猫澤
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Scrawl Notebook / with Star

企画「SNS celebrations!」寄稿

 ■2022/07/12

――SNS当番、だと?」
 もぐ。類と交換した野菜サンドを口いっぱいに頬張りながら、オレは隣で優雅に機械の分解を始めた類へと視線を向けた。
 酷暑が続く七月の某日。直射日光を嫌って訪れた空き教室は青く翳り、ひやりとした空気が漂っている。類はチラと檸檬色の瞳をオレに向け、そうとも、と目尻を和らげた。
「もうすぐ夏休みだろう? SNSを通して僕達ワンダーランズ×ショウタイムの魅力を発信することで、遠方からのお客さんを増やそうって寸法さ」
「ふむ。しかしオレはあまりSNSには明るくないのだが」
「その点は心配要らないよ。文面は投稿前に僕が確認するし、操作も手取り足取り教えるつもりだからね」
 手取り足取り、と類が言ったあたりで、机の上で暇を持て余す左手の甲にするりと類の指先が触れる。
――……
 冷えた教室。結露の浮かぶ窓。じんわりと、伝染する熱。
「お手柔らかに、頼む」
 もぐ。再度サンドイッチの端に齧り付いて、オレは味のしないそれを奥歯ですり潰した。
 呆気なく離れていった類の手は、また何かの機械の部品を撫でている。白い手指。筋の浮かぶ腕。汗が滲む首筋。
 蝉時雨に混じる、微かな鼓動。
 夏が来る。類と付き合い始めて、さいしょの夏が。


 ■2022/07/12

「今日のショーも大盛況だったな! フッ、さすがオレ」
「はいはい。えむ、早く更衣室行こ」
「はーい! 司くん達、またあとでね!」
 ぱたぱたと駆ける少女達の後ろ姿を見遣り、短く嘆息する。
 すっかり夕陽の沈みきった宵に、イルミネーション。顔を上げれば、先ほどのナイトショーで配られたブレスレットの光が其処彼処で淡く灯っている。
 さて。オレも更衣室に行って着替えるか、と踵を返しかけて。はたと昼に類と交わした言葉を思い出した。そうだ、SNS用の写真を撮らねば。
 舞台袖に置いた荷物からスマートフォンを取り出して、周囲をきょろきょろと見渡す。しまったな、もっと明るいうちから撮っておけばよかったと今更思っても、時すでに遅し。
 ああ、でも――。カメラのフレームに観覧車を収めてみれば、案外「映える」かもしれない。スマホを構え、シャッターに指先を向けた、その瞬間。
「司くん」
「ん? その声はる、ぃッ?」
 ぶにゅ。振り向くと同時に、白い布地がオレの頬に触れる。頬肉が内側に盛り上がり、辺りにフラッシュが焚かれた。
「フフッ……まさかこんな古典的な悪戯に引っ掛かるとはね」
 嬉しそうに笑うイタズラ猫。呆れ半分。悔しさ半分――オレはその無防備な額へ手を伸ばし、ぺし、と弾いた。


 ■2022/07/13

「やだな。夜空に浮かぶ花火のように、司くんを綺麗に打ち上げたいって意味だよ」
「何の誤解も語弊も無いが⁇」
 ぬるい風が吹き抜ける屋上。ほとんど腕を引かれるようにして教室からこの場所へ拉致された僕は、よよよ、とわざとらしく顔を覆って悲しむふりをした。
 呆れたような、ため息の音。指の隙間から彼の様子を窺えば、司くんは「打ち上げるのは構わんが、安全対策は万全だろうな」だとか「お前の演出は心臓に悪い」だとかぶつくさ言っている。
 拗れては不本意なので、文句を言う割になんだかんだ最後には君も乗り気じゃないか、とは胸のうちに秘めておくけれど。
「文句を言う割に、なんだかんだ最後には君も乗り気じゃないか」
 あ、口が滑ってしまった。
 笑って誤魔化してももう遅い。司くんは蜂蜜色の瞳をこぼれ落ちるほど大きく見開いて、「当然だろう‼︎」と僕の言葉を一蹴した。
 旋風が僕達の髪を靡かせる。校庭から他の生徒の声があがる。キン、とボールを跳ね返す音。それから。
「類の演出はとびっきり最高だからな‼︎」
 ……真っ白な歯と、太陽にも劣らない、輝く笑顔。
(君の笑顔は魔法みたいだ)
 だってその一言でこんなにも嬉しくなってしまうんだから。


