からではなく、ひとえに重態の知人を案じる者のそれで、高坂は少しだけ混乱した。
「
……
時に、姫さま」
「はい」
「此度の姫さまとの御婚儀について、目付殿はいかなるお考えをお持ちでいなさるか、ご存じではございませんか」
彼女の顔から、す、と温かみが消えたことに、高坂は目ざとく気が付いた。
「
……
父はここのところ城に詰めておりますので、婚儀については、延期とだけ聞き及んでおります」
「左様でございますか
……
」
「寧ろ、高坂殿は何かご存知ではありませんか」
思わず、高坂は言葉を詰まらせた。しかしすぐに取り繕って、「生憎、」と申し訳なさそうな声音を操る。
「我らにも今しばらく沙汰はなく
……
、」
「
……
そうですか」
嘆息しながら言った彼女を、盗み見る。静かな瞳の中に諦念が見え隠れして、高坂は心に蓋をするように瞼を伏せた。
「褒賞やら何やらが落ち着くまでは、何も動かないかもしれませんね」
「左様でございますか」
「父が何も言わぬはいつものことですが、兄からの便りなどもさっぱりですし
……
、雑渡殿や皆様方に、どうぞお大事になさってくださいと、くれぐれもよろしくお伝えくださいませ」
「承知仕りましてございます」
屋敷を辞そうとした高坂に、彼女は土産として、昨日採取したばかりの薬草と包帯を持たせた。風呂敷包みを渡された方の高坂は、今度こそ小さく瞠目した。
「昨日、採取された、とは
……
」
「? そのままの意味で
……
あぁ、煎じるならもう二、三日は乾燥させた方がようございます。委細は山本殿がご存知です」
「え、あ、はい、
……
まさか、姫さま、御自ら
……
?」
高坂に覗き込まれて、彼女はちょっとだけ罰が悪そうにくちをきゅむりと引き結んだ。ちら、と視線が彷徨う。
「その
……
まあ、はい
……
手間も金も節約になりますし
……
その
……
らしくないことは承知なのですが
……
」
日々、やることがなくて、暇で、なんぞと言ってはならぬことぐらいは、彼女にも空気が読めるつもりだった。
「山に、入られたのですか」
「あ、はい」
「お一人で」
「はい」
「危のうございます」
「え、あ、はい
……
? そうですか
……
?」
「
…………
」
片眉を寄せて怪訝そうに高坂を見上げる彼女に、高坂はうっかり言葉を失った。
しっかりしているんだか、そうでないんだか、よくわからない姫さまである。
次に山に入るときは絶対に二人以上でと言い含めて、高坂は彼女の前を辞した。彼女はきちりと頭を下げて、高坂を見送ってくれた。
薬草と包帯を持って帰ってきた高坂を見て、雑渡はふと、自分の記憶より医療品が充実しているということに、ようやく気がついた。
「陣左、それ」
「目付のご兄妹からのご厚意でございます」
「
…………
」
「いずれ身内になるのだから気にするなと兄君が仰せでした」
雑渡は思わず眉間を指で抑えたい衝動に駆られた。実際は腕も足も、思ったように動かなかったが。全ての動作を、焼け爛れた肌が阻害する。
「
……
身内贔屓じゃないかい」
「いえ、妥当な手当です。贔屓と強いて申し上げるならば、配給に二ヶ月かかるところを、一ヶ月に縮めていただきました」
「
…………
それぐらいはしないと、寧ろ体裁が悪い、か
……
」
「まあ、父にはごり押した、と仰っておいででしたが」
雑渡は嘆息を堪えきれなかった。自分が配下達に好かれている自覚はある。目付に貸を作ることになるとか、他の家臣からどう言われるかとか、そういう政治的なものをいったんさておいて、自分の命を優先してくれたのだろう。
尊奈門の泣き顔が脳裏をよぎる。
……
現在進行形で身を助けられている分際で、余計なことは言えたものではない。それに、高坂が妥当と言うのなら、妥当なのだろう。
「ご兄妹は、父君に似ず、ずいぶん義理堅いんだね」
「全く、話の分かる方々でございます」
高坂の言い分に、雑渡は思わず、小さく吹き出した。
「私との話がだめになったら、お前に任せようか、陣左」
「は!?
……
ご冗談はおやめください。私は家を出た身ですよ」
「そうか。だめか」
「だめに決まってるでしょう」
しかし、雑渡は何を思ったか、以降しばらくの間、彼女とのやり取りを、城に詰めている山本の代わりに、高坂に頼むようになったのだった。
◆
戦が終わってから、半年が経とうとしていた。新しく年も明け、雑渡は久し振りに親戚周りへの挨拶のない静かな年末年始を過ごした。
雑渡は起きていられる時間が日に日に延びていったが、肉が見えるところまで焼けた肌の再生にはまだまだ時間がかかりそうだった。たとえ肉と骨が無事でも、それらを覆う皮がだめでは、動くたびに血が流れ、痛み、本能が意志に反して体の動きを止める。腹立たしいことこの上ないが、耐え忍ぶしかなかった。
雑渡の代わりに彼女の元へ挨拶に向かったのは高坂だった。高坂は正月にも関わらず、屋敷に彼女だけしかいないことに、内心眉を顰めた。
「下働の方は
……
」
「休みを取らせています」
「父君や兄君は、」
「城で挨拶回りをしておいでです」
彼女の屋敷には、榊が飾ってあるだけだった。流石に不思議がられていると思ったのか、彼女は微笑んで「いつものことです」あっけらかんとして言った。冷え込んだ小さな屋敷は、彼女の部屋だけが火鉢で温められていた。
「
……
お一人で過ごされておられるのですか?」
「はい。いつものことです」
年頃のおなごを屋敷にひとり置いておくのがこの家の普通で、当然なのだろうか。普通、家来か誰か、側に人をつけるのではないのか。
高坂の勘ぐりを知ってか知らずか、彼女は慣れた仕草で高坂に茶を淹れて、いつものように雑渡達の様子を訊いた。
