ssblast_is
2016-02-14 01:12:01
1553文字
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「おめでとう」

大環ワンライ

不規則に揺れる車内に澄んだ声が23時19分ですと告げる
のしかかる肩の重みに比例してタクシーの運転手がラジオの音量を下げた
すいませんと伝えるとお疲れさまですと控えめな微笑みがバックミラー越しに見えた
キラキラと反射する明かりに目を細め、日付が変わるまでに寮にだろうかとゆるやかに減速した車の中で大和はぼんやりと愛しい子供のことを考えていた


「ヤマさん帰ってくるのおせーの?」
先程まで携帯ゲームに勤しんでいた環が首だけこちらに向けてきたのは、寮のリビングに掲げられたボードに己のスケジュールを書き込んだ時だった
「収録自体始まるのが遅いから、日付変わるまでにはギリ帰ってこれるかなって感じ」
マーカーを置きながら環を見れば、ふーんとだけ残してまたゲームに戻ったようだ
「なんかあったか?」
「別に」
環の興味はもう完全に目の前の画面にあるようで今度は目線一つ上げようとしない
素早く指を動かす環の表情は先ほど自分の予定を聞いた時よりも感情を持っていて
面白くない恋人の態度に思わず口の端が吊り上がる
「なんだ、タマはお兄さんがいないと寂しいのか」
わざと強めに頭を撫でると邪魔だとばかりに左手が振りほどきにやってくる
邪魔をするためにやっているのに素直に引っかかってくるところが可愛くてさらにわしわしと頭を撫でてやると、やめろとゲーム機を放棄した環が睨みつける
「別に寂しくなんかねーっての!っていうかあんた自分の誕生日憶えてねーのかよ」
「誕生日?」
「2月14日!ヤマさん誕生日だろ!だから一番に祝ってやろうと思って聞いただけ!!」
一息にまくし立てて放棄したゲーム機に向き直った環はゲームオーバーになった画面に対して眉間に皺をよせている
祝ってくれんの」
「は?何言ってんの?当たり前だろ」
ぽつりと零した言葉はタイミング悪く電源を切られたゲーム機は遮ってくれなかった
「ヤマさんが帰ってくるの待って日付変わったら即祝うし。俺が一番に祝うけど、でもみんなも待ってるだろーし、もし一番じゃなかったら来年リベンジする」
「来年?」
「一番でもそうじゃなくても来年も一番に祝うしその次もその次もずっと」
そんな先まで祝ってどうすんだよ」
「そんな先まで祝うに決まってんだろ、ずっと一緒にいんだから」
確かな瞳で貫くようにずっと一緒だと環は笑った
永遠なんてないと痛いほど知っているこの子供は、それでも自分との先を語って未来を謳うのだ
「かなわないな」
叶わない夢だと思っていたのに、こんなにもあっさりと言ってのける
いつだって自分に手を差し伸べて無邪気に笑うのだ
いつも、いつも敵わない
「タマ、お前ってやっぱすげーわ」


思考にまどろんでいた大和を起こしたのは肩でもぞりと動いたオレンジだった
ふるりと髪を揺らして重みがそっと離れる
「わりぃ、寝ちまった」
「いーよ。もうすぐ着くからナギ起こしてくれ」
「おっけ」
控えめにリクエストをお届けしていたラジオが23時台最後と言って曲名を告げた
今頃環はどうしているだろうか
宣言通り一番に祝ってくれるのか
徐々に流れてくる見知った景色に思いを馳せるとナギを起こした三月から小突かれた
「大和さん、寮着いたらすぐ降りろよ。会計とか俺やっとくから」
「ヤマトが一番に入らないとワタシ達タマキに怒られます」
「環だけじゃないぜ、みんなあんたのこと待ってんだ」
にっと笑う三月とナギに環に覚えたのとはまた違う暖かみを感じて、大和は眼鏡を直すフリをして横を向いた
そのまま車は角を曲がり寮の明かりが見えてくる
時報前のCMと同時に車から押し出されるように降りた大和に走れと二人から声がかかる
2月13日の最後を駆けながら、大和は笑った