猫澤
Public
 

ここからは、僕らが創るワンダーランド

100日後に結婚するワンツー企画寄稿

「フンフーン♪」
 蝉しぐれに混じる、ご機嫌な鼻歌。
 本格的な夏がもう間近に迫っている。冷房の効いた家の中を我が物顔で歩いていた絵名は、青く翳る廊下のフローリングを素足で踏みしめて、何気なく玄関の郵便受けを開けた。
……ん? んん?」
 なにこれ。
 塾講師の募集に、近くに建設されたマンションのお知らせ。ありふれた広告に混ざって投函されていたのは、真っ白な封筒だった。
 四隅には繊細なレースがあしらわれてあり、差出人の名前はなく、ただ『招待状』『東雲彰人様』と記されている。
 ふうん、と絵名は気のない声をあげた。よくわからないが、彰人宛であることは確か。ちょうど彰人ならいま、居間でバラエティ番組を観ているところだ。
 時折聞こえる笑い声。家の前を横切る自転車が鳴らす、涼しげなベルの音。ふと見えた外の世界は瞳が焦げ付いてしまいそうなほど、陽光が白く照り付けている。
 間仕切りを片手で退けながら、絵名はソファーで寛ぐ彰人に視線を向けた。
「あ、ねえねえ彰人ー。あんたに招待状が……って、なに観てんの?」
「なんだっていいだろ別に」
 なんだっていいとはなによ。
 ふたり用のソファーを偉そうにひとりで使いながら、たいして面白くもなさそうにテレビを見続けているくせに。つれない弟の態度に内心むっとする。
 彰人の背後から画面を覗き込めば、見慣れた桃色。絵名はミルクブラウンの瞳をぱっと輝かせて、思わず身を乗り出した。
「これ! 今週の『ショッピング☆ショウタイム』じゃない! 愛莉達が出たのに見逃しちゃってたのよね〜。なぁに、録画してたわけ? はい最初から♪」
「オイ! ……つうか絵名お前、オレになんか用事だったんじゃねえのかよ」
「ああ、そうそう。はい、招待状。あんた宛て」
「招待状〜……?」
 弟をソファーの端に追いやって、半分を占拠する。そのついでに先ほど見つけた封筒を手渡すと、彰人は躊躇いもなく封を切って中を開いた。
 左から右へ。オリーブ色の瞳が数回行き来する。次第にその目は大きく見開かれ、彰人はぽかんと口を半開きにした。
「は……?」
「? なによ、どんな内容だったの――、って……
 普段はクールぶった弟の珍しい反応に、絵名も興味をそそられて彰人の手元を覗く。
 きらびやかな金の装飾。随分と凝った装丁ね、などと思ったのも束の間。目に飛び込んできた文面に、絵名もまた、徐々に目を丸くした。 
 招待状、東雲彰人様。
「『このたび天馬司・神代類両名のご入籍を祝しまして、日ごろお世話になっている皆様にお集まりいただきささやかなおめでとわんだほい☆パーティーを催したいと存じます――……、日付は……――ウソ、来週⁉︎」
 驚きで声を張りあげる絵名の隣で、なにかを察した彰人が両手で顔を覆って項垂れる。
 例年よりも暑さの厳しい七月下旬。夏の本番を前にして、呆然と零れた「あいつらやりやがった……」という低い呟きは。
 無情にも、勢いを増す蝉しぐれに掻き消されていた。

     ――――

 ざわめく披露宴会場の中をきょろきょろと見渡しながら、こはねはひとり歩いていた。
 ミルクティーで染まった髪を後ろで編み込んで、今日は清楚なワンピースに身を包んでいる。最近は――というよりも、杏と出会ってからはあまりこういったおとなしめのファッションをしてこなかったから、なんだかちょっとだけ恥ずかしい。場違いじゃないかな、浮いてないかな、とどうしても少し不安になってしまう。
 ううーん、と唸るこはねの肩を、不意に、とんとん、とだれかが叩いた。振り返ってすぐに目に飛び込んできたのは、あまいキャラメル色。
――こはねちゃん! だよねっ?」
「あっ、みのりちゃん! 久しぶりだね。もしかしてみのりちゃんも招待されて……?」
「ってことは、こはねちゃんも⁉︎ 突然司さん達から招待状が届いててもうビックリだったよ〜!」
 そう言ってみのりが体を左右に揺らすので、こはねはついくすりと表情を綻ばせた。
 彼女とこうやって会って話すのは高校の頃以来だったけれど、以前と変わらない明るい雰囲気に自然と肩の力が抜ける。くすくすと口元を押さえながら笑えば、記憶よりほんの少し垢ぬけた様子のみのりも嬉しそうにふわりと微笑んだ。
 ――司さん、とは、この結婚披露宴の主役。新郎である。
 お相手もまた男性であるので、正確にはどちらも新郎であり新夫なのだけれど――それについては割愛する。こはねはハンドバックにしのばせた真っ白な封筒を取り出して、みのりにも見えるようにそれを開いた。
「わたしのところにもこの間届いたんだ。たしかにちょっとだけ急だったけど、あの噂が本当だったのはうれしいな」
「噂って?」
「あのね、前に水族館さんって人が運営してた――
 こはねが口を開くとほとんど同時に、がくん、と背後から勢いよくなにかがぶつかり、細いものが首に巻き付く。
 それが人の、女性のか細い腕と気付いた瞬間、こはねは体温が一度上昇したような気がした。
「こっはねー!」
「わあっ……杏ちゃん!」
 黒髪に、青のグラデーション。星を散りばめた小さな宇宙を翻して、杏と呼ばれた女性がにぱっと人好きのする笑みを向ける。身に纏うマリンブルーのマーメイドドレスは普段見る溌剌な姿よりも大人っぽい印象を受け、ますますこはねは顔を赤らめた。
「こはねってば今日一段とおめかししてて可愛い〜! ね、写真撮ってもいい?」
「わ、わ……!」
 杏ちゃんだって、とってもきれいだよ、と言いたいのに、強引な杏のアプローチについ気圧されてしまう。
 しどろもどろになるこはねの隣では、杏とともに会場入りしていたショートヘアの女性――遥が、みのりに向かって微笑みを浮かべた。
「みのり」
「遥ちゃん! お仕事抜けてこられたんだ」
「うん。でも雫が途中で迷子になっちゃったみたいで、愛莉が迎えに行くから少し遅くなるって」
「そっかあ……
 雫ちゃんらしいね、とみのりが笑う。
 遥は片耳に掛けた髪を手櫛で直しながら、きょろりと何気なく瞳を会場に向けた。薄オレンジの照明に照らされた会場内はそれなりに広く、遥達同様に招待状を受け取った人で賑わっている。
「披露宴……は、まだみたいだね。こうして見ると、結構知ってる顔が多い気がする」
 今日の主役である天馬司は今をときめく舞台のスーパースターであるし、その伴侶となる神代類もまた、演劇界では名のある演出家だ。どちらも老若男女問わず人気があり、芸能人としての顔も広い。
 てっきり会場には舞台関係者が多く集うかと思われたが……自分達しかり、隣にいる杏とこはねもしかり、どちらかといえばふたりの友人や、身内だけが招待されているようだった。
 前方の席には司の妹である咲希を中心に、遥もよく知る高校時代の友人達が談笑している。向こうのほうはフェニックスワンダーランドの関係者席だろうか。ニコニコ笑顔のえむを見かけて思わず遥は口角を上げた。なんだかちょっとした同窓会みたいな気分だ。
 他にも――
……あれ?」
「どうしたの? 遥ちゃん」
「ううん、いま――
 いま、ホールの入り口のほうにも知り合いがいたような気がしたけれど……


