トライヨラの街もすっかり夜に沈み、部屋の主も先にベッドへ向かって久しいフォルアード・キャビンズの一室で、ベルトランはマーケットの価格リストへ釘付けになっていた。
初めてトライヨラへ到着した頃のもの、故グルージャジャ王の国葬直後とオミローがアルカディアに出場していた頃のもの、そして今日の昼にベイサイド・ベヴィーで控えておいた最新のもの……。
実は、ここしばらくの間、ベルトランはトライヨラを離れエオルゼアへと戻っていた。
あの襲撃で受けた怪我が落ち着いたためだ。
同僚のキエラとエルストセイグとの情報共有も兼ねて、自分が留守のうちの彼らの奮闘に礼をして(ベルトランが怪我のひどい時に無茶をしたことを二人には随分叱られた)、その後は各国の市場の様子を見てまわった。
エオルゼア諸国については既にオミローがトラブル解決がてら再訪したと聞いているが、市場の事情はまた別の観点が必要で、自分の足で土地を踏む必要があると考えている。
ただ、自分の足とは言っても転送網を利用しての旅なので、エーテル酔いに強い体質であることがありがたい。
おかげで、一時的な急ぎの旅とはいえ、エオルゼア諸国、さらにはクガネやラザハン、シャーレアンに大きな変化はないことがわかり、改めて安心して同僚たちにエオルゼアでの仕事を託すことができたのだった。
そうして、やれやれとトライヨラへ戻ったところに、この価格リストである。
──ベルトランがエオルゼアへ発った頃と価格や売れ筋が大きく変わっているのだった。
確かにトライヨラは今、変革の時にある。
そもそも最初に訪れた時が継承の儀に沸く異常な好景気だったこともあるだろうし、今は多少落ち着きはしたものの連王の代替わりの影響や、ソリューション・ナインからの帰還者・移住者による需要、さらには襲撃からの復興による変動もある。
かつてグリダニアで鉄が売れ始めた時のように、他国との文化交流に乏しい社会でひとたび変化が起きれば市場が不安定になるのは分かりきっていたことではないか。
雇い主たるオミローは気にするなと言うだろうが、これでは自分が不在の間を守るため日々健闘している同僚たちに顔向けができないし、何より先日オミローより提案があった土地購入とハウスの建築に響きかねない。
だが、まずは本来稼げたはずの金額と現在の相場から稼げる額を勘定し、損失を数字化しなければ売上計画も立てられないな──。
夜の静寂とテラスへ寄せる穏やかな波の音とは裏腹に、思考とメモを取るペンが忙しなく走る。
──と、その時。
「ベルトランくん」
とっくに寝入って寝息を立てているはずの人の声に驚いて肩を弾ませながら、ベルトランは居間のテーブルから寝所へと顔を向けた。
声の主が上半身を起こしているように見えるが、居間と寝所の間は棚やタペストリーで仕切られており、様子を伺うには見通しが悪い。
起きていたんですか、と寝所へ声をかけつつ、立ち上がって近づくと、今度は逆に今の今まで起こしていた身体を勢いよくベッドに倒す姿が目に入る。
ベルトランは、この一連の奇怪な行動をしている当人──オミロー・フワフワとは随分長い付き合いになるが、普段、寝ぼけるどころか寝言も滅多に聞いた事がない。
その彼の奇行を目の当たりにして、すわ悪夢でも見たのかと駆け寄って様子を伺うと、目を瞑るオミローの表情が歪んでいることに気がついた。
それは苦悶の表情とはかけ離れていて、おかしくてたまらない、と訴えるかのような不自然な形の口元に、これはオミローからベルトランへのいたずらなのだと腑に落ちる。
それならばこちらも、と一呼吸おいて、まるで隠せていない狸寝入りの顔に、わざとらしく声をかけてやる。
「起きて、いるのでしょう、か?」
オミローはへヘ、ヘ、と声をあげながら顔をプイと反対側へ向ける。
「寝て、いまぁす」
それでは、この声は何かと問うと、寝言だと言う。
真面目なオミローがここまでふざけてみせるのは珍しく、これはこれで何かを我慢したり隠したりしているのではないかと不安になったベルトランをよそに、当人は一層楽しそうに笑い声をあげた。
「君、さっき飛び上がってた。そんなにビックリしたの」
「そりゃあ、貴方は寝ていると思っていたし、集中していたものですから」
自ら質問をしておきながら、ベルトランの話を聞いても「そうですかぁ」と口調を真似ている様子だったが、ふいに薄く目を開いて、
「それじゃ、集中が途切れちゃったから、今日はもう寝たら」
と、言うので、ベルトランは彼に気を遣わせてしまったことに気がついた。
目が覚めたのか、それとも眠れずにいたのか定かではないが、とにかくトライヨラへ戻って早々夜分遅くまで作業をするベルトランを心配するものの、自らが雇い依頼しているリテイナー業務とあって言いだしにくく、気をひこうとした結果の一連の奇行だったのだ。
挽回が必要とはいえ、雇い主のための仕事が理由で雇い主から気遣いを受けては本末転倒であるし、ベルトラン個人の信条としても、自分のことでオミローに余計な心配をかけることは何より避けたいことであった。
オミローが一番恐怖を抱いているのは資産の損失ではなくベルトランを喪うことであるのを知っているのにも関わらず、こうなることすら予想できないとは、やはり疲れているのかもしれない。
「そうですね。今日はこれくらいにして、私も休みます」
「それがいいよ」
一度居間へ戻ったベルトランが書類と灯かりを片づけて寝所へ入ると、オミローがまた身体を起こしていた。
「随分心配をかけてすみません」
「うん」
満足そうに頷いて今度はゆっくりと横になったオミローに合わせて、ベルトランも頭を枕に預ける。
「おやすみなさい。また明日」
「うん。また、明日」
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