猫澤
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「それで、その時瑞希が――と。もう別れ道に着いてしまったね。フフ、話に夢中で気づかなかったな」
「オレもだ」
 しゅん
「名残惜しいけど、また明日学校でね」
「ああ……
 類と付き合って一ヶ月 毎日学校で会えるけど 別れる瞬間は胸が切なくなる
……夜、電話してもいい?」
「! もちろんだ! ……待っている」
「うん」
 類の手が頬に触れる 合図 顎を持ち上げると触れるだけのキス
「じゃあ……あとでね」
 背中を見送る 時々振り返っては、まだ見てたのかい、と困ったように手を振る類
 本当は駆け出してその背中に抱きついてしまいたいけれど そんなことをしたらますます類を困らせる 我慢しなくては
 感触の残る唇に指 へにゃ 早く帰ろう 帰ってまたたくさん、類と話がしたい

   *

 類に告白されたのは三ヶ月ほど前だった
 進級を控えたある日 つい先日無事に追試を終えたところ
 類の部屋で映画を観ていると、隣に座っていた類がもたれてくる
「最近、なんだか妙に甘えてくるな……?」
「ああ、ようやく気づいたんだね」
 ようやく?
「なんだ、これも何かの実験か?」
「まあそんなところかな」
 ちょいちょい 耳貸して んん?
「実は――司くんのことを好きになってしまってね」
 ……好き?
「そ、れは、つまりなんだ、あれか? 類が、オレを」
「好き」
「好き……
 ……好き⁉︎
 その好きというのはどういう意味だ 友人として、という意味ならばとっくに類に好かれている自信がある 仲間としても
 ぐるぐるぐる
「え――演出家をも魅了してしまうとは……さすがオレ!」
「そうだねえ」
 するり 類の手が手の甲に重なる ビクッ 密着 近い
「るい、」
……わかってるんだろう? 僕がどういう意味で、君に好意を抱いているのか」
……
「好きだよ、司くん」
 熱っぽい声 真剣な顔 ふざけているみたいではなさそうだ
 すり
「好きだから、こうして触れたいし……
……っ」
「君を僕の腕の中に閉じ込めて、そうだね……、たくさんキスをしたいな」
「ぅ……
 突然そんなことを言われても困る
 顔が熱い どうすればいいんだ 類は知らんがオレはこういう色ごとには不慣れなんだ ええい鎮まれオレの心臓!
 顔を上げたらキスしてしまいそうな距離 オレは……
……る、類……
……
 ギュッと目を瞑ったそのとき
 ぱっ 類が離れる
「すまない。君を困らせるつもりはないんだ。ただ僕が、君に気持ちを向けてしまうことだけは許してほしくて」
「な、なんだそれは……?」
「フフ。今までどおり、仲のいい友達でいてほしいってことだよ」
 仲のいい友達……
 本当にそれでいいのか? やけに引き際あっさりしすぎではないか 恋ってもっと、こう、燃え盛るようなものではないのか 知らんが
 オレをこんなにもドキドキさせておいて、類の気持ちはその程度のものなのか?
「さ、映画の続きを観ようか」
……なら……
「ん?」
「好きなら、もっとオレを求めんか――‼︎‼︎‼︎」
……え?」
 オレの心をこんなに掻き乱しておいて、今更余裕そうな顔をされるのは腹に据えかねる 本気なのではないのか 恋の駆け引きだかなんだか知らないが、本気なら全身全霊をかけてでも求めるべきではないのか
――求めていいのかい? 僕、君が思ってる以上に欲深い人間だけれど」
「へ……ぬおっ」
 じりじり ソファーに追い詰められる
「おわっ、ちょ、類……?」
「ああ……、司くんはなんて懐の広い人なんだろう! さすが、未来のスターだ……! こんな僕でも受け入れてくれると、浅ましくも君を求めてしまう僕のことも愛してくれると、そう言ってくれるんだね?」
「いや、近…………あ、愛⁉︎」
「ま・さ・か、未来のスターが前言撤回なんて、まさかまさか、そんなことはしないよね?」
「うぐぅ……
 類は賢い それはもう、大変に頭が回る はなから心理戦でこいつに勝てるはずもない
 それに…… 少なからず、オレも、類に情がある
 キスをしたいとか、そういう欲はわからないが かけられた気持ちには寄り添いたいと思う 他でもない、類がそう願うのなら
 いや、だがキスはまだはやい
「こ……
「こ?」
「交換日記から……始めようではないかっ……!」
…………いまって令和で合ってる?」
 やかましいわ

