猫澤
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HEROES



 うららかな昼下がりに、突如としてけたたましいアラートが鳴り響く。
「博士! フェニックスワンダーランドにまた怪人エムゥが!」
 高らかに声を上げたのは、我が社が誇るオペレーターの寧々子くん。
 そして……――
「よし。ペガサスくん、ネネンガーV。発進だ!」
「ハーッハッハッハ! 任せておけ!」
 戦闘ロボット・ネネンガーVと共に颯爽と司令部を飛び出すヒーロー!
 さあ、みんなも一緒に彼の名を呼ぼう! せーの!
 ――ペガサス・ザ・シャイニングー!
 白いスーツと目元を隠すゴーグル。弾丸のように駆けるその背を見送りながら、僕――みんなからは『類道寺博士』と呼ばれているよ――は、インカムに手を当てモニターを注視した。
 フェニックスワンダーランドにどこからともなく現れた怪人。その名もエムゥ。彼女の目的は未だ明らかにされていないが、彼女が現れると、フェニックスワンダーランドはたちまち混乱の渦に巻き込まれてしまう。
 十秒と待たずして現場に到着したペガサスくんは、ネネンガーVの上で仁王立ちし、大きく口を開いた!
「まったく、怪人エムゥめ。また性懲りもなく現れおって……くらえ! ネネンガービーム!」
「だから、ビームは危ないからダメだって」
「ぬあ! そうだった! ではくらえ、ネネンガーキーック!」
『承知シマシタ』
 ――ネネンガーVが、ペガサスくんを乗せたまま勢いよく怪人エムゥに向かって突進する。このまま怪人エムゥは強力なネネンガーキックの前に平伏すかと思えたが――……
「そう簡単にはやられないムゥ! キグルミー、躱して!」
「何ッ⁉︎」
 怪人エムゥが乗る巨大怪獣・キグルミーが、大きく旋回して攻撃を躱してしまった!
――どわーっ!」
 目標を消失したことにより、ネネンガーVはバランスを崩し――その上に乗っていたペガサスくんが空中へ投げ出される!
 大変だ!
「ペガサスくん!」
 地面に叩きつけられるペガサスくんを捉え、僕は焦って声を張り上げた。
――っぐう!」
 いけない、足を強打してしまっている。……痛むのだろう。ペガサスくんは打ちつけた右足を庇うように抱え、低く呻き声をあげた。
「ちょっと、ペガサス! すごい音したけど大丈夫⁉︎」
「ぬ、お、お〜! なんのこれしき! 少々着地に失敗したが問題ない!」
 しかし、我らがヒーロー・ペガサスくんは不屈の心の持ち主!
 ゆっくりと、よろめきながらも立ち上がり、勇ましく怪人エムゥを睨みつける。
 まさに一触即発、そして絶体絶命の大ピンチ……! このままではキグルミーの追撃でペガサスくんは倒れてしまう!
 さあみんな! 大きな声でネネンガーVとペガサスくんを応援しよう!
 ――がんばれー! ペガサス・ザ・シャイニングー!
「うおおお……! 力が……! みなぎってくる……! もう一度くらえ! ネネンガー……!」
……ペガサス、怪我しちゃったムゥ?」
 ペガサスくんが必殺技を口にしようとしたその瞬間。先に喧騒を切り裂いたのは、怪人エムゥの当惑した声だった。
 赤い仮面の奥で瞳が揺らぐ。その眼差しは真っ直ぐにペガサスくんの足を見つめ……。何を思ったのだろう、エムゥは何かを堪えるように奥歯を噛み締めた。
「きょ、今日のところは一旦引いてやるムゥ! おぼえてろムゥ!」
「あ! おい、怪人エムゥ! ……行ってしまった」
 ペガサスくんの声を背に受けながら、エムゥとキグルミーが立ち去っていく。
 静寂。そして再び平和が訪れたフェニックスワンダーランド。
「ふう。何はともあれ、一件落着だな!」
「うんうん、お手柄だね。でも……
「博士⁉︎ 司令部にいたはずじゃ……
 いてもたってもいられず、気がつけば司令部を飛び出していた僕の目の前に、ネネンガーVとペガサスくんが佇んでいる。
 僕はゴーグル越しに驚きで見開かれたペガサスくんの瞳を見つめ、彼の足元に膝をついた。
 そして、先ほど強く打ちつけたであろう患部にそっと触れる。
「腫れ上がってしまっている……。立っているのも辛いだろう? 僕の背中に乗るといい」
 フェニックスワンダーランドから僕達の組織の司令部までそう距離はない。僕の計算上、彼を背負って歩いても数分くらいで司令部に到着するだろう。
 さあ早く。渋るペガサスくんに迫る。
「しかし……それでは博士に負担が」
「フフ。僕を甘く見ないでおくれ。こう見えても力と体力には自信があってね……
 おそるおそる肩に手を置いたのを好機とばかりに、僕はペガサスくんの膝裏を引き寄せ、しっかりと彼の体を背負った。
「よいしょ。――ほら、君ひとり背負うくらいどうってことないよ」
 むしろ軽いくらいだ、と軽口を乗せ、一歩、また一歩とゆっくり歩き出す。
 刹那、柔らかい風が吹き抜け、いたずらに僕達の髪を靡かせた。まるで先の争いなど無かったかのように。
 見上げれば、穏やかな空。
……それじゃあ、帰ろうか。僕達のラボへ」

