猫澤
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ワガハイの変人ワンツー実態調査記録

リリックインスピレーション企画寄稿①
企画サイト

 これはたいへん由々しき事態である!
 都立神山高等学校。三階奥に設置された新聞部部室の窓辺に佇み、唄川部長は眼光を鋭く光らせた。
「ああ、非常に嘆かわしい! 何故だかわかるかね詩谷くん」
 部長の小さな手が折りたたみテーブルを強く叩く。パイプ椅子に腰掛け拳を握っていたワガハイは、ごくりと生唾を飲み込み、小さく頷いた。
 歴史ある我が新聞部、前代未聞未曾有の大危機。そう、何を隠そう――ワガハイ共の手元には、校内の情報を網羅すべき新聞部であるにもかかわらず、今月の学校新聞に載せるネタが一切合切すっぱりさっぱりとないのである!
 新聞部は部長とワガハイ、それから幽霊部員が二人の計四名でギリギリ部活動としての体裁を保っている。先月はとうとう予算カットの烙印を押され、今月ついに、何か実績を残さないと最悪廃部となる可能性もあると生徒会よりお達しがあった。新聞部の誇りにかけて、それだけは絶対に阻止せねばならない。
 部長はスカートを翻し、小柄な体躯で忙しなく行ったり来たりを繰り返している。窮地に陥ると爪を噛むのは彼女の癖だ。
「仕方がない……かくなる上は!」
「かくなる上は……まさか……! 部長、あの禁じ手を……⁉︎」
 こくり。険しい表情で部長が頷く。瞬間、ざわっと全身の血液が沸いた。
 ――ああ、ついに……
 静かに握っていた拳を開く。
 誰もが恐れ、暗黙の了解として触れることを遠ざけていた、神山高校、ある種の生ける名物とも呼べる二人。我が校で彼らを知らぬ存在などいない。
 変人ワンツーフィニッシュ。
 彼らの実態を探り、解き明かせば――今月の学校新聞の売れ行きは過去の記録を塗り替えるだろう。
 ……しかし同時に少なからず危険が伴うであろうことも予想される。
 それでも全うする覚悟が、ワガハイにあるだろうか……
「崖っぷちの我々に、失うものなど最早あるまい」
「部長……!」
「さあ詩谷くん! 彼らにまつわる証言を集めるのだ! 特大スクープ! 題して……『変人ワンツーフィニッシュの秘密に迫る!』‼︎」
――ハイ‼︎」
 迷いなど、部長の言葉で一瞬のうちに霧散した。
 勢いよく立ち上がった拍子にパイプ椅子がひっくり返る。指先が震えていた。恐怖ゆえでは決してない。民衆をあっと驚かせる、そんな記事を書いてやるのだと――ワガハイは、胸を躍らせていたのだ!


 【証言その一】どこからともなく聞こえる『歌』

 一年A組、廊下側最前列。そこがワガハイの席である。
 鳴り響く終業のチャイム。教室にいる生徒達が次々と席を立つ音を聞きながら、ワガハイはふうと姿勢を崩した。
 神山高校の昼休みは長い。昼食のため売店に駆け込む者もいれば、委員会活動や部活動に励む者、趣味や睡眠に充てる者など三者三様に過ごしている。
――ワガハイも早いところ、情報収集を始めなければ!)
 新聞部の存続の危機が迫っているのだ。一分一秒たりと無駄にするわけにはいかない。まずは変人ワンツーフィニッシュのワンの方、天馬司氏が在籍しているという二年A組へ向かおうと――立ち上がった、その時である。
――おい、杏!」
 すぐそばで地を這うような低い声がして、ワガハイは思わずエッと顔を上げた。
 教室の出入り口を塞ぐ柄の悪い男子生徒。ポケットに手を突っ込み、耳元ではバッチバチにつけられたピアスが光を放っている。
 名前は、たしか、東雲彰人氏。C組在籍の彼がなぜA組へ……
「あ、彰人じゃん。どうしたの? なんかあった?」
 続いて、ワガハイを挟んで後ろから飛んできた声に、ヒ、と声が出そうになった。
 教室の奥からこちらへと歩を進める女子生徒――白石杏氏。艶やかな黒髪と、自信に溢れた表情。それから溌剌とした声……。スクールカーストでいえば間違いなく上位に君臨する、陽キャ中の陽キャである。
 しかもその上、白石氏と一緒にやってきた生徒は――あ、暁山瑞希氏⁉︎
 自由奔放、気ままな暁山氏はあまり頻繁に学校には顔を出さず、登校したとしても遅刻常習犯の問題児。そして丁寧に巻かれた髪と抜かりないメイクは高校という学び舎においてかなりの異彩を放っている。
(なんてことだ……ギャルとヤンキーに挟まれてしまった……
 その場に立ち尽くしていたワガハイは言葉もなく、静かに自分の席に腰を下ろした。
 ……そう、何を隠そう――ワガハイはギャルが苦手なのである!
 昔からオタク気質だったワガハイは、たいていギャルに面白がられるか、煙たがられるかの二択しかない人生だった。ヤンキーは見るからになんかこわいし……。絡まれたくないし……。目をつけられて毎日焼きそばパン買ってこいって言われたら困るし……
 陽キャに挟まれて、オセロのようにワガハイも陽の者になれるか? 答えはもちろん否である。
 よって平穏無事にこの場をやり過ごすには……空気に徹するに限る!