「もー、奏! そんな隅っこにいないでこっちおいでよ!」
「う……でも……
 壁にぴたりと張り付く奏を見下ろして瑞希はやれやれとため息をついた。
 さっきからずーっとこの調子だ。いまだって――奏がこういう賑やかな席にあんまり乗り気じゃないことは知っているけれど、旧知の先輩方の晴れ姿だし、ふたりのタキシードをデザインさせてもらったし、そもそもあのふたりが主催の披露宴なんて絶対面白いし、ニーゴの楽曲制作のインスピレーションにだってなるかもしれないし――と、なんとか言いくるめてやっとここまで辿り着けたところだというのに。
(まあ、ちょっと無理やり誘っちゃった感はあるけどさ……
 正直な話をすれば、奏は髪が長くて綺麗だから、一度本格的なヘアアレンジをしてみたかったのというのもある。自分で言うのもなんだけど、めっっ……ちゃくちゃ可愛くできたから、できればこのままホールの入り口の壁と一体化してないで、みんなに見せびらかしたいんだけどなあ。
「ホラ、せっかくボクが奏に似合うドレス見立てたんだからさ。ねー、まふゆ。まふゆもそう思うよねー?」
……、まあ。似合ってるんじゃない。いつものジャージ姿より綺麗だよ」
「うっ……
 瑞希の隣に立っていたまふゆは、漆黒の瞳だけを瑞希から奏へと移して感情もなく呟いた。がやがやと騒がしい会場では聞きそびれてしまいそうなほど小さな声だったが、奏はきちんとその耳で拾ったようで、顔を青くして俯く。
「でも……
 もともと人混みが苦手な奏だが、今日に限っては壁から離れたくない理由がもうひとつあるのだ。奏は助けを乞うように瑞希を見つめ、慣れないヒールでぷるぷると笑いっぱなしの膝を押さえた。
 まるで生まれたての小鹿である。あんよあんよ、こっちおいでと瑞希が奏の手を引いて一歩ずつ進んでいると、後ろをついて歩いていたまふゆがふと思い出したように周囲を見渡した。
……瑞希、絵名は?」
「まだ受付してるよー? 冬弥くんとふたりがかりで嫌がる弟くんのこと引っ張ってきてるみたい」
「ふうん。そう」
「それにしても、ホント急だよねー。招待状には友達連れてきてもいいって書いてあったから遠慮なく連れてきちゃったけど、フェニランの入場ゲート、報道陣めちゃくちゃ押しかけてきてるしさ。大パニックだよ。まあそんなトコがあのふたりらしいっていうか、すぐ騒ぎ起こしちゃうの、変人ワンツー健在だなあって思うけど」
 都立神山高校に通っていた頃も、よくふたりでめちゃくちゃやっては先生や当時風紀委員だった杏に追い掛け回されてたっけ。
 瑞希は気が向いたときにしか学校へ行かないスタンスだったが、それでもふたりの噂はしょっちゅう耳にしていた。やれ教室が爆発しただの、プールに水柱があがっただの、季節外れの花びらが学校中に降っただの、得体のしれない物体が屋上に現れただの。
 中学時代の落ち着いた類を知っている身としては、司と出会ってからの類は随分と楽しそうで――それがちょっぴり、うらやましかったのも覚えている。
(ま、いまはボクも楽しくやれてるんだけどね)
 思わずくすりと笑みを浮かべた瑞希を、まふゆは微かに感情の乗った眼差しで一瞥した。
 相変わらず、感情の機微を表現するのは難しい、けれど。瑞希が今日を楽しみにしていたことはわかる。
 招待状が届いてから――いや、それよりも前から、ずっと。ナイトコードでふたりのことを嬉しそうに話していたのを聞いていたから。
……。それより早く席に着いたほうがいいんじゃない」
「おっと、もうそんな時間かー。絵名達の席もちゃんとキープしとかないとね。ほら奏、行くよー」
「う……あうぅ……待って……


