🥞🎩3️⃣/そして、にちようびに

いちろうくん、お砂糖を喰らう。

◆そして、にちようびに






「あくまくん、きいてる?」
……聞いてないように見えるか」
「そうじゃなくって!」

――話がある、と言われたのは昨日だ。

訪れるのは夜遅くなりそうだと告げれば、
『じゃあさ、あくまくんお泊りする?』などと、のこのこ一緒に眠る口実をつくってくれたのは、この小さな悪魔だ。
さっきまで、上達したホットケーキの腕を披露したり、そのままお茶会をしたり、あのケットシーにお使いをさせた話をしたり……
相談事そっちのけで、全力で一郎とのお泊りをたのしんでいたクセに。

あとはもう寝るだけといったリネンの寝巻き姿で、なにやらむずかしい顔をしている。
思わずページをめくる手を止めたのはついさっき。
クッションまみれのキングサイズのベッドの上で手招きをすれば、少し悩むそぶりを見せながらも、きゅうっと一郎の足のあいだに収まってくれた。

…………
「あくまくん?」
――いや、何でもない」

ここがきみの定位置だと教えたのは一郎だ。それにしたって、こんなに素直でいいのだろうか。
この子の魔界の祖父に見られたら、ものすごいしかめっ面をされそうだ。確実に。
そのまま頭のうえに顎をのせれば、石鹸の匂いにまじって日向の香りなんてする。
シーツからも同じ匂いがするので、確実にお泊りの準備を白昼からしていたのだろう。

(人懐っこいにも、ほどがないか……

白悪魔の中でも、メフィストの名を持つ者は特にその傾向がつよい。
そんなことは養父からさんざん聞かされていたが、実際に対面してみると複雑だ。
一郎はたまたまこの子の監視を請け負っているが、義父の真吾ほど実力がない自分が任されているぐらいだ。
自分などより温和で、悪魔の扱いに長けた人物はいくらでもいる。
もちろん危害を加えられたり、悪用されるようなことがあれば、伯父である真吾はもちろん、その前に”メフィスト”が黙ってはいないだろう。
こんな場所に隠していたかわいい悪魔の子を慎重に手なづけて、監視役をかって出ているのだから、一郎だって危害を加えうる側の一人に過ぎない。

……どうしたら、)

どうしたら、理由がなくてもいっしょにいられるんだろう。
どうしたら、手放さずにすむんだろう。

どうしたら、笑ってくれるんだろう。


どんな魔法陣よりもむずかしい。でも諦めたくない。
とにかくここの監視から外されることのないように、回された仕事に関しては以前よりもこなしているつもりだ。
今日は泊まる予定だったので、すこしだけ無理もしてしまった。すでに眠いのだが、この子よりも先には寝たくなかった。
あくまくん、ちゃんとねてる? などとこっちの顔を見ていちばんに言われてしまったのも、ごまかしたつもりだ。
ことりと少し首をかしげながら見上げてくる子は、だらしのない悪魔くんに目くじらを立てるというよりも、心配の方がおおめに滲んでいる。
ほんとうにタチがわるい。

「ああ、ケットシーが、なんだって?」
「この近くの猫となかよくなって……

その仲良しの猫の姿が、ここ最近、見えなくなっていたらしい。
それが今週になって、ちっちゃいのたくさん引きつれて、にゃあにゃあ挨拶にきたそうだ。
神妙な面持ちでそう語る子は、祖父から渡されたというスマホのフォルダの中からふわふわした小さなイキモノを指差して「あかちゃん、」などと見せてくる。
きゅっとつりあがる得意げな目許に、思わず「……かわいいな」と早口に零してしまったのは仕方ない。
「うん」なんて、やっぱり得意げに頷かれて、一郎はぐっと息をのみこんだ。

――で、猫がどうしたんだ?」
「ねこはおしまい。あくまくん、手だして?」
「手?」

ころん、ころ……

一郎の骨ばったてのひらに収まる、星屑みたいな白いかたまり。
そういえばお茶会のとき、銀色のちいさなポットに同じものが収まっていた。

……砂糖?」
「そう。ずっと練習してて……おれ、イナズマも氷もちゃんと出せるのに、これだけはむずかしくって」

パパが得意だから、おれもちゃんと出せるようになりたかった、と。
いっしょに暮らしていない父親のはなしを、ぽつんとこぼす。
これも今週になって突然できるようになったらしい。