「今日の練習のことだけどよ。オレと冬弥、ちょっと放課後寄りてえとこあっからWEEKEND GARAGEに直接集合でもいいか?」
「あ、オッケー! こはねには私から連絡しとくよ。ていうかそれくらい、グルチャで送ってくれればいいのに〜」
「まあ……通りがかったついでにな」
「すまない。彰人と移動しながら話していて、つい先ほど決まったばかりなんだ」
 東雲氏と白石氏の会話に割って入ってきた声。視線を上げてよく見ると、東雲氏の後ろに隠れるようにもう一人、ひかえめに立つ男子生徒がいた。
 彼のことはワガハイもよく知っている。図書委員の青柳冬弥氏。所属するクラスは違うが、新聞部として図書室とは切っても切れぬ縁があり、彼とは何度かそこで顔を合わせたことがあった。
「好きな作家の小説が今日発売で……彰人は俺の付き添いだ」
「なるほどねー」
「つうか、暁山お前、今日登校してたんだな」
「いや〜さすがにちょっと単位ヤバくてさ〜。ついさっき来たとこ!」
「もう昼だが……? また自転車が壊れてしまったのか?」
「「自転車?」」
「あははは〜……
 ふむ。どうやら話を盗み聞く限り、彼らはずいぶん気心知れた仲のようだ。寡黙な青柳氏には勝手に親近感を抱いていたものだが、やはり一軍は一軍同士で交流を深めるものなのか……。なるほどたしかに、遠巻きに見ている分には華のある空間である。
 いや、しかし、いまはそんなことよりも。
 ワガハイは急ぎこの場を脱し、一刻も早く変人ワンツーフィニッシュについての情報を集め記事を書かねばならない。けれど相変わらずギャルとヤンキーに囲まれているこの状況。少しでも不自然な動きをすれば目をつけられるのは確実……
 ああ、ワガハイ、一体全体どうしたら……
「そういや、もう昼なのに今日まだ『アレ』聴いてねえな」
 ……ん? 『アレ』?
「ああ、天馬先輩の歌? そういえば聴いてなかったかも」
 東雲氏の言葉にピンときた白石氏が、ぽんと手を叩く。ワガハイは一瞬ぽかんと呆け、そっと彼らの会話に耳を澄ませた。
 聞き間違いでなければ、何、天馬司氏の歌だと?
「なになに? 司先輩の歌って?」
「あ、そっか。瑞希三日くらい休んでたから知らないんだっけ。最近休み時間になると、どこからともなく司先輩の歌声が聞こえてくるんだよねー」
 な……、なんですと――⁉︎
 思い返せばたしかに最近、休み時間に男子生徒の歌声を聴く機会が頻繁にあった。てっきり合唱部のコンクールでも近いのだと思っていたが、あの歌声が、天馬氏によるものだったというのか……⁉︎
「力強さの中に、儚さや慈愛の込められた素晴らしい歌声だ」
……。ま、歌は悪かねえけどよ……
「出た出た、弟くんのツンデレ! ほんと絵名にそっくり〜!」
「おいやめろ」
 きゃらきゃらと笑う暁山氏を東雲氏がじろりと睨みつける。その迫力に、睨まれていないワガハイの方が「ヒッ」と小さく声を上げてしまった。
 ヤンキーに凄まれて萎縮しないオタクがいるか? いや、いない。その点、暁山氏は随分と肝が据わった性格のようである。きっとワガハイのようなオタクとは無縁の人生を歩んでいるのだろうな……
「ショーの練習でもしてるのかな? 神代先輩も一緒にいるみたいだし」
「あ、やっぱ類もいるんだ」
「そりゃいるだろ。あの二人が一緒にいないのなんて授業の時くらいじゃねえか?」
 なんと! これはまた有力情報。なるほど、変人ワンツーフィニッシュのワンとツーは、常に行動を共にしている……と。
 ワン、こと天馬司氏は二年A組生徒。ツーこと神代類氏はB組生徒であるから、当然授業は別になってしまう……が、それ以外の時間を共に過ごしているとなると二人は相当仲がいいようだ。どうりで毎日騒動が絶えないはずである。今や神山高校で爆発音や絶叫を聞かぬ日はないと言っても過言ではない。
「あ! 噂をすれば……
 ぱっと白石氏が顔を上げる。つられて聞き耳をたてると、どこからともなく低い歌声が聴こえてきた。
 例えるならオペラ歌手のような……ミュージカルのような……
 たしか、ベルカント唱法というのだったか。あまりそちらの分野には詳しくないが、音楽の授業でちらりと耳にした記憶がある。ワガハイが合唱部の練習と思い込んでしまったのも、それがあまりに本格的な声楽であったからだ。
 しばらく歌声に耳を傾けていた一同だったが、やがて東雲氏が口を開きポツリと零した。
「すげえな」
「どんな発声練習してるんだろ。ちょっと気になるよね」
「ああ。さすが、フェニックスワンダーランドでショーキャストをしているだけある」
 うむ。これほどの歌声を響かせるには、少なくとも腹式呼吸はマスターしないと不可能であろう……。さすがフェニックス……ん? フェニックスワンダーランドで、ショーキャスト……
 な……、なんですと――⁉︎⁉︎⁉︎
――あ。ねえねえ、ひょっとしてこれと何か関係あるのかな? 昨日類から送られてきたんだけどさ」
「なんだこれ」
「なんかライブの電子チケットみたいだね。えっと……『三ヶ月記念ショー』?」
 ……ハッ‼︎
 うっかり唖然としている間に、気づけば東雲氏達はぞろぞろと暁山氏のスマホの画面を覗き込んで何やら話し始めていた。それによって生まれた隙。逃走経路が確立された……今がチャンス!
 ワガハイは慌てて席を立ち、逃げるようにその場を去った。教室から数メートル離れた先でぷはあと思いきり息を吐き出す。はあはあ、ギャル、ヤンキー、……こわかったよぉぉ……
 しかしあの空間を耐え抜いたおかげで思わぬ有益な情報も得られた。学校の外での活動――それはつまり、彼らの本性を暴くにうってつけではないだろうか!
 であれば、ワガハイが次にとる行動はもう決まっている。
(早速今日の放課後にでも取材に向かわねば――新聞部存続のために!)
 いざ、フェニックスワンダーランドへ!


