やこ
2025-02-11 11:00:00
4233文字
Public dcst夢
 
1133563

羽京くんに励まされてる気がする話


□□□□□□□□□□□□
【1】

「あっ……うさぎ! かわいい!」
「よし、捕まえて干し肉にしよう」
「あぇぇ……やっぱりあれも食べるの……
「もちろん、貴重なタンパク源だよ」
 目が覚めるとそこは雪国だった。いや、その前に壮大な大自然だった。まず頭に浮かんだのはあの有名なフレーズだったが、残念ながら私は長いトンネルを抜けた記憶は無いし雪国に向かった覚えも無い。
 そしてその先に待っていたのも文学的で切ない恋の物語などではなく、随分と壮絶で生々しいサバイバルな生活だったのだ。
 杠ちゃん謹製の一丁羅のワンピースと、ポケットに隠し持った少しのドライフルーツ。それが今の私の全財産だった。財布もスマホもすべて失ってしまった。そしてどうやら、可愛い野生のうさぎを愛でることすら許されないらしい。
□□? なにボーッとしてるのさ」
「なんでも!」
「ほら、構えて」
「はいぃ……!」
「飛び出したところを狙って……今っ」
 言われるがままに半泣きで弓を構えて、うさぎを狙って弦を引く。矢羽根が耳を掠めて、それは風切り音と共にうさぎに吸い込まれるように飛んでいった。
「当たった……!?」
 後ろに立つ羽京くんと倒れたうさぎを交互に見る。当たったね、と羽京くんが笑った。私もやればできるでしょう、たまには褒めても良いんだよ。
「だいぶ狙いが良くなったよ」
「ああ……でもうさぎさんが……。あああ……
 ピクピクとまだ小刻みに動くうさぎに近づく。白い雪の上に赤い血が飛び散っていて、命を奪ったという実感が湧いてくる。本当に、とんでもない世界に来てしまったものだ。
 私が意識を失ったあの時、たしか季節は初夏だった。それに温暖化がどうのとしきりに騒がれていたはずだ。雪が積もっている光景なんて、生まれてから数える程しか見た事がなかったのに。
 気が付いたら目の前にあったはずのビル群は消えていて、代わりに、人工物なんて一切ない、一面の大自然になっていたのだ。
□□、聞いてる? ちゃんと見ててね」
 私が過去の記憶をぼんやりと手繰っている間に、羽京くんがその場で手早くうさぎの血抜きと解体を始める。□□も覚えるんだよとご丁寧な説明付きで。私は思わず眉間に皺をよせた。しかし、覚えないと命に関わる可能性があるのだ。分かってはいても、どこか現実離れした光景に心がついていけなくてため息が出る。いまだに全部夢ではないのかと思うのに、目の前の光景はどこまでいってもリアルなのだ。
「羽京くんって意外と体育会系だよね、どうが……
「どうが……何?」
「なんでもないでーす」
 童顔のくせにと言おうとしたが我慢した。なんだか嫌な予感がしたので。この数ヶ月で培った野生の勘というやつだ。


 3700年ぶりの目覚めから数ヶ月。不器用すぎて早々に手芸チームに戦力外通告を受けた私は、その代わりに探索チームにまわされた。
 羽京くんについて行った狩りの最中、今日、はじめて兎を狩った。
 うさぎには悪いが生きるためには仕方がない。そう自分に言い聞かせる。肉は食べれるし、毛皮はこの世界では大切な資源になるのだ。まさに一石二鳥。
「ふわ……はくしゅんっ!!」
「そろそろ戻ろうか。明日は授業があるしね」
「いつの時代も子供たちは大変ね」
 羽京くんが笑って言って、こんな原始的な世界なのに勉強は無くならないなのかと、私はもう一度盛大にため息をついた。

【2】

「おはよー」
「あ、おはよう□□ちゃん」
「毛皮、いくつか持ってきたよ」
 今日は狩りに行く前に、なめした毛皮を杠ちゃんの工房まで持って行った。量が増えると意外と重い。
「ありがとう! 寒くなってきたし、最近人が増えてきて材料がたくさん必要なんだ」
 杠ちゃんが部屋の隅を指さして言った。大小様々な動物の毛皮が積まれている。中身を食べられて随分と平べったくなったそれは、しかし、まだ元の動物の形をありありと想像させる。この世界は、なんと言うか、良くも悪くも生々しい。別に私はベジタリアンではないけれど、それでも、人間はありとあらゆる生物の命を奪わないと生きていけないのだと突き付けられている気がする。
「どうしたの? 元気ないみたいだけど」
「いやいや、ちょう元気だよ」
 杠ちゃんが心配そうに顔を覗き込んできた。ハッとして首を振る。いけない、いけない。目覚めた当初は、180度変わってしまった環境に慣れることに精一杯だったのに。少しだけストーンワールドの生活に慣れてきたせいか、最近どうも色々と考えてしまう。
「具合悪いの? 風邪なら……
「違うから! でも確かに今日寒いよね!」
 千空くんのラボの方を見た杠ちゃんに、慌てて誤魔化すように言った。天才の頭脳を私のちっぽけな悩みに付き合わせていい訳がない。彼には一刻も早くクーラーとかスマホとかを発明して貰わないといけないのだから。 
「いいなぁ手芸チーム……ストーブがあって……
 現在の最新家電をちらりと見ていった。「電」じゃないけど。それでもこの世界ではあり得ないレベルの発明品なのだ。
□□ちゃんも手伝っていく?」
「また布に穴開けそうだから……
 自分で言って思わず項垂れる。私にはどうも手仕事の才能がないようだった。この世界になって初めて知った自分のイガイな一面だ。
 そしてもう一つ、最近見つけた自分の一面がある。
 今までずっと自分は楽観的な人間だと思って生きてきた。しかしどうやら、私は意外とナイーブな人間だったらしいのだ。
 持っていた毛皮を、部屋の隅のそれに積み上げた。一番上に乗せていた、この間のうさぎの毛皮がはらりと落ちる。
「う……
 私が殺めた最初の一匹。死ぬ直前の、しかしまだ息のあるうさぎの、助けを求めるような視線がいつまで経っても頭から離れない。
 しかし、それなのに。自分の手で殺めたうさぎの、3700年ぶりに食べる肉は、涙が出るほど美味しかったのだ。
「はあ……。結局人間は欲に勝てない……
「本当に大丈夫?」
 杠ちゃんにそう言われて、咄嗟にもう一度首を振った。
「毛皮見てたらお肉食べたくなってきちゃっただけ!」
 そろそろ本格的に心配させてしまう。私は慌てて仕事道具の弓を担ぎ直す。
「頑張っておっきいお肉獲ってくるから!」
 そう言って、踵を返して部屋を出た。
「あれ、□□?」
「羽京くんおはよう私先に行ってるね!」
「え、ちょっと……
 小屋を出てすぐに羽京くんとすれ違ったが、私はそのまま走り出す。まだ心の整理はできていなかったが、結局私は今日も狩りと探索に出掛ける事にしたのだ。

