猫澤
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ロストロマンス



 年々、人としてダメになっていってる気がする。
 清々しい朝だ。秋口の澄んだ空気。窓から陽の光が射し込んでいる。そんな中、起き抜けにスマホの通知を確認したオレは、まさに現在進行形で自らの失態を痛感していた。
 ディスプレイにはアラームのスヌーズ機能の記録。
 ひょこりと、前髪の寝ぐせが重力に逆らって跳ねる。
 そしてどこからともなく聞こえてくる、さあ……と血の気の引く音。
「ね、ね、ね、寝坊した――‼︎‼︎‼︎」
 勢いよく掛け布団を捲り、クローゼットからシャツとパンツとスラックス、ベルトを引っ掴んで半裸のまま寝室を飛び出す。
 猛ダッシュで洗面所へと突っ込んだオレは、シャワーを浴びがてら歯を磨いて、烏もびっくりの行水後、ワックス片手に手早く髪を整えた。
 元々あまり髭が生えない体質で本当によかったとしみじみ思う。
 ひとまず外に出ても恥ずかしくない格好にはなったかと、鏡の前でいくつかポーズをとって、再びばたばたと足音を立てながら今度はリビングへ駆け込んだ。
 リビングではすでに起きていた類が優雅にコーヒーを飲んでいた。今朝のニュースでも読んでいるのだろうか。眼鏡越しに窺える、真剣な眼差し。細い指先がタブレットをなぞる。
 足音でオレが起きてきたことに気付いたのだろう。類はぱっと顔を上げ、オレに向かって微笑みかけた。
「おや。おはよう、司」
「おはよう‼︎ 起き抜け早々にすまないが遅刻しそうなのでもう出る!」
「朝から忙しないねえ」
 やれやれと肩を竦めて類が立ち上がる。
 オレは資料の入ったファイルと鞄を掴み、ジャケットを羽織って玄関へと急いだ。その後ろを、類も猫のようにのんびりとした足取りでついてくる。
 革靴に足を突っ込んで慣らすオレを見つめて、類は壁に寄り掛かりながら腕を組んだ。
 もう朝というより昼に近いというのに、悠長なものだな。……ああ、そういえば類は今日終日リモートなのだったか。
 念願叶ってスターになったはいいものの、分刻みスケジュールであちこち移動せねばならん身としては在宅勤務が可能な類の仕事がときどき羨ましくなる。
 無論、自ら選び掴み取った未来に後悔はないので、完全に隣の芝はなんとやらというやつだ。
「今日は遅くなりそう?」
「わからん、打ち合わせが長引きそうなら連絡する」
「了解。夕飯の支度はしておくよ。気をつけてね」
 ああ、と頷いて軽く踵を上げる。ちゅ、とくちびるを合わせると、類は眼差しを和らげて「いってらっしゃい」と囁いた。
「いってきます!」
 玄関のドアを開けて外へと飛び出す。
 刹那、視界一面に広がる――絵具をひっくり返したような真っ青な空。透き通った十月の空気に都会の喧騒が交わって、今日の始まりを告げていた。

   *

 テレビ局付近のロータリーでタクシーを降りて、局の裏口からエレベーターへと乗り込む。
 目的のオフィスフロアは七階だ。到着を待つ間に腕時計を確認して、ふう、とオレは安堵の息をついた。
「よし。打ち合わせ開始十分前……ギリギリ間に合ったな……
 あと少し起きるのが遅かったら、危うく打ち合わせの時間に遅刻してしまうところだった。いくら今回は向こうからのオファーであるといっても、芸能活動は信用が第一だからな……
 嘆息。まったくどうにも最近気が緩んでいる。
 一人暮らししていた頃は早くスターにならねばと気を張っていたのもあってか、寝坊などほとんどしなかったというのに……それもこれも、類がやたらとオレを甘やかそうとするせいである。
 今朝だって先に起きたのならついでに起こしてくれればいいものを、どうせまた「司くんの寝顔が可愛かったから」だとか言って放っておいたのだろう。三十路の男にいい加減可愛いは通用せんぞ。アラームで起きなかったオレもオレだが、ここは今一度ぴしっと引き締め直さねば。