 【証言その二】某テーマパークで起きた爆発の謎

 変人ワンツーフィニッシュのワンの方こと天馬司氏が、フェニックスワンダーランドでキャストをしている――とのタレコミを入手してから、数時間後。
 ワガハイは、ざり、と勇ましく地面を踏み締めた。
 目の前に広がるアトラクションの数々。そこらじゅうカラフルに彩られ、コースターが滑空し、パレードの華やかな音楽と共に奥の方ではゆったりと大きな観覧車が回転している。
 にやり。口角が上がる。
(ククク……来た、来たぞ、フェニックスワンダーランド!)
 SHRが終わってすぐに教室を飛び出し――自転車を跨いだワガハイは、一直線に全速力でフェニックスワンダーランドへと向かった。死ぬほどペダルを漕いだおかげで両足が先ほどからぶるぶると震えているが、特ダネを手に入れるためならばこの程度の疲労などなんのそのだ!
 それからすぐさま入場口でナイトパスを購入し、フェニーくんの着ぐるみに見送られながら堂々と敷地に足を踏み入れて――さらに数分後。
 ……ワガハイはいま、敷地の隅っこで震えていた。
(ひ、人が……! 人が多い……!)
 平日の夕方にもかかわらず、どこへ行っても人で溢れている。右へ行けば幼女の純粋な眼差しに見つめられ、左へ行けばイチャつくカップルと遭遇……。アトラクションには長蛇の列、フードコートも長蛇の列。敷地のど真ん中に聳え立つネオフェニックス城の周りは、フォトスポットにはしゃぐ若い子達……
 この人混みは完全に想定外であった――……そう、何を隠そう、ワガハイは遊園地がはじめてなのである!
 完全なるリサーチ不足。ひとまずマップを見つけたので先ほどからじっくりと睨めっこしているが、フェニックスワンダーランド、思いのほか敷地が広い。ショーステージに特化した遊園地であるらしく、ステージもたくさんあるようだ。
 フェニックスステージにワンダーステージ……
(天馬司氏のいるステージはどこだろうか……
 すっかり途方に暮れ困り果てていた、その時である。
「お兄さん、迷子ですかっ?」
「うぼぁっ⁉︎」
 背後から突然声を掛けられて、ワガハイはビクッと大きく体を揺らした。
 振り返れば、桃色の髪の少女がきらきらとした瞳でワガハイを見つめているではないか。
 可愛らしい衣装に身を包んでいるところから察するに、どこかのステージのショーキャストだろうか。小柄で、一見ワガハイと同年代くらいに思える。
「え……えっと……
「もし乗り物に迷ってるなら、おさかなコースターがおすすめですっ! あとね、おなかが空いたらフェニーくんのチュロス! いろんな味があって、どれもほっぺたが落っこちちゃうくらいおいしいよ!」
「いや、ワガハイは、その……
 思わずしどろもどろと言い淀んでしまう。陽だ、あまりにもこの子から陽のオーラが輝いている……
 浄化されてしまう。その眩しさにウッと目を細めるワガハイを、少女は不思議そうに見つめていた。きっと善意からワガハイに声を掛けてくれたのだろうが、その純粋な瞳はワガハイには眩しすぎる……
 じり、じり。無意識に及び腰になりながら後ずさっていると、そこへ、少し離れたところからか細い声が掛けられた。
「えむ、こんなところにいた。探したよ」
 声の主を振り返って思わず目を見開く。
「くっ、草薙寧々氏……⁉︎」
「えっ、誰……
 こわ。あからさまに警戒を示した彼女に、あわあわと手を振って弁明をはかる。草薙氏は隣のクラスの生徒で、ワガハイが一方的に知っているだけなので(新聞部ゆえ、全学年の生徒の名前と顔は網羅している!)、彼女がワガハイを知らなくても無理はない。
「ワガハイは――
 警戒を解くためにもまずは自己紹介をしようと、口を開きかけた、その瞬間。
 ――どかーん! ぱらぱらぱら……
――⁉︎⁉︎⁉︎」
 すぐ近くで起きた爆発に、ワガハイはぴょんと飛び上がった。
 いや、え? 何? ば、爆発⁉︎
 驚きのあまりまだ心臓がばくばくと跳ねている。しかし、少女達は慣れているのか何食わぬ顔のまま(むしろ微笑んでいる⁉︎)爆発のした方向を見つめるばかりで、騒ぎ立てる様子はない。
 え? おかしいのはワガハイの方か? え⁇
「あ、類くんの花火成功したみたいだね!」
「類くん……? ハッ! もしや、類くんとは神代類氏のことかね……⁉︎」
「うん! 神代類くん! あたし達ワンダーランズ×ショウタイムのショーをとーってもキラキラにしてくれる演出家さんだよ!」
 な、なんということだ……。変人ワンツーフィニッシュのツーの方も、フェニックスワンダーランドでショーキャストをしていたとは……
 それならばいまの爆発にも納得がいく。なにしろ、神代類氏は神山高校でも有名な爆弾魔であるのだ。プールに水柱を上げ、学校中に花びらを舞い散らせ、天馬司氏の誕生日にはどでかい祝砲を屋上から放ったという伝説は神高の全生徒が知るところである。
 これは……特大スクープの予感……
 ――そうだ。ワガハイは記者としてここまで来たのだ。なんとしてでも彼らの秘密を掴まねば、神山高校新聞部の名折れであろう……
「その話、く、詳しく聞かせてはもらえないだろうか……⁉︎」
「くわしく? うん! いいよ!」
「ちょっと……! ダメ、えむ! 知らない人にそんなふうにいろいろ教えちゃ……
「ほぇ? でも……
「わ、ワガハイはべつに怪しい者では、ないのであるっ……!」
「あ……怪しい人は、みんなそう言うから……! 行こ、えむ」
 あっあっ、本当に怪しい者ではっ、怪しい者ではないのにーっ!
