ほしのまなつ
2024-01-20 03:23:08
3017文字
Public :一郎×3世短編
 

🥞🎩3️⃣/ホットケーキ暴論

いちろうくん、はじめての看病





――これは、ありえない。

……うそだろ」

ぬるくなった冷えピタを、ぺたりとおでこからひっぺがす。
零れた声は、もう元の通りだった。

「うそだぁ」

へんじは返ってこない。

見知ったベッドの上。
見知ったじぶんの部屋。

握られたままの、ひんやりした手もよくしっている。
――しっているからこそ、信じられない。

「なんでおまえ、」

――ここにいんの?





喉に違和感があったのはほんと三日前。
両親がふたりだけの旅行を決行する、まさにそんな時だった。
半分悪魔なのだから身体だけは普通のひとよりも丈夫で、小さな頃から病気などしたことがなかった。
あんまり言わないようにしているのだけれど、その”悪魔”の部分が暴走して以来、すこしだけそのバランスがおかしくなる時がある。

その日の朝は、とくにおかしかったのだ。

からだは熱くてしょうがないのに、指先がつめたい。
こぼれる息があつい。
からだがおもたくて、いつものように動けない。
なかなか起きてこない息子の様子を見に来た父も、最初はひどくうろたえて……でもすぐに「三世、だいじょうぶだよ」とあせばむおでこをひと撫でしたのだ。

「かぜだな」
「かぜ……?」

三世のはんぶん。
にんげんの部分が、がんばっちゃってるのかなぁ、と。

「おれの、にんげんのぶぶん?」
「うん」
ふにゃりと笑われて、ただただ父の言葉を頭の中でくりかえす。

「暴走しちゃった影響かなぁ」

――魔障だったらパパが治しちゃうんだけど、風邪かぁ……
――時間はかかるけど”にんげん”のまま、治しちゃった方がいいかな、免疫がつくしね。

最後らへんは、ほとんどパパのひとりごとだ。
そう。
メフィストは生まれてはじめて「かぜ」をひいてしまったらしい。

ママが寝込んで、パパが真っ青な顔で看病していた「かぜ」?
――おれが?

「これ、なおる?」
「治るさ」

あたたかくしてパパ特性のおかゆを食べて、
よく眠ればすぐに、いつもの三世だよ。

……うん」

かわらない、
だいじょうぶ。

いつもよりもやわらかな声と、まぶたにふれる指がやさしくてようやく息を吐き出す。
あいつに、いわないと。
きょうのおれは役にたたないから、ココアもホットケーキもつくってやれない。ダメだって。
その前に――

「ぱぱ、」
「んー?」

久しぶりに息子の世話が焼ける父は、どこかうれしそうだ。
だから、メフィストはしっかりクギを刺さないとならない。

「ママとのおとまりナシにしたら、口きかねぇから」
――――えっ」

寝てれば治るんだろ、これ。
さきほど言われたことをくり返せば「でもさ」「いや、いや、……いや?」と珍しく目を白黒させている。
パパの締切りの関係で、ママは一足先に宿で待っている。
本当なら一刻も早く行きたいだろうし、
最悪なことに、息子の看病と妻の逢瀬を行ったり来たりしてしまいそうだ。――この人は、実際に往復できてしまう力があるのだ。タチが悪い。
だいたい、じぶんはもう子どもではない。
『だって、三世のはじめての風邪だよ???』などと渋る父をひっしに睨みつけ、やっと了承してもらえたのだ。

(あいつにも、ちゃんといわねぇと……

こんなやりとりを知られたら
――相変わらずだな、君んち』などと鼻で笑いそうな男に、この現状を……と思うのだけれど、からだがゆうことをきかない。

さいあく、よびだされたときに、いえばいい。
パパはねてれば、なおるといっていた。
まぶたがおもい。

おきたら、すべてもとどおり。
かわらない。だいじょうぶ。
パパのことばは、まほうのようだ。





――な、んで……っ」

そう。
ひとりで眠っていたはずだ。
はずだったのだ――

「あ~~~、くそっバカぢから」

いつもはそんなことないクセに。
ぎゅうっと握られた手が、ちっともはなしてくれない。
いったい、いつからこうなんだ。
起きる気配すらなくて、じわりと指先が熱をおびる。
起こしたいような、起こしたくないような……

……???」
「あ……

色素の薄いまぶたが、ゆっくりと持ち上がって、メフィストを映す。
本人もここがどこかいっしゅん分からないようで、眉間にぐっとシワが寄ったがすぐに「ああ」といつもの声がこぼれてきた。

――もう熱は下がったようだな」
「え? うん」

なぜか右手はにぎったまま。
おでこや頬に、かたっぽの手でぺたぺたと触れられる。
嫌な感じはしない。じぃっと覗きこんでくるふたつのひとみも。

「クソ親父が、」
「クソっていうなよ」
――おまえのこと、ちゃんと見とけって……

素直にきくなんてめずらしい。
それにこの家に入れている時点で、伯父も父もグルだ。

――クソ親父が、」
……おじさんが?」

二度目の訂正をする元気はまだなくて、どした?って耳をかたむける。

「クソ親父が……僕といっしょに暮してたころ。僕がお前ぐらい小さい頃だ」
……大きさの話し、してんのか」
「そうだ、お前ぐらいの身長のころ」

――ぽつぽつと。
なぜだか始まった昔話。いま、なんのはなししてた?って思ったけれど、
まれにこぼすようになった、この男と伯父さんの思い出を聞くのをメフィストは嫌いじゃなかった。
大切な箱のそこに、じっと仕舞いこんでいたものを、そっと見せてくれるような――

……アイツにはどうしても出掛けなきゃいけない用事があって、僕を置いて行くとき決まってホットケーキを焼いた。――普段もだがこれは決定事項で、積み重ねて用意をしている。アイツがいないからメープルシロップはかけ放題だ」
「うん」
「シロップのしたたるホットケーキはうまいだろ? あたり前だ。そうに決まってるんだ……だが違った」
「うん」
――ホットケーキ、アイツが失敗したんだと思った。だから戻ってきてすぐ作らせた。いつもの味だった。ぼろぼろの格好で帰ってきて、文句のひとつも言わずに作ったんだ。一郎は本当にこれが好きだねぇ、って」
「うん」
――ところが、だ。二回目の外出も、三回目の外出も……だから、シロップのかけすぎが悪いんだと推測した」
「うん」
「推測は外れた。アイツが失敗したわけでも、かけすぎたシロップが悪い訳でもない」
「うん」
「一番のはずのホットケーキが、おいしくないんだ」

眠るおまえをみたとき、
それより酷かった。

――だから、はやく美味しいホットケーキをつくってくれ」

うなだれたまるい頭が、ぽすんっとベッドのはじっこに埋められる。
こんなに力のないおねだりは初めてだ。
――いまじゃない。そこは分かるよな? などと付け足す声も小さい。

「ばかだなぁ
「は???? 僕が??? なぜだ? 何を根拠に???」

あたまでっかちな男の、
ホットケーキ論はめちゃくちゃだ。

「おれも、すきだよ」

いますぐ、ホットケーキ焼いてあげてもいいなぁって思うぐらい。
――こういうことで、あってる? って、
ますますベッドに頭を埋める男に確認してやる。

つないだ手は、
しばらく放してくれそうにない。





――「しばらく」どころか、
今後「隙あらば」になることを、まだ知らない三世のはなし