 ■2022/07/14

「おや? そこにいるのは将校どのではございませんか。そんなに急ぎ足で一体どちらに向かわれるというのです」
「くっ……バレてしまったか……‼︎」
 色とりどりの花壇と、大きなケヤキの木。
 舗装された白い小道をそそくさと歩いていたのがかえって目立ってしまったらしい。聞き慣れた声に背後を振り返れば、そこには黒いコートを肩に羽織った男――大臣の部下――の衣裳を纏った類がにやにやと立っていた。
「えむのやつが言っていただろう、その、このトンネルの先の」
「ああ、たしか『ほっぺたがぽろっと落ちちゃうほどおいしいアイス屋さん』だったかな? とても評判がいいらしいね」
「そうだ! そうまで絶賛されるアイスとあれば、一度は口にしてみたいと思ってしまってな……
「ふうん……?」
 蔦の張った緑のトンネルは長く、覗き込んでも奥まで見えない。サワサワと葉が擦れる音と、合わせて揺らぐ影が涼しげでオレは吸い込まれるように一歩、トンネルへと足を踏み出した。
「待ってくれ、司くん。今ネネロボを呼ぶから」
「ネネロボを? 何故だ?」
「先日寧々に内緒で冷却庫を搭載してね。まだ試運転だけれど、アイスくらいならきっと溶けないから」
 咲希くんへのお土産だろう、と続けた類に、オレはぱちりと瞬いた。相変わらずこの男はなんでもお見通しである。


 ■2022/07/15

「すまん! 遅くなってしまった」
「大丈夫。寧々もえむくんも部活で遅れるそうだから」
「む、そうか……
 余程慌てて来たのだろうか。しっとりと汗で額や首筋を湿らせた司くんが、僕の隣の席へ腰を下ろしてひと息つく。連日続く猛暑で、外はコンクリートの地面に陽炎が浮かぶほど暑い。
 はたはたとシャツの襟で仰ぐ彼を後目に、善意からやや氷の溶けたお冷を手渡す。嬉しそうにはにかんで、司くんは一気にそれを呷った。
 テーブルに行儀悪く肘をついて、その姿を眺める。
 上下する喉仏。熱った頬。筋に沿って伝う汗。いつもよりもはだけた首元。白い肌と、濡れたくちびる――
……おいしそう、だな)
 うん? おいしそう?
 およそ人間に向けるものとは思えない感想に、自問自答を投げかける。コーヒーの入ったカップを手探りで掬い上げて、こくりとそれを嚥下した。黒い液体が胃に染み渡る。脳がクリアになっていく。
(ああ、そうか。……キスしたいのか、司くんと)
 ピースが嵌まる音がする。そうと知ってしまえば行動に起こすのみだ。腕を掴むと「ぬお」と間抜けな声があがった。
 交錯したメープル。何故、と視線が問いかけている。
 触れたくちびるはほんのり冷たかった。


