献魂一滴

雑→←高 山の奥さんに常備菜を習う高の話
忍び一筋の道を歩いてきたから、鍛錬や体つくりのための調理はわかるけど、それ以外のことはあんまり知ってこなかったねという話でもある 雑組頭就任直後くらい

『献魂一滴』

 私の髪が引っ張られているころに、ようやく奥方は現れた。子どもたちを叱りつけ、笑い声の響く中、奥方は何度も私の髪が乱れてしまったことを詫びる。「気にしておりませんから」とこちらも姿勢を低くしながら、台所を借りた。
 後ろ戸で、子どもたちが興味津々に眺めているのが気配でわかる。尊奈門とはまた違う視線の刺さり具合である。が、やがて眺めているのに飽き、方々へ散っていく。
「主人に似たのでしょう、あれこれなんにでも興味があるのです」
……陣内殿が、そんな性格を?」
「あとで片付かない盆栽の山をご覧になりますか?」
 それだけで合点がいった。山本さんには黙っておこうと心に決め、火を起こす用意をする。薪の燃える音が静かに広がるころ、奥方の背中の赤ん坊はようやく眠りにつけそうだった。
 ぱちぱちと鳴る火の粉の音だけが響くのは、子どもの多いこの家にとっては珍しいことかもしれない。
「あなたには少々、狭い場所かもしれないですね、この台所は」
 最近、夜に膝の痛みが著しく、気がつけばずいぶん背丈を伸ばしていた。「お前は青竹のようだね」と言った私よりも背が高い声の主は、常備菜を習いにいくのだと話した途端、目を驚いた猫のように見開いていた。次いでその目を細めて口布の下でこっそり笑い、「とうとう胃袋を掴まれる日が来るかな」と言って午後の鍛錬へ行かれた。
「あの」
 奥方はてきぱきと包丁を動かし、山菜を切り崩すかたわらで湯を沸かしている。私はその鍋を支えながら、できていく料理の行程をつぶさに見ていた。見逃しては大変だからと、つい真剣にそちらへ意識を向けすぎていて、口からこぼれた言葉が数年後、たいそう大それたことであったと気づく。
「胃袋を掴むほどとは、難しいものでしょうか」
 調味料を静かに落とすように紡いだその言葉を、奥方はどう映したのだろう。彼女は目を大きく開いて、そして人好きのする笑顔を向けた。山本さんが一目惚れをしたんだと言っていたやわらかい目元は、さっきまで遊んでいた子どもたちに受け継がれている。
「今のように一滴、垂らすだけですよ」
 なにを、と聞くまえに、子どもたちが戻ってくる音がした。またこの家は騒がしくなり、のんびりと作ることは困難だろう。
 奥方の一言に悩みながら、剥いた芋をゆっくり鍋へ入れ、湯の中へ落とすたびに一滴、一滴と思い描く。この身に宿るなにかを一滴。あの人に言われたように、忍軍の胃を満たし、あの人の部下たちの体を作るため。あの人の将来をかたどるため。
 そばで見ていた奥方の、山本さん向けに作られた握り飯が、少し違って見えた。