「雑渡殿や
……
山本殿は? ご家族の元に帰られたのですか」
「はい。万事恙なく」
「ようございました」
彼女は、雑渡達が安らかに過ごせていると知れると、思わずどきりとするほど柔らかに微笑むのだということに、高坂は何度目かの会話で気がついた。そうして高坂は、彼女が義理や立場故にではなく、本心で雑渡達を案じて、穏やかな生活ができるように願っているらしいということを、ほとんど確信していた。
初めの内は策略かとも思ったが、彼女の安堵や、無事に日々を過ごしている以上を聞こうとしない不器用さに、疑心は早々に萎んでいった。
「どうぞ、回復に専念されますよう。平癒をお祈りしております」
「ありがとうございます」
たとえ婚儀が破談になったとしても、このひとは変わらず自分たちを対等に案じてくれるのだろうと思うと、高坂の胸中も穏やかに凪いでゆく。
しかし、それが嵐の前の静けさだったと高坂に知らしめたのは、他ならぬ雑渡であった。
正月の浮ついた気分も落ち着く頃、高坂は雑渡に呼ばれて屋敷を訪れた。雑渡の部屋には組頭と山本がいて、三人の間には書状があった。
「お呼びでしょうか」
「うん」
お入り、と仕草で促され、高坂は音もなく部屋に膝を進めた。入れ替わるようにして、組頭と山本が部屋を後にする。静かになった部屋で、先ほどより大義そうにしながら、雑渡は高坂に用を言いつけた。
「陣左、私の代筆を頼まれてくれるか」
「は、承知しました」
「で、それを目付の姫さまへ届けてほしい」
「、は
……
」
かしこまりました、と、高坂は文机に墨と筆、紙を広げた。雑渡は気だるそうに床に置いてあった書状を摘み、視線を落としながら「はじめは、季節の挨拶と、支援の礼を」と高坂に指示を出した。
高坂は言われるがまま、紙に筆を滑らせた。雑渡からの文と読めるよう、手跡も雑渡のそれに寄せる。
「で、『私とあなたの婚儀について、』
……
んー
……
『目付殿からもお聞及びでございましょうが』
……
」
次いで雑渡の口が紡いだ言葉に、高坂は思わず、代筆の手を止めてしまいそうだった。
高坂から書状を受け取った彼女は、一通り読み終えると、一つ、長く息をついた。
「これ、雑渡殿の手跡ではございませんね」
「、」
高坂は思わず息を詰めた。当人同士でしか知らぬような癖の違いを、まさか素人の彼女に一目で看破されるとは思わなかったからである。
「雑渡は、まだ、筆を持つのに不自由しますので
……
私が、代筆いたしました」
「ああ。それなら良かった」
彼女は険の混じっていた空気をあっさり霧散させた。
「父の謀かと。すぐに返書を認めますから、少々お待ちを」
文机を用意するために背を向けた彼女に、高坂はこっそりと詰めていた息を吐き出した。
「
……
目付殿は、なんと?」
そっと伺う高坂に、彼女は憤懣やる方ないといった素振りを隠そうともしなかった。
「火傷痕やら俸禄やら、お前は夫に何を求めるだのなんだの、くだらないことで私を試そうとなさったので、頭に来て」
「、は」
くだらないことだろうか。結構大事ではなかろうかと高坂は思ったが、懸命にも口には出さなかった。
「平手を打ちたかったのですけれど」
「ひらて」
「流石に我慢しました。まったく、一度は結んだ役議を白紙にするには相応の故が必要と、誰も彼もご存知ないようですね」
全身の大火傷痕や、今後回復するか分からない容態って、相応の故ではないのかと、高坂の脳みそは真っ白になった。
「私には知らされていませんが、政略あってのことでしょう、この婚儀は。で、あるならば、これより必要性の高い政略を持って来いと言うのです」
正論である。そこにひとの情や気遣いを介在させなければの話だが。
「まあ
……
雑渡殿が、やはり私では足らぬと仰せで袖にされるのでしたら、無理もありませんが
……
それなら、そうと、仰って頂かなくては、困ります、
……
と」
いつの間にか書状に筆を走らせていた彼女が、筆を扇に持ち替えて、まだ湿る墨を扇ぎ始めた。
「乾くまで少々お待ちくださいね」
「あ、はい」
「たかだか火傷痕で、お人柄が変わるようなお方ではないということが、よく分かりましたとお伝えください」
「はい
……
」
「
……
」
少しの沈黙の後、彼女はふと扇ぐのをやめて、嘆息した。
「
……
いかがされましたか?」
「やっぱり書き直そうかしら」
「え」
「私が納得できないからという理由でこんなこと書いてるんだもの。雑渡殿にはご面倒というか、ご迷惑よね
……
」
よし、燃やそう、と火鉢の方を顧みた彼女から、高坂は瞬き一つで書状を引ったくった。突然のことに驚いた彼女が、瞠目して固まる。
「返書、確かに、拝受いたしました」
「えっ!?」
初めて聞く彼女の素っ頓狂な声に、高坂は手早く書状を畳んで包紙にしまい、懐に収めて恭しく頭を下げた。
「ち、ちょ、高坂殿」
「おそれながら」
遮った高坂に、彼女が思わずといった体で開けていた口を閉じる。
「雑渡には、今のあなたさまのお言葉が、何よりの薬と存じます」
「───」
力強い双眸にしっかと射抜かれて、彼女は表情を引き締め、居住まいを正した。
「よろしくお頼み申します」
きちりと指をついた彼女が、丁寧に頭を下げる。
「はっ!」
高坂は、彼女との対話の中で、今までで一番、力強い返事をした。
彼女からの返書を受け取った雑渡は、読み進めていくうちに思わず「えぇ〜
……
?」と声を上げ、いっそ引いてしまったが、その包帯の下が暖かみのある苦笑であることに、高坂は気がついた。
「変わってるとは思ってたけど、ここまでとはねえ」
「武家の姫らしい御方でございますれば」
「武家と言っても、ごりごりの武闘派じゃないでしょ。胆力のあるお嬢さんだこと」