 ――どこーん! ぱちぱちぱち……
 そんなことを言っている間にも再び爆発が音が鳴り響く。……ん? いま「ぬわああああ」と悲鳴が聞こえたような……
「おお〜! 司くん打ち上げ花火! 今日はいつもより高く飛んでおりますな〜」
「類ってば張り切りすぎ……。いくら学校で装置のテストするわけにいかないからって……
「装置のテスト?」
「うん! あのね! 司くんと類くんもうすぐ記念日だから、今度わんだほいショーを……もごもごもご」
「な、なんでもない! なんでもないから!」
 何か言いかけた少女の口を草薙氏が慌てて塞ぐ。見るからに不自然で不審な行動だ。記者としての勘が告げている。彼女達は何か隠している、と……
 目をじっと据わらせて探るように見つめると、草薙氏は目を泳がせ、たじろいだ。
「むうう……怪しい……
「あ、怪しいのはアンタの方でしょ……
「む! だ、だからワガハイは天馬司氏と神代類氏の素行について調査しているだけであって、決して怪しい者ではないのである!」
「え? 素行調査?」
 ぱち、と草薙氏の長い睫毛がしばたく。そのまま彼女は俯いて、口元に手を当て何か考え始めた。
 若草色の髪がさらりと風に吹かれ、靡く。
……どうしよう。風紀委員に目をつけられたら、類の計画が台無しになっちゃうかも……
……計画?)
 含みのある言い方にごくりと喉を鳴らした。や、やはり天馬氏と神代氏には隠された裏の顔が……
 ワガハイは風紀委員ではないが、草薙氏が勘違いしているならばこれを利用しない手はない。新聞部であることに誇りはあれど、プライドで記事が書けるなら苦労はしないのだ。
 そう。ワガハイは腐ってもジャーナリスト……! スクープのためなら魂だって売り飛ばす! 全ては新聞部存続のために……
 生唾を飲んで草薙氏の次の言葉を待っていると、草薙氏はやや険しい表情のまま、ゆっくりと顔を上げた。
「そうだ、天馬さんなら…………えっと、うちの座長のこと知りたいなら、宮女に妹がいるから……会ってみれば?」


 【証言その三】天馬司氏の妹氏訪問インタビュー!

 なんと! 天馬司氏の妹君が宮女へ通っている事実が草薙氏の証言によって判明した!
 宮女とは、私立宮益坂女子学園の略称である。エスカレーター式の中高一貫教育校で、いわゆるお嬢様学校と名高い。
 ワガハイは早速翌日、放課後になるのを待って自転車を飛ばした。
 神山高校から宮益坂女子学園までの距離はそう遠くはない。巷では宮女生徒が昼休み中に神高へこっそり遊びに来ているらしいと聞くほどだ。実際フェニックスワンダーランドへ全速力でチャリを漕ぐよりよっぽど早く、ワガハイはすんなりと目的地に到着することができた。
 ……ちなみに余談だが、昨日はあの後、あの桃色の少女に勧められたおさかなコースターに乗って、わんだほいフェニーくん味のチュロスを堪能し、フェニックスワンダーランド名物と名高いナイトショーを観て帰路についた。……いやあ、しかし、実に素晴らしいショーであった……。特にマイルスとシャオの美しい師弟愛! ワガハイ、昨夜は興奮のあまり彼らの解釈考察サイトを巡回し、フェニックスワンダーランド公式ウーチューブで他の舞台動画もくまなくチェックし、どうやらワンダーステージ? とやらの、座長と演出家が好い仲らしいというところまで突き止めてしまった。夏の薄い本が厚くなりそうな勢いである。
 まあそれはともかくとして。
 宮女の校門前で、ひとりじっと待ち伏せに徹する。他校の生徒がよほど目立つのか、先ほどからちらちらと生徒達の視線を感じるが、この程度で臆していてはジャーナリストは務まらない。
 草薙氏が言うには、妹君は金髪のツインテールで薄黄のカーディガンを着ているらしい。名前は天馬サキ。いったいどんな子なのだろうか……。曰く、天馬氏によく似ていると言っていたが……
(声が大きくて、三歩歩くごとに変なポーズをしている生徒を探せばいいのだろうか……
 そんな生徒、校門から覗く限りは見当たらないが。
 ……と、その時。うろうろと辺りをうろついている間に、どうやらワガハイはポケットからハンカチを落としてしまっていたようだ。ちょうど校門を出たところの女子生徒が、すっとそれを拾ってワガハイに声をかけた。
「あ、お兄さ〜ん! ハンカチ落としましたよー!」
「ヒッ、ギャル……!」
「え? ギャル?」
 ハンカチを拾った少女は驚いたようにぱちぱちと瞬いて、こてんと小首を傾げた。その拍子に、薄くピンクのグラデーションがかかった髪が揺れる。
 金髪のツインテール。薄黄のカーディガン。……ハッ!
「き、ききき君は、もしかして天馬司氏の……?」
「お兄ちゃんのお知り合いですか?」
 なんということだ! ……まさかこんなにもあっさり、目的の人物を見つけてしまうとは!
