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猫澤
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ふと見上げたら、公園の、朝露に濡れた銀杏の葉が色づいていた
(もう紅葉の季節か
……
)
どうりで今朝は冷えるわけだ
スニーカーで地面を踏み締め ゴール
体力づくりの一環ではじめたランニング だいぶこなれてきた 次はもう少し距離を伸ばしてみてもいいかもしれん
息が白い どくどくと心臓が生を叫んでいる 熱った体 この肌寒さがむしろちょうど良いほどだったが、喉を刺す冷たさにはすこし喘いでしまう
腕時計を見下ろす 走り出したのは夜明け前だったが、辺りが明るくなってきた
そろそろ帰宅してシャワーを浴びるとしよう 今日は平日 これから学校もある
荷物をまとめて歩き出す ふと 公園の入り口に人影
「む
……
?」
人影はこちらに向かって手を振っていた
長身 六月の紫陽花のような髪
「類ではないか! おはよう!」
「おはよう。こんな朝早くからトレーニングかい? 精が出るねえ」
「ハーッハッハッハ! 未来のスターたるもの、一秒たりと時間を無駄にはできんからな! 心身鍛えられるときに鍛え上げねば!」
類の声を聞いて、ほんの少し体温が上がる
偶然とはいえ会えてうれしい 顔が綻んでしまう これから学校でも顔を合わせるのに
類とは最近付き合い始めた 告白は類からだったが、オレも少なからず想いを寄せていた まだ気持ちを通わせただけで特別なことは何もない ただ、以前よりはすこしだけ、類との距離が近くなった
「そういう類の方こそ何をしているんだ? まだ五時を過ぎたばかりだが」
「散歩だよ。なんだか目が覚めてしまってね」
「本当か? 徹夜をしたんじゃないだろうな
……
」
「よよよ。司くんは僕の言葉を疑うのかい
……
?」
ウルウル 泣き真似 前科あるからな 鼻をつまむ
それはそうと
「せっかく運命的に出会えたことだし、すこし散歩に付き合っておくれよ」
「ああ、いいぞ!」
ひと気のない道 昨夜雨が降ったからか湿った空気
吐き出した息が白くくゆる
「今日はとりわけ冷えるねえ」
「そうだな
……
」
「こうして早朝に並んで歩いていると、修学旅行の日を思い出すよ」
去年ふたりで鴨川に行った記憶がよみがえる
水切り勝負は類に負けてしまったが でも、とても楽しかったことは覚えている 箸が転がるだけでも笑ってしまうくらい浮かれていた
「
……
もうすぐ卒業か」
ぽつり 類が零す 視線を持ち上げてその横顔を見つめる
「なんだ、珍しくセンチメンタルじゃないか」
「おや
……
フフ、意外かい? 僕だって感傷に浸るくらいの繊細なこころは持ち合わせているよ?」
「どちらかというと類は早く卒業したいのだとばかり思っていたのでな。高校生のままでは、何かと融通のきかないことも多いだろう」
「そうなのだけれど、高校生のうちにしかできないこともあるだろう?」
脳裏に妹の姿が過ぎる
「ふむ。たしかに、咲希もよく
――
『青春は今しかないんだよ、お兄ちゃん!』
……
と言っているな」
「さすが兄妹だねえ。モノマネがそっくりだ」
「ふふん、そうだろう」
しかし高校生のうちにしかできないこと、か
大人になればできることが増える たとえば夜遅くに出歩いたとしても補導はされないし、親の監督下では制限されていたものが扱えるようになるのは大きなメリットだ それはすなわちショーの幅が広がることにも繋がる そう考えていたが、違った見方もあるのか
タイムリミットが迫っている
もうじき冬が訪れる 長い冬を越え春が来たら、オレ達は学舎を巣立つ
だが悲観することはないだろう まだ猶予があるはずだ
「
――
別に今からでも遅くはないのではないか?」
「え?」
年明けからは大学受験がある生徒だけが学校に通う 進路の決まったオレ達には時間がある
「いいか、類。オレは一刻も早く、光よりも早く、世界一のスターになりたい。世界を端から端まで駆け巡って余さず人々を笑顔にする、そんなショースターになりたい。いや、なると決めている‼︎」