どこか困ったように微笑む雑渡に、高坂は安堵に小さく眦を緩めた。雑渡が意識を取り戻してからこちら、以前のような自然な笑みを、初めて見たような気がしたのだ。
「ま、実物を見てないから言えることかもね」
「
……
確かに、一理ございますれば」
高坂は、胸中の安堵が再び固まった音を聞いた。
忍は己の見た目を気にしない。夜闇に紛れるために目元と手先以外の肌は覆うし、仲間以外に自分の正体を知られるわけにはいかぬから全く別人に成りすますために顔を変え、髪を変え、骨格も可能な限り誤魔化さなければならない。だから忍は、己の姿形がどのように構成されているか、またそれがどのように作用するか、客観的に認識している必要があるが、自分自身が美醜に振り回されることは少ない。
合理に寄っている雑渡のことなら猶更である。しかし高坂は、これで雑渡の姿を見た彼女が掌を返すようなことがあれば、雑渡は他者には触れられぬ傷を負うやもと、危惧を抱いた。
彼女は確かに、一見、しっかりしたおなごだが、それも現実を知らぬだけの張りぼてであれば意味がない。
雑渡がもう少し回復すれば見舞いも、と考えていたが、やはり引き合わせぬ方がよいのだろうか。後に引けなくなってからの方が、人間、腹を括りやすい。婚儀のその日まで、雑渡の姿は秘していた方がよいのでは───
「高坂殿?」
「、」
は、と高坂は息を呑んだ。書状を手にした彼女が、怪訝そうに高坂を見遣っている。
「あ
……
申し訳ございません」
「いえ
……
お疲れですか?」
「そのようなことは。大変失礼いたしました」
頭を下げる高坂に、彼女はひとつ嘆息した。
「こちらの文にも書きましたが、養生の床におられるのですから、返事などには時間を取って頂いて構いません。必要なことがあれば、私の方から参りますし、」
「っいえ、見舞い、は
……
」
ついうっかり反射的に顔を上げた高坂は、続く言葉を見失って、思わず固まってしまった。何度か瞬いた彼女が、高坂の様子を窺いながら、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「
……
とにかく、雑渡殿を含め、皆さまのやりやすい方で、と
……
申し上げようと、思ったのですが
……
」
彼女はゆるりと小首を傾げた。
「
……
何か、ご心配ごとでも?」
高坂の、意識の外で、喉が小さく上下に動く。
「
…………
おそれ、ながら」
口の中がカラカラに乾いていく。彼女の顔をまともに見ることもできず、高坂は床に手を着けた自分の指を通して、意地を張って無理に連れそうふたりを幻視した。
「
……
実際の、姿を、目の当たりにした、あなたの
……
お心代わりを、怖れております
……
」
「
…………
」
ややあって、高坂の言葉を咀嚼した彼女は、静かに応えた。
「あなたのご憂慮は、至極当然のことかと。高坂殿」
「っ
……
、」
穏やかな声音に、高坂はぎこちなく顔を上げた。
彼女は、静かに微笑んでいた。ほんの少しだけ、困ったように、小さく眉が下がっている。
「
……
高坂殿は、随分と雑渡殿をお慕いのご様子。もし、差し支えなければ、理由をお伺いしたいのですけれど
……
」
「、
……
」
高坂は、はくりと震えたくちびるを、意識して閉じた。吸った息を腹の底に落とし、ゆっくりと吐く。
「私は、
……
雑渡さまの、稚児でございました」
稚児。大人の世話をする傍ら、様々な事柄を学び、庇護を受けるこどものことである。
「
……
左様でございましたか」
高坂の表情に浮かぶ憂慮の色は、男が男に惚れた時のそれと知って、彼女は得心がいった。町にも、男同士、不可侵の絆を持つ二人がいたことを、彼女は知っている。彼女には、いっそ、安堵さえあった。
「幼い時分には、随分と可愛がっていただきました。我が身、心は、天命までも、雑渡さまのものです。
……
もし、あなたの心変わりが、
…………
雑渡さまを
……
」
それ以上は、言葉にならなかった。自分は何を話しているのかと、脳みその向こうで声がする。己が今、冷静なのか、それすらも分からない。
「
……
あなたと雑渡殿が互いに互いをお望みなら、私はそれでよいのですけれど
……
」
「っ、決してそのような! もしや、雑渡さまの二心をお疑いですか」
「疑うも何も、私達はまだ数えるほどの文をやり取りして、二度ほどお会いしただけです」
「、」
高坂は思わず言葉を息ごと詰まらせた。
「あなたが雑渡殿のものであるなら尚の事。私がどうこうせよとは申せません」
「
…………
」
暗に二人の間に関係があっても構わない、受け入れるとまで言われ、さしもの高坂も狼狽を隠しきれなかった。
高坂は、雑渡に憧憬と尊敬を抱いている。幼い頃は、それが思慕とさえ分からなかった。しかし、忍として、雑渡の懐刀として鍛えられる間に、雑渡は高坂のそれを、飽くなき忠誠心に落とし込み、釘まで刺し刻んでいる。高坂はもう、雑渡の褥に呼ばれることを、合理以外で考える頭すら無い。
高坂は、この事実を彼女に説明した方が良いのか迷った。普通、正妻となる立場なれば、稚児などという存在には、思い上がるなと釘を刺すものではないのか。
しかし、彼女は、事実を確かめるように、静かに言った。
「あのひと、当たり障りのないことしか仰らないから。情があるなら、あなたの方だわ」
それは、雑渡の情か。それとも、高坂の情か。高坂は咄嗟に、ほんの少し寂しそうに微笑む彼女の意を掴みあぐねた。
「
……
しかし、これは政略です。想いひとつでどうにかなるものではありません。物は試し、ここはひとつ、こっそりお伺いいたします」
「、えっ」