 しかしあまりにも早すぎる邂逅にまったく心の準備ができていない。妹君からハンカチを受け取り、なんと声を掛けようかワガハイが脳内をフル回転させていると、後ろからぞろぞろと妹君の友人らしき人物達がこちらへと近づいてきた。
 その中でも黒髪の少女が妹君の肩を軽く叩く。
「咲希、どうかした? 大丈夫?」
「あ、いっちゃん。しほちゃんにほなちゃんも! 今ね、お兄ちゃんのお知り合いって方に会って……
「あ、わ、ワガハイ、天馬司氏について調査している者で……
 まずは第一印象を良くしようと、ひくりと口角を上げて愛想良く笑ってみせる。ワガハイ、昨日の草薙氏とのやりとりで学んだのだ。警戒されては、欲しい情報を引き出すための難易度は跳ね上がるのだと。
 ちら、と、なんだか少し気の強そうな少女が見定めるようにワガハイに視線を向ける。……ちら、というより、じと、の方が合ってるかもしれない……
「一人称ワガハイって……
「し、志歩ちゃん……。気持ちはわかるけど、しーっ、だよ……
 一方、口元に指を当て困ったように苦笑する少女は大人しい性格のようだ。よかった。彼女の方には敵意は感じられない。ほっと安堵の息をつく。
「調査って、なんだか探偵みたいだね」
「たっ探偵〜⁉︎ お兄ちゃんてば何しちゃったの〜⁉︎」
「あ、いや、ワガハイは新聞部で……
「新聞部? ……ってことは、学校新聞にお兄ちゃんの記事が載るってことですか⁉︎」
 すごーい! と瞳をきらきら輝かせながら、妹君が屈託のない笑顔ではしゃぐ。ワガハイは思わず顔を手で覆ってしまった。……ま、眩しい……。連日陽の気を浴びすぎて、そろそろワガハイ、灰になりそうである……
 だけど、この天馬サキという少女は見た目に反して素直な子のようだ。ギャルはこわいけれど、まだ会話を試みる余地はあるような気がする。
「な、なにか、何でもいいのだが……天馬氏について知っていることがあれば教えてほしいのである!」
 藁にもすがる思いで訊ねると、四人は顔を見合わせて「うーん……」と逡巡を始めた。
「フェニランでショーをしてる」
「うん。将来の夢は『スター』って、子供の頃から言ってたっけ。……あ、私達全員幼馴染で、司さんとも知り合いなんですけど」
「ふふ。子供の頃の夢をずっと追いかけ続けてるの、ほんとにすごいなあって思うよ」
 なんと。彼女達は全員天馬司氏の知り合いだという。しかし、彼がフェニックスワンダーランドでショーをしているという情報はもう既に掴んでいる……
 他には、と妹君に視線を向けると、妹君は口元に指を当て宙を見上げた。
「あとは〜……お兄ちゃんの好きな食べ物は生姜焼きとアクアパッツァで……ピアノが上手! お裁縫も出来るんだよ。声が大きすぎるのはたまにキズだけど……
「そこはしょうがないんじゃない? 舞台役者目指してるんだし」
「とか言って志歩、街中で司さんに会ったらいつも『うわ……』って言ってるよね」
「関わりたくはないでしょ。正直。咲希には悪いけど」
 ふむふむ。ピアノが弾けて、裁縫も出来る、と……。男子高校生にしてはなかなか珍しい趣味である。天馬氏は意外にも手先が器用なのだな。
「それから〜……最近るいさんとお付き合、」
「ま、待って咲希ちゃん! それは秘密にしておいた方がいいんじゃないかな……?」
「はっ! そ、そっか!」
……?)
 妹君が言いかけた言葉を、先ほどの大人しそうな少女が遮る。
 慌てて自らの口元を押さえた妹君は、こほんとわざとらしくひとつ咳払いして、気を取り直したように佇まいを直した。
「えっと、あとはそうだなあ……。そういえばお兄ちゃん、普段は神山高校の屋上にいるって聞いたことあるかも!」
「お、屋上に?」
 たしかに神山高校の屋上は常時開放されているが、それゆえにあまり立ち入る魅力がなく、その上ただただ風が吹いて寒いだけの場所である。いまどき屋上に行くのなんて付き合いたてのカップルか変人くらいではないだろうか。
 だが……言われてみれば、あの二人の呼び名は『変人』ワンツーフィニッシュだ。
 なるほど灯台下暗し。ならば神高の屋上で張り込めばきっと、彼らの裏の顔をさらに探れるに違いない……
「情報提供誠に感謝である、宮女生徒諸君!」
「いえいえ、記事作り頑張ってくださーい!」
 今日もまたひとつ有力な情報を得られた。早速明日は屋上をリサーチだ! 踵を返し、意気揚々と自転車に跨がる。
 調査は順調。このまま行けば紙面を飾るトップニュースを手に入れる日も近いだろう。ククク、と笑みを零す。
(待っているのだ、変人ワンツーフィニッシュ――!)
 ワガハイは己を鼓舞するがごとく、ワインレッドの夕日に向かって自転車のペダルを大きく踏み込んだ。

   ◇◇◇

 しかし、順調に進んでいると思われたワガハイの調査は、ここで思わぬ方向へと着地する。
――はあ、はあ……
 翌日の昼休み。屋上へと続く階段を、ひいひい言いながらワガハイはせっせと上っていた。
 この時ばかりは己の体力のなさが恨めしく思ったが、途中で足を止め引き返すという選択肢はない。ポケットに忍ばせていたボイスレコーダーを握りしめ、見えてきた屋上のドアを睨みつける。
 天馬氏の妹君が言うには、二人は普段屋上で過ごしているという。なぜわざわざ屋外に……と思わなくもないが、そもそも変人の思考など凡人に理解できるはずもないので、考えるだけ無駄である。
 はあ、それにしても階段きっつい……ひいふう……。ジャーナリストも体力勝負。今度から早朝走り込みでもしようかな……シブヤ公園とかで……
……ん?)
――ああ、類よ! どうしても星へ帰るというのか……!」
「すまないね……。僕は母星でやらなくちゃいけないことがあるんだ」
――!)
 ようやくドアの前に立った瞬間、鉄製の扉一枚隔てた先で声がした。
 はっと目を見開く。いまのは――間違いない、天馬氏と神代氏の声だ!
 陰に隠れ、ゆっくりと数センチだけ扉を開く。そっと様子を窺うと、二人はフェンスの側で何やら真剣な表情をして向かい合っていた。
 ただならない雰囲気に思わずごくりと唾を飲み込む。手にしていたボイスレコーダーの録音ボタンを押し、ワガハイは息を潜めた。
(何の話をしているのだろう。『星へ帰る』と聞こえたが……何かの隠語だろうか……?)
