ほしのまなつ
2024-09-22 00:38:56
3901文字
Public :一郎×3世短編
 

🥞🎩3️⃣/砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない

ふいうち大正ロマン

※時代背景捏造





「??? なんで?」

……気分転換だ。仕事はちゃんとしてきた。いらっしゃいませ、じゃないのか?」
「ちゃんとしたお客さんならな」
「君の言う『ちゃんとした客』の定義は?」
「~~~そういうこと聞いてこないひと! ホットケーキでいい?」

聞いてしまってから、甘やかしちゃってるなぁ……と今さら思う。
返事の代わりに形の良い頭をゆらした一郎が、この喫茶店に来たのは三回目だ。
一回目は仕事で。二回目はホットケーキをふたりで。
すっかり給仕が板についてしまったメフィストの目のまえに、客として現われたのが三回目。いまだ。

「やち、ん……んん、依頼人のひと、どうだった?」
「問題ない。引き続き調査だ」

今日は、やっと舞いこんだ依頼人と会うのを任せてしまっている。
やっぱり付いて行こうか? となんど確認しても『できる』『問題ない』の一点張りだった。
書生風の黒い袴姿の一郎は、依頼人と会うためにメフィストが見繕ったものだ。
面倒くさそうな顔を隠そうともせず、だけどメフィストの気のすむまで好きにさせてくれた。
長身で、骨格のはっきりした一郎にスタンドカラーのシャツが馴染んでる。
あれだけ『要らない』『必要とは思えない』と言っていたケープコートもちゃんと羽織ったまま。
店内の人工的な明かりの下でも、色素のうすい一郎にコートの深い赤がよく映えていた。
さっきから給仕の女の子がチラチラこちらを気にしているのが、ちょっと誇らしい。

「おれ、もうちょっとで上がるから。このまま待ってて」

メニュー表を渡しながら、こしょこしょ小さな声で確認する。
ちょうど奥の角席が空いたばかりだ。フロアも落ちついており、一郎が来るのには良い時間だったかもしれない。
今月に入り、フロアの給仕だった女の子がひとり辞めてしまい、気づけば本業よりも多めにこちらに入り浸ってしまっている。
そもそもメフィストは本来、キッチン担当だったのだ。
繁忙期にフロアを手伝った際、やけに受けてしまい給仕も時間によっては任されてしまっている。
エプロンをまとった着物姿の女の子たちに交ざる、黒いベスト姿が珍しかったのだろう。
次に出勤した際には、丸い襟のラウンドカラーシャツと、赤いベルベットのリボンタイが用意されてしまっていた。
なぜか小さなフリルがついたエプロンも。
接客は嫌いじゃない。台所だけの時よりも時給が良いので、流されてしまっている。

そのおかげで先月、
本業のほうの仕事も舞い込んできたのだけれど。

(ココアも、いれてやるか)

一郎とゆっくり顔を合わせるのは久しぶりだ。ココアを作るのも。
このままうちの夕食に誘ってもいいし、三日あけてしまった研究所の様子も気になる。すごく。
目の端でとらえた一郎は、素直に居座るつもりらしく読書の体勢に入っていた。

逢魔が時までにはまだ、時間があった。
それでも帝都の夕暮れは、にんげんにとって危険をともなう。
あの帝都を崩壊させた大震災のあと、修繕もままならず放置された社がいくつあるのか……
それだけじゃない。
修復が不可能なまでに、呪力をうしなってしまった社も少なくない。
――その結果、あるべき結界は機能をうしなったまま。
いまや帝都を守護するはずの結界は、充分に機能していないのだ。
守りをうしなったこの地に、いつ、どの魔が侵入するのか――
もはや誰にも分からない。

そのために一郎が、
悪魔くんがこの時代にいる。





「いらっしゃいませ……あ!」
「こんばんは、3世くん」

カラコロと扉の音が、静かな店内に響く。
見覚えのある長身の青年は、メフィストを視界にとらえると目許をやさしげにゆるめた。
先月の依頼人だ。
上背があり端正な顔立ちをしているが、どうにも仔犬のような親しみがあるのはこの笑顔のせいだろう。
青年は、役者志望だった。
田舎から帝都に出てきたものの、どの劇団にも入ることができていない。

悪天候。電車事故。
スリに、人違い。

オーディションを受けるたび、何らかの妨害に遭いまくり、生活もままならない。
もはやこれは、妖魔かその類のモノなんじゃないか。
じぶんは魔物に魅入られてしまったのだろうか?
そう思い詰めていた男と、この喫茶店で出会ったのは、メフィストだ。

「弟さんとは……
「うん。ちゃんとはなしできたよ。今週には実家に帰るんだ」
「あの、身体の方はなんとも?」
「うん。君たちのおかげ! よく寝られるし、すっきりしたよ。やっぱり弟は可愛いし、あのままあの家に置いておけない。
今度こそちゃんと生活基盤をつくって……家を出るなら、次はあの子と一緒に出ようと思ってる。今日は、いったんお別れの挨拶にきたんだ」