「無理となれば、どうとでもしましょう。お互い、傷とならぬように。この先の幸いのために
……
助けてくれますか?」
「───」
気付けば、高坂は、はい、としっかり頷いていた。
数日後。
尊奈門は、今日も今日とて雑渡の家に通っていた。日の昇る前に自宅で朝餉を済ませ、水筒を持って雑渡の家まで走る。その頃には夜が明けていて、尊奈門はまず井戸の水を桶に汲む。薪を勝手場に放り込んで火をつけ、ある程度炎が大きくなったら水と米、少しの塩と細かく刻んだ青菜を鍋に入れ、竈にかける。火の具合を見て、次に雑渡を起こし、水分を含ませ、包帯を取って薬を塗り重ね、新しい包帯に巻き直す。
その頃になると雑炊ができあがっているので、漬物と梅干し、家で持たされた青菜のお浸しを膳に上げ、雑渡に食べさせる。
その間、尊奈門は洗濯をする。雑渡の着物や、包帯を自分と同じくらいの大きさの盥で洗い、投げるようにして物干し竿にかける。
雑渡が朝餉を終えたら食器を洗って、すり鉢などを取り出し、雑渡のための薬を調合する。太陽が西に傾いたら、一度家に帰って、母から雑渡と自分のぶんの食事を預かって、再び雑渡の家へ。朝と同じように再び火を起こし、鍋に米と水と塩を入れ、できあがるまでの間に雑渡の包帯を外し、濡らした手ぬぐいで体を拭き清め、薬を塗り、再び包帯を巻く。
夕餉と、食器の片付けを終えたら、雑渡に挨拶をして、家までの暗い夜道を走って帰る。
雑渡が大火傷を負って運び込まれた時から、尊奈門は毎日、雑渡の家と自分の家を往復する生活を送っていた。他の家のこどもは家業の手伝いに駆り出される中、尊奈門だけは特別だった。
雑渡の怪我は痛々しく、同じような目に遭うかもしれなかった父や、他の大人達と一緒になって可愛がってくれた、一際頼り甲斐のある雑渡の変わり果てた姿に、何度も涙が勝手に溢れてしまったが、最近はようやく、涙をこぼさずに雑渡の世話をできるようになっていた。
その日も、尊奈門は雑渡の家で薬草を擦り潰していた。山本に教えられた通りに、丁寧に手順を追っていく。
にわかに外が騒がしくなって、尊奈門はふと顔を上げた。馬の足音に嗎が聞こえる。聞き覚えのある声に、尊奈門は手を止めて外へ出た。
「高坂さん!」
「尊奈門。雑渡さまのご様子は?」
「今日は、眠っておられます」
「そうか」
高坂から網代笠を受け取り、壁へかけて、尊奈門はハタと動きを止めた。
里では一度も見たことがない顔が、高坂の後に続いて「失礼します」と敷居を跨ぎ、背に負っていた荷物を下ろしたのだ。
少し背の高い、大人の女だった。頭巾から垂れる髪は長く、腰に届こうかというほどだった。傍目にも重そうな荷物を背負っていたのに、疲れた風情でもない女は、じ、と見つめる尊奈門に気付くと、尊奈門と視線が合うように膝を着いた。
「はじめまして、」
名を名乗られて、尊奈門は慌てて、「諸泉尊奈門です、」と礼をした。
「諸泉殿、でございますね」
「は
……
はい、」
家名で呼ばれることなど滅多にない。尊奈門は思わず、体を固くさせた。
「尊、今日からこちらの方にも雑渡さまのお世話を手伝って頂く」
「えっ、」
思わず高坂を見上げる尊奈門に、高坂は常の鉄面皮を崩さなかった。
「お前では屋敷の掃除を全てするのは難しいし、山本殿の奥方や諸泉殿の母御にも、これ以上の無理はかけられん」
「ぼ、っわ、私にもできます!!」
「声が大きい」
ぴしゃりと跳ね除けられて、尊奈門はぐぬぬと高坂を睨めつけた。高坂はどこ吹く風で、「馬借と話してくる」と再び外に行ってしまった。
尊奈門は、大人達が、どうして雑渡の世話を尊奈門に任せたかを知っている。雑渡は弱っていて、隙だらけだから、大人に任せるよりこどもの尊奈門に任せる方がよほど安心なのだと、山本も、組頭も言っていた。また、父も尊奈門に、知らぬ顔が来た時はすぐに報せるよう、よくよく言い聞かせていた。
尊奈門はじろりと女の方を見やった。彼女は高坂を見送って、再び尊奈門と向き直った。
「高坂殿より、お掃除と、お料理の役を仰せつかっております。しかし、なにぶん、勝手の分からぬ身。ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお頼み申します」
深々と丁寧に頭を下げられて、尊奈門は思わずポカンとしてしまった。尊奈門は生まれてこの方、ただの一度も、こんな風にして敬われたことがなかったのである。尊奈門は里の皆の末子だった。
「し
……
しょうがないから、教えてあげます
……
」
本当は、雑渡の世話を取り上げられるようで嫌だったのだ。けれども、尊奈門の小さな背では、高坂の言う通り満足に掃除ができないし、包丁は尊奈門には大きすぎる。
渋々と彼女の手伝いを認めた尊奈門に、彼女は「ありがとうございます」これまたきちりと頭を下げた。
尊奈門は調合をするふりをしながら、隙あらば彼女の一挙手一投足を観察した。あの高坂が連れてきたのだからそんなことはないだろうが、もしやもすると雑渡の隙を伺いにきた間者の可能性もあるからだ。一方、新顔として新しい環境に入るといつ何時どこからでも人に見られてきた彼女としては、じいい、という音が聞こえてきそうなほどの尊奈門の視線は、いっそ可愛らしいものだった。
尊奈門に逐一教えてもらいながら、彼女は屋敷の中で使い勝手は悪くなかったが雑然としていたところを整頓した。勝手場に転がっていた野菜はカゴの中に、押し入れの中に並べて置かれていた調薬類は彼女が背負ってきたたくさんの引き出しがついている箱の中に。そして、欄間や巾木など、埃のたまりやすくて見逃しがちなところの掃除もすぐに終わって、彼女のテキパキとした手際を観察していたつもりの尊奈門は、すっかり感心してしまっていた。