   *

 結局二ヶ月ほど交換日記を続け、いまからちょうど一ヶ月前……オレの誕生日に改めて類から交際の申し出があった
 その頃にはすっかりオレの気持ちも類に傾いていて、晴れてオレ達は恋人としてお付き合いすることになったのだ
 ただ肩書きが増えるだけ――と思いきや、これが意外と心境の変化に大きく影響していて 類の腕の中にいると安心するし、キスをすると満たされる 傍にいるのがとかく心地よくて、二人きりのときはもうすっかり、寧々が見たら顔をくしゃくしゃにされてしまいそうなほど存分にイチャイチャするようになっていた
 きっとオレ達はいま、世界一……いや、宇宙一のラブラブカップルといっても遜色ない
 無論、互いの夢も尊重した上で、
 密やかに、秘めやかに、愛を育む毎日を送っているのである――


「そういえばお兄ちゃん、最近毎晩るいさんと電話してるね」
「ぬはっ、ごほっ、」
「だ、大丈夫⁉︎ お兄ちゃん⁉︎」
 天馬家朝食 フレンチトーストが気管に入りそうになった
 さすさす いやそれよりも
「なぜそれを……
「え〜? だってお兄ちゃんの声、アタシの部屋まで聞こえてくるんだもん。お父さんとお母さんも知ってるよ」
「嘘だろう⁉︎」
 ぶわ では類との会話をずっと聞かれていたというのか 全然密やかでも秘めやかでもないではないか
 ではなんだ、昨晩の……類に好きって言ってほしくて奮闘するオレも……
 その前の晩の、通話を切りたくなくてべたべたに甘えるオレも……⁉︎ 筒抜けだったということか⁉︎
 ホットミルクの入ったマグカップを持つ手がガタガタと震える
「ということは……まさか……オレと類が、お、おつ、おつ、」
「お付き合いしてること? もちろん知ってまーす」
 イェイ ガーン
「兄、一生の恥――
「そんな大げさな……

「でも水くさいなあ。アタシ達、お兄ちゃんから話してもらえるのずーっと待ってたんだよ?」
「む……。すまない。もちろん、機を見て類のことは改めて紹介しようと思っていたのだが」
「そうなんだ。じゃあ今度ウチにご招待しようよ! お母さん達もるいさんと話したいと思うし、アタシもご挨拶したいし!」
「挨拶?」
「うん! お兄ちゃんのこと、末永くよろしくお願いします〜って♪」
「気が早すぎないか……?」
 まるで結婚でもするみたいじゃないか まだ付き合い始めたばかりだというのに
「そんなことないと思うけどなあ。るいさんなら、きっとすぐに迎えにきてくれるよ」

「えへへ。……アタシも今のうちに、たくさんお兄ちゃんと思い出つくっておこーっと!」
 ぎゅむー!
「おわっ、こら咲希、……まったく」

   *

――それで、咲希がすっかり張り切ってしまってな。すまないが近々我が家に来てもらえると助かる」
「フフ、もちろんいいとも。歓迎されているようで僕も嬉しいよ。咲希くんとご両親の都合が良い日を後でアプリに入れておいてくれるかい?」
「承知した!」
 交換日記ではコストがかかるからと、先日からカップル専用のアプリとやらを使っている 互いのスケジュールを把握できる優れものだ
「と……もうここまで来てしまっていたのか」
「本当に、君と話していると時間があっという間に過ぎてしまうねえ」
 分かれ道
「名残惜しいけれど、君を攫う悪者にはなりたくないからね。また明日、学校で会おう」
「ああ」
 攫ってくれても構わないが そんなことをしたら優しい類は罪悪感に苛まれてしまうだろう それはいただけない オレ達の未来はハッピーエンドがいい
「それじゃ、またね」
「ん……
 類の体温が離れてく あれ 唇をとがらせる 今日はキスしないのか
 いつも去り際してるのに まさか類のやつ、忘れてしまったのか⁉︎
 キスをしない日があってもいい だが……
 類のカーディガンを掴む
「類!」
「ん? どうかしたかい?」
「何か忘れてないか?」
「忘れ……?」
「忘れているだろう! 大事なこと!」
「ええ?」
 ピンときてない類 言わねばわからんのか ぐぬぬ
「ん!」
 自分の唇を指でさす きょとん
……ああ、すまなかったね」
 ふふ ちゅ
「これで満足していただけたかな?」
……ん」
「ふふっ……やっぱりまだ帰したくないなあ。早く大人になりたいよ」
 ぎゅう
「大人になったら、かならず君を迎えに行くからね」
「? ああ。待っている」
 帰りだけでなく朝の登校も一緒にしたいということか?
 そういえば咲希も似たようなこと言っていたな オレとしては、類と過ごす時間が増えるのはうれしいばかりだが
 ……まあいいか 遅かれ早かれいずれその意味はわかるだろう
 いまはまだ、髪を撫でる類の手の心地よさに浸っていたい

 後日、類から卒業後同棲しないかと誘われ仰天することになるが、それはまた別のお話