猫澤
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 幼い頃から体は丈夫な方だった。

「今日の練習終わり! お疲れ様でした!」
「お疲れ様でしたー!」
 フェニラン ワンダーステージ 休日なのでみんな私服
「類、今日はこの後えむと遊びに行くから……送ってくれなくていいよ」
「おや、そうなのかい? 楽しんでおいで」
「うん。……行こ、えむ」
 わーい! 手を繋いで駆けていく寧々とえむ 見送る司と類
 さてと
「じゃあ僕達は男二人で寂しく帰ろうか、司くん」
「そうだな。戸締まりをしてくるから、先に帰り支度を整えておいてくれ」
「了解だよ」
 またあとで
 更衣室へ向かう類を見送ってワンダーステージにぽつんと残る司
 ステージにのぼって立ち止まる
 うーむ 気のせいかと思っていたが 体が熱い
……風邪でも引いてしまったか。このところ気温差が激しいからな……
 これでも体調管理には気をつけていたつもりだったんだが
 咲希は大丈夫だろうか あの子は体調を崩しやすいから
 ステージ裏 倉庫の窓戸締まり確認
 ――あ、まずい。
 練習が終わって気が抜けたからか 思ったよりもくらくらする
「いかん……座長のオレがこんなようでは皆が心配してしまうな……
 熱っぽい 確実に熱あるな
 咄嗟に手をついたロボ ひんやりしてきもちいい
「司くん? まだ終わらないのかい――……、」
……類」
 司の分まで荷物を持ってきた類と鉢合わせ ばつが悪い司
「驚いたな。何故ロボと熱烈な抱擁をするに至ったのか、経緯を聞いても?」
「妙な言い方はやめろ……
……普段の威勢もどこへやらだね。ちょっと失礼するよ」
 おでこに手のひらぴた
……。いつから?」
……立ち上がれなくなったのは、今だ」
「具合が悪かったのはいつからって聞いてるんだよ」
……
 ちょっと怒っている類 若干ひるむ司
「練習中から、少し……節々が痛むな、とは感じていた。だがその程度だ。実際、普段と変わらず動けていただろう?」
 ふむ
「たしかに、その時点で見抜けなかった僕にも落ち目はある」
「なっ、馬鹿を言うな! 類に非は爪の先程もないぞ」
「あるよ。演出家として、誰よりも役者に気を配るべき立場でありながら、君の不調に気づけなかったんだ。……すまない」
「ちがう。謝るな。類は悪くない……
「かと言って、君も悪くない。これで手打ちにしようじゃないか。……責めて悪かったね。歩けそうかい?」
 手を差し出されるが、体が鉛のように重い
 ゆるく首を振る
「そう。ならおぶるよ。乗って」
「いや……流石にそれは」
「おや、未来のスターどのはお姫様抱っこを御所望かな? 望むところだけど」
「わかった、甘んじて背負われよう」
 男がお姫様抱っこされながら帰るのは精神的にキツい
 類の首に腕を回す よいしょ
……重くないか?」
「うん。こう見えて腕力はあるんだよ。君よりもよっぽど重い荷物を普段から運んでいるからね」
「なら、いいが」
 司の分の鞄を腕に引っ掛けて歩き出す
……
……
 ランド内の陽気な音楽とはしゃぐ子供たちの声を聴きながら 無言
 熱が上がってる どんどん体が重くなる 一人では帰れなかった
……ありがとう、類。お前がいてくれて助かった」
「フフッ……君が素直にお礼を言うなんてね」
「茶化すな。それにオレはいつも素直だろう……
「そうだねえ……
 気遣っているのか、言葉少なな類 その肩に頭を乗せる
 類は足が長いので歩くはやさも速いが 今はアンダンテより遅い歩調
 心地よいリズムで揺れる 類の体温 体力の限界もあって
「司くん、寒くはないかい?」
……
「司くん? 司くん――
 寝ちゃったか
 司の家がどこかは知らないし、咲希くんに電話して……
……いや、いいか」
 司をなるべく揺らさないように背負い直す
 いくら体力があるといっても ショーキャストに宣伝大使
 相変わらず暇を見つけてはエキストラバイトをしているようだし
 座長としての責任感もある
 たまには僕らの座長にゆっくり休んでもらわないとね