   ***

 電子音が行き交う司令室へと顔を出すと、寧々子くんはまだ自分の席に座っていた。
 じっとモニターを見つめたまま微動だにせず、その表情はどこか曇っている。
「寧々子くん。ペガサスくんの手当てをするから、救急箱を借りていくよ」
「あ、うん……。ペガサス、大丈夫そう?」
「少し足を挫いてしまっただけのようだから、安静にしていればすぐに良くなるよ」
「そっか。よかった…………
 そこでようやく寧々子くんは小さく笑みを浮かべて、ゆっくりと立ち上がった。
 ……おや? 寧々子くんは何やら悩んでいるようだね。いったいどうしたのだろう。みんなで寧々子くんに聞いてみよう。せーの、
 ――寧々子くんどうしたのー?
……怪人エムゥって、思ったよりも悪いヤツじゃないのかな……
「ふむ……。どうしたんだい、急に」
「だって、ペガサスが怪我したのを見て撤退してたし……フェニックスワンダーランドを大好きな気持ちは一緒だって前に言ってたし……
……そうだね」
 みんなもよく知っている通り、僕達はフェニックスワンダーランドの治安を守るために生まれた秘密結社。フェニックスワンダーランドを危険にさらす怪人や巨大怪獣はこの手でやっつけないといけないよ。
 でも、怪人エムゥもフェニックスワンダーランドは大好きみたいだ。
 どうして彼女がフェニックスワンダーランドを占領しようとしているのか、僕達にはわからない。大好きだから独り占めしたいのかもしれないし、もっと別の理由があるのかも。
 どうやら寧々子くんは、そこが引っ掛かっているようだね。
「それでも、僕達は戦い続けなければならない」
 薄暗い司令室の中。手探りで救急箱を手に取った僕は、寧々子くんの肩を励ますように軽く叩いた。
 ぱっと顔を上げた寧々子くんが、困った顔を浮かべる。
「ど、どうして? 戦わなくても仲良く出来るなら、その方が良いんじゃないの?」
「僕達にも、あの子にも、それぞれ守りたいものがあるからさ」
「守りたい、もの……
 モニターに映し出される、分析のために録画された今日の戦いを見つめる。
 ――寧々子くんの言う通り、怪人エムゥは本当は『いい人』なのかもしれない。
 それは僕も薄々感じていたことだ。だけども、手放しで彼女を信頼するには――僕達はまだ、彼女のことを知らなすぎる。
 彼女の目的も、その正体も。
「だけど、そうだね……
 どっちが正しいとか、正しくないとかじゃなくて――
 僕達は自分の信念を貫くために戦っている。そしてそれが怪人エムゥの行動理念の否定になることはない。正義の反対は悪ではなくて、同じ『正義』なんだ。
 それなら。
「信念が交わらずとも、いつか互いを尊重し手を取り合えたなら……その時やっと、この世界には平和が訪れるのかもしれないね」


