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溶けかけ。
2025-02-01 22:56:58
2100文字
Public
ほぼ日刊
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翠雨
悪夢を見て寝不足なフリーナのお話。
外から聞こえる雨の音でフリーナは長い時間が経っていたことに気づいて本から顔を上げた。そろそろ寝ようか、と壁掛け時計を一瞥してナイトライトに手を伸ばして、その手を止める。
「眠りたくないなぁ
……
」
膝を抱えて蹲る。窓ガラスには疲れ果て、真っ黒な隈を引いたた自身の姿が映った。
(
……
フリーナ?)
休憩がてら街を散策していたヌヴィレットの視界に飛び込んできたのはベンチに身を預ける見慣れた少女の姿だった。こくりこくりと舟を漕ぐ彼女は近くの物音に反応して重そうな目蓋を僅かに上げるも、すぐにとろとろと下ろすことを繰り返す。
いくら人通りの多い通りとはいえ不用心にも程がある、ヌヴィレットは足先をフリーナのいる方へと向け直す。連続少女失踪事件が解決して以降、フォンテーヌでの刑事事件は摘発件数自体が減少しているとはいえ、一度足を踏み入れれば法律や常識が通じない者たちが潜む路地も数多く存在している。
それが分からない彼女でもあるまいに。
陽気に照らされてうとうととしていたフリーナは翳った陽光に疑問を抱き顔を上げた。太陽を、いや、フリーナを周囲から隠すように仁王立ちに立ちふさがるヌヴィレットの姿があった。
「やぁ
……
ごきげんよう
……
ヌヴィレット
……
ふわぁ
……
」
今にも眠ってしまいそうなほどふわふわとした声でフリーナはヌヴィレットに挨拶をする。
「ごきげんよう、フリーナ殿。このようなところで午睡を
……
」
言うが早いかフリーナの頭ががくりと下に落ちる。慌てて受け止めたものの頭を飾る帽子までは受け止めきれず、ころころと石畳の上を転がった。
彼女を起こそうとするも、フリーナの腕はヌヴィレットの上着を握って離さない。彼はため息をつくとフリーナを抱き上げ、帽子を拾い上げる。足を止めて自分たちを凝視する視線が痛かった。
フリーナは夢を見ていた。
何度も繰り返し見た光景に、「ああ、またいつもの夢か」と無感動に思った。
夢ではいつもフリーナは被告人席にいて、人々から嘘つきだと詰られている。ヌヴィレットは審判官席でその様子を痛々しそうに見つめていた。
「僕は本当に神なんだ
……
!」
夢と分かっていても、歌劇は終わったと理解していても、フリーナは否定を繰り返す。フォンテーヌの人々を救わなければ、遠い昔の約束が頭の中を占めた。
人々のざわめきが最高潮に達し、ヌヴィレットが判決を言い渡そうと審判官席から立ち上がる。途端に、どこからともなく水が溢れてきて、歌劇場は不思議な色の水で満たされた。
「がぼっ
……
」
純水精霊たちがフリーナを取り囲む。彼、もしくは彼女たちは鰭のような手で彼女を水へと引きずりこんだ。
────ああ、これで終わりなんだ。
フリーナはゆっくりと目を閉じる。胸を占めたのは、フォンテーヌを救えなかった後悔でも罪悪感でもなく、安堵であった。
「
……
え?」
朧気になっていく意識の中で、銀に輝く何かがフリーナを掬い上げた。それは、角のような青い触角をもつ、白磁のような鱗が美しい龍だった。
龍はフリーナを水神の神座に置くと、追いかけてきた純水精霊に向けて口を開けた。
「な、何を
……
!?」
フリーナが止める間もなく、龍の口から水柱が放たれる。純水精霊たちには効いていないようではあったが、水の勢いが強いせいか誰もフリーナたちのいる神座に近づけないようだった。
「ねぇ、もしかしてキミって
……
」
「フ
……
リ
……
リーナ! フリーナ!」
「
……
っあ、は
……
!」
フリーナが飛び起きる。彼女の視界いっぱいに映ったのは見知った顔だった。
「フリーナ、私が分かるか?」
ヌヴィレットが気遣わしげにフリーナの手を握りしめる。その温度は先ほどフリーナを掬い上げてくれた龍と良く似ていた。
「こほっ
……
ヌヴィレットだろ。聞かれなくてもよく知っているよ」
ヌヴィレットから水を受け取り、勢いよく飲み干す。冷たい水のおかげで幾分か思考がはっきりとした気がする。
「僕、どのくらい眠ってた?」
「十分くらいだ。魘されていたので起こそうと思ったのだが
……
」
ヌヴィレットが言葉を濁す。恐らく、触れたことによりどんな夢を見ていたのかなんとなく感じ取ってしまったのだろう。
「すまない。これは言い訳になってしまうが、決して君の夢を覗き見ようとしたのではないのだが
……
」
「いいよ、分かってるから」
フリーナは近くのテーブルに空になったグラスを置いて辺りを見回す。青いソファに、大きな本棚。そして、日当たりのいい場所に置かれた書類が山積みになっている執務机。どうやら、ここは彼の仕事場であるらしい。
フリーナは自身の手に違和感を覚えて視線をそちらへと移す。白い手袋を嵌めた左手を彼の両手が包みこんでいた。
──ああ。やっぱり、あの龍はキミだったんだ。
フリーナはヌヴィレットの右手を両手で取ると、静かに口づけた。
「フリーナ
……
?」
「ありがとう、ヌヴィレット。僕を悪夢から醒ましてくれて」
顔を上げたフリーナは花が咲くような笑みをヌヴィレットに向けた。
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