 ずび、と鼻を啜る音がして、一歌は困ったように眉尻を下げた。
……咲希ちゃん、大丈夫?」
「うっ、ひっく、ほ、ほなぢゃんんん」
 隣の席では両目からほろほろと大粒の涙を零す咲希と、そんな咲希にハンカチを貸す穂波の姿がある。
 まだ披露宴は始まっていないどころか、参列者だって揃ってないのに、いまからこんなに大号泣してしまって大丈夫だろうか。つい先日、司が恋人の家で同棲するのだと聞かされたときにも、同じように感極まって大号泣したばかりだというのに。
 でも、仕方ないかとも思う。一歌が知る中でも、天馬家は本当に仲のいい家族だったから。咲希にとっては大好きな兄の門出がうれしくもあり、寂しくもあるのだろう。
 志歩も苦笑しながら持っていたグラスの縁に口付ける。
「ほんとすごい顔。始まる前からこの調子じゃ先が思いやられそう」
「あはは……
 咲希を見るとすっかり目元が熱をもって赤くなってしまっている。決して悲しい涙じゃないし、咲希のいくつになっても感情豊かなところは長所だと言えるけれど――きっと司達も泣いている顔より笑った顔が見たいはず。
 ちょっとお手洗いでハンカチ冷やしてこようか、と一歌が席を立ちかけた、そのとき。
「うおおおおおん……
 どこからともなく聞こえてきた野太い涙声に、はた、と一歌と志歩は顔を見合わせた。
 思わず声の出所を探って視線を彷徨わせる。……どうやら向かいの関係者席からのようだ。
「は?」
「き、着ぐるみが泣いてる……。着ぐるみのまま……
 テーブルに突っ伏す、オレンジ色の大きな頭。顔は伏せていてわからないが、垂れた三角耳……犬、だろうか。なんだか既視感があるなと思えば、ワンダーステージで何度も見かけたことがあるのを思い出す。
 その周囲では泣き濡れる着ぐるみを宥めるように、ドレス姿のえむと寧々が右往左往していた。
「あの着ぐるみ……、もしかしてポチ公くん?」
「鳳さんと草薙さんも一緒みたいだし、関係者席ってことはそうなのかも。なんか、改めて思うとすごいなぁ……フェニランで結婚式、昔ちょっと憧れてたっけ」
「ア゙ダジも゙~~!」
 一歌の呟きに、勢いよく顔を上げた咲希がウンウン、とハンカチで目元を覆いながら頷く。
 そういえば、と一歌の脳裏に蘇る、幼い頃の記憶のピース。
 ――いつか白馬に乗った王子様が迎えに来たら、みんなでお祝いしあおうね。
 ――それならわたし、フェニランのお城を背景にお姫様抱っこされたい!
 ……とか、無邪気に話していた気がする。大人になったいまは恥ずかしくて到底人前では言えないけど、あの大きなお城はシブヤの子供達みんなの憧れだった。
 咲希も昔は「おにいちゃんとけっこんする!」なんて言って張り切っていたのを思い出したのか、まだ瞳には涙を滲ませていたけれど――くすくすと照れくさそうはにかむ。


 さて、各々が自由に過ごす中。不意に、ぶつん、と照明が落ち、ホール全体が暗闇に包まれた。
「あ、披露宴始まるみたい――
 しんと辺りが静まり返る。ハンカチ片手に立ちあがりかけていた一歌が着席すると、タイミングを見計らったかのようにスピーカーから華やかな音楽が流れ始める。
 気がつけば自然と全員の視線がステージへ向けられていた。
 まるでこれから始まるショーに期待を寄せるみたいに、高揚感に胸を躍らせながら。

――むかしむかしあるところに、ショーがとってもだーいすきな男の子がいました』

「! あ……この声、ミク?」
 プロジェクションマッピングというやつだろうか。淡く光る舞台の上で、青い髪を頭のてっぺんで二つに束ね、赤い猫の耳と尻尾をゆらゆら揺らめかせた少女――ミクが突如として現れる。
『ショーがとーっても大好きな男の子は、いつか自分もステージの上でみんなを笑顔にしたい! スターになりたい! ……と思うようになりました』
 両手で拳を握ってぴょんぴょん跳ねる元気な姿に、一歌はふっと頬を緩ませた。なんだか随分と幼くてかわいらしいミクだ。自分達のセカイのミクなら絶対にしない仕草が新鮮で……ちょっとだけ、新しいスナック菓子の発売に喜ぶ咲希に似てるかも。
 ミクの隣が青く光る。
『ですがスターへの道は長く険しく、一筋縄ではいきません』
 そう言って胸に手を当て恭しく一礼する、紳士的な男性。
 あ、カイトさんだ、とみのりは瞬いた。ライブステージのために率先して裏方のお仕事をするような、自分がよく知るカイトとはちょっとだけ違うけれど。落ち着いた声がすっと耳に馴染む。
――そんな中出会ったのが、同じようにショーを愛し、奇天烈なアイディアで観るものを魅了するひとりの演出家でした』
 カイトがぱちんと指を鳴らした途端、現れた赤い光とふたつの黄色い光が、ステージをキラキラを彩っていく。
『同じ舞台を目指すふたりが仲良くなるまで、そう時間はかかりませんでした♪』
 赤い光から現れたメイコがお茶目にウィンクしてみせる。
『時には喧嘩したり、逆さ吊りにされたり、空高く打ちあげられることもありましたが……』と、レン。
『それ以上に、ふたりはお互いを尊重し、手を取り合ってたくさんのショーをしてきました!』と、リン。
 いぇーい♪ と楽しそうにハイタッチするリンとレンの姿に、じっとショーの行方を見守っていたこはねはきらきらと瞳を輝かせた。ふたりともすっごく息ぴったりだ。きっと今頃も、セカイの――メイコのカフェで互いに研鑽し合っているだろうふたりを思い出させる。
『いつしか夢を叶えたふたりは……お互いが掛け替えのない存在だと、気付……ぐう……
『わ、わっ、ルカってばセリフの途中で寝ないでちょうだい!』
 桃色の光から登場したルカの体が傾く。
 慌てて駆け寄るメイコを見て、奏はふっと眼差しを緩めた。
 あの静かなセカイにいるふたりとは全然性格が違うように見えるのに、ああ、メイコとルカだなって思う。
 舞台上に集まったバーチャルシンガー達を見届けて、カイトが一歩前に出る。
 穏やかな微笑み。流れるようなうつくしい所作で、指先を揃えた手のひらを外へと向けて。肩を並べたミクと目を合わせ、司と類の友人達が集まった会場をゆっくりと見渡した。
『ふふっ……本当の想いを見つけた彼らは、周囲の手助けもあって、これから先の人生もともに歩んでいくことを決意しました』
『こうして男の子達は、末永く一緒に暮らすことになりましたとさ。めでたし、めでたし――