 ジャケットの乱れを直していると、軽快な音と共にエレベーターのドアが開いた。一歩足を踏み出した先で、ふと視界を見慣れた若草色が掠める。向こうもオレにすぐ気が付いて、あ、と顔を上げた。
「司」
 アメジストの瞳と、ゆるやかな癖っ毛。
 ――草薙寧々。今回の仕事の共演者である。
「まさかお前と、ワンダーランズ×ショウタイムの外で共演する日がくるとはな」
「ほんとにね」
 かつてオレ達が所属していた劇団――ワンダーランズ×ショウタイムが事実上の活動休止となった後、オレはマルチ役者、寧々は舞台俳優としてそれぞれ別の道を進んでいた。
 しかし再結成を望む類とえむの周到な根回しにより、十年の時を経てワンダーランズ×ショウタイムは復活。
 さらにオレ達は元々在籍していた事務所を移籍し――えむが立ち上げた芸能事務所に所属する運びとなって。もう、かれこれ二年だ。
 相変わらずどたばたと騒がしい毎日だが、それが不思議と性に合うのか――スターになるべくがむしゃらに仕事を請け負っていた日々よりも、いまの方が充実している。
(類がオレ達のマネージャーも兼任してくれてるおかげで、過労の心配もないしな……
 まあ、なんというか。割合、幸せな日々を送っている。
 幸せすぎて、ときどき少し未来が恐ろしく感じるくらいに。
――おはようございます!」
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
「ああ、天馬さんに草薙さん! お待ちしておりました。どうぞお掛けください」
 ふたりで会議室のドアを開けると、そこにはすでにプロデューサーである松崎さんがオレ達の到着を待っていた。
 挨拶もそこそこに、指定された席に腰かけ、松崎さんから配られた脚本を軽く捲る。
 今回オレと寧々が主役にと抜擢された短編ドラマ。コンセプトはダウナーな教師と優等生な生徒の禁断の恋。配役はオレが教師で、寧々が女子生徒だ。
 事前に渡された資料によると、原作はいま女子高生に人気沸騰中の恋愛小説。その話題性を借りる形で、最近このテレビ局から派生した映像配信系プラットフォームに宣伝も兼ねて限定配信されるらしい。
 松崎さんはお茶の入ったペットボトルを呷り、人好きのする笑みを浮かべて手を組んだ。
「いやあ、実は原作の先生がお二方の大ファンでして。どうしてもお二人をキャスティングしたいと熱い要望を受けておりましたので、オファーにOKいただけて本当に良かったです。先生も大変喜ばれておりました」
「それはよかった。僕も学生時代に先生の作品を何度も拝読していたので、身に余る光栄です」
「はは。それではさっそくですが、今後の撮影の段取りを説明しますね――
 そう言って、松崎さんは机上にそろえられたいくつかの資料を広げ、おや、と顔色を変えた。どうかしましたか、と寧々が尋ねると、些かばつの悪い顔をして松崎さんが慌てて席を立つ。
「失礼。私としたことがオフィスに資料を置いてきてしまったようです……! すぐに戻りますので、少々お待ちを」
 ぱたぱたと駆け足で会議室を後にする松崎さんの背中を見送って、オレは静かに、ふう、と肺にたまった息を吐き出した。
 パイプ椅子の背もたれに寄り掛かれば、同じく肩の力を抜いた寧々が、呆れた顔をしてオレを振り返る。
……すごい堂々とした嘘。あの頃べつに読んでなかったでしょ、原作」
「む……まあなんだ、社交辞令というものだ! それにオファーをいただいてから何作かはしっかり目を通しているぞ」
「それくらい役者なら当然だから……。まあいいけど。それにしても、まさか司とカップル役をする日がくるなんて思ってもみなかったな」
 そう言って寧々が脚本を捲る。
 今作品はほとんどがオレと寧々のシーンのみで構成されており、ほかの役者はすべてエキストラだ。