「尊」
「は、はい!」
高坂に声をかけられて、尊奈門はピャッと肩を跳ねさせた。
「雑渡さまを、少し外にお連れする。その間に掃除を頼む」
「はい!」
「よろしくお願いします」
「かしこまりました」
高坂に頼まれた彼女も、首肯で返す。
雑渡の部屋の縁側から二人が外に出たのを見計らって、尊奈門と彼女は雑渡の部屋に入った。
締め切っていた障子や雨戸を開け放ち、彼女は布団を干すために外に持ち出した。凝っていた空気を押し流すように高いところの埃を彼女が叩き、床を尊奈門が掃く。彼女が乾いた手拭いで畳を拭いている間、尊奈門は水気を絞った手拭い越しに縁側に手をついて、端から端まで駆け抜けた。
縁側からは、少しの広場を開けて、畑が整備されている。その向こうは山に繋がる道と、里を通って街道に繋がる道に分かれていた。雑渡は、高坂に支えられるようにして、分かれ道のところに立っていた。彼女には変わらぬ背丈と、包帯に巻かれた白い頭が見えていた。
「
……
」
雑渡が視線に気が付く前に、彼女は身を翻し、尊奈門と掃除を終わらせた。布団を敷き直し、勝手場に戻る。尊奈門は調薬に戻り、彼女は夕食の用意を始めた。
野菜は傷みそうになっていたので、炒めたり、煮たり、酢漬けにしたりして、二、三日は勝手場に立たなくても良いように。コメもふっくら炊き上げた。彼女は尊奈門に教えてもらって、雑渡の膳を用意した。
「
……
あの」
「はい?」
尊奈門に疑わしい眼差しでじいっと見つめられ、彼女は小首を傾げた。
「
……
味見をしてもいいですか」
「ああ、はい。ご用意しますね」
「いえ、こちらからいただくので」
新しい小皿と箸を用意しようとした彼女は、尊奈門が雑渡の箸と器を手に取ったので、驚いて思わず固まってしまった。尊奈門は盛り付けが崩れないように、一皿ずつちまちまと食べることにした。
まずは野菜の煮浸し。
「
……
!」
口にした瞬間、出汁のうまみが引き立てた野菜の甘さに、パッ、と尊奈門の瞳が丸くなった。
次いで、豆の炊いたん。ほろほろと崩れる素朴な優しい味に、丸い瞳が、心なしか輝きを増す。
小魚を炒ったものには再度箸が伸びかけて、はっと腕ごと引っ込める。味噌汁は、手にした器を更に傾けそうになって、ゆっくりと膳に戻す様。
彼女は思わず「かんわいい〜〜〜」と言いそうになった。全霊で堪えたせいで真顔が引き攣って頬が痛む。全ての皿から一口ずつ味見をして、尊奈門はごちそうさまでした、と手を合わせた。自分の口をつけた箸は水で洗い、器は手拭いで綺麗にする。
「いかがでしたか」
「
……
美味しかったです」
「それは宜しゅうございました」
ほっとしたのか、小さく微笑んだ彼女に、尊奈門は安心しきりで膳を抱えた。毒味を無事終えた達成感もあった。これが毒味であると彼女に悟られていないようであるらしいのも、尊奈門の鼻を高くさせた。
「お。今日は雑炊じゃないのか」
尊奈門が運んできた膳に、雑渡の隻眼も丸くなる。
「お前が作ったの?」
「いいえ!」
これは、今日、高坂が連れてきたあのひとが作ってくれたのだと言うと、雑渡は数度瞬いて、尊奈門から顔を上げた。視線の先には、膳を二つ重ねて持った高坂が、少しだけバツの悪そうな顔で立っていた。
「? 高坂さん、それは
……
」
「
……
私どものぶんだそうだ。その
……
ご一緒しても、よろしいでしょうか
……
」
「
……
」
ひとつ嘆息して、雑渡は高坂を手招いた。まさか自分たちのぶんが用意されているとは思わなかったのだろう、尊奈門は分かりやすく嬉しそうに顔を輝かせている。
「雑渡さま、これ、ものすごく美味しかったです!」
「お前、先に食べたの?」
「ど、違った、味見をしました!」
自信たっぷりに告げた尊奈門が毒味をしようとしたらしいことを察して、高坂は思わずギョッと目を剥き、雑渡は寸暇、遠くを見やってしまった。
「?」
達成感に満ち溢れる尊奈門は、二人の様子に気付かない。褒められるのを待っているようにさえ見える。
「
……
ま、おいおいでいいか」
「申し訳ありません
……
」
「いいよ。冷める前に頂こう」
いただきます、と雑渡が手を合わせ、食事に箸をつける。高坂と尊奈門も、同じように手を合わせ、箸を取った。
一方、彼女は余ったコメをせっせと握り飯にして、野菜の屑はほとんど出なかったが堆肥に回した。自分のために用意した賄いをさっさと食べてしまうと、鍋や包丁など、調理に使った器具を全て洗う。その頃になると高坂と尊奈門が三人分の膳を運んできて、彼女はそれも洗おうと腕を伸ばした。しかし高坂がひょいと避けてしまったので、手が空を切る。
「雑渡さまが、ご挨拶をと」
彼女は瞬いたが、すぐに「分かりました」と前掛けで手を拭い、頭に巻いていた頭巾を取って懐に仕舞い込んだ。
「失礼致します」
「どうぞ」
障子を開けて指をつき、頭を下げる彼女に、雑渡は嘆息しそうになるのをグッと堪えた。
「お入りください」
彼女はもう一段頭を下げると、静かに膝を進めた。きちりと正座する彼女の瞳は、行燈に照らされていてもどこか澄んで、水面のようだった。
「
……
お久しぶりでございます」
沈黙を破ったのは、彼女の方だった。
「お加減は如何ですか」
「
……
良くもなく、悪くもなく」
雑渡は、なんとか平静を装って答えた。澄ました顔を見ていると、どうしてか胸中に苛立ちの募る。
「どうしてここにいらっしゃったのです。お父上はご存知であらせられるのか」
「さあ。私からお伝えすることはありませんが」
「幾ら婚儀の相手の家と言えども、男の家にひとりで上がり込むなど。褒められた行為ではございませぬ」
「あら」