――などという、フィナーレの常套句にはまだ早いぞ!」

 ミクの声に重なって、キーンとマイクのハウリング音が会場中に響き渡る。
 うるさ、と声をあげたのは果たしてだれだったのか。寧々だったかもしれないし、杏だったかもしれない。気付けば辺り一面にもくもくとスモークが焚かれ、あっという間に白く煙っていく。
 カッ! と音を立て、舞台にいくつもの照明が当たる。……その中心。仁王立ちする男のシルエットに、視線が集まって。
 あたたかな陽だまりの色をした瞳。不敵な笑み。真っ白なタキシード姿の男の、大きく開かれた口が、すう、と息を吸い込む。
 来る。
「ハーッハッハッハ‼︎ 我こそが天翔けるペガサスと書き天馬! 世界を司ると書いて司! 世界一、いや宇宙一の大スター、天 馬 司 だッ‼︎‼︎‼︎」
「と、その夫の神代類だよ」
「ぬぁ⁉︎ 待て待て待て――ぇえい! 類よ! 早速打ち合わせと違うではないかっ! ゴッドジェネレーションカミシロはどうした!」
「はて……なんのことかな? やっぱり口上の名乗りといえば、君の十八番だからねえ」
 ふふ、と一歌は思わず笑みを零してしまった。突然今日の主役達が煙の中から現れたかと思えば、舞台の上だというのに、マイペースにも他愛ない会話を始めるものだから。
 ずび、と咲希が鼻を啜る。
「お兄ちゃああーん!」
「む! その声は我が最愛の妹、咲希! 咲希いいいーッ!」
「こらこら、司くん? まずはきちんとご挨拶だろう?」
 せっかくセカイの彼らが前座のショーをしてくれたのだから、と類が司の背に手を添える。そうだったな、と司は少しだけ佇まいを直して、会場に集まった友人達へと向き合った。
 子供の頃によく遊んだ幼馴染達。いくつになっても可愛い後輩達。そして――ともに切磋琢磨した仲間の顔を、ひとりひとり、確認して。
……諸君‼︎ 本日はこのような席にお集まりいただき、心より感謝する‼︎ 急な招待だったにもかかわらずこれだけの友人達が集まってくれて、本ッ当〜〜に、オレは、嬉しい!」
 マイクを持たずとも会場の奥まで響き渡る声。びりびりと肌を震わせるそれに、会場にいる全員が耳を傾ける。
「突然のことで驚いていることだろう。だが実を言うと、オレも状況がまーったくわからん! 巷では以前からオレと類が付き合っているだの結婚しているだの噂されていたようだが、なんせオレ達がお付き合いを始めたのは本当につい先日のことだ!」
「これまでもお互いに相手を大切に想っていたし、想われていることもわかっていたけれど……フフッ、どうしてか、それが恋だとはなかなか気付けなかったね」
 類の言葉に、うむ、と司は頷いた。
 類とはもう随分と長い付き合いだ。これまで嬉しいことも、悲しいこともすべて分かち合ってきた。……だからこそ、この感情が恋であると大人になるまで自分達は気付けなかったのかもしれない。
 司にとって類は、そして類にとっての司も、傍にいるのが至極当たり前のものだったから。
 今になって思えば、類に差し入れと称して弁当を作ってやったあの日――あのときにはもう、司にとって類は恋焦がれる存在だった。
 あの胃痛の正体も、いまなら焦燥だったのだとわかる。いつかの未来で類がだれか知らない人と結ばれる、そんな想像がひどく司の心をざわつかせたのだ。
 ……おそろしいことだと、思う。
 きっとドラマの撮影で離島へ行かなければ。あの銀色の月を、広大な海を、うつくしい景色を目の当たりにしなければ。
 類と共にいることが当たり前になりすぎて、いまもこの溢れる想いに気付けないままだったかもしれない。あの想像が、現実になっていたかもしれない。
 いま、隣で嬉しそうに微笑むこの顔が――見られなかったかもしれない。
「だが、とはいえもう結婚とは……。スピード婚にも程がある。本当に、マリッジブルーをする暇は微塵もなかったな!」
「いいじゃないか。この結婚自体も、ほとんど嘘から出た真のようなものだったしねえ……
「はは……。あのときは本当に焦ってしまった。よもや世界中がオレの恋敵になってしまうのではないかと冷や冷やしたものだ……
 初めての恋愛に浮かれきっていたとはいえ、先日は寧々に類をとられるんじゃないかと見当違いな勘違いもしてしまったことだし。
 しかし結果としてこうして結婚に踏み切れたのでまあ、オーライとしよう。――いろいろ順番がめちゃくちゃだったことは否めないが、それでこそオレ達らしい。冷静になったら負けだ。
「と、無駄話が過ぎたな。たしかにこの状況はわけがわからんが、わかっていることもある。それは! オレ、天馬司は、神代類を、心から愛しているということだ――‼︎‼︎‼︎」
 キ―――ン、と、ハウリング再び。うるせえ、と奥の席で彰人が顔を顰め、類は「フフッ、熱烈で照れるね」と表情を緩めた。
 ステージの下、関係者席からそれを見守っていた寧々が、「類ってばまた顔がでれでれなんだけど……」と幼馴染のふやけた顔に人知れずため息を零す。
 こほん。司はそこで一旦話を切って、小さく咳払いした。
「思えばオレは、これまで恋というものに無縁な人生を送ってきた。それはなぜか――オレにとってはショーが恋人と呼んでも過言ではなかったからだ! スターを目指し、ショーのために生きてきたオレを、今ここにいる皆はよく知っていることだろう」
 はじめは――妹を笑顔にしたい。そんな想いから生まれた夢だった。