 教師と生徒の禁断の恋。ちょっと危険な香りのする先生に、ダメだとわかっていても惹かれてしまう女子生徒――たしかに、旧知の仲である寧々とこういった役柄で共演をするのは新鮮に思う。
 ほんと、よかった。キスシーンとかなくて。そう呟いた寧々の横顔を見遣る。
 いざあるとなったらそれはそれで少々気まずいので、その意見にはオレも同意だが――なんとなく「あんたとキスするのは嫌」と言われているみたいでちょっぴり複雑だ。これがあれだろうか、反抗期の娘に、洗濯物一緒にしないでと言われる父親の心境か。
 そんなオレの内心など知る由もない寧々は、それに、と言葉を続けた。
「よくあの類がOKしたよね。類、なにも言ってなかった?」
「むしろ喜んでいたぞ。オンエア初日は必ずリアタイすると」
「え。めちゃくちゃ気まずいんだけど。司、類にオンエア日教えないでよ」
「無茶苦茶を言うな……。あいつはオレ達のマネージャーでもあるんだぞ? 教えなかったとしてもどうせすぐバレるに決まっている」
「最悪……
 げ、と寧々が眉を顰めてため息を零す。まあ、その微妙な気持ちはわからんでもない、としみじみ頷いてお茶に手を伸ばした。
「でもまあ、それ聞いて安心した。むしろ勝手に心配して損したかも」
「心配?」
 オレが首を傾げると、寧々は少しだけ拗ねたように頬を膨らませながら頷いた。トップコートだけ塗られた小さな爪。か細い指の先がオレの手元を指さす。
「だって司、いつもは類からもらった指輪ずっと肌身離さずつけてたのに、今日つけてないから……
「は」
 …………
 自らの左手に視線を落とし、ぱぱぱとジャケットやスラックスのポケットをまさぐる。絶対そんなところにあるはずもないのに、鞄や資料が入ったファイルまでひっくり返して、オレはさっと青ざめた。
 無い。指輪が。……無い?
「無い‼︎‼︎‼︎」
「え、ウソ。まさか失くしたわけ?」
「いやまさかそんなはずは……昨夜も風呂あがりにしっかり……
 パニックで頭の中が真っ白になりながらも、努めて冷静に、昨夜の記憶を辿っていく。
 普段オレは、家では洗い物をするときと風呂に入るときにだけ指輪を外している。
 しかしよくよく思い返してみれば、昨夜は――最近涼しくなって人肌でも恋しくなったのか――風呂から出てすぐに、類に寝室へと連れ込まれて。
 そうだ、そのまま類に愛され疲れて眠ってしまったのだった。
 ……ふむ。となると。
「洗面所に置きっぱなしかもしれん……。いや、きっとそうだ、そうに違いない!」
「ならいいけど……。しっかりしてよね。あんた、昔からおっちょこちょいなとこあるんだから……
「それに関してはぐうの音も出ん……
 勢い余って空回ってしまうのは昔からの悪い癖だ。詳しくは割愛するが、そのせいで類には十年近くいろいろと待たせてしまったという前科もある。
 しかし、こう改めて指輪がないと気づいてしまうと、途端に妙に落ち着かない気分になってくるな……
 結婚指輪は別でオレが用意したものがあるが、やはりオレにとっては、類からもらったあの指輪の方が大切だから。
――いやあ、すみません! お待たせしました!」
「いえ」
(帰ったらすぐに確認しよう……
 資料片手に戻ってきた松崎さんと改めて本格的に打ち合わせを始めながら。この時はまだ、帰宅すればきっとすぐに指輪が見つかると――そう、思っていた。

   *

……無い」
 打ち合わせから帰宅後。
 オレはまっすぐに洗面所へと直行して、手を洗いがてら指輪を探した。
 洗面台の周辺を中心にきょろきょろと見渡すが、しかし指輪は見つからず、にわかに焦りが募っていく。
「そ、そんなはずは……。まさか排水口に落ちてしまったのか⁉︎」
 普段指輪を置いているスペースにも、床にも落ちていないとなると、その可能性が高い。
 ぐっと身を乗り出して排水口をじっと見つめる。ううむ。目視では暗くてよくわからんが、穴自体は仮に指輪が落ちても流れてしまうほどの大きさではないように思える。