 ■2022/07/16

「万が一墜落したらどうする」
 ちょうど午後のショーの呼び込みを終え、一旦休憩にするかと提案したところだった。今の時間を確認しようとスマホを覗いて、真っ先に目に飛び込んだ通知。こうして文字列にしてみると、存外子供っぽい行動をとってしまったように思えてカッと喉が熱くなる。
「ああ、機内でのことかい? そうは言ってもねえ……僕の手を握ったところで、墜落すれば諸共待ち受けるのは死だろうね」
「助かるかもしれんだろうが」
「僕の手を握っていたことで?」
「類の手を握っていたことで」
……んっ、フフ……
 類が口元を押さえて僅かに前屈みになる。笑われたのだと知ったオレはますます気を悪くして、フン、とそっぽを向いた。
「知らんぞ。もしもこの先、また飛行機に乗ることがあったとして、そしてその飛行機が墜落したとして! オレの手を握っていなかったことで命を落としてしまってももう遅いからな!」
「フフフフ、そうだねぇ。今度からもしっかり、司くんの手を握っておくことにするよ。僕もまだ死にたくはないからね」
「そうしておけ」
 鼻を鳴らして類の一歩先を歩く。この人混みの中、逸れずに戻るのは難しそうだ。腕を引かれる。指が絡む。和らぐ眼差し。
 ……ほうら、命拾いしてよかったじゃないか。


 ■2022/07/17

「また君の演奏を聴かせてくれないかい」
 ポーン、と。白鍵を撫でていた指がラの音を鳴らす。小窓から射す柔らかな陽の光をスポットライトに見立てて、さあどうぞ、と僕は司くんを促した。
 司くんはチラと僕を見上げ、フ、と不敵に口角を上げた。指先を鍵盤の上に乗せ、小さく息を吐き出す。
 ド、ド、ソ、ソ、ラ、ラ、ソ。男らしく節ばり、それでいながら肌理の滑らかな肌。短く揃えられたピンク色の爪。
 不思議なものだった。彼の奏でる音色はうっとりするほど静かで、繊細で。自信に満ち溢れた表情とは裏腹に、パンに染み込むミルクのような優しい味わいを感じさせる。
 瞼を伏せ聴き入る。時折跳ねる音。恒星の瞬き。
――満足したか?」
 音が止み、穏やかな静寂とともに引き戻された現実。
 うん、と頷いて、僕は開いたままのノートに視線を落とした。
 次のショーでやりたいこと。司くんにやってほしいことが、罫線をはみ出して所狭しと綴られている。
 ……彼の夢が世界一のショースターでよかった。もしも彼の夢が稀代のピアニストだったなら。僕と君が出会うのは、もっとずっと先のことだったかもしれないから。
「どうした、ニヤニヤして。いい演出案でも浮かんだか?」
「そうだね。今無性に、君を月まで飛ばしたい気分だ」
 僕の肩に頭を乗せて、鈍感な彼は面食らった顔をしていた。


 ■2022/07/18

「無人島に何かひとつ持っていけるとしたら何を持っていく?」
 ズコ、と紙パックの『わ〜いお茶』を飲み干して、オレは視線を隣にいる類へ向けた。中庭の巨木の下、風にたなびく葉のコーラスをBGMに、ひとときの逢瀬に耽る昼休みのことだ。
 無人島に何かひとつ。誰しも一度はどこかで経験するようなありふれた質問に、ふむ、と顎に手を当て、逡巡する。
 やはり無難にナイフだろうか。ライターもなかなか捨て難い。いや、しかし、やはり生存することを目的とするならば。
「類だな」
 無人島生活で安全に暮らしていくには、類の豊富な知識が役に立つ。以前遭難した際もかなり頼りになったことだし。
 我ながらパーフェクトな回答。自画自賛するその横で、類が僅かに動揺を眼差しに乗せる。
「奇遇だね。僕も無人島に何かひとつ持っていくなら――司くん、君を連れて行きたいと思ったよ」
「ほう」
 それは勿論、光栄なことだが。オレでいいのか、と聞けば、君がいいんだ、と力強い返答。
「知っているかい。人は、孤独に耐えられないんだよ」
 たとえそれが、地獄への道連れだったとしても。僕は君がいい、と繰り返した類に、そうか、と頷く。
 ならば無人島ではいの一番に、大きなステージを作らねば。地獄の底でだって、オレ達ふたりならハッピーエンドだ!