「?」
小さく瞠目した彼女に、雑渡は片眉を眇めた。
「よかった。まだ、婚儀の相手と思っていてくださったのですね」
「───」
涼しい眦にほんのり安堵を滲ませる彼女に、雑渡は思わず顔を手で覆いたい衝動に駆られた。
「それは
……
こちらの台詞では
……
」
「あらあら、己の見目故に婚儀を憂うなど、乙女のようなことを。お可愛らしいこと」
「
………………
」
雑渡は苛立ちでいっそ心が凪ぐということを初めて知った。
「第一、あなた、あまりお変わりなさそうに見えますが」
「
……
はい?」
皮肉にしては、あまりにも柔らかな声に、雑渡は怪訝そうに彼女を見遣った。
「もちろん、肌はもう、元には戻らないのでしょうけれど
……
」
澄んだ瞳が、優しく揺れる。身体中に包帯を巻いて、その隙間から赤黒い血肉の覗く、雑渡を映す。
「私、今日あなたを初めて遠目で見た時に、包帯が清潔そうで、ほっとしたんです」
雑渡は、思わず言葉を失った。
「諸泉殿のような方が、あなたの側にいてくれるのだと。高坂殿のような方が、あなたを思ってくださっているのだと。安堵いたしました」
彼女は、どこか爽やかに、すっきりとした笑顔を浮かべた。まるで、もう思い残すようなことはないと言わんばかりの雰囲気だった。
「せっかくお拾いになられた命です。どうぞご養生なさってくださいませ」
「はあ
……
」
「それでは、今日はこれで失礼致します。ご迷惑でなければ、またお伺いしてもよろしいですか?」
「いや、それは、」
「あなた、私を襲えるの?」
「
…………
」
雑渡は閉口した。彼女はにっこり笑って、「おやすみなさい」と一礼し、部屋を辞した。入れ替わるようにして尊奈門が薬と包帯を持って入ってくる。
「
……
雑渡さま、どうかされたんですか?」
「いやあ
……
どうしてこうなっちゃったのかなあ
……
」
ほとほと困ったわ、と言わんばかりに、雑渡は頬に手を当て、やれやれと溜息をついた。
◆
彼女が定期的に雑渡の屋敷へ通うようになって、数ヶ月が経った。この頃になると、彼女は高坂と共にではなく、荷運びの馬借と共に里を訪れるようになっていた。
雪は溶け、麗らかな陽気が心地よい。農家は秋の収穫に向けた作業で猫の手を借りたい程にも忙しく、町は夏の戦前の物価高騰に備える動きが本格化していた。
回復訓練(リハビリ)のために庭から山のほうに出て一刻ほど歩いてきた雑渡は、自分の部屋に先ほどまではなかったものが増えていることに気がついた。
床の間に、花器がひとつ。そっと、桜の花をつけた枝が生けてある。
「
……
」
雑渡は嘆息した。屋敷の中の方の気配を探ってみれば、尊奈門のはしゃぐ声が聞こえる。
そっと勝手場を覗くと、初対面の時の警戒心はどこへやら、彼女の腰にまとわりつく尊奈門がいた。
「姉上、今日は何をお作りになられるのですか!」
「今日は、ちょっと行って魚を獲ってきました」
ふふん、と彼女がちょっとだけ胸を張って、釣果を掲げる。
「これは
……
イワナですね!」
よく分かりましたねと褒められて、尊奈門は満更でもなさそうにはにかんだ。
しかし、買ってきた、ではなく、獲ってきた、とは。雑渡は彼女に対する「また来たのか」という呆れ混じりの小さな苛立ちが、がくりと毒気を抜かれたのを聞いた。
「
……
尊奈門」
「あ! 雑渡さま! お帰りなさい! 今、水をお持ちします!」
尊奈門がぴゃっと井戸の方へ駆けてゆく。彼女はそれをにこやかに見送ると、荷物の整理を再開させた。
「すっかり手懐けられましたね」
「可愛い盛りでございましょう。羨ましい限りです」
近くもなく、遠くもない、囲炉裏の側に座った雑渡の、嫌味とも皮肉とも取れぬ言葉に、彼女は心底からそう答えた。
井戸から水を汲んできた尊奈門が、椀に水を注ぐ。お盆に乗せて差し出されたそれを受け取って、雑渡は熱の凝る体を、内から冷やした。空気がぬるくなってきた昨今、どうも以前より、熱の引くのが遅い。その代わりに、汗の不快感もない。どうやら、発汗による体温調整が難しくなっていることを、雑渡はほとんど確信していた。
「お加減はいかがですか」
「まあ、ぼちぼち」
「左様ですか」
雑渡が散歩をしている間にあらかたの掃除を終わらせていたのか、彼女はテキパキと整頓を済ませると勝手場に立って調理を始めた。手足の捌きには迷いがなく、手慣れていることが伺える。
立場ある武家の出なれば、料理などは下々の仕事だろうに、と雑渡は何度目か知れぬ違和感を覚えたが、ついぞ口に出すことはなかった。一方、尊奈門は、専用の道具を広げ、整頓された材料から幾つかを摘み、ゴリゴリと調薬を始める。
程なくすれば数日分の料理が出来上がって、彼女は尊奈門に色々と言付けてから、日の落ちる前に帰るのだろう。里に来るときは馬借と一緒だが、彼らは次の仕事のために荷物を置いてすぐに移動するので、帰りは彼女が一人になる。暗くなってからの女の一人歩きは、襲ってくださいと言っているようなものだ。
一度痛い目を見れば、懲りて、通いはやめるかしらと思っていた雑渡は、彼女が一人で帰ることに何も言わなかった。高坂や山本に誰か一人送迎をつけてやれとも指示を出さなかった。何かあった後で言い訳をしなければならないだろうが、彼女に下働きのような行いを継続してくれと頼んだ覚えはない。なんとかなるだろう、と雑渡は胸の内でそう独りごちていた。
正直に言って、彼女や彼女の家とのことを考えるよりも、自分の身体機能が元に戻るかもしれないことの方が、雑渡にとっては重要だった。戦線復帰はいっそ不可能と断じられてはいない。また、今の体に適合するため、自分の中身が組み変わろうとしている。垂れた蜘蛛の糸を登り切れる自負が、雑渡を焦らす。