――やあペガサスくん。ご機嫌はいかがかな?」
「あ、博士!」
 研究室の自動ドアが音を立てて開く。
 中へ入ると、ペガサスくんは仮眠用の簡易ベッドの上に腰を下ろし、そわそわと落ち着きのない様子で室内を眺めていた。
 僕に見つかったことで間の悪さを感じたのだろうか。彼は誤魔化すように笑って、さりげなく後頭部を掻いた。
「いや何。博士の研究室にこうして足を踏み入れるのははじめてだな、と」
「そうだね。僕もあまり人を招くことはないから……散らかっていてすまない」
「むしろ研究熱心なことだと感心していたところだ」
 それを聞いて、僕は少しきまりの悪い気持ちになった。
 床には研究途中のロボの設計没案がいくつも散らばっている。本はあちこちに積み上げられ、いまこの瞬間に地震が起きたらあっという間に崩れてしまいそうなほどだった。
 夢中になると寝食さえ忘れてそればかりになってしまうのは、僕の悪い癖だ。決して手放しに褒められるようなことじゃない。
……手当てをするから足を見せてくれるかい?」
 ペガサスくんの足元でしゃがみ込み、彼が強く殴打した方の足に触れる。
 患部を露出すると、そこは赤く腫れ上がっていて――あまりの痛ましさに胸が苦しくなった。
――すまないね」
「む?」
「いつも、君にばかり無茶をさせてしまう」
 僕は、無力だ。
 司令室から持ち出した救急箱を開け、中を物色する。
 ――僕は彼と共に駆けることも戦うこともできない。僕にできるのは、ペガサスくんが戦いやすいように最大限サポートし、怪我をしたらこうして手当てをするくらいのものだ。
 包帯を取り出し、圧迫しながらくるくると彼の足に巻きつけて――氷を入れた袋を当て、さらに上からテープで固定する。これでこのまま安静にしておけば、明日明後日には痛みも和らぐことだろう。
 手当てする間、ペガサスくんはただ無言で処置を見守っていた。
 僕が顔を上げると、ぱちっと視線が交差する。
……
 彼の蜂蜜色の瞳は透明度が高く、僕の姿が綺麗に映し出されているのが見えて――つい、一瞬、見惚れてしまった。
 何故、彼の瞳はこんなにも澄み渡っているのだろう。不思議で仕方がない。
 ――目が、離せない。
……オレには、妹がいるのだが」
 沈黙を先に破ったのはペガサスくんの方だった。
「ああ、聞いているよ。今は病で入院していると」
「そうだ。昔から体は弱かったが、あれで、少々おてんばな子でな。よくオレの後ろをついて回っては、転んで、怪我をして……
……
「その度にオレは、あの子の足に『痛いの痛いの、オレの方に来ーい‼︎』とおまじないをかけてやっていた」
 ふ、と。ペガサスくんは表情を和らげ、どこか遠い眼差しでそう呟いた。
 ――彼は、妹さんとの思い出の場所であるフェニックスワンダーランドを守りたくて、自ら戦いの前線に立つことを志願した勇気ある若者だった。今日のように怪我をすることも多く、さらには責任も重く伸し掛かる重大な立場でなお、臆さず胸を張って立ち続けている。
 そんな彼が、僕には眩しくて――。技術者であって、技術者でしかない僕は、歯がゆい思いをするのが常だった。
「優しいお兄さんなんだね。君は……
 やっとの思いでそれだけ伝えると、ペガサスくんは一瞬驚いたような顔をして……すぐににかりと歯を見せて笑った。
「そうとも! 博士! オレは、妹が大好きだったフェニックスワンダーランドを守りたい! そのためなら、この程度の怪我などへっちゃらだ‼︎ どんな無茶だってしてみせる‼︎」
――
 どんなにボロボロになっても、敵に立ち向かう君は誰よりもカッコいい。
 ……だけどね。
「博士?」
 包帯でぐるぐる巻きにされたペガサスくんの足を両手で包み込む。
 叶うのなら、彼が痛い思いをしないで済む方がいい。
 きっと僕は今夜も寝る間すら惜しんで研究に勤しむだろう。
 ネネンガーVの開発者はこの僕だ。もう二度と今日のような失敗は繰り返さない。そのための努力なら、労力なら、これっぽっちだって厭わないとも。
 どんな無茶だって、してみせるとも。
 手のひらで患部をそっと撫で、やさしく言葉を紡ぐ。
……痛いの、痛いの、僕の方においで」
「!」
「どうかな。少しは痛み、引いたかい?」
「あ……、ああ」
 ペガサスくんは少しだけ頬を色づかせ、落ち着かない様子できょろきょろと周囲を見渡した。
 どうしたんだい、と声を掛けると、向けられる、なんともいえない表情。
「なんだか改まってされる立場になると、そこはかとなく、面映ゆいな、と……
 珍しく朱色に染まった頬に目を見開く。
 照れているのだと気がついて、僕はほんの少し、落ち込んでいた気分を持ち直した。
……僕も同じだからね」
「同じ?」
「君が背負う大切なものを、僕も一緒に背負いたいんだ。君はひとりじゃない。共に戦場に立つことはなくとも……心はいつでも、君の傍にいる」
「博士……
 決して。
 君に恋をしているから、とは、……言えないけれど。
「君のピンチには、必ず駆けつけるよ」
 ペガサスくんは驚いたように喉を詰まらせて、やがて、うれしそうに表情を綻ばせた。
……心強い。ならば博士は、オレのヒーローだな!」
「!」
 ヒーロー。
 なれるだろうか。僕も、大切な人を守れるヒーローに。
 君の正義を支えられる人間に。
……そうなれたら、うれしいね」

   ***

 うららかな昼下がりに、突如としてけたたましいアラートが鳴り響く。
「博士! フェニックスワンダーランドにまた怪人エムゥが!」
 高らかに声を上げたのは、我が社が誇るオペレーターの寧々子くん。
 そして……――
「よし。ペガサスくん、ネネンガーV。発進だ!」
「ハーッハッハッハ! 任せておけ!」
 戦闘ロボット・ネネンガーVと共に颯爽と司令部を飛び出すヒーロー!
 さあ、みんなも一緒に彼の名を呼