 夢を追いかけるうちにかけがえのない仲間と出会って――たくさんショーをして、感動を分かち合った。いつだって夢に一直線で、なんなら今だって走り続けている真っ最中で、恋愛なんてする余裕は、片時もなくて。
「だが、そんなオレの傍にはいつも類がいた。歓びも、哀しみも、日常のありふれた風景も、面白おかしい世界のうつくしさも、オレはこの男と分け合って生きていきたい。それこそが、きっと恋で、愛なのだろうと……そう、思う」
 カタン、とテーブルの下で寧々の指先がぴくりと震える。
……恋で愛、か……
「およ? 寧々ちゃん、どうかした?」
「ううん。司らしいなって思っただけ……
 自分の感情に素直で、まっすぐで。恋だの愛だのを定義したがるような、ひねくれ者の類とは大違いだ。
 きっと夢を追いかけるのもだれかを愛する気持ちも――根本は同じもの。
 長かったなあ、なんて、ひとり感慨に耽る。本当に、ここまで長かった。ふたりときたら、変に年上ぶるくせに、いつまで経っても肝心なことには気付かないんだから。傍で見てるこっちがやきもきしてたくらいだ。
(でも……。よかった。類がうれしそうで)
――うーん。寧々の熱い視線を感じるねえ……
 熱い視線、というか、温かい眼差しというか。
 類がタイを直す振りをしてこっそり盗み見ると、案の定、きらきらと眩しいものを見るみたいな――微笑ましい表情をしている幼馴染の姿が見えて、少しだけ居た堪れない気持ちになった。
 彼女のことは妹のように大切に扱ってきたつもりだったけれど、なんだかんだ言って、自分のほうが心配ばかりかけてしまった気がする。
 それに寧々自身も――だれかさんに似たのか、遠慮しがちだった昔とは違って素直に感情をぶつけるようになった。勘違いだったとはいえ、直接の結婚報告がないことに怒り、拗ねる寧々が――うれしかったのだ。かつてお隣に住んでいたお兄さんとしては、結構。
 マイクを持って話す司へと目を向ける。
 ふと、その琥珀の瞳と視線がかち合って。ふ、と照れくさそうに笑う彼の姿に、心臓がとくんと高鳴る。
 ああ、好きだなあって――しあわせだなあって、胸がいっぱいになる。
……まあ、なんだ。いろいろと語ってしまったが……オレは、類とならこの先の未来、どんなことが起きようとともに楽しく歩んでいけると確信している! だから皆にはぜひ、オレ達の門出を祝福してほしい」
 返答の代わりに巻き起こった拍手。司は「ありがとう」とその場で一礼し、持っていたマイクを類へと手渡した。
「本当は僕が言う予定のところまですべて司くんが言ってしまったので、僕からは少しだけ。これまで酸いも甘いもあったけれど、僕はきっとこの先の長い人生、司くん以上に僕のことを理解してくれる人とは巡り会えないだろう。そしてそれはとてもしあわせなことだと思う。きっかけこそ周囲のお膳立てあってのものだったけれど……この気持ちを受け入れてくれた司くんには感謝してもしきれないよ。――だから」
 叫びだしたくなる衝動も。独占したくなる感情も。その手に、肌に、こころに触れたくなる気持ちも、全部。類が差し出せるすべてを、彼に捧げたい。
 手を伸ばし、司の左手を取る。その薬指に光る、揃いの指輪。
 類はそっと唇を寄せて、彼を愛するこころごと、柔らかく押し当てた。
「僕のすべてを、司くんのこれからの人生に捧げることを……いまここに誓おう」
「る、……類ぃ……!」
 じわ、と司の瞳に涙が浮かぶ。このまま熱い抱擁を交わすかと思えたが、会場から飛んできた「おふたりさーん! ふたりの世界に入らないでー!」という瑞希の声に司と類ははっと我に返った。
「おや」「ぬぁっ! しまった! オレとしたことがー!」
 とぼけるふたりの姿に締まらないなあ、と瑞希が笑う。でも、そんなところがあのふたりらしい。
「えーゴホン。これ以上の前置きは冗長だな! ――本日はささやかながら我がワンダーランズ×ショウタイムの仲間達による余興もいくつか用意している。ぜひとも最後まで楽しんでいってほしい! それでは……まずは手始めに類、あれを頼む」
「承知したよ。よいしょっと」
 司の合図を受けて、類がどこからともなく取り出し肩に担いだそれに、会場内が一気にざわめいた。
 遠目にもそれが大きな赤い魚のようであることがわかる。が、よくよく目を凝らせばなにやらトリガーのようなものがついているではないか。そこへ類の細い指が這うのに気付いた参列者のだれかが、悲鳴に似た声をあげた。
――え、ちょっと待って、あれなに⁉︎」
「も、もしかして……鯛?」
「ご名答! めで鯛ランチャーさ!」
「「「「めで鯛ランチャー⁉︎」」」」
「そうとも! この一週間、今日のために夜なべして作った自信作だよ」
 にこりと類が整った相貌、視線を和らげ、その手に持ったなにかのスイッチをカチッと躊躇なく押し込む。
 刹那、鯛の口からいくつものブーケが現れ会場中に勢いよく噴射された。上空を飛び交うロボやドローン。はらはらと舞い散る色とりどりの紙吹雪。鮮やかに降り注ぐ虹色の雨に、わっと盛大な歓声があがる。
 思わず司のほうが得意げになって、口角を持ち上げた。
 やはり――やはりこうでなくては。
 オレ達のショーはいつだって、驚きと感動、そして笑顔に溢れていなければ!
「ハーッハッハッハ! 諸君! オレと類の祝宴ならば当然、乾杯の音頭も誓いのキスもすべて『わんだほい』だ!」
「フフッ、さあみんな! 掛け声の用意はできているかい! それじゃいくよ。せーの、」

