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ほしのまなつ
2024-02-02 04:42:14
3705文字
Public
:一郎×3世短編
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🥞🎩3️⃣/あくまの恋文
いちろうくん、ラブレターをもらう
『悪魔くんへ
――
って、改めて書くとなんだか変な感じがします』
心もとない明かりのしたで、一郎はその手紙を開いていた。
手紙の主、メフィストの『こら、目ぇ悪くなるだろ』などという声があたまの中で聞こえてくるが、それどころではない。
一刻も早く、この手紙に目を通さなければならない。
・
・
・
『手紙だなんて普段書かないから、なにから書いたらいいのか分からなくなっちゃうな。
取りあえず、悪魔くんが聞きたがっていたことからいっこいっこ、書いていこうと思います』
口語まじりの文章は、すこし丸っこい文字といっしょであの悪魔らしくて落ち着く。
僕が聞きたがってたことって何だ。
いっぱいありすぎて、困る。こんな三枚綴りの手紙で足りるものか。
舌打ちがこぼれそうなのをぐっと押し込め、一郎は手紙を読み進めていく。
『はじめて逢ったときのこと。それから少したってからのこと。
悪魔くんはおれとそういう関係になってから、「あの時きみはどう思ってたんだ」って聞いてきましたね。
遠慮なく言っちゃうと最悪でした。ものすごく』
――
それには一郎も予想がついていた。
予想はしていたが、はっきり文字にされるとなかなかショックだ。
彼を前にすると初めての感情を覚えることが多々あったが、また増えてしまった。
義父とじぶんの父親の関係につよい憧れのあった彼が、強制的に結ばれた従兄弟との縁を苦く思っていたことも知っている。
一郎のことを世話が焼ける弟みたいなものだと思うようにしていたことも。
『
――
そこはまぁ、割愛します』
なんでだ。
ここまで書いたなら、徹底的に指摘してくれ。
思わず声に出して反論しそうになったが、不可能なのでやめた。
『あんまり書くと、悪魔くんへこむでしょ?』
なるほど、ぜんぶ筒抜けなわけだ。
『いいなぁって思ったのは、おれが初めてつくったホットケーキ、
……
真っ黒、まではいかないけど硬くなっちゃったヤツ。
それでもむぐむぐ頬張って
……
ちゃんとしたの買ってくるっておれが言ったらさ、
「これがいい」って言ったんだよ、悪魔くん。
「これでいい」じゃなくって「これがいい」って』
その通りだ。ほんとうにそう思った。
いつも口うるさく、手を洗え、ヒジつくな、本を閉じろ! っていう君が、
しょんぼりしながら『しっぱい、した』などと、まるい頭をうつむけて。
真夜中に呼び出したのは僕の方なのに。さいごには『仕方ないなぁ』ってさんざん甘やかして。
その安堵にぼくは、ずっと溺れていた。
不器用をいいわけにして、ずっと。
『あと喧嘩中なのに、わざわざ傘さして、おれのこと迎えに来たとき。
言わなかったけど迎えに来た悪魔くんのスニーカーが左右ちがっててさ、すごくかわいかったし、すごくうれしかった』
やっぱり見られていたのか。言ってくれ
……
いや、やっぱり指摘しないでくれ。あの頃の僕なら確実にこじれてる。
――
いや、かわいいってなんだ。
『おれ、相合傘はじめてだよ』なんてかわいいこと言ってきたのはお前の方だ、メフィスト。
黒い傘の中で、弾けるようにわらったお前の方が、ずっと、ずっと
――
、
『おれがはじめて風邪ひいたとき、看病してくれたろ。あれもかわいかった。
しばらく隙あらばおれの手、握るようになっちゃって。パパがガン見しても、激しく咳払いしても、ちっとも譲らなくってさ』
そうだよ。
眠るおまえの鼓動を確認して一晩中手を握ってやった。
もう手放すつもりはなかったし、手放さずにすむ方法ばかり考えてた。
えらばれ、のぞまれ、『悪魔くん』になったことに疑問を持ったことはない。
それが一郎を形づくるすべてだった。
後悔は一度きり。
じぶんの相棒を
……
きみを撃った時、たったいちど。
鈍色の銃弾を撃ち込んだのは、冷たくなっていくきみとの約束だったからだ。
ばかだ。なにも分かってなかった。
こんな結末のために、生まれてきたんじゃない。
こんなモノのために、この子をうしなうのか。
このやさしい悪魔の結末が、
悲しいモノであってたまるか。
『そうだなぁ
……
あの時はまだ、親愛の方がちょっとだけ多かった気がします。
――
悪魔くん、納得いかない顔してるだろ』
だから見透かすのは、やめてくれ。
きみのこと、ぎゅっとしたくて堪らなくなる。
いますぐできないから余計に。
『そういうのぜんぶ、重なって、交わって、すこしずつ恋になっていったんだよ』
ぼくもだ。
ぼくもだよ、メフィスト。
これは負けず嫌いなんかじゃなく、
僕の方がきみよりも自覚するのが早かったと思う。確実に。
『これもあんまり詳しくは書かないけど
……
はじめて、おれに手を出したとき。
パパにすごく怒られたし、あの時は驚きの方が勝っちゃったけど』
おどろいてるきみを見て、
ぼくだっておどろいた。
『
――
おれはね、すごくすごくしあわせだったよ、悪魔くん』
頭がいたい。
きみの父親との攻防は本当に大変だった。
恥ずかしい姿の君に、恥ずかしいことをしてやっても、
きみがすごくかわいい顔で、かわいい声で『あくまくんなら、いい』なんていうから
――
。
僕はきみと付き合ってるものだと本気で思っていた。
冷静さを欠いていた自覚はある。
どうしてこんなにかわいい顔をするんだろう? って本気で悩んだ。
順番は間違えてしまったし、ガッチリ正装してる君のパパにものすごく牽制されたけど、答えはあっていただろう?