 ではいったいどこにいってしまったというのか。
 昨夜風呂に入るまでは、たしかにつけていた記憶があるのに……。どうしたものかと腕を組み悶々と考える。なんせここの他に心当たりがないのだ。
 ……どうしよう。類にはなんと説明すれば……
 ――あれは、オレ達がまだ学生だった頃に、類が密かに自作してくれた世界にたったひとつのものだ。訳あってオレがそれを嵌めるようになったのはここ数年のことだが、十数年分の類のオレへの愛が込められている。
 そんな大切なものを失くしたと知ったら……類は……
……
 ショックで呆然と立ち尽くしていると、なんとも間が悪いことに――仕事用の部屋からちょうど出てきてしまった類が、オレに気づいてひょこりと洗面所を覗いた。
「司? 帰ってたんだね。おかえり」
「ルッ…………ただいま……
……?」
 思わず声が裏返ってしまったオレを、類が不審そうに見つめる。
 その視線はオレの後ろめたい心を見透かすかのようで、オレはたらりと冷や汗をかきながらふいっと類から顔を背けた。
……。何かあったのかい?」
…………なんでもない」
「なんでもないって顔には見えないけれど……
「う……
 さすがというべきか、なんというか。くさっても演出家だ。類の観察眼は鋭く、違和感は絶対に見逃さない。
 言葉に詰まるオレを一瞥し、類は洗面所へと足を踏み入れて、一歩、二歩とオレに近づいた。
「僕には言えないことかな?」
「そうでは……ないが……
「ないが?」
 類の手が伸びて、オレの前髪に触れる。じゅわりと、固まったこころを溶かすような、優しい声音。
 縋ってしまいそうになる。募る罪悪感を吐き出してしまいそうになる。
 だが、お前からもらった大切な指輪を、もしかしたら失くしてしまったかもしれない、なんて。
「不甲斐なくて、言いづらい……っ」
 じわ、と年甲斐もなく目頭に涙が浮かぶ。類の視線から逃げるように俯いて咄嗟に隠したが、きっとそれも、類にはバレてしまっているんだろう。
 泣くな、と自分に言い聞かせる。泣いたって状況は好転しない。わかっている。でも――悔しいし、悲しい。
 類は黙ってオレを見つめていたが、やがてその細い手指でオレの頬をするりと撫でた。
……わかった。それなら司の気持ちの整理がつくまで待っているよ。……ほら、お腹すいただろう? 夕飯の用意出来てるから、おいで」
……ん」
 差し出された手を握って。類に手を引かれながら、リビングへととぼとぼと歩き出す。
 握った類の左手に、オレが類に贈った結婚指輪が嵌められているのが感触で伝わる。だからなおのこと、ぎゅう、と胸がいたくなり、喉が熱くなった。
 ――類は、結婚前は自炊が全然出来ない男だった。
 だけどスターであるオレの支えになりたいからと、少しずつ料理のレパートリーを増やして――今じゃオレ以上に、凝った手料理を振る舞ってくれる。
 すん、と鼻を鳴らして、俯いた。
 滲む視界。ああ、また泣きそうだ。何よりも、何も聞かずにいてくれる類の優しさが、痛かった。
 ……いったい。
(どこにいってしまったんだ……オレの指輪……

   *

 あれから藁にも縋る思いで思い当たるところを全て探したが、やはり指輪は見つからないまま。
 寝室のベッドでずどーんと項垂れていると、風呂から戻った類がオレを見てぱちぱちと目を瞬かせた。
……この世の終わりって顔だねえ……
「うう……すまん……
 いつまでも落ち込んではいられん。そろそろ切り替えねば明日の仕事にも差し障るし、類にも気を遣わせるばかりだ。
 ベッドに入ってきた類に合わせて、オレも大人しく体を横たえる。
 寝室に来たものの類はまだ寝るつもりはないようで、ベッドヘッドの照明だけ点けて読みかけの本を取り出した。
 オレンジの灯りを、類の左手の指輪が反射する。
……
 黙ってそれを見つめていると、視線を感じたのだろう――不意に類がこちらを振り返って、困ったように眉尻を下げながら微笑んだ。