 聞き間違いでなければ、『母星』とも聞こえたような……
 しばらく見つめ合っていた二人だが、やがて神代氏の方が身じろぎ、困ったように肩を下げた。
 彼の発する言葉を一言一句聞き逃さないためにも、耳を攲てる。
……もともと地球には長く滞在するつもりではなくてね。宇宙船が直ったら、すぐにでも発つつもりだったんだ。……なのに……
 神代氏が手を伸ばす。真っ直ぐに伸びた指先は天馬氏の頬に触れ、そのまま優しく肌を撫でた。
「君と出会って、僕はこの星を離れるのが惜しくなってしまった」
 星を、離れる……
 どくん、と心臓が跳ねる。緊張ゆえに背筋を汗が伝い、浅くなる呼吸を必死にいなした。
 まさか……。いまの口振りでは……神代氏はこの星ではないどこか遠い星からやってきたかのようではないか。そんな荒唐無稽な話があるというのか?
 神代氏は続ける。
「君と過ごしたこの一年はとても有意義なものだったよ。目を閉じれば簡単に思い出せる。共に空を飛び海を渡った日のことも……
……二人で海外旅行にでも行ったのだろうか……? 本当に仲がいいことである……
「漂着した無人島を探検して、巨大な猿ロボと命からがら戦った日のことも……
……うん? 無人島? 猿ロボ?)
「魔法で常闇の国を明るく照らしたあの日のことも……
(ま、魔法? 魔法と言ったか? いま?)
「夜な夜なゾンビに追いかけられ、君がアンドロイドとして覚醒した日のことも、僕はきっと忘れない」
(なんて⁇⁇⁇⁇⁇)
 いや、何? ゾンビ? アンドロイド? SF映画の話です?
 混乱のあまりワガハイは頭を抱えた。あまりにも常軌を逸する話だが、しかし何故だろう、不思議と彼らならあるいはと信じてしまいそうな自分がいる。
 なんと言っても彼らは変人ワンツーフィニッシュ。変人なのだ、どこまでも。
 ――やがて神代氏は悲痛な声で、天馬氏の両肩を掴んだ。
「君と離れ離れになってしまうのは、心が張り裂けてしまいそうだけれど……
「類……!」
 たまらず、天馬氏が神代氏の手を取る。ぎゅっと握りしめ、そして真っ直ぐに神代氏の瞳を見つめて――天馬氏はやや涙ぐんだ声を発した。
「礼をいうのはオレの方だ。オレはお前に出会ったおかげで、遠い過去に置き去りにしてしまった大切な想いを思い出せた……
 ズッ……と鼻を啜る音がする。
 天馬氏は袖で目元を拭い、一変し晴れやかな笑顔を浮かべ、握りしめた拳で神代氏の胸元を叩いた。
「そんなお前を、オレは決して独りになどさせん! 安心してくれ。こんなこともあろうかと、密かに宇宙船フェニックス号の調整をしておいたのだ!」
……! なんだって……⁉︎」
「ハーッハッハッハ! オレ達は未来永劫永久不滅、これからは、月でも火星でもワンダホイ星でも一緒だ! 類!」
「司くん……!」
……な、なんてことだ……彼は本当に……
 ボイスレコーダーをそっとオフにする。ワガハイの手は震えていた。恐怖からではない……彼らの実態を、正体を、裏の顔を! 特大スクープを手にしてしまった興奮に、全身が戦慄いていたのだ……
(とどのつまり神代類氏の正体は、果ての星から地球へ舞い降りた宇宙人……‼︎)
 そうとわかってしまったからには、こんなことをしている場合ではない。すぐにでも記事作成に取り掛からねば……
 慌てて立ち上がり、息を切らせて上ってきた階段を今度は凄まじい勢いで降りていく。びっしょりと汗で濡れた手を拭い、一目散に校舎を駆け抜け――ワガハイは新聞部部室へと転がり込んだ。
 はあ、はあと息が上がっている。しかし、いま目撃した現場を、ワガハイはつぶさに記録する義務がある!
……これで我が新聞部の学校新聞は爆売れ間違いなしであろう)
 そして毎月部長を顔を突き合わせ、予算とにらめっこする日々とはおさらば御免である。
 嬉しいはずなのに……、興奮のせいか視界がやけに滲むので、ワガハイはポケットに入れていたハンカチで目元を拭った。決して彼らの涙につられたわけではない。これは決して、断じて二人の絆に感動したわけではないのである――


「ん?」
 ――カタッ。ドタドタドタ……ドンッ。
 ふと屋上のドアの向こうから聞こえてきた音に、オレは首を傾げた。
「いま何か音がしなかったか?」
「さあ?」
 目の前の類を見上げるが、類もまた不思議そうな顔でこてん、と首を傾けた。不思議に思って二人でドアを開けてみるものの、薄暗い踊り場が待ち受けているだけだ。……気のせいか?
「司くーん! 紙吹雪の準備ばっちりだよー!」
「こっちもシャボン玉とプロジェクターの準備できたよ」
「おお! ショーの手伝い、感謝するぞ二人とも」
 ひょっこりと屋上の影から顔を出したえむと寧々に笑みを返し、ふむ、と再度踊り場へ視線を向ける。今度は一歩足を踏み出してきょろきょろと周りを見回すが、やはり何もない。
「どうかした?」
「ああいや、招待した友人達が来たのかと思ったが……
「まだのようだね」
 幻聴だったのだろうか。先ほどまで類とクライマックスシーンの読み合わせをしていて、随分と熱が入ってしまっていたので、聞き間違いと言われればそういう気もしてくる……
 ううむ、ぬうう、と意味のない声を上げてうろつくオレを揶揄うように、寧々がにやにやと口を開く。
「司ってば、そわそわしすぎ」
「む。そりゃあ――そわそわもしてしまうに決まっている!」
 何故ならばついに今日これから――ここに友人達を呼んで、類と共に『付き合って三ヶ月の記念日ショー』を披露するのだから!