もうすぐ、大火傷を負った戦から一年である。皮膚の爛れは癒えて、乾燥しやすい、どこか突っ張った、これまでのような動きを阻害する皮が残った。左側の目と耳もほとんどだめになって、見えるよりは塞いだ方が視界が良いので覆っている。これを続けていれば、程なくして機能を失うだろう。
片目片耳のハンデ、最小限の効率的な動き、熱を溜め込みすぎない持久力、一年間の寝たきり生活で落ちた筋力と体力───雑渡が乗り越えなければならない課題は幾つもある。一度は白紙になりかけた婚儀のことなど、考える暇はないのだ。
雑渡は、日に日に歩く距離を伸ばした。距離が延びてからは、同じ距離をできるだけ早く踏破できるように意識した。普通に歩くだけでも元通りになるまでには、ゆうに三ヶ月を要した。夏場、熱で倒れてはいけないからと、尊奈門が付き添って、色々な話をしてくれるのが、いい塩梅に苛立ちと焦燥を向こうへやってくれていた。
彼女は相変わらず、必要な荷物を運び、洗濯をし、掃除をし、料理をして、雑渡とは「お加減はいかがですか」「まあまあ」という会話しかしなかった。彼女が床の間を季節の花にあつらえてくれているのは分かっていたが、気遣いへの礼よりも、自分の部屋のものを勝手に弄られていることへの不快感の方が勝る。雑渡は彼女に、必要以上の会話をしようとはしなかった。彼女の方も、雑渡に何かを求める素振りもなく、平然として、朗らかに微笑むのは尊奈門と喋るときくらいのものだった。
散歩をしても体力が余るようになった秋頃、雑渡は畑仕事や家事に手を出した。尊奈門は初めのうちは「私がやります!」と言っていたが、雑渡と一緒に同じことをやれるのが嬉しいようで、そのうちに「次は廊下磨きで競争しましょう!」と誘ってくれるようにまでなった。
尊奈門は嬉々として、彼女にもこのことを伝えた。
「薪は、この間、雑渡さまが薪割りをしてくださいました! 回復のために必要だからと仰って、この頃は、水汲みもさせてくれないんです! 廊下を磨くのも、私より早いんですよ!」
すごいでしょう、と自分のことのようにはしゃぐ尊奈門は、死の淵を彷徨ってまで己が父を助けてくれた恩人が、ここまで回復してくれた喜びに満ちていた。
彼女も、「まあ、すごい」と、尊奈門と同じように喜んでくれた。だから、尊奈門は、彼女が雑渡の家に通わないようになるなどと、思いもよらなかったのである。
彼女は、そろそろ家事の手伝いも不要になってきたようだから、通うのは控えると高坂に一言伝えて、町の屋敷に引き篭もる生活に戻ることにした。雑渡も彼女については何も言わぬので、高坂はこれ以上、彼女を引き止めることもできなかった。
尊奈門が、彼女の姿の見えなくなったことに気がついたのは、雑渡の部屋に生けていた朝顔が枯れかけて、色を変えた時のことだった。尊奈門は指折り数え、彼女がもう十日も里を訪れていないことに、いやな胸騒ぎを覚えた。今までは、五日に一度は顔を見せてくれていたのに。
翌日、朝顔は床の間から、花器ごと消えていた。尊奈門は触ってもいないから、きっと雑渡が片付けたのだろう。
「
…………
」
もう、彼女に会うことは無いのだろうか。
尊奈門は、沈んだ胸の内をそのままに、雑渡の家での作業を一通り終えて、とぼとぼと家に帰った。
ただいま、と言うと、おかえり、と母の優しい声が返ってくる。
「雑渡小頭のご様子はどうだった?」
「うん
……
」
「おや」
いつもは嬉々として雑渡の様子を語るのに、俯いてだんまりと口を噤む尊奈門に、両親は思わず顔を見合わせた。
「尊、お前、なんか変なもんでも食ったか」
「食ってない!」
甲高い声で父親に噛みついて見せるも、尊奈門はすぐにまた俯いて、しょん、と肩を落とす。
「
……
お前、何があったんだい?」
「小頭のところで、何か粗相でもしたのかい?」
母の優しい声音に、尊奈門は首を横に振った。
じゃあどうしたの、と尚も問いかけられて、尊奈門はなんだかちょっと胸の塞ぐ気がしたが、やがてポソポソと言葉を紡いだ。
「姉上が
……
」
姉上、と諸泉夫妻は再び顔を見合わせた。尊奈門が姉上と慕っている人と言えば、このところ雑渡の屋敷に通っていた監察の家の娘である。
「
……
ここのところ、お見えにならないのです
……
、
……
病にでも、かかってしまわれたのでしょうか
……
」
寂しそうな尊奈門に、夫妻は思わず迷ってしまった。
そもそもの話、彼女が首を突っ込んで手足を出してこの里に定期的に通う必要はなかったとか、寧ろ女一人で男一人こども一人の家に通うのは外聞が悪いとか、十一歳のこどもに言って理解できるものなのだろうか。
「
……
まあ
……
そうさなあ
……
」
なんとか間を繋ごうとした父を、尊奈門が上目で見遣る。
「あれじゃないか。婚儀の準備があるから」
「───こんぎ!?」
目を見開いて素っ頓狂な声を上げた尊奈門に、寧ろ首を傾げたのは両親の方だった。
「小頭と、武家の姫さまで、婚儀の話が上がっていると、話しておらんかったか?」
「───!!」
初耳である。正しくは、雑渡に夫婦(めおと)になる予定のひとがいたという事実を理解したという意味で、尊奈門にとっては初耳であった。
一方、里の住人で雑渡の婚儀の話を知らぬ者がほとんどいなかったため、夫婦は「話してなかったっけ」「さあ
……
」と二、三年前のことを思い出そうとしていたが、尊奈門の思考は埒外なところへ吹っ飛んでいた。
つまり、こうである。
雑渡さまにどこぞの侍の姫との婚儀があると知った姉上は、献身的に雑渡の身の回りの世話をしていたにも関わらず、一度も見舞いにすら訪れていない、どこぞの姫に追いやられたのか!?