 ■2022/07/19

「参ったな。量産してるつもりはなかったんだけれど……
「ふうん。これを見てもまだそんなこと言えるわけ?」
 寧々が僕の部屋のクローゼットを開ける。その拍子に音もなくふよふよと飛び出した大量のバルーン達を見下ろして、司くんは呑気に「おお」と感嘆の声をあげた。
「凄まじい量だな。全部オレか?」
 そのうちのひとつを手に取ってまじまじと見つめる。何故だろう。やましいことなどひとつもないはずなのに、まるで自室でエロ本が見つかったみたいな居た堪れなさを感じる。直視していられなくて視線を外せば、司くんはぐるんと首を動かして勢いよく僕を振り返った。
「せっかくこんなにあるのだから、クローゼットに眠らせておくのは勿体ない。これ、咲希や冬弥達に配ってもいいだろうか」
 え。と、困惑の色の濃い声が喉から零れ落ちる。
 咲希くんや青柳くんに。勿論いいよと快諾したい気持ちと、込み上げる薄暗い感情が混ざり合う。だってこの子達は、この司くん達は全部、僕の腹の内から生み出されたものだ。
 天馬司という名の一番星に焦がれて生まれたあらゆる感情を、僕の喉から吐き出して形になったもの、だから。
……。全部類がひとりじめしたいって」
 ため息と共に寧々が僕の気持ちを代弁する。当たらずも遠からずだったけれど、キラリと司くんの瞳が嬉しそうに瞬いて、そうかそうかと肩を叩くので。そういうことにしておこうかな。


 ■2022/07/20

「司くん……僕というものがいながら子猫に浮気するなんて酷いじゃないか……よよよ……
「ぬあ――ッ、あっっついわ馬鹿っ! ひっつくんじゃない!」
 灼熱の日差しと、じわりと肌に纏わりつく湿度。街中を行き交う雑踏の中、左腕に絡む類の両腕に体感気温がプラス一度。
 終業式の帰り道、立ち寄ったコンビニで買ったアイスもあっという間に溶けてしまって、今はただ咥えるだけの容器と成り果てている。首筋を伝う雫さえも今は煩わしい。
 類は暑くないのだろうか。自分より余程でかい図体をしているくせに、背中を丸めて擦り寄る恋人の頭頂部を盗み見る。涼しげな表情だ。無性に悔しくなって、むっと唇を尖らせた。
――ん? ああ……、いたぞ類! あいつだ」
 路地裏の日陰で寝そべる子猫に指先を向ける。類は顔を上げ、へえ、この子が僕の恋敵かい、と戯けてみせた。
 人慣れしているのだろう。その場にしゃがみ込んで子猫を呼べば、警戒心の欠片もなく近づいてくる。細い指で首元を擽ると、気を良くしてもっととおかわりを強請るのが愛らしい。
「それで、この子のどこが僕に似ているって?」
「似ているだろう、オレに甘えたなところ」
…………そう、いうつもりでは、なかったんだけど……
 妙な間を置いて会話が途切れる。ならどういうつもりだったんだ。不思議に思い顔を上げて、オレは目を丸くした。
 ――おお珍しい。あの類が耳まで真っ赤とは。


 ■2022/07/21

――SNS当番も今日で最後か……
 親指の腹で投稿ボタンをタップして、スマホの電源を落とす。
 開園前のフェニックスワンダーランド。ワンダーステージの観客席でぼんやりと空を見上げれば、バケツいっぱいの青色絵の具をひっくり返したような晴天に、ぽつりと浮かぶ白い雲。
「これからショーだというのに、何を黄昏ているんだ、お前は」
 声がした方向に目線だけ向ける。練習着姿で立っていた司くんは汗だくで、両手一杯にビニール袋を引っ提げていた。硝子の打つかる音。なんだい、それ、と好奇心のまま問いかける。
「ラムネだ。慶介さんから差し入れらしい」
 袋の中を覗き込むと、数本のラムネ瓶がじっとりと汗をかいていた。その内の一本を抜き取って栓を開ける。からりと落ちるビー玉と、弾けるソーダの炭酸。口に含んだ瞬間、茹だった体内の熱がすっと冷めていく。
 僕の真似をしようとした司くんも、ラムネの瓶に手を押し当てた。刹那、瓶から勢いよく中身が噴き出して、瓶の口を押さえたまま司くんが大きな悲鳴をあげる。
「どわ――‼︎ なっ、ど、どうすればいいんだこれは――‼︎」
 冷たいソーダが地面と司くんの手のひらを濡らしている。慌てふためく彼の姿が可笑しくて、目尻に涙が浮かぶほど笑う。
 ショーが終わる瞬間はいつも寂しくて、でも、すぐに次がしたくてたまらなくなる。この気持ちはそれに近い気がした。
 観覧車が廻り出したみたいだ。青い一日が今日も始まる。


