猫澤
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「うう――む。暇だ! 退屈だー!」

「というわけでオレは再び地上へ行こうと思う。あの薬をくれないか?」
「やあいらっしゃい、人魚の王子様。例の薬だね。ふむ……

「もちろん、王子様の頼みとあっては断れないね。そこに掛けて待っていてくれるかい」
「助かる。お前がいてよかった。まったく、うちの大臣は頭が固くて困る」
「フフッ……未来の跡継ぎである君が、まさか危険を冒して地上を探検してるだなんて彼らが知ったら大騒ぎだ」
「それはそうだろうが、なあに、問題はないぞ! オレが薬を飲み忘れさえしなければいい話だ!」

「深海の故郷には代え難いが、地上には地上の良さがある。それにオレは出逢ってしまったのだ……
「出逢い?」
「そうだ。以前妹達と地上へ遊びに行った際、海辺でたまたまその人物を見かけたのだが……可憐な容姿、透き通る声、陽光を浴びて輝く赤珊瑚のようなうつくしい瞳! あの日からオレは彼女のことがどうも忘れられなくてな! 一目でいいからもう一度会ってみたい」
……
「どう思う、妙薬を作りし人魚よ。これが俗に言う……恋というものなのだろうか」

……類」
「む?」
「類でいいよ、僕のことは」
「そうか、類! オレも司でいい。堅苦しいのはあまり好きではなくてな」
「そうだろうねえ。見た感じ、貝籠りの出来ないお転婆さんだ」
「むう。不敬だぞ」

「やんちゃも程々にね。……はい、例の薬」
「? こんな色だったか?」
「あれから改良を重ねてね……。一時間に一度の服薬は不便だろう? これなら半日は保つ」
「何ッ! それは素晴らしいな!」

……ぐぬう、やはりなんとも言えん味だ」
「すぐに効果が出るよ。急激な細胞の変化に意識が薄れるだろうから、僕が海面まで君を連れていこう」
「うむ。何から何まですまないな! やはり持つべきものは……、気のおけない、友人だ……

……友人か」

「悪いね。君を友と呼んであげられなくて」

   ꧁⍤⃝꧂

――ん、んん……?」
「気がついたかい、司くん」
……妙薬の……、類といったか」

「おお、見事な人間の足だ! 毎度ながら、これは一体どういうカラクリなんだ?」
「企業機密だよ。おいそれと話してしまっては商売あがったりだろう?」
「それはそうだが。む、商売……?」

「思い返せば……。先日下の人魚姫……えむが拾った絵本では、人間の足を与える代わりに声を奪う魔女が登場していたな」
「へえ、そうなのかい」
「オレは類に何を対価として差し出すべきか……悪いが声は困る。唄えなくなってしまうからな」
「唄は人魚の命だからねえ」

「声以外なら、何でもいいのかい?」
「何でも、と凄まれると怯んでしまうな……。だが人魚の王子たるもの二言はない! 命にかかわらないものならばこのオレが保障しよう!」
「ならひとつだけ……君にしか頼めない頼みがある」

――蛸の生態は知ってる?」

「ちょうどもうじき繁殖の時期なんだけどね。……蛸のオスは繁殖をすると力尽きて死ぬさだめで、一世一代の大勝負、絶対にミスをするわけにはいかないんだよ」
「なっ……待て待て! ……死ぬのか、お前……
「好いメスがいれば、或いは、そうだね」

「それは、何と言えばいいのか……
……。そこで、だ。司くん、君を練習台にしてもいいかな?」
「は?」

「練習って、何の、」
「おや。もうわかっている顔をしているけれど」
……

「痛いのは……嫌だな。普通に」
「痛い思いをするか否かは、君の協力次第……かな。大丈夫。極力君も感じられるよう善処はするつもりだよ」
「善処……
……ダメかい? 司くん……

「ええい、わかったわかった! それが類の頼みだと言うのなら……引き受けようじゃないか!」
「本当かい? 自分で言うのもなんだけれど……かなり無茶を言ってる自覚はあるよ」
「だが妥協する気もないんだろう」
……まあね」

「やっぱり無駄死にはしたくないからねえ」