「「「「――わんだほーい!」」」」

     ――――

 会場に、寧々の透明な歌声が響き渡る。
 司は新郎新夫の席からじっと言葉もなくステージを見つめていた。
 寧々だけではない。軽やかな動きで視線を誘導するえむと、自信に溢れた演技力を魅せる櫻子。そこへなぜか(おそらくえむの思い付きだ、)着ぐるみや慶介、晶介まで乱入させられて、どたばたと慌ただしく繰り広げられる即興劇。
 ついひと月前にも知人の結婚式で類とショーをしたが――こうして外から仲間のショーを観るのは、なんだか少し、不思議な気分だった。
 ――あいつら、本当に、楽しそうにショーをするな……
 このすべてが司と類のためにあるのだと思うと、どうしたって目頭が熱くなってしまう。微かに震える唇を噛み締めていれば、隣に座っていた類がちょん、と司の肩を突いた。
……君は、周囲が笑顔であればあるほど、言葉数が少なくなるねぇ」
「ん……ああ、すまん。少し浸っていた」
 大人になって、名前が売れていくにつれて、仕事もどんどん忙しくなって。それはとてもありがたいことだけれど、ときどきまたふとした瞬間に忘れてしまいそうになる。だれのために、なんのためにショーをするのか。
 でもそのたびに、大切な仲間達がこうやって思い出させてくれるから――迷わず、一直線に進んでいけるのだ。
「幸せ者だな、オレは……
 ぽつりと零せば、類が隣でふっと笑った気配がした。司が振り返ると、存外近くに優しく微笑む顔。蜂蜜を溶かした甘い視線が、とろりと司の体を取り囲む。
……タキシード、似合ってるね」
「ハッハッハ。当然だ! オレに似合わんものはないからな!」
「うん。でも言わせてくれないかい。……綺麗だよ、司くん」
「ゔ、」
 ドキ、と表現するには重かった。ずきゅん、だったかもしれない。
 とかくそんな音がしそうなほど胸が高鳴って、ぎゅうと締め付けられて、司は自分がどうすればいいのかわからなくなった。
 詰まる呼吸をぎこちなく吐き出す。
……その……類も、よく似合っている」
「そう? ……スターの隣に立っても、遜色ないかな?」
「遜色など――
 元よりない、と言おうとした声は、喉奥に引っ込んでしまった。
 テーブルの下。人目を忍んで絡まった指先。皮膚の皺をなぞるように指の腹で撫でられれば、いくら司でも意図を感じ取る。
「っ、類」
「やっぱり、誓いのキスはしておきたいな、と……思ってね?」
「それは、だが――んむ」
 司の言葉を待つ前に、影が司の体に覆いかぶさった。
――
 触れるだけ。唇をくっつけ合わせるだけの軽いキスだ。けれど類とのキスに慣れない司は、それだけでも息を止めてしまう。目を瞑ってしまう――当然だ、付き合ってまだ間もなくて、キスも、片手で数えられるくらいしかしていないのだから。慣れるわけがない。
 そっと目を開けると、すぐ間近で嬉しそうに目尻を和らげる類がいた。
 初デート……の、予行練習でしたキスのときは、類も耳まで顔を真っ赤にしていたのに、いまは余裕が生まれつつあるのか照れくさそうにはにかむばかりで、それが少し、面白くない。
 悔しいが。きっと今頃セカイはぬいぐるみ達が大パニックになっているに違いなかった。だってもう――類しか見えない。
 再び類が顔を傾ける。司は、そっと目を閉じようとして……
「あの、司先輩」
「どっわ――――ッッ‼︎‼︎‼︎」
 思い切り類を突き飛ばした。
「あ痛っ……うぅ、ひどいよ司くん……
「と、とっとととと、冬弥じゃないか⁉︎ どうした!」
 控えめに掛けられた声の主――冬弥を見上げて声を裏返す。
 ――うおお、顔が、顔がめちゃくちゃ熱い。
 思わず吹っ飛ばしてしまった類には悪いが、弟のような存在であり、司のファン二号である冬弥に見られた気恥ずかしさと居た堪れなさのほうが勝ってしまった。
 すまん、と司が心の中で謝っていると、冬弥は困ったように眉尻を下げ、司と類を交互に見つめる。
「お取り込み中のところすみません。その……フェニックスワンダーランドの入場ゲートのほうなんですが」
「むっ、どうした、なにかトラブルか?」
 ただならない雰囲気を感じ取って聞けば、どうやらどこからか司と類の結婚披露宴を聞きつけた報道陣がフェニックスワンダーランドに押しかけているらしい。
 この会場は鳳グループが経営する五つ星ホテルのバンケットルームであり、つまるところ、フェニックスワンダーランドの敷地内に併設されている。
 披露宴の日程を決めたのは「披露宴セット」だとかいうトンデモ規模の結婚祝いを用意してくれたえむ、そして鳳家であるので、当然、今日はフェニックスワンダーランド自体は休園日だ。しかしそれでもなお押し掛けるとは……少々マナーのなっていないマスコミのようである。
「ぬう……まさかそれほどの騒ぎになっているとは」
「マスコミには後日会見を開く予定だから、今日のところは身内だけで内密に、って話だったんだけどねぇ。一体どこで情報が漏れたのやら」
 まあ、SNSの拡散力のすごさは先日身をもって実感したばかりだ。人の口に戸は立てられないし、いまはどこから情報が漏れたかよりも、どう対処すべきか考えるほうがいい。このままでは到着が遅れているという雫達が会場に入れなくなってしまう。
「警備に連絡したほうがいいでしょうか……
「そうだな……
 あまり大ごとにしたくはないのだが……
 ちら、と司が類を見上げる。どうにかできんか? と言外に告げる眼差しに、類は短く嘆息した。
 司はよく類に無茶ぶりするなと言うが、司だって大概、類に無茶を言ってくる。
 まったく、それでもしっかりどうにかしてやりたくなってしまうのだから、困ったものだね。
――では王様。この僕にいい案があります」
「ほう。ならば申してみよ、錬金術師よ」
 口元を緩めわざとらしく演技を始めた類に、司も乗っかる形で続ける。長年ともにショーをしてきた仲間だ。それにいまは生涯を誓い合った伴侶でもある。突然のエチュードだって、合わせるのは造作もない――
「フフッ、簡単さ。なぜならここは我が王国、フェニックスワンダーランド」
……ん?」
「つまりこの僕が発明したロボやドローン達が、そこかしこに眠っている……
……待て待て⁉︎ お前、ここを退職して何年経つと……
「さあ司くん! とっておきのショーを始めようじゃないか!」
 今日イチの輝いた笑顔に、司は思わずわなわなと唇を震わせ、拳を大きく振りあげた。
「〜〜っえぇい! どうにでもなれ――!」
 前言撤回。やはりこの男の考えることは、読めん!