……何があったかは知らないけど、司が苦しいときは遠慮せずいつでも頼ってほしいな。僕は君の旦那さんなんだから」
「る、類〜……
 ぐ、と唇を噛み締めて、類の肩口に擦り寄る。よしよし、と後頭部を撫でる手つきは優しくて、オレは類の優しさに甘えてばかりだ――そう思うと、つん、とまた鼻の奥が痛んだ。
 やはり、類に心配をかけ続けるわけにはいかない。
 打ち明けよう。意を決して顔をあげる。
 ……が、オレが声を発するよりも先に、類がふと思い出したように口を開いた。
「あ、そうだ」
「ん……?」
「司に言い忘れていたことがあって……。ほら、昨日の夜セックスしただろう?」
「ああ……
 そうだな、と頷くと、類は体を起こして近くのサイドテーブルに手を伸ばした。引き出しを開け、ごそごそと中を探る音が聞こえてくる。
「お風呂あがりの君を連れ込んでしまったからね。失くしたらいけないと思って、君が寝た後に脱衣所から回収しておいたんだ」
 はい、と手渡されたのは、今日一日、オレがずっと探していた指輪で。
 思わず飛び上がって類の手ごと指輪を掴む。
 この大きさ、色合い、光沢、間違いない――
「お、オレの指輪――‼︎」
 類から受け取って指に嵌める。ぴったりだ。今度は安堵から涙ぐみながら、オレはギュッと左手を握り締めた。
「もしかして、さっきまで元気がなかったのって……
「じつは指輪を失くしてしまったと思ってな……
「ああ、なるほど。ならもっと早くに伝えていればよかったね」
 慰めるようにオレの髪を梳きながら、すまない、と申し訳なさそうに類が零す。
 オレはふるふると首を振って、気にするな、と口元を緩めた。類に対する罪悪感ですぐに言い出せなかったこちらにも非はある。
「それにしても、あんなに凹んでしまうくらい、気に入ってくれていたんだねぇ……、それ」
「当たり前だろう! ……大事な指輪だ」
「うん……うれしいよ。大切にしてくれて」
 ようやく肩の力が抜けて、心置きなくベッドに寝そべったオレを類が抱き寄せる。
 きっと今日一日中皺が寄ってしまっていただろう眉間にキスを落として、類は眼差しを和らげながらオレの目尻を指の背で撫でた。
「でも、今度また同じようなことがあった時は、気にせず僕に相談してほしい。君が悲しい顔をしているのに支えてあげられないのは、寂しいからね」
「類……。わかった、そうするとしよう。……ありがとう」
 類の頬に触れて、そっと口づけを贈る。
……寧々にも無用な心配をかけてしまった。明日にでもちゃんと見つかったと連絡しないとな……
「おや、ベッドで他の女性の話をするとは。妬けてしまうねえ」
「何言ってるんだか……。念のため聞くが、類はオレと寧々がドラマで恋人役をすること気にしてないよな?」
「さて、どうだろうね?」
 眼鏡を掛けながら、類が意味深に口角を上げる。
 冗談だろう、と呆れてみせるが、意外とこいつがヤキモチ焼きであることも知っているので――オレはへにゃりと眉を下げた。
「類〜〜……
「フフッ、大丈夫だよ。気にしてないから、安心して全力で演じておいで」
 ぽんぽん、と子どもを寝かしつけるみたいに布団越しに叩く手。
 そのまま視線を本へと落としてしまった類を横目に、むう、とくちびるを尖らせる。昨夜はあんなにも熱烈に求めてきたくせに、今日はまるで子ども扱いだ。
 気分屋なところも、相変わらず猫のようで。
 布団を被り直しながら類の体にぴたりとくっつく。瞼を閉じて夢の淵に立っていると、ふと、額にやわらかい感触が降ってきた。
「いい夢はみれそうかい?」
――ああ! おやすみ、類。愛してる」
「僕もだよ。おやすみ」
 ……やはり、オレが年々人としてダメになっていくのは、間違いなく類がオレを甘やかすせいだろうな、と思いつつ。
 こうしてスターの失くしもの騒動は、ゆるやかに幕を閉じたのであった。