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ほしのまなつ
2024-06-13 12:39:51
2370文字
Public
:一郎×3世短編
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🥞🎩3️⃣/宝石になる日
いちろうくん、気づいてしまう
(※千年王国研究所さいしょの頃のふたり)
・
・
・
ザァァーー
鈍色のそらが、低く唸る。
軋んだ扉の音とともに入り込んだしめった空気がやけに重い。
雨の日にやってくる来訪者に、ろくなものはない。
とくに助手が不在の日は、面倒なことが多かった。
「へえ、ずいぶん片付いたねぇ」
「
――
きみの息子がほとんどやった。知ってるだろ?」
「3世が役に立ってるみたいでうれしいよ」
片付いたというよりは、マシになった程度だ。
ちいさな身体で研究所の中をくるくる動き回る悪魔の子は、まず台所が機能することに力をいれた。
いまとなっては間違いなく、ここでいちばん整えられた場所だ。
そしてホットケーキで一郎が釣れることに気づかれた現在、それを餌にあれこれと指示を出してくるのだ。
『すぐ読むやつはこっち!』
『あとにするのは奥の棚な?』
『これは縛って、取りあえずそこにまとめて
……
』
ふたりの仕事場なんだから、
ふたりで片付けんの!
――
そう、腰に手をあてハタキを振る悪魔に、適材適所という言葉を知ってるか? と問いたくなったが、
不慣れな作業にぐったりしている一郎に寄こしてくるココアは悪くない。
まだ練習中といっているホットケーキも。
失敗だと、つむじを見せてうつむいていた最初から一郎はすきだ。
おかげで当初よりも片付いてはいるが、まだ依頼人を呼べるレベルにはほど遠い。
それだって、ぜんぶこの男には筒抜けだろうに。
「ここだけの話なんだけどね」
「
――
メフィスト2世、ここだけの話と切り出されたものが、ここだけであった試しがないのを知ってるか?」
「うーん、今はそういうのいいからさ」
――
いまから君に、大事な話をする。
落とされた声に、ページをめくる手が止まる。
忠告と言うよりも脅迫に近い空気をまとわせた姿は、父親というよりも義父の第一使徒の影が濃い。
「3世のおばあちゃん。僕の母親が、魔女なのは知ってるだろ? 3世はさ、ほんとうに母によく似ていてねぇ」
義父から名前だけは聞いている。
あのメフィスト老を射止めた女傑だ。それが今さらなんだというのだろう。
「魔女はこころで魔法を使う。心を裏切れば、魔力は失われる」
「
――
聞いたことがない」
「彼女たちの弱点だからね、吹聴するわけがない。一郎くん、魔力を失った魔女はどうなると思う?」
「
……
僕に、それを話してどうなる」
ながく居座るつもりは、ないらしい。
わずかに裾を濡らしたコートも脱がず、一郎へと視線が預けられた。
「ただの石ころになるんだ。どこにも還れない、ひとりで冷たい石になり果てる。
約束を破る、契約を反故にする
――
ぜんぶ命取りなんだよ、たったそれだけのことが」
あの子と不用意に約束をするな。
あの子を裏切るな。
「うん。まあそういうことだから
……
あ! これ研究所設立のお祝いのクッキー、3世と食べてね」
そう言って艶のある黒い紙袋をテーブルに置く男は、別人のように父親の顔になっている。
止むそぶりすら見せない雨の中、来訪と同様に唐突に帰ってしまったが、息子がいない時間を狙ったのは明らかだった。
「
……
まじょ」
ぽつんと呟いても、くちに馴染まない。
呪いのような忠告は、まるで知らない世界のおとぎ話のようだ。
(
――
いや。ちがう)
これは現実だ。
悪魔なのに、ひなたの色のエプロンなんか持ち込んで。
なにがそんなに楽しいんだろう? 僕といても、けらけらとよく笑う。
大人たちがきめた相棒だ。手遅れになるまえに、突っぱねればいい。
もとの一人になるだけだ。
「
……
ちがう
――
、」
ちがう。
もう手遅れだメフィスト、
君がいないあしたが、僕にはもうわからない。
* * *
「え? パパそんなこと言いにきたの?」
「それも置いていった」
一郎が机上の紙袋についっと視線を向ければ、分かりやすくまるい目が輝く。
ひるがえった黄色のエプロンが、やけにまぶしい。
「これめちゃめちゃ並ぶやつだ! 悪魔くん、さきに好きなの選べよ。ここのクッキー美味しいんだぜ?」
「
――
2世が言っていたことは、ほんとうなのか」
「うーん
……
嘘ではないけど
……
ちっちゃい頃あそぶ約束してさ、
忘れられちゃったのか公園に誰もいなくって体調くずしたぐらいだよ。パパはちょっとおおげさ」
魔女の血をひく悪魔の子は、なんでもない風にそんなことを言う。
だれだ、君にそんなことしたやつ。わけもなく腹の底がザラつく。
「
――
ぼくは
……
」
「あくまくん?」
「僕はまだきみと信頼を結べていないと思う。
だけど君を石にするつもりはないし君とする約束は、ぜったいに破らない
……
それでいいか?」
「えっ」
「いますぐにとは言わない。ぼくを信用しろ。ひとりで石になるな」
――
いいな? メフィスト
強い口調のくせに、ひっしに懇願する小さな子どものようだ。
じっと返事をまつ一郎に、彼の悪魔はこくんっと頷いてしまう。
――
約束はしない、じゃなくて、ぜったい破らない。
(どうしよ、)
とくっと鼓動がはねる。まっすぐな目は少しもゆらがない。
それだけを伝えてきた一郎は『チョコをもらう』と有名どころのクッキーに手をのばしている。
びっくりした。
やっぱり分かりにくいし、ホットケーキじゃないと動かない。
……
だけど。
だけど、この身体にぬくもりのあるうちは、
彼の願いをきいてあげたい。叶うならずっと。
―――
そう、ちいさな悪魔は思うのだった。
・
・
・
覗きこまれた水晶の先で親たちが、
『
……
プロポーズじゃねぇか』
『プロポーズだね』
などと頭を抱えていたのは、また別のはなし。
・
・
・
(きっと、宝石になる)
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