【3】

「ボーッとしたいなら、ついでに木の上で見張りしてくれる?」
「登れないし、木なんて」
「森で気を抜くと危ないよ」
「ぐうの音も出ない」
 森に足を踏み入れたもののどうにもやる気が出なくて、お気に入りの木の下でサボっていたら、羽京くんに見付かってしまった。強い風も吹かないし雪も凌げる、私だけの隠れ家的な場所だったのに。
「昼ごはんも食べてないでしょ」
「おやつ隠し持ってるから平気だもん」
「気分が悪いなら、今日は帰って休んで……
「そういう訳じゃないの! もー、お母さんみたいなこと言うのやめてよ」
 今は一人でいたいのに、羽京くんが小言を雨のように降らせてくる。いい加減に鬱陶しくなって、手で追い払うような仕草をすると、羽京くんが肩をすくめた。
「今わたし感傷に浸ってるんだからほっといて」
「はいはい、いくらでも佇んでて良いから」
 羽京くんに何かを投げ渡されて、反射的にそれをキャッチした。どうにか落とさずに受け止めてから、ホッと息をついて自分の手の中を覗き込む。
……手袋?」
「この間獲ったうさぎをね、杠に頼んで加工してもらったんだ」
「え。あ、ありがとう……
「今日は特に冷えるからね。昼からまた雪も降りそうだ」
 狩り用だから、滑らないように指のとこに穴空いてるんだよ! と羽京くんにドヤ顔された。穴空いてるならあんまり防寒性ないし。安いスマホ用手袋みたいだなと思ったが羽京くんが少しだけ可愛かったので黙っておいた。
 もらった手袋を、しかし使う気にはならずにぼんやりと眺めた。あの時のうさぎの視線を思い出してもう一度身震いする。
……命を奪う事に、段々慣れちゃってる気がして怖いんだ」
 結局、私には覚悟がないのだ。この期に及んで自分の手を汚したくないと思ってしまう。何も知らない、無垢なままでいたい。
 だって私、普通に都会で働いてるイマドキの女の子だったんだよ。……3700年前までは。
「全部背負うしかないんだよ」
 羽京くんがポツリと言った。
……羽京くんって、やっぱり体育会系だよね」
「そう?」
「プレゼントありがと。うれしい」
 もう一度マジマジと新しい手袋を眺める。私が殺して、羽京くんが皮を剥いだ。あーあ、ここはなんて生々しい世界だろうか。
 しかし、手袋の形に加工されたそれは、この世界では異様なくらいに人工的な気がした。おそるおそる手袋をつけたら、それは驚くくらい自分の手にぴったりと馴染む。さすが杠ちゃん。気合の入った作業風景を想像して笑ってしまった。
 財布もスマホも何一つ無いが、全財産が一つ増えたので、しばらくはまあ、よしとしよう。諦めたようにため息をつく。
……ところでお昼ご飯なんだったの?」
「鹿肉の焼いたやつとパンとスープ」
「ぐ……やっぱり食べれば良かった……
 羽京くんの言葉に想像力が働いて、つられるようにお腹が鳴った。今からでも貰いに行こうか。スープくらいなら残ってるかもしれない。そう思って私はようやく立ち上がって、もらったばかりの手袋でお尻についた土埃を叩いた。
「あったかーい」
 なんとなく、気分が良くなってそう呟いた。
 空に向けて手をかざして、真新しい手袋を眺める。チラチラと振り始めた雪が指の間をすり抜けて私の頬に落ちてきた。それが妙にくすぐったくて目を細める。
……ん?」
 ふと、思い至った違和感に声が漏れた。
「どうかした?」
「プレゼントっていうか……。良く考えたら、うさぎ獲ったの私だよ?」
「まあ、そうだね」
 私が首を傾げると、羽京くんがトレードマークの帽子を被り直しながら肩をすくめた。