ほしのまなつ
2024-10-07 05:06:15
4865文字
Public :一郎×3世短編
 

🥞🎩3️⃣/噂の男

居酒屋の店員に、おれはなる





※大学に通ってる3世くんルート






――っメフィストくん!?」

喉の奥からかすれた声が、
こぼれてしまっていた。

「そーそー、四年の先輩が相談事があるっつって釣ったらしい」
「うわ……先輩たちがっちり囲んじゃってんじゃん」

定番の居酒屋。
定番の個室には、いつもと違う光景があった。

先輩たちのテーブルで囲まれてしまっているのは、どんな相談事にも乗ってくれると噂の二年生、メフィストくん。
『メフィストくん』と呼ばせてもらっているが、メフィストくんは一年休学をしているので、実はひとつ上だ。
その彼が、すこし困った顔で先輩達の話を聞いている。

かくいう俺も新入生だったころ、ある相談でお世話になった。
いま目の前でちびちび日本酒を飲んでる、コイツともどもだ。

ジョッキやグラス、つまみの皿があふれるテーブルのうえで、折りたたまれたままになっているチラシには見覚えがあった。
このサークルに入った初年度、うちの地元にあった『だいだい様』という神さまについて調べている際、
俺たちは取り返しのつかなくなる間際まできていて、メフィストくんに……彼の『悪魔くん』に助けられたのだ。

ほんとうに同級生か? と疑いたくなるような小柄なメフィストくんを前にしても、俺たちはそれどころじゃなかった。
誰にこの話をしても笑われるか、気味悪がられるかのどちらかだ。まして家族には口に出せなかった。
警察の文字が頭をよぎったが、相手にしてもらえないだろう。

――そう、
俺は追いつめられていた。

――その手の話なら、あの子に相談するといいよ』

今となっては、誰に勧められたのか思いだせない。みずみずしい張りのある声だった。
吸い寄せられるように入った喫茶店だったのは、覚えている。
ふたりとも酷く疲弊して、心も体も限界だった。
何よりもこいつを、友人を……すでに巻きこんでしまっていた。

……だいだい様……土地神、なのかな?」
「!!! そう! たぶん、そうです……地元に残っている、うわさ程度のもので……

説明の声がふるえた。全身から力が抜けていく。
初めてだったのだ、この話をさいごまで聞いてもらったのは。
突然話しかけてきた男ふたりに、メフィストくんは嫌な顔ひとつしなかった。
おおきな目をそらすことなく、ただただ静かに。笑いもせず、恐れもせず。

「たったふたりで、闘っていたんですね」
「っ」

そう。そうだ。
恐れながら、怯えながら、俺たちは足掻いていた。確かにあがいていたのだ。
胸の奥から沁みだした、やわらかな何か。今なら分かる。
この件に関わってから俺ははじめて、安堵したのだ。

(あのチラシの電話番号、もうおれは分からないんだろなぁ)

そもそも、あの神さまの『噂地図』を作ろうと言いだしたのは俺だ。
俺が最初に聞き取りをしたのは、小さなころ俺にこの話をしてきた姉。
姉は、母から。母は、もういない祖父から……と、いった風に地図はどんどん出来上がっていった。
もちろん姉の同級生や小学校のころ一緒だった同級生たちにも、だいだい様の話を聞いて回った。

手紙が届くようになったのは、
地元から帰ってすぐだった――

最初、大学の寮でその手紙をもらった時、その中の誰かが送ってくれたのだろうと思っていた。

それが、はじまりだった。

あやふやだったはずの、だいだい様の容貌、声、口にする言葉。
送られてくる手紙の内容が、どんどんリアルになっていく。
手紙は、その頃にはもう両手の指では足りない数になっていた。