これが恋でないなら、なんだというんだ。
『これは書くかどうか迷ったけど
……
おれがひとりで魔界に行くっていったとき。
悪魔くん「嫌だ!」ってすごくダダこねただろ? 困ったし、いまでもそうだけど、本当はちょっとうれしかったです』
駄々をこねる、なんてもんじゃない。
僕の第一使徒のクセに、微睡の魔法なんて使いやがって。
強制的に落ちていく意識のなかで、僕がどんなに絶望したか。
なにが『ぜんぶ終わらせてくるからな』だ。
あのクソ悪魔、サタンの気まぐれのようなものだった。
魔界に悪魔の力を増大させるようなスポット作りやがって。
だからって僕をこっちに置いたまま、一人でいくやつがあるか。
どんな手をつかったのか、それとも元々そこまでの力があるのか。
召喚すらきまぐれなあのクソ悪魔は、物質界から完全に遮断されたエリアを作りやがったのだ。
おかげで何度あの子を召喚しようとも、髪の毛一本呼び出せない。
『
――
確認されてるだけでも、十三ケ所。お爺さまが調べたヤツだから確実だ。
それいっこいっこ潰してかないとダメなんだってさ。
いまのおれらじゃ、あいつに挑むことすらできないの分かってやってる』
少しもゆらがない、まっすぐな目でそんなことを言って
――
。
なにが、パパが人間界に縛りがあってよかった、だ。
なにが、おれがいなくてもいいように話してある、だ。
ぼくたちはふたりのひとつだ。
ぼくをそんな風にしたのは、おまえじゃないか、
「
――
め、フィスト
……
っ」
かすれた喉で、その名をしぼりだす。
――
ざ、ざざ、
――
ざ、ざ、ざ、
一郎のいる周辺がとうとう暗闇につつまれた。
重い空気が、ずん
……
っと肺を圧迫していく。
風はない。
風はないのに、森が揺れている。
一郎が脚を踏み入れた黒い森は、魔界の中でも『虚無界』と呼ばれるらしい。
呼吸が浅い。
万が一があったとき使ってくれと言われていたメフィスト家代々に伝わるマント
……
それに包まれてさえ、この重圧だ。
なるべく深く、しずかに息を吐き出す。
漆黒のマントが一郎を奮い立たせる。裏地が紫のこのマントは、あの子からもらったものだ。
手の中の笛が、かすかな光をこぼしている
――
深淵をやわく照らす、さみしい光だ。
ここで間違いないようだが、気を抜くとすぐに意識をもっていかれそうだった。
――
森の入りぐちで瘴気に身体を慣らす間、
読んでなどやるものかと閉じていたあの子からの手紙を、とうとう開封するぐらい。
一郎が手紙を
……
悪魔の恋文をねだった時、
『いつか書いてやる。ただしぜったいに誰もいない場所で読め』などと約束なんてさせてきた。
『手紙は誰もいない場所で』というのだけは、かろうじて守った。
(それだけでも、上出来だろう? メフィスト)
手紙をのこしていなくなったあとも、
メフィストはちいさなコウモリを使って一郎のもとに近状をつたえてくれた。
『もうすぐだよ、あくまくん』
さいごのスポットに辿りついたことだけを告げて、なんの消息も掴めなくなって一週間だ。
一郎のいる世界と時間のながれが違うのは分かっている。
ほのかに白く発光する笛は、まだ砕けていない。それだけが唯一の生命線だ。
「メフィスト
――
、」
うつくしくなくていい、
ただしくなくていい
――
きみとつむぐものがたりを、
かなしい結末になどするものか。
・
・
・
(※「悪魔くん、あのね」に加筆&完結したものを再録しました)
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