男の厄災は、悪魔が原因ではなかった。
――彼のちいさな弟のものだった。

当初、一郎と調査したときには、
『こっちに引っ越す時、知人に譲ってもらった鏡台があって……
などと、しきりに気にしていたが、いかにも曰くのありそうな鏡台は、本当にただ古いだけの家具だった。

問題は、実家からの仕送りにあった。

『米、酒……赤い鶴の折り紙……その上、母方の実家は『倉橋』か?』
『?? ええ、祖母が倉橋です。折り紙は、弟が――
『なら呪いは弟だな』

倉橋という名字は、土御門の流れをくむ陰陽師の家系にあるものだ。メフィストも、一郎の説明で知った。
なにか資料が残っていても不思議じゃない。効果を見れば、呪術の才能もありそうだ。
見よう見まねで、兄を呪ったのだろう、と。

――来年から高等中学校に行くんだ、あの子。昔から頭がすごくよくて……兄ちゃんの後ろについて回るような分かりやすい可愛さはなかったけど、時たまふと『宿題だから、本を読むの聞いてて?』ってちっちゃい声で僕のシャツをひっぱってくるような……
「かわいかったんですね、弟さん」
「そう、そうなんだ! 僕が出て行くときもワガママひとつ言わなかった。……言えなかったんだ、だから」

思春期を迎え、はっきりと怖いものを見るようになったことも。
それらから守るように、分厚い眼鏡をかけるようになったことも。
居なくなった兄に代わり、親からの重圧も束縛も酷くなったことも。

何も知らない、
知ろうとしなかった――

じぶんを残して遠くにいってしまった兄を、
呪うほど追いつめられていたことにも。

「3世くんにここで初めてあった日。写真のモデルに来たのに。僕、恥ずかしいほど泣いちゃったでしょ」
「えっと……ちょっとびっくりしました」

そう。
宣伝用の写真に載せる男性モデルが、まかないでつくったホットケーキを口にしたとたん、ぽろぽろ、ぽろぽろ子どものように泣きじゃくるのだ。
驚いたけれど、変だとは思わなかった。
『おとうとに、たべさせたい』って。
格好の良い上背をまるめ、ひぐっと嗚咽交じりにそんなことをくり返しては、大粒の涙がこぼれていく。
やさしい、にんげんだと思った。
話しを聞けば前述のとおり、偶然にしてはトラブルが多すぎた。
そうして無事、千年王国研究所の案件となり、事態は収束したのだ。
あれから何度か喫茶店を訪れ、そのたび店内の女の子たちの頬を染めさせていたが、とうとう決心がついたらしい。

「それでね、これ。ちょっとしたお礼なんだけど」
「!!! 欲しかったやつ、です!」
「よかったぁ……紅茶が趣味って言ってたろ? 人に聞いたら絶対にこの店の茶葉がいいって……

――ガシャンッッ!!

「あくまくん……!」

店内にガラスの割れる高い音が響く。
音がしたのは店の奥……一郎が座っている場所だ。
話しの途中だったが、そこにいる誰よりも早くメフィストの足は動いていた。

……コップ、落としちゃったの?」
「すまない……
「こら、うごくな! すぐ片付けるから……

上から下まで……注意深く見たが、ケガはない。
袴がすこし濡れてしまっただけ。グラスが割れるのは珍しいことじゃない。
更衣室を借りた方がいいのか……このまま帰した方がいいのか。
迷っていると、エプロン姿の女の子が『3世くん!』と、掃除用具を準備しながら目で促してくれる。
一郎とメフィストが従兄弟だとしっている子だ。

「あくまくん、とにかく着がえ……
「ん」
「ほら、こっち」

ガラスの破片が散る水浸しのそこから、一郎の手をひく。
おとなしくメフィストにされるがままの一郎はめずらしかったが、助かった。

「あの! また、いつか……!」

ようやく余裕ができて、さっきまで話していた青年に、ぺこりと会釈をする。
聞きたかったことは聞けたし、一郎にもあの兄弟の顛末を教えてあげたい。
幸い、途中で投げ出されてしまった青年に気を悪くした様子はなかった。
素直に手をひかれる一郎は、ほんとうに珍しかったし……絶対に言わないけど可愛かった。

……う~ん」

ゆるっと手をふった青年が、ぽつんと最後に呟いたセリフは、必死のメフィストには届いていない。
すれ違った瞬間から、さいごまで。
『悪魔くん』と呼ばれていたあの天才は、刺さるような視線を寄こしていたのだ、ずっと。
警戒されてるのかな? と思ったがちがう。
あれは――

「とらないのに、なぁ」





守護をうしなった帝都には、まもりびとがいる。
『悪魔くん』と呼ばれる赤いマントの青年と、かれの小さな悪魔。

これは、彼らの物語である。