 この日のために日夜準備に準備を重ね、ちょうどいまも最終リハーサルをしていたところだ。
 神山高校の昼休みは長い。どのくらい長いかというと、宮女に通うえむが神高にこっそり潜入して、ショーをし、再び宮女に帰るまでの余裕があるほどには長い。えむには足労を強いる上、ショーの準備の手伝いまでさせてしまって心苦しいが……
(だが、どうしてもオレは皆に感謝の気持ちを伝えたい)
 隣に立つ類へと視線を向ける。類もまたオレを見下ろし、ふ、と表情を和らげた。
 ――三ヶ月前、オレは類と思いを通わせ、交際を始めた。恋心が発露したばかりの頃は歯がゆさも、もどかしさを感じることも多い日々だったが、それでもこうして類と手を取り合えたのは周囲の皆が背中を押してくれたおかげだ。
 感謝してもし尽くせない。そういうときは、やはりショーに気持ちを込めて伝えるに限る。ショーは万国共通語。うれしいことも、悲しいことも、怒りも喜びもなんだって表現できるからな。
「そうだ。えむ、寧々。お前達には準備を手伝ってもらってしまったが、今日という日を迎えられたのは二人の功績も大きい。この場を借りて礼を言わせてくれ。……ありがとう」
「な、何急に……別に、大したことはしてないから」
「そうそう! 司くんと類くんが幸せなら、あたし達もうれしくてハッピーわんだほいだよ!」
「フフ。僕達は本当に、良い仲間をもったね」
 まったくだ。類の言葉に頷いていると、不意に寧々が片手に持っていたスマホが光った。
『類くん類くん! ミク達も司くんと類くんのこと、たーっっっくさん応援してるよ!』
「ありがとう、ミクくん。カイトさん達も、是非今日のショーを楽しんでいってもらえたらうれしいな」
『もちろんだよ。二人とも、僕達にも特等席を用意してくれてありがとう』
 スマホの画面を覗き込めば、セカイにいるバーチャルシンガー達――ミクやカイトだけではなく、リンとレン、ルカとメイコも今か今かと待ち遠しそうにショーの開演を待っている。
 ああ――オレもはやく、ショーがしたい。伝えたい想いがたくさんあるのだ。皆への感謝の気持ちももちろんのこと、類へ向ける好意も、ショーに向ける情熱も。
 こんな調子では、寧々に揶揄われても文句を言えんな。自分でも浮かれきっているのがよくわかる。浮き足立ちすぎて、いまなら空だって飛べてしまいそうだ。
『ショーのラストには二人のダンスシーンもあるんだよね!』
「ああ! ……む、そういえばダンスのリハがまだだったな」
「まだ時間もあるし、少し練習しておこうか。寧々、音楽を頼めるかい?」
「わかった」
『ミクが合図するよ〜⭐︎』
 ミュージックスタート! ……と、ミクの掛け声に合わせて寧々が音響機材に触れる。スピーカーから流れ出したメロディーに合わせ、類と、どちらからともなく手を取り合って。オレは一歩、二歩と軽やかにステップを踏んだ。
 屋上のコンクリートの上を、右へ、左へ、くるくると舞う。オレ達の動きに合わせて空も回っている。風も、陽の光も、まるで世界のすべてがオレ達を祝福しているみたいだ。
……不思議だな」
「ん?」
 静かに呟くと――オレの体を抱き留めながら、類が穏やかな表情でオレを見つめた。
 ふっと笑みを浮かべる。
「類の気持ちが、いま、手に取るようにわかる。たった三ヶ月とは思えんほど、お前と心が通じ合っているような心地がしてならない」
 檸檬色の瞳を丸くさせ、類は驚いた顔をした後で――目を細めてうれしそうに微笑んだ。
……僕も、同じ気持ちだよ」
「類……
「君と出会って僕の世界は大きく変化した。本当に、驚くくらいにね。きっと過ごした時間の長さは関係ないのさ」
 こつ、と音を立てて額が当たる。
 キスでもしてしまいそうな距離に一瞬心臓が跳ねたが、類はそれ以上距離を詰めることはなく、しかし澄ました表情の中に微かな熱を含ませてオレを見下ろしていた。
……そうか」
「そうとも。だから……これからもよろしくね、司くん」
「ああ――こちらこそだ!」
 ジャン♪ と最後の一音が鳴り響き、オレと類はゆっくりと手を離した。
 すると同時に、ギイ、と開かれた屋上のドア。ちょうどタイミングよく中からぞろぞろと見知った顔ぶれが現れて、オレはぱっと表情を明るくした。
「おお、来たな! 本日の招待客が!」
――おっじゃまっしまーす!」
「司先輩。神代先輩。本日は御二方の記念すべき日にお招きいただきありがとうございます。……ほら、彰人も」
……うっす」
 彰人と冬弥に、暁山と白石。今日のショーの招待客だ。
 オレと類が世話になったのはこれで全員ではないが、記念ショーは神山公演を皮切りにフェニラン公演、天馬家公演と続いていく。
『ピピ……皆サン、チケットヲ確認シマス』
「はい、どーぞ!」
 暁山がスマホの画面――類が先日送った電子チケット――をネネロボに見せれば、ネネロボは順番にコードをスキャンして、『コチラヘドウゾ』と四人を客席へと案内した。
「白石くん、風紀委員の方は大丈夫そうかい?」
「バッチリ根回ししておきました! もー、今日だけ特別ですよ? ほんとは学校に不審物を持ち込むのはNGなんですから……
「フフ、恩に着させてもらうよ」
「ま、私達も神代先輩にはいろいろ助けてもらっちゃってるんで、そこはお互い様ってことで!」
……司先輩。今日のショーを個人的に撮影してもいいでしょうか」
「ああ、もちろん構わんぞ! ばっちりカッコよく映してくれ!」
 類と共に簡易ステージに立ち、客席側に佇む四人を見渡す。
 突然の招待にもかかわらず、こうして集まってくれたことを彼らには改めて感謝せねばなるまい。
 ふと顔を上げれば類と目が合った。はやく、ショーを始めたくて仕方がないという顔だ。そしてそれは、オレも同じ。
「半端なショー見せんじゃねえぞ」
「ハーッハッハッハ! 誰に向かって言っている!」
 彰人から投げられた発破は軽快に笑い飛ばした。
 このオレが演じて類が演出を手がけるのだ。無論、中途半端などあり得ん! ショーマストゴーオンの言葉通り、一度ショーが始まればオレ達は最後まで突き進む。たとえ開演のブザーが鳴らなくとも。緞帳さえ上がらなくとも!
