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ほしのまなつ
2024-07-13 22:38:28
2502文字
Public
:一郎×3世短編
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🥞🎩3️⃣/あくまで軟禁生活!
いちろうくん、はじめる
『言葉をさぼっては、いけないよ』
これはあの小さな悪魔が、両親から言われてきたことらしい。
「おはよう」「おやすみ」はもちろん、「愛してる」までがあの家の日常だ。だからあの子はどんなに呆れても怒っても、一郎に言葉をぶつけることを諦めない。なんなら『それじゃ嫌われるぞ』などと小言めいた忠告までしてくる始末だ。
当時の一郎は、妙に耳に残るこの悪魔の言葉ひとつひとつを肩をすくめながら聞いていただけだった。
――
いやな気持にはならなかった。
『嫌われるぞ』と言っていたが
『嫌いになるぞ』とは言っていない。
そのことにあの悪魔は気づいているのだろうか。
それに、どれだけ安堵していたかを
――
。
十二月のイベントを控え、やたらと彩られた街並みは、誰が見てもうつくしいのだろう。歩幅も、考えも、なにもかも違う悪魔の子の見上げてくる頬が、やわい光にふちどられていた。
(
――
ああ、これがほしいな)
手がのびそうになったのは、無意識だった。
ぐっと耐えた手のひらを握りこめば、『悪魔くん?』などと細い首をことりと傾げ、すぐに手を差し出してくる。
ちいさな手だ。
この手に
……
この子に、むくいることが叶う『悪魔くん』は、どんなにしあわせだろう。
――
それは、
手遅れの恋だった。
* * *
「
――
悪魔くん。おれ、しばらく魔界に行く」
「
……
は?」
どういうことなのだろう。
借りっぱなしになっていた古書から顔をあげれば、目の前で白い湯気をただよわせたココアが、定位置におさめられる。
黄色いエプロン姿のまま、銀色のおぼんを抱えたメフィストもいつも通りに見えた。解決までに一か月使った案件は、昨日ようやく片付いたばかりだ。ほぼ毎日ともにすごし、毎日一郎のホットケーキを焼いていたメフィストにだって休みは必要だ。
ここは『そうか』と快諾すべきところだろう。
「なぜ、いま?」
魔界へ? という言葉は、無意識に引っ込めてしまった。
ぎゅっと見上げてくる丸っこい目は真剣だ。『行こうと思う』ではなく『行く』と言い切っているのも気になった。
「悪魔くんさ、最近すごく頑張ってるだろ?」
「
――
それと何が関係ある」
「ええと
……
例えばさ、今回の進学校の怪異調査、悪魔くんは被害者の生徒に言葉を選びながら、慎重に聞き取りしてた。それに、おれだって途中から腹が立って仕方なかった問題の顧問にだってさ、最後まで話をさせようと誘導してただろ? 今回一か月ですんだのは、そういう対応を悪魔くんが最後まで惜しまなかったからだ」
「
――
君が瘴気の元になったあのカラスの意図に気づいたことが大きい。僕じゃあれが恩返しのつもりだったとは思わない」
実際そうだ。
気に入ったにんげんを害された半妖の暴走。よくある事件のひとつだと一郎は判断した。アレはただただ、一心に一途に、あの生徒を護ろうとしていたのだ。
「ちがうよ。悪魔くんが、ちゃんとあの子の声を
……
こころを聞き出せたからだ」
だって『言葉』は、さぼってはいけないのだ。
きみが大事にしていることだ。
だからぼくも
――
「悪魔くんのとなりにいる俺が
――
メフィストが、このままで良いわけがない」
ゆるぎない眼差しが、まっすぐに一郎に預けられる。
つまり『悪魔くん』のために魔界で修業をするつもりなのだ、この悪魔は。どれほどの時間を費やすつもりなんだろう。
眩暈がした。
(
……
ちがう)
きみがほしくて
――
きみの望む相棒というものを考えて考えて、ひっしに答えを探している真っ最中なのだ。
いま手放してはならない。
手放せるはずがない。
(ぼくは、)
十二使徒と肩を並べ、ヒビのない笛を奏で、
地上すべてのしあわせを願うような、
みんながのぞむ『悪魔くん』ではない。
(ぼくは
――
)
すきな子が、じぶんのためにホットケーキを焼いてくれる。
がんばればがんばった分だけ、じぶんのことのように目許をゆるめて。
(
……
これが、ほしい)
ありきたりで分かりやすい、利己的なしあわせをこれからも願うだろう。救世主としては失格だ。
――
だけど愚かな救世主ではない。
メフィストは一郎の『良心』だ。この小さな悪魔をかなしませるような、愚かな救世主にはぜったいにならない。
「あくまくん?」
おぼんをぎゅっと抱えたメフィストが、ゆっくり首をかたむける。こんな時ですら、ココアの匂いにつられてカップに手が伸びた。なじむ甘さが咥内を充たす。小さな黄色い花が描かれたカップは、先月いっしょに買ったものだ。
なんでもいいと言う一郎に、すきな色は? かたちは? と、なんども聞いては確めて。『あくまくん、これすき?』って。
一郎を見上げてくるメフィストはずっと、ずっとたのしそうだった。
「
……
メフィスト」
「な、に? えっ?」
あどけなさを残すひとみが、とまどい、ゆれている。
他人の目にこれはどう映るんだろう。
こんなにも、かわいくてかわいくて仕方ない。
ジャマなおぼんを取り上げ、きょとんっとしてる悪魔の前に跪いてやる。掴んだ手のちいささには、いつまでも慣れない。
「
――
僕は今から君を、この部屋から出さないつもりだ」
「へ?」
「きみがいないと困る」
「だから魔界に行ってる間は、伯父さんにもパパにも研究所の支援を
――
」
膝をつく一郎に驚きつつも、決心は少しも揺らがないようだ。
『メフィストフェレス』の矜持と誇りを持つ魂は、苦しくなるほどうつくしい。
「ぼくが、きみがいないと困るんだ」
手のひらに収めたゆびに口づける。
わかりやすく跳ねる細い肩。ぱちぱちと瞬くまるいひとみ。
じわっと耳のふちが赤くなるのを、見逃してやれない。
(
――
ああ、)
(かわいそうに)
振りほどく力はあっても、そうしない。できない。
かわいくて、かわいそうな一郎の悪魔だ。
ココアの甘さが残る口もとが、どうしたってゆるんだ。
「メフィスト」
この子が動けなくなる呪文を、
一郎はもう知っている。
・
・
・
※これは、のちの『千年王国研究所メフィスト3世軟禁事件』プロローグである
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