 *

 ぱち
…………ここは……
「お目覚めかい?」
「るい……?」
 天井のバルーン 覗き込む類
「ここは僕の部屋だよ。ほら、前にも来たことがあるだろう?」
……ああ……
「咲希くんに、司くんは今日うちに泊まると連絡しておいたから。我が家と思って気兼ねなくゆっくりしてくれ」
……咲希に?」
 咲希に連絡したのなら、住所を教えてもらえばよかったのに
「勝手なことをしたとは思ってる。だけど君のことだ、妹さんに風邪を移してしまわないか心配で満足に休めないんじゃないかと思ってね。君はとても……妹思いの良いお兄さんだから」
……そうか。まあ、そうだな……助かる……。ありがとう……
「うん」
「だが、オレは類にだって風邪を移したくはないぞ。だから……人様の家に泊まる身で図々しいお願いだが、極力離れて生活してもらいたい」
「そんな水くさいこと言わないでおくれよ。君と僕は一蓮托生だろう?」
 よしよし 大きい手が頭を撫でる 子供扱いみたいだ
 でも、悪い気はしない
 類に移さないためには、突っぱねないといけないのに
「解熱剤飲むためにも何かお腹に入れた方が良さそうだ。さっきコンビニで買ってきたんだけど……ゼリーなら食べられそうかい?」
「ああ…………っく」
「おっと」
 起きようとしてバランスを崩す ソファーベッドにぽて
「すまん……めまいが」
「いいよ、そのまま楽にして。口元まで運ぶから、あーんしてくれ」
「あ、あー……
 オレンジゼリーの乗ったプラスチックのスプーン
 あむ 冷たいものが腫れた喉を抜けていく
……子供みたいで恥ずかしいな、これは……
「フフ。相手が僕で良かったね。寧々やえむくんだったらもっと恥ずかしかったと思うよ――はい、あーん……
……ぁ」
 もぐもぐ ごちそうさま
 寝ている間に用意していたのか 薬箱を出す類
「市販薬だけど、念のため飲んでおこう」
……何から何まで本当にすまない。この恩は必ず返す」
 大袈裟だなあ フフ、と笑う類 ところで司くん 薬箱ごそごそ
「一応聞くけど、錠剤と座薬どっちがいいかな?」
「錠剤一択だが?」
「僕は座薬でも構わないよ?」
「オレが構うが?」
 えー
「やれやれ……
……何故オレがわがままを言っているみたいな空気になっているんだ……
 水道でコップに水を汲む どうぞ ごくん
……少し、寝る」
「その方がいい。蒸しタオルを用意しておくから、後で汗を拭こう」
「ああ……
 寝そべる 類のソファーベッドに毛布
 何故か添い寝しているぬいぐるみ 類が置いたのか? ぎゅ
 幼い頃から体は丈夫な方だった まるで生まれる時に咲希の分までオレが元気を持ってきてしまったみたいに
 ただ、その反動か、一度風邪を引くとかなり弱った 特に心が
 ひとりで眠るのも寂しくて でもオレは兄だから、妹に心配だけはかけたくなくて
 だって咲希は いつもこんな辛い思いをしてるのに
……類」
「ん?」
…………
「なんだい。欲しいものがあるなら遠慮なく言ってくれ」
 優しい声 前髪を梳く指 甘えたくなる
……て」
「て?」
「手、を…………いや、やっぱりなんでもない……おやすみ」
……ふむ」
 毛布を被る司 ばさっ 剥かれる 寒い、鬼か
 ぎゅ 手を握って毛布を掛け直す類 ぽんぽん
……!」
「司くん。僕相手に遠慮は要らないよ」
……
「君は守るものが多いから、難しいのかもしれないけれど……弱ってるときくらい、僕に体を預けてくれていい。言っただろう、僕達は一蓮托生なんだよ――君がいなくちゃ、僕達のショーは完成しない」
 そうだろう?
 落ち着いた声 耳触りがいい 類の声を聞いているととろとろと眠気が忍び寄る
「類の手……冷たくて、気持ちいいんだ」
「おや」
 うれしいね
「なら、君が眠るまで――ずっと握っているよ」
……ずっと……?」
「ああ。ずっとさ」
……それは…………フ、ねむりたく、ない、な……
 すや
「おやすみ、僕らのお星様」
 おでこにキス
 はやく元気になって みんな大好きな君の笑顔を見せてくれ

 *

 チチチ……
 鳥の囀りで目が覚める 傍らに突っ伏す類
 ずっと看病してくれていたのか
 毛布の端を類に掛ける
……あれ……おはよう、司くん……
「おはよう! いい目覚めだな、類!」
……君は朝から元気いっぱいだねえ……
 類の手が伸びて司の頬や首を撫でる
「体調は?」
「すっかり良くなった! 世話をかけたな。何と礼を言ったらいいか……
「お互い様だろう? ……うん、熱も下がってるね。良かった」
 ふふん 得意げな司
「朝食は食べられそうかい?」
「ああ! お腹ぺこぺこだ!」
「待ってて、卵くらいなら焼けるから」
「サラダは?」
「そんなものはありませーん」
 ぱたん 類が部屋を出て行く 足音を聞きながら
「まったく。…………熱は、下がったが」
 心にくすぶる熱は、下がりそうにないな
「それもこれも、類があんなことするからだ……
 昨夜の類 朧げだが額の柔らかな感触を覚えている
 弱っているときにこの仕打ち
 すっかり好きになってしまったではないか
「はあ、しかし参ったな。このオレの人生初の恋の相手が、よりによってあいつか。とびきり波乱万丈じゃないか――ふ、フフ、いやはや」
 望むところだ
 不覚にも弱ったところを見せてしまったが、ここから挽回すればいい
 最高にドラマチックに、類を惚れさせてやろう
 ガチャ
「司くん、朝食の支度が出来たよ」
……いただこう!」