「そんで、そのお祝いでもらったティーカップで、さっき悪魔くんとお茶した」
「へぇ」

そういえばいつもと違うカップが机のうえに並んでいた。
淡い水色の色調のティーカップとソーサー。
ずっと探していて集めていたのだと、今さら知る。大事なものを自分とのお茶会に使ってくれたことも。
もっと早く知りたかった。
お茶会のあいだ、むずむずとゆるんだくちびるが、ただただ可愛くて……その『特別』に一郎は気付いてやれていない。


――ねこが月ようび。おさとうコロリンが火ようび。鏡つかってパパにみせて、ママもにこにこしてくれたのが水ようび。
おじいさまのお祝いがとどいたのが木ようび。マルがお使いのついでに、探してた薬草までくわえてきたのが金ようび。
そんで話あるっていったら、あくまくんがお泊りの約束してくれたのが、きょう。どようび……

「??? よかったな?」

ケットシーのなまえ、『マル』にしたのか。
『クロ』にしようかと悩んでいたとき、『安直だな』と零してしまい、もうあくまくんには教えない! と言われてしまったのだが。
一郎と話すことに夢中になっていて、バラしてしまったことに気づいていないようだ。

「あくまくんといっしょに寝てるの、おじいさまが『欲をもらっているのか?』って。そうじゃないならダメだって。
……やさしいのは、おまえに悪さをしたいだけだから、気をつけろって。
でも、あくまくんプールつれてってくれるし、マルをおいだせっていわない。おとまりも、約束したらぜったいまもる」

ちがう? って。
無防備に聞いてくる子に忠告したメフィスト老の警戒は、正しい。
こんなにかんたんに、にんげんのことなど信じたらだめだ。
それでも、どこか不安そうな顔をする子に訂正する気にはなれなかった。
あどけない信頼ごと、まもってやりたかった。

「話は、これでぜんぶなのか?」
「うん」

なんでもない。他愛もない、ちいさな可愛い日常だ。報告したかっただけなのだろうか。
それにしたって、むずかしい顔をしている。

……あくまくん、流れ星の日、おぼえてる?」
「先週のか?」

こぐま座の流星群のことだ。
――星に願いを。
にんげんが、かみさまに願うように、悪魔もなにか願うのだろうか。
それよりも特定の魔力が高まる日などと言われていることもあるので、悪魔にとっても特別なのかもしれない。

「あくまくんも、なんかお願いした?」
「??? いや特にしていない」
……そっか」

あくまくんも、ってことは、やはり何かを願ったのか。
もしかしたらさっきのこと全部だろうか。
効果があったというか、たまたまが一つ、あとはこの子の努力の成果だ。

「メフィスト?」

急に黙ってしまった子は、一郎の足のあいだから少しだけ身じろいで、くるっと向かい合わせの体勢になってしまう。
淡いクリームいろのリネンの寝巻き姿の子は、どこもかしこもやわらかそうだ。
あんなに祖父が警戒しているベッドのうえで。
悪魔の子は伏せていたまぶたをそっと持ち上げ、一郎を見上ながら引き結んだくちびるをひらく。

「さいしょ、おれの、かんちがいかもって……おもって……
「勘違い?」
「あくまくん。会うたび目のした黒いし。あたま、ぐらぐらしながら本読んでるし。
でも、おれのところにちゃんと来るし。ホットケーキぜんぶ残さないし。
――だからおれ、あくまくんにうれしいこと、あったらいいのに……って」
「ぼくに?」

「おれのおねがい。それにしたんだ」

あくまくんに。
いいこといっぱい、ありますように。

……ぽつん、と。
とんでもない一言を発した子の顔を、まじまじとのぞき込んでしまう。
うろ、っと視線をさまわよせた子の目許が、すごくかわいい色になっていて――

「なのに。おれにばっかいいこと。おねがい失敗したっておもった。だけど、だけどさ……

それを確めたかったのか。
シーツを干して、特別な茶器をじゅんびして、いまベッドのうえで……

「あくまくん。いま、うれしい?」

あくまくん。
おれがうれしいと、うれしいの?

「っ………

星の落ちる夜はもう終わってしまったけれど、
まんまるのひとみが、ふにゃりと弧を描く。

「なぁ、せいかい?」

ああそうだよ。
ぼくは好きな子がうれしいと、うれしいんだ。






(さいごに、いちばんうれしいがやってきた!)