『だして』『いきたい』
『だして』『いきたい』
『だして』『生きたい』
『だして』『生きたい』
『だして』『行きたい』
『だして』

『いきたい、いきたい、行きたい』

だいだいさまの声が、いまも耳から離れない。

どんなにポストを塞いでも、
どんなにロッカーを施錠しても、
どんなに鞄を警戒しても……すべて無駄だった。

『だいだい様』は、詳細になっていく手紙の中身『そのもの』となって
おれたちのすぐ傍まで――

「えっ、じゃあすきな人はいるんだ、それもヒミツ?」
「同じ大学? もしかしてここにいる? それはないか~~」

わぁっと、はしゃぐ声が聞こえてくる。先輩達の方を見て、なぜだか俺は焦った。
さっきまで慎重に冷たいウーロン茶をくちにしていたメフィストくんの、まるい頬が赤い。
眉根はやっぱり下がったままで、おおきな目が困惑にゆれている。
間違えたのか、飲まされたのか。
中身がしっかりしているのは知っているが、いとけない容貌をしているので、すごくいけないことをしているような気持ちになる。

「うそ! 付き合ってないの? 話きこうか?」
「ね、もうお仕事のことは聞かないから……

チラシの文字が読めなかったらしい先輩たちが、メフィストくん引き留めようとしていたのまでは見ていた。
メフィストくんの仕事のことを聞き出そうとしては、何度もはぐらかされていた。
この分だと、もう一人の恩人までは引っぱり出せないだろう、と。
人懐っこい容貌をしているが、メフィストくんには明確な線引きがある。
だいたい、飲み会にくる自体がめずらしいのだ。
いまもあの古い映画館の屋上に通っているはずで、今日だってすぐに帰ると……思っていた。さっきまでは。

――じゃあ、メフィストくんがホットケーキ作ってるの? ほぼ毎日」
「めちゃめちゃ頭がよくって、口にするのは甘いモノばっかって……ミステリーの主人公じゃん! かっこいい?」

次から次へと、聞きこみのように質問が飛び交う。
メフィストくんは目を白黒させながらも、こくんっと頷いていた。

(まいにち、ホットケーキ……
(頭がいい、ミステリの主人公……

どこか覚えのある特徴に、聞いちゃいけないモノを聞いているようでいたたまれない。
酔いがまわってきてしまったのか、メフィストくんは耳のふちまでじわっと赤くなってしまっている。

「背ぇ高いの? コイツより?」
「へ? ……っ」

突然話を向けられ、俺も友人も固まってしまう。
色とりどりのネイルがきらきらしてる指で手招きをされ、気づけばメフィストくんの隣に連れて来られてしまっていた。
こんな飲み会の席でもメフィストくんは白いシャツの上まできっちりとボタンを留めていて、でもあの時と違って下はゆるいチェックのパンツだ。
裾を少しまくっていて、ほそっこい足首がきれいな正座からのぞいていた。
まるい目は少し困っていて、こうして見ると本当に童顔だ。

「えっと……その節は」
「いえ、おれたちも家賃たすかったので!」

しっかりと受け答えしているようで、あの時と違ってどこかぼんやりしている。
頬は色づいたまま。あんまりお酒は強くないのだろう。
薄いまぶたが、ゆっくりと瞬いている。たぶん、いや確実にこれは眠いのだ。
さりげなくお冷を頼んで、彼を早く帰そうと頭を懸命に働かせる。
このままここに居続けるのは、よくない気がした。

「っ」
「だ、だいじょうぶ?」

ガラスのコップ中で、
透明な水がちゃぷんっとゆれる。

――て、ちっちゃいなぁ)

ゆびが、見た目よりもずっと細い。
とっさに手がのびてしまったが、おかげで間に合った。

「ぬれなかった?」

こくんっと頷く顔が、しってるものよりずっと幼い。
つめたいコップを受け取りそこねたメフィストくんはやっぱり眠いみたいだ。
『にぃに!』と付いてまわる歳の離れたちいさな妹が、手にしたものをよく落とすので、こういう対応には慣れている。
コップごと掴んでしまったメフィストくんの手はお酒のせいかあたたかくて、ちいさい。すごく。

(あまい、におい、だ――……

どっと、背中を汗がつたう。
酒には強いはずだが、俺もいい加減酔っているのかもしれない。
ここまで近づいて気づいた。メフィストくんからほのかに桃の香りがする。
香水だろうか? あまい果実の香りはよく馴染んでいて、メフィストくんにぴったりだと思った。
指に、ぎゅっと力が入る。そのときだった――


――メフィスト」


「??? あくま、くん?」
「へ? …………

ドンッ!