「うん、そうだね」
「そしてその隣には、類、お前がいてくれなくては困る。役者は演出家あってこそ輝けるものだからな!」
「司くん
……
」
類の瞳が揺らめく
「よって‼︎ 類が未練なく卒業するためならば、オレはなんだって協力しよう! まあなんだ、要するに、何か心残りがあるのだろう?」
「
……
そういうことになるのかな」
「安心しろ。このオレがしっっっかりお前を成仏させてやる!」
「僕って幽霊だったのかな?」
たとえば何だ 言ってみろ
うーん 腕を組み悩む類 チチチ、とすぐそばに雀が降りてくる
「いざ叶えられるとなると悩んでしまうね
……
。本当に、なんでもいいのかい?」
「ああ、なんでもいいぞ! スターに二言はない!」
「太っ腹だ。なら
……
」
何気なく類を見上げる 視線が交差
類はいびつに片頬を持ち上げて小さく口を開いた
「
……
、
……
キスがしたいな」
「
……
キス?」
瞬き
「念のために確認するが、口に、か?」
「ダメかい?」
「ダメではない! ダメではないが
……
ファーストキスなのだが
……
⁉︎」
「うん。
……
だから、したいんだ」
「
……
!」
類の手がするりと頬を撫でる
むろん、オレに断る理由はない 恋人として付き合う以上、いつかは類とそういうこともするのだろうと漠然と考えていた
だが、類自身からそういう欲は一切感じなくて
じわ、と頬に熱がはしる
「類
……
」
「
……
ほんとうは、すこしでも君と過ごす時間がほしくて
……
公園で待ち伏せしてた、なんて言ったら、
……
困らせてしまうかな」
「
……
」
同じクラスで 同じ劇団で 一緒に過ごす時間なんていくらでもある
でも類が望んでいるのは
真剣な眼差し 冗談で言っているわけではなさそうだ
スターになる そのためには一分一秒も無駄にはできない
だが類と過ごすこの時間は、きっとかけがえのない大切なもので
それを、オレも望んでいる
「
……
わかった。いいだろう」
「! 司く
……
」
「だがッ! 汗くさいからいまはダメだ‼︎」
ぱっと目を輝かせて一歩踏み出した類を手で止める
あからさまに不満げな顔をする類
「僕は気にしないけれど
……
」
「オレが気にするんだ! あとできればオーラルケア万全のときに頼みたい!」
「おや。君も意外とファーストキスを大事にするタイプなんだねえ」
「当然だ! 一生に一度だぞ⁉︎ レモン味であって然るべきだろう!」
すると決めたからには、徹底的に理想のファーストキスに近づけたい
そうだ、ロケーションもしかと考えるべきだろう 高校生のうちにしたいと類が言うならば、やはりここは学校の屋上で
……
ぶつぶつと脳内シミュレーションを重ねながら歩く ふと、類が立ち止まる
「じゃあ
……
どうする? そこのコンビニでレモン味の飴でも買っていくかい?」
「おお、名案じゃないか。いや待て、何もレモンにこだわる必要はない気がしてきたな
……
どうせなら数あるフレーバーから至高のものを採用したい。餡子とかどうだ⁉︎」
「なかなか攻めたチョイスだねえ。それなら僕はラムネを提案しようじゃないか」
「それはお前がたべたいだけではないのか」
「フフッ、青春の味だよ」
ほら、行こう 機嫌よく類に手を引かれ、横断歩道の先のコンビニへと走る
ぱしゃり 水たまりを踏んで
濡れた街路樹が朝日を反射してキラキラと輝く
高揚した頬 どくどくと心臓が生を叫んでいる
類が、好きだと、叫んでいる
「
……
」
「
……
フ、フフ
……
」
「む
……
何クスクス笑ってるんだ、類。ちゃんと真剣に考えんか。オレとお前のファーストキスだぞ⁉︎」
「いやあ、
……
本当に、君のことが大好きだと思っただけさ」
「そ、それを言ったらオレだって
……
あっ、こら! くっつくんじゃない、汗くさいと言っただろう! 類! 類〜〜〜〜‼︎」
雀が飛び立つ 高く 薄青の空に向かって
「あったかいねえ、司くん」
そう、類がうれしそうに微笑むから
「
……
ふん」
そうだろう、とやけっぱちで呟いた
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