     ――――

 強い日差しがコンクリートで覆われた地面に照り返り、ぼんやりと陽炎を浮かばせている。
 ふう、ふうとあがる息を整えながら、愛莉は八重歯を見せて唸り声をあげた。
 ああようやく、フェニックスワンダーランドの大きな観覧車が見えてきた。もう披露宴はとっくに始まっている時間で、大遅刻もいいところだった。
 成人して、アイドル活動の傍ら、ソロでの活躍も少しずつ増えて――雫も前よりは道に迷うことが少なくなったからって、完全に油断していた自分の判断ミス。でもまさか地元で迷うだなんて!
――んもう! 雫ってば、あれほど西口と南口間違えちゃダメよって言ったじゃない!」
「ごめんね愛莉ちゃん……。あら? すごい人だかり」
「あらホント……。困ったわね、ここを抜けないとフェニランに入れないのに」
 指定されたホテルはフェニックスワンダーランドの中にあるので、入場ゲートを抜けなくては受付もできない。
 愛莉の記憶では、「当日は休園日でお客さんもいないよ!」と、えむがたしかに言っていたのを覚えている。
 それなのにこの人だかり……。さてはふたりの披露宴について聞きつけたマスコミかしら、と肩を落とす。常にスキャンダルを狙う彼らにとっては、有名人の恋愛なんていい記事のネタになるものね。
 念のため変装しているから自分達が彼らにバレる心配はないと思うけれど、どうしたものかと首を捻る。えむに連絡して裏口を開けてもらう? それとも警備を呼んだほうがいいだろうか。
 愛莉が頭を悩ませていると、まるでそれは杞憂だと言うかのように、突然複数ある入場ゲートが一斉に音を立てて進路を明け渡した。屯していたマスコミ達にも一瞬動揺が走るが、これ幸いとひとりが中へと駆け込んで、他の者達も急いでそれに続いていく。
「開いたみたいよ、愛莉ちゃん」
「ええ……どうしたのかしら。急にゲートが開くなんて」
 とはいえ、このままここで立ち往生していても仕方がない。行ってみましょ、と愛莉と雫は顔を見合わせて、フェニックスワンダーランドへと足を踏み入れた。
――すごい。貸切状態のフェニランってこんな感じなのね……
 普段のお客さんやショーで賑わっている様子しか見たことがなかったから、静かな園内は新鮮だ。まるでどこか不思議の国に迷い込んでしまったかのような気にすらなってくる。
 当たり前のようにどのアトラクションも動いていないし、チュロス屋もレストランも真っ暗で、陽気な着ぐるみも、ショーの呼び込みもない。フェニランの名物・ナイトショーでも園内のアトラクションが消灯してしまう演出があるけれど、いまは人混みもない分、どうしたって寂れた雰囲気や物々しさを感じてしまう。
 子供の声が聞こえてこない、ふわふわ☆トランポリンドリーム。
 無機質にカートが並ぶ、フェニーくんのドリーミングナイツ。
 フェニーくん・イン・ザ・ナイトメアは子供向けのお化け屋敷にもかかわらず、いまにも本物が出てきそうな雰囲気である。
 愛莉と雫がつい子供のようにきょろきょろと辺りを見回していると、ちょうどふたりが中央の噴水広場に辿り着いたところで、パッと周囲が明るくなった。
 ライトアップされた先。ネオフェニックス城へと続く道のど真ん中に、見慣れない看板が立っている。
「なになに……『この先、ゾンビ注意』……ゾンビ?」
 愛莉が首を傾げると同時に、近くの茂みがガサガサと大きな音を立てる。驚いて肩を揺らし、音のした方向を振り返ると――
「ぬわぁぁぁぁああああああああ‼︎‼︎‼︎ みんな逃げろぉぉぉぉおおおおお‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」
 す、すっごくでっかいデシベル――
 突然男の人が飛び出してきて、鼓膜が破れちゃうんじゃないかって心配してしまうくらい大きな声をあげた。
 静寂を切り裂く叫声に、近くにいたマスコミ達がはっと一斉にこちらを振り返る。
 男は脇目も振らず、ネオフェニックス城へ向かって一直線に駆け出した。その後ろには、男をぞろぞろと追いかける金属のかたまり……ううん、ゾンビ、ロボット?
「え? え? なに? なにが起きてるの⁉︎」
 動揺のあまり目を瞠る愛莉達の真上を、ピンク色のドローンが風を切ってものすごい勢いで飛んでいく。
『フフフッ! まだだよ司くん! 君の全力はこんなものではないはずだ!』
「無茶苦茶を言うな――‼︎‼︎ うおおぉぉぉぉおおおおお‼︎‼︎‼︎」
 中にスピーカーでも内蔵されているのだろうか。ノイズ混じりの軽やかな笑い声がしたかと思えば、ドローンは男の背後にぴたりとくっついた。
 男は走る。ひたすら、まっしぐらに走っていく。
 ……ていうかよく見たらあの後ろ姿。どこかで見覚えがあるような……。愛莉が目を皿のように細める隣で、雫がぱっと表情を明るくさせた。
「あら、司くんだわ。ご結婚おめでとう――
「は! そうだわ司くんだわ! ……って呑気に言ってる場合⁉︎」
 
――て、天馬さんと神代さん(?)だ!」
――こっ、このたびのご結婚についてなにかひと言!」
――なんだこのロボット! 絡みついてくる!」
――ダメだあの人達足が速い! おい、追いかけるぞ!」
「「「「ワーッ!」」」」

