放課後、校舎裏で、なんて。今どき珍しいくらい王道な呼び出しを受け、俺は一人で校舎裏を目指していた。明日までにやらなければいけない課題のために鞄の中には教科書と資料集が詰まっていてただでさえ重い足取りをさらに重くする。
人から好意を向けられることに、自慢じゃないけれど慣れていた。どうやら俺は人好きのする顔立ちらしいし、誰かに優しさを持つことに抵抗がない。小さな子どもから杖をついたお年寄りまで、第一印象で悪く思われることはほとんどなかった。それで人より得をしてきたこともきっとあったんだろうけれど、今の俺は、同世代の女の子たちに好かれることが少し困りものだった。
【ごめん、ちょっと遅れるから適当に時間潰してて】
数分前に送ったメッセージには了解!と笑顔を浮かべるキャラクターのスタンプが返ってきていたから、ごめんなさいと謝るスタンプを送ってため息を吐いた。
早く会いたいのは俺だけかな。なんて、ちょっと寂しく思いながらとぼとぼと階段を下りた俺は、周りを見ていなかったせいで横から歩いてきた人を避け切れずに思いっきりぶつかってしまった。
「わっ」
「っ! すみませ、……え、あ、喜八郎……!」
「おや、久々知先輩。……遅れるんじゃなかったんですか?」
「う、うん……いや、えっと、ちょっとこの後予定が入っちゃって。……教室で待っててくれるのかと」
「適当に時間を潰すために図書室に。それで、久々知先輩はまた告白ですか?」
「え! どうしてそれを!?」
「……カマをかけたんです。そうですか、また告白ですか」
「うわ……、……ごめん」
しゅんとして俯くと喜八郎は「んー」と曖昧な返事をした。告白されたと直接話したことはないはずだけれど、また、と言うからには俺が今までも告白されたことを知っているんだろう。その全てをきちんと断っていても、少しは嫌な気持ちにさせてしまっているかもしれない。
もう一度ちゃんと謝ろうと顔を上げた俺は、パッと目の前に突き出された手のひらに驚き目を丸くした。
「ん」
「え、な、なに?」
「手、貸してください」
「手……? えっと、……はい?」
「はい。それじゃあ行きますよ」
「え!? どこに?!」
「一度教室に戻ります。僕、カバン置いてきちゃったので」
言われるままに差し出した俺の手首を掴み、喜八郎は俺が下りてきたばかりの階段を一段飛ばしで上がって行った。俺用事が、行かないと、喜八郎?、ねえ聞いてる?、と。引っ張られる力に抵抗はせずその背中を追いかけながら声をかけても喜八郎は全然返事をしないで、一年の教室がある四階まであっという間に階段を上り切ってしまった。
授業が終わってからずいぶん経ったからすっかり人気のない廊下を進んで教室に入り、机の上に置いてある鞄を取ってからようやく喜八郎が俺の方を振り返る。
「いちいち相手しなくていいと思います」
「え? なにが?」
「告白。どうせ断るだけなんだから、行かなければむこうだって勝手に諦めますよ」
「……でも、わざわざ待っているのに」
「久々知先輩のことを本当に好きな人ならあなたと付き合えるはずないって分かりますよ。告白をしてくるのはただ好きだって言って先輩に告白した思い出を残したいだけのミーハーです。相手をする必要がありますか?」
「ひ、ひどいな……そこまで言わなくても」
「それじゃあ告白されて、付き合う可能性が一パーセントでもあると?」
「……ない。百パーセント、断るよ」
俺の手首を強く掴んでいた喜八郎の指を反対の手でそっとほどき、やり直すように指を絡めて繋いだ。誰もいないから、学校だけど、すこしだけ。
一歩足を踏み出せば喜八郎との距離はほとんどなくなり、目を合わせてくれない喜八郎の額にちゅっと唇を落とすと恨めしそうな瞳が俺を見上げた。ごめんと可愛いの感情が混ざった笑みを浮かべて首を傾げ、繋いだ手を優しく握る。喜八郎はつんと可愛らしく唇を尖らせた後ふんっとそっぽを向き、だけど俺の手をぎゅっと握り返してくれた。
「俺が好きなのは喜八郎だけだよ。喜八郎以外と付き合うなんてありえない」
「そうですか」
「もう告白も受けないようにする。きちんと振ってあげるのが優しさだと思ってたけど、喜八郎のことを考えられてなかったな。気づけなくてごめん」
「べつに僕はなんにも言ってないですけど」
「うん。俺が喜八郎のこと一番優先したいだけ。今日、約束してたのに待たせたのもごめんな」
「……帰りに肉まん奢ってください」
「了解。他には?」
「……、……たくさんの人に好かれるのは久々知先輩の長所です。改める必要はありません」
言いたいことをまだ隠し持っているような顔の喜八郎に、うん、と相槌を打って静かに続きを待った。校庭で走り回る運動部の声や廊下を伝って届く楽器の音も今は一枚膜を挟んだように遠く聞こえる。喜八郎の言葉だけ、まっすぐに受け取る準備をしてある。
「……でも、もうちょっとだけ、ひとりじめさせてください」
内緒話のように小さな声で落とされた喜八郎の本音をしっかり聞き取った俺は、うん、とすぐに返事をして喜八郎のことを抱きしめた。
どうやったら伝わるかな、本当に、喜八郎だけが特別なんだ。俺だって喜八郎のこともっと独り占めしたいよ。自分の好きなことを自由にするキミが好きだから、縛り付けたりなんてしないけど。
「くくちせんぱい、くるしい」
「ふふ、ごめん。いま、独り占めできてる?」
「……まあまあ」
「じゃあ喜八郎も俺のことをぎゅってしてみて。そうしたらもっと独り占めしてる感出るかも」
「……、……」
「ありがと」
「……はぁ、こんなめんどくさい自分がいるなんて知りませんでした」
「面倒くさくなんてないよ。喜八郎はいつでも可愛い」
「……」
「今日あそこで会えて良かった。こんな可愛い喜八郎に気付けないままだった」
「……久々知先輩、うるさい」
「ふ。……」
「……」
「……」
「……いつまでこうしてるつもりですか。誰か来るかもしれませんよ」
「じゃあ喜八郎から離して」
「……」
「……ほんとかわいいな。全然面倒くさくなんてないよ、俺の恋人は世界一可愛い」
耳元で囁いた言葉には拳が返ってきて、俺を押し退けた喜八郎は扉の方へ駆けて行った。振り向きもしないで出て行ってしまう彼の背中を追いかけて俺も地面を蹴る。校舎裏へ向かう時は重くて仕方なかった鞄の重さを今はすこしも感じなかった。まっすぐに好きな人のところへ向かう時に、他のことを気にする暇なんてない。
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