 ■2022/07/22

「おっ、泊まり……
 愛しの妹からのリプライに小躍りするのも束の間。オレはスマホを握りしめたまま、ピシリとその場で固まってしまった。
 せっかく遠出するのだからと、貯金をはたいて予約した海の傍の見晴らしのいいホテル。涼しげな波の音と、窓から吹き込む爽やかな潮風。まさに最高のロケーション。
 観劇デートにばかり浮かれて、オレとしたことがすっかり夜のことを忘れていた。そうだ、今夜オレと類は、このホテルの部屋で一晩を共に過ごす。意識した途端、ぶわりと全身から汗が噴き出し、めちゃくちゃに暴れ始める鼓動。
「司くん? どうかしたのかい」
 ぎし。ベッドのスプリングを軋ませて、オレの隣に類が腰掛ける。肘が当たった瞬間、オレは心臓を吐き出しそうになった。
「な、な、な、なんでもない! 何、気にするな!」
「そう? ……まあ長旅だったからね。今日はもう休もうか」
 え、と声が出た。休むだと? まだ夜も更けていないのに?
 驚くオレをよそに、類はさっさと寝支度を整え始めている。この男、まさか何も思っていないのか? オレが隣で眠ることに、ドキドキのドの字もしていないだと?
「待て、類。恋人と初めて過ごす夜だぞ。もっと何か……
 あるだろ、と続けたオレの腕を、熱い手のひらが掴んだ。ベッドが軋む。見上げれば、白い天井を背負って微笑む類の姿。
……君がそう言ってくれるのを待っていたよ」


 ■2022/07/23

「司くん、起きて。朝だよ」
 シーツに包まって未だ夢の中を揺蕩う司くんの頬をつつく。
 ちゃんと綺麗にしたつもりだけど、その目元はうっすら赤く、涙の跡が残っていた。昨晩はたくさん泣かせてしまったからなあ。後で蒸しタオルを用意出来ないかフロントに確認しようと心に決めて、僕は柔らかい掛け布団の中、愛しい恋人に腕を絡めた。
 布一枚の隔たりもない、素肌越しの体温が心地いい。
 寝癖のついた髪。鼻を寄せると、ほんのりと汗のにおい。今日乗る予定の電車は昼過ぎ発で、少し遅めの朝食を摂ってもまだ余裕がある。ゆっくり近隣を観光して、えむくんや寧々にお土産を買って……。それから。
 それから、君とたくさん、話がしたい。
 昨日観た舞台のこと。昨夜見せてくれた、君の新しい一面。明日からのこと。未来のこと。きっとどんなに言葉を尽くして語っても足りないだろうけど、それでも。
「ん……ぅー……?」
 もぞもぞと腕の中で司くんが身じろぐ。むずがる彼の柔らかな頬を指先でつつけば、眉を寄せ重たそうな瞼が持ち上がった。
 カラメル色の瞳。焦点が合う。僕を映した司くんはへにゃりと頬を緩ませて、るい、と甘い声を舌に乗せた。
「おはよう、司くん。体は平気かな?」
 あどけなく微睡む太陽。風鈴の音。ああ、夏が来たみたいだ。