「それでは、ワンダーランズ×ショウタイム、天馬司と神代類による、付き合って三ヶ月の記念ショー、……開演だッ」
 合図と共に盛大な拍手が鳴り響く。さあ始めようではないか、最高の舞台を。
 ――いつでもどこでだって、最高にハッピーでウルトラスペシャルわんだほいなオレ達のショーを!

     ◇◇◇

 ここから先は取るに足らない、ある日常の一幕である。
「号外ー! 号外ですー!」
「む?」
 朝一番、いつものように登校した司は、昇降口で配られている学校新聞を受け取って目を丸くした。
 本校に新聞部が存在することは司も知るところであったが、あまり活発的な活動をしている印象はない。部員の半分は幽霊部員で、顧問も吹奏楽部との兼任のためほとんど部室に顔を出さないとどこかで聞いたことがあった。
 ゆえに、こうして新聞部が発行した学校新聞を手に取るのは、この神山高校に入学して以来はじめてのことで。
 一体何が書かれているのだろう。興味をそそられ、誌面に視線を落とす。
 ふむ、ふむ……
「なになに……。『大スクープ‼︎ 変人ワンツーフィニッシュのツーの方で有名な神代類氏の正体は、宇宙の未確認生命体』……⁉︎ な、何ぃ――‼︎」
 その瞬間、中庭の木の枝に留まっていた小鳥達は全羽空高く飛び立った。びりびりと校舎をも震わせる声量に、周囲にたまたま居合わせた生徒達が全員耳を押さえるが、まったくそれどころではない司が気づく由もない。
 司は駆け出した。ばたばたと大きな足音を立てて、少々行儀は悪いが一段飛ばしで階段を駆け上り、真っ直ぐに二年B組の門戸を開いた。
「類――‼︎‼︎‼︎ お前……宇宙人だったのか⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎」
 ……と、そんな荒唐無稽な言葉を発しながら。
 突然現れた変人ワンツーフィニッシュのワンに、教室にいたB組の生徒達の間に戦慄が走る。いや、正直薄々こうなるだろうな、と彼らは思っていた。何故なら彼らも今朝号外を受け取っている。いつも神山高校の騒動の中心に立つワンツーが、あの記事を見て何らかのアクションを起こさないはずがない。ええ、ええ、よく知っていますとも。僕達俺達私達、ワンツーに振り回され慣れてるんで。
 ただ、まさかワンが記事を鵜呑みにするだなんて思っていなかっただけで。
(そ、そんなバカな……
(ウソでしょ……ガセネタばかりで有名なうちの新聞部のハナシ、いまさら信じちゃうやついる?)
(ああほら、流石の神代も困ってるじゃん)
 B組生徒達はサッサッと即座に俊敏にめちゃくちゃ素早く視線を通わせ、最後に窓際の一番後ろの席を見た。
 渦中の中心人物のひとり、神代類はそれまで自分の席で大人しく何か機械のパーツのようなものを弄っていたが、司の登場にぽかんと口を半開きにしている。
……うーん」
 おいおい、ツーのあんな困り果てた顔はじめて見たぞ。生徒達は再度互いに顔を見合わせる。
(ど、どうする? 助け舟出すか?)
(流石にな)
(そうそう流石にね……
 なんかちょっと、ネタにされてかわいそうだし。
 ウンウンと頷き合って、生贄……、ではなく、クラスの代表としてB組の学級委員長がおそるおそる口を開いた、その時。
――そうとも! いままで黙っていてすまない。真実を伝えて、愛する君に嫌われたくなかったんだ……
 おいおい、うそだろ。
(((神代、話に乗っちゃったんですけど〜〜〜!)))
 あああ〜……と、その時教室にいた全員(ワンツーを除く)が頭を抱える。そんな彼らの悲嘆など気にするそぶりもなく、むしろどこか演技じみた哀愁を纏い、類は傍まで大股で寄ってきた司の手をぎゅっと握った。
 司の、琥珀を宿した瞳が悲痛に揺らぐ。
「バカなことを……! たとえお前が宇宙人であろうと未来人であろうと、オレはお前を愛している……!」
「司くん……!」
「類……‼︎」
 音にするならば、「ひしっ」だろうか。それとも「ぎゅむ」?
 教室の端で派手に抱き合う変人ワンツーフィニッシュを死んだ目で見つめるB組生徒達。なんだなんだと窓から様子を窺う他クラス生徒。教師すらも触らぬワンツーに祟りなしと朝のSHRを諦めている。いや諦めるなよ教師だろうが。
 放っておけば、ああもう、いちゃいちゃいちゃいちゃと!
(あ〜……
(((はいはい、バカップルバカップル……)))
 その時生徒達の気持ちがひとつになったとか、ならなかったとか――真相のほどは都立神山高等学校関係者のみが知るということで、この物語はひとまず締めくくるとしよう。
 
 
 ――さて、変人ワンツーフィニッシュこと天馬司氏と神代類氏は、どうやら他にも――時に愉快で、時に壮絶で、時に熱烈な特大スクープを数多く隠し持っているようである。
 この世にネタがある限り、ワガハイはどこまでも――地平線の彼方まで駆け続ける!
 公開の日はもうすぐ間近。合言葉はリリック・インスピレーション。
 皆の衆、どうか最後までお楽しみあれ!