奪われたコップが、テーブルをゆらす。
割れていないことが不思議なくらいの勢いだ。
当然、メフィストくんの手も奪われてしまっていた。

「あくまくん、なんで?」
――迎えに来た」

見覚えのある銀髪の男が、
居酒屋の薄暗い明かりの下で無表情に言い放つ。

埋れ木一郎。
メフィストくんの、悪魔くん。

忘れるはずがない、俺のもう一人の恩人だ。
どうやったのかは知らないが、メフィストくんといっしょにだいだい様を元の場所に還してくれた。
不機嫌そうにみえるが、そういうわけじゃないとあの時メフィストくんは言っていた。誤解されやすいのだと。
――いまの彼は『不機嫌』で、間違いない。
まえに会った時よりも、声がさらに平淡だ。
騒ぎ立てると思われた先輩たちは、それぞれジョッキを手にぐっと押し黙っている。
男は……埋れ木一郎はコップを奪ったあと、なぜかメフィストくんの手をずっと握っているのだが、あまりにも自然で誰も何も言わない。
メフィストくんは唐突に現われた男を、ハテナいっぱいの顔で見上げたままだ。
そうして、とうとうメフィストくんを誘った張本人の先輩が、重い口を開いた。

……えっと……メフィストくん、そのひと」

「毎日ホットケーキを作ってもらっている天才……らしいな?」
「ここあも」
「ココアも、だそうだ」

興味を隠しきれていない声に、淡々とした声が被せられる。
「あくまくん、いつからいたの?」とメフィストくんに聞かれているが、答える気はないらしい。
ぎゅっと握られたままの小さな手が、困惑とは裏腹にうれしそうにゆれている。

「僕の紹介はもういいか?」
「うん」
――君、眠いだろ。埒が明かないな……っと」

早口で言い放たれたセリフのあと、
俺たちはますます身動きが取れなくなる。

ひゅ……っと固唾をのむ周囲など、目に入ってない。
するつもりもないらしい。
ぐっと当然のようにのびた腕に、あたまが追い付かない。

――お、お姫さまだっこ、だ?

ぼそぼそと口早に呟いた男はメフィストくんを、それはそれは慣れた手つきで抱き上げていた。
腕の中にすっぽりと収められたメフィストくんは、きょとんとしたまま自由になった手で、ぺたぺたと無表情な男の顔を触っている。

……ほんもの?」
「本物だ」
「しゃしん、とりたい……
「駄目だ。帰るぞ」
「あくまくん、おむかえなんで?」

「おれ。きょう、いけないってゆったよ?」と、首をかたむけるメフィストくんに答えず、
彼の悪魔くんはようやくコチラに視線を向けると、わずかに頭を揺らす。たぶん会釈だ。
この場に衝撃を残したまま、帰るつもりなんだろう。

(?? なんだ?)

じっと寄こされた視線が外れない。
忘れ物にしては、表情が険しい。

――ひとつ、いいか?」
「へ?」

「僕は付き合ってるつもりだ」

だから正しくは、
メフィストのホットケーキを毎日食べている
メフィストの男だ。

「あ、ハイ」

そう。きっちりと訂正した埋れ木一郎は、世界中の不機嫌を集めたような声で言い放ち、
ジタジタと暴れるメフィストくんのおでこにチュウをして黙らせ、奪い去っていったのだった。





ちなみに。
一部始終を見守っていたらしい店員にまで『お、おしあわせに!』と見送られ、
『幸せだが?』と即答した天才に、拍手が起こったとか起きないとか。

翌日、なんとか一限目ぎりぎりに駆け込んだメフィストくんが、
めずらしくタートルネックをきっちり着ていたのは、また別の話だったりする。