 その様相たるや、まるで地獄絵図。
 男の正体が司であると気が付いたマスコミ達が一気に駆け寄ろうとすると、ぞろぞろと隊列を組むゾンビロボット達が次々と行く手を阻む。
 なにかプログラムでもされているのか、愛莉と雫はすんなりと先へ通されたが――肩越しに広場を振り返れば、しがみつくゾンビロボットに苦戦し、宙を旋回するドローンが落とした網に掛かってもごつくマスコミ達が遠目に見えた。
 すごい、と思わず感嘆の声が漏れる。
「まさに一網打尽ね……。と、こうしてる場合じゃないわ。わたし達も追いかけましょ」
「うん!」
 雫とともに司の背を追って駆け出す。フェニックスコースターの真下をくぐり抜け、おさかなコースターとフェニーくんポップアップストアの間の通路へ潜り込み、東奔西走。
「はあ、はあ……それにしても……、どうして知人の結婚式で、全力疾走してるのかしら、わたし達……
 まるで愛莉達がついて来れているか確認するみたいに、司は時折立ち止まっては後ろを振り返った。不思議の国に迷い込んだみたい、なんて先ほどは思ったが、これでは正真正銘、ウサギを追いかけるアリスだ。
 額に流れる汗をハンカチで拭いながら、やっとの思いでネオフェニックス城へと辿り着く。遠目にも司(とドローン)が入って行くのが見えたが、周囲にひと気はなく、また追手が追い付く気配もない。
 ネオフェニックス城はフェニックスワンダーランドの名所のひとつ。ここで結ばれたカップルは永遠に仲睦まじくいられるだとか、不滅の友情だとか、いろんなジンクスがあるけれど――
「あ! 見て、愛莉ちゃん」
「え?」
 雫に言われて顔をあげた、その瞬間。
 ドーン、と大きな爆発音がして、愛莉はその瞳を大きく見開いた。
 澄んだ快晴に似つかわしくない轟音に、思わず口をぽかんと開けてしまう。
「は、花火……⁉︎」
 よく見ると城の周囲に小型のドローンが飛んでいて、そのひとつひとつが花火を打ち上げているようだった。
 つい、次から次へと打ち上げられる花火の数々に気を取られそうになってしまうが、雫が指差した方向へ目を凝らすと――城のてっぺんで、愛莉と雫に手を振る人物がいた。
 夏の花がよく似合う髪色。堂々とした立ち振る舞い。
 司だ。司が、大きく手を振っている。
――! ――!」
「えっ? な、なんて……?」
 さすがに司の声も、花火の音に掻き消されてよく聞こえない。多分、多分だけれど――名前を呼んでいる、のだとは思うが。
 司はひとしきり愛莉達に向かって手を振った後、手摺を掴んで勢いよく身を乗り出した。
「あっ! 危な――……
 地上から何メートルも上の高さで、司の体が傾いていく。
 いまから追いかけたって間に合うはずもなければ、受け止められるはずもないのに、反射的に駆けだしそうになって。けれど城のてっぺんから飛び降りた司の体は、すぐにどこからともなく現れた薄緑色の小型ジェット機が受け止めて――幾度か空中を旋回した後、愛莉達に背を向けて滑空し始めた。
 少し、遅れて。
 息を切らせながら走ってきた寧々とえむが、それぞれ声をあげる。
――信ッじらんない! 類、いつの間にネネロボのこと改造してたわけ⁉︎」
「すごぉーい! あたしもネネロボちゃんに乗りたいっ、類くーん! 司くーん! おーい!」
 ぴょんぴょんと跳ねるえむの姿が、きっと空からも見えたのだろう。飛行用のゴーグルを掛け操縦席に座る類と、座席に腰を落ち着けた司が、大きくこちらに向かって手を振っている。
――ふぇ、フェニランの外に行ったぞ!」
「追いかけろ――!」
 ようやくゾンビロボットの強襲を追い払ったマスコミ達が、我先にと司達の行方を追ってフェニックスワンダーランドを飛び出していく。
 あっという間に元の静けさを取り戻したフェニックスワンダーランド。マスコミ達の最後のひとりがゲートを飛び出したところで、門は何事もなかったかのようにゆっくりと閉まっていく。
 一連の鮮やかすぎる犯行に、ぽかんと口を開けたまま、愛莉は思わず呟いた。
 あの人達、ハチャメチャが過ぎるわ、と。

     ――――

――まったく、お前の考えるショーは相変わらずスリリングでたまらんな……
「最高の褒め言葉だねぇ」
 ネネロボ(小型ジェット機の姿)の上でようやく一息ついた司は、万が一のために仕込んでいたパラシュートを脱ぎつつ、地上をそっと見下ろした。
 どうやら報道陣は上手く誘導できたようで、ぞろぞろとフェニックスワンダーランドから飛び出していくのが見える。
 彼らを撒いてしばらく空の旅を楽しんだら、またこっそりと会場に戻るつもりだが――あの様子だと戻ったら寧々にはこってりと絞られそうだ。
 いつもいつも類のめちゃくちゃな実験に付き合わされて、司までとばっちりを食らう。もはやそれが様式美ですらある。
 ――きっと明日のネットニュースの見出しはオレ達がジャックすることになるだろうな。
 そして「またあいつらか」と笑われるに違いないのだ。
 舞台の仕事仲間に。昔のクラスメイトと教師達に。それから――時に純粋で、時に熱狂的なファンの皆に。
 でも――それでいい。
 司を振り返った類がゴーグルを持ちあげてにやりと笑う。腹の底から込みあげるくすぐったいような感情に、司もまた、ふは、と思わず噴き出してしまった。
 身を乗り出して、類の口の端に唇を押し当てる。ハチャメチャでメチャクチャな披露宴。……最高じゃないか!

――司くん。これからも君に、刺激的な毎日をプレゼントし続けると約束するよ。君の演出家としても、パートナーとしてもね!」
「お手柔らかに頼む!」
「ふふっ……♪ その注文は受けかねるな。だって――


  ここからは、僕らが創るワンダーランド


 ふたりの結婚生活ショウタイムは、いま、幕を開けたばかりだ!