……
雷撃に撃ち抜かれたかのような衝撃に、尊奈門はそれより後のその日の記憶を持ち合わせていない。
◆
稲刈りの時期がやってきた。
同時に、雑渡は忍軍への復帰を果たした。城下町内の諜報など、軽い仕事から肩慣らしをして、来年の夏頃の戦線復帰を目指すものだった。
黄昏甚兵衛は挨拶に来た雑渡に「生きておったのか」と言い放ち、監察の当主は慇懃に復帰祝いなどを寄越したが、高坂や山本をはじめ、忍たちは全員が雑渡の復帰を歓迎した。
「おかえりなさい、小頭」
「本当に寝たきりだったのですか
……
?」
「ご無理なさらず」
同僚や配下に労われて、雑渡はようやく、自分に伸し掛かって全身を強張らせていたものが、ほろほろと崩れて消えていくのを感じた。自分の居場所に戻って来れたことが、こんなにも安堵を連れてくるとは思ってもみなかった。
城に詰めたり、城下町の詰所に泊まったり、領地外に遠出することが増えると、雑渡は屋敷に戻らないようになった。
「尊、これ、明後日に私が戻ってくるまでに洗っておいて。野菜や米は、食べていていいから」
「
……
はい、雑渡さま」
屋敷に戻ったとしても、寝るだけだったり、荷物を置くだけで、長居をしないようになった雑渡に、尊奈門が寂しがっているのは分かっていた。しかし、雑渡には十日に一度、一緒に家事をしたり、風呂を焚いてもらったり、薬を塗るのを手伝ってもらうことくらいしか、尊奈門に構ってやる方法を思いつかなかった。
「いつも悪いね、尊」
囲炉裏の灰にさえ埃が被らないよう気をつけてくれている尊奈門に、雑渡は何かしてやりたかった。このこどもの献身あってこその、今の雑渡である。
「尊には世話になったから、礼をしなくちゃな。何がいいか、考えておいで」
ある日の昼下がり、雑渡が改まってそう言うと、まろい瞳をぱちくりとさせて、尊奈門は何かを言いかけた。が、しかし、すぐに口を噤む。そして、どこか申し訳なさそうに俯いて、ぎゅう、と袴を握り締めた。
「
……
何か、欲しいものでもあるのかい?」
雑渡が屈み込んで顔を覗き込むと、尊奈門は、意を決したようにして、ムン、と顔を上げた。
「私は、姉上にお会いしたいです!
……
また、ここに来ていただくことはできませんか
……
?」
あねうえ、と雑渡は脳内で尊奈門の言葉を繰り返した。尊奈門が姉上と呼ばうひとと言えば、ここ数ヶ月は思い出しもしなかった娘そのひとである。
そう言えば、ここ最近、というか、雑渡が家事をするようになってから、彼女が屋敷を訪うことがすっかり減った。減ったと言うより、見かけていないということに、雑渡は初めて気が付いた。ついでに、婚儀についての言及をした後、文のやり取りを一切していなかったことも思い出されて、雑渡は少しだけ気まずい心地になった。
「
……
だめでしょうか
……
」
雑渡が彼女について改めて思い出しているうちに、尊奈門はすっかりしょぼくれて、肩を落とし、俯いている。
「
……
分かった。陣左か陣内に頼んでおこう」
「───!!」
ぱあっ、とこどもの笑顔が輝く。つられて緩む頬に、雑渡はなんだか毒気を抜かれた気分だった。
一方、後日、「かくかくしかじか、そういうわけで、また来ていただけませんか」と山本と高坂に訪われた彼女は、心底からびっくり仰天していた。
「えっ、またお伺いして宜しいのですか」
「そろそろ、尊奈門も、将来を見据えて学び始める時期でございます故、今ほど小間使いのような真似事はできなくなるのです」
「あらまあ
……
」
口元に揃えた指を添えながら、そりゃそうか、と彼女は内心納得した。
今年、尊奈門は十一と聞く。尊奈門はいずれ雑渡の元で働きたいと言っていたから、そのためには今から準備やなにがしかの訓練をする必要があるのかもしれない。
「ですが、雑渡殿の
……
ご迷惑になりませんか?」
雑渡が家事を行うことができるようになるまでに回復した頃には、彼女は雑渡の纏う、こどもにも悟らせない、自分にだけ向けられた刺々しい気配を察していた。人手が足らないからとはいえ、あくまでも赤の他人を病床に招き入れるのは気が休まらなかったのだろう。雑渡が合理に寄っているから、自身の不快を言葉にしなかったのだと受け取った彼女は、今回も雑渡が望んだことではないと敏感に悟っていた。
「姫さま
……
、そんな」
「そんなことはございません」
山本を遮って、語気強く身を乗り出したのは高坂だった。山本も彼女も、瞠目して高坂を見やる。
「雑渡さまは、姫さまがいらっしゃらなくなってから、───ほとんど雑炊ばかり召し上がっていらっしゃいます」
「え、」
「あら」
何を言うかと思えば、雑渡の食事の内容である。二人は、思わず固まった。高坂は言葉を選ばずに話を続けた。
「手早く済ませられるからなどと、戦場でもないのに、合理に寄りすぎておいでです。しっかり食べて休まねばならぬところを、どこか焦っていらっしゃるようにも見えるのです」
「はあ
……
」
「どうか、姫さまから、きちんと屋敷に戻って食べて眠るよう、言ってくださいませんか」
「えっ、」
私が? と眉を寄せる彼女に、山本も向き直って、「是非」と身を乗り出す。
「ええ
……
山本殿などからお伝えしたほうが良いのではありませんか
……
?」
「気心が知れている故に聞かぬ耳もございますれば。姫さまのお手を煩わせるのは心苦しゅうございますが、どうか、お願いいたします」
「尊のためにも」
「
…………
」
高坂のダメ押しの一言で、彼女は渋々、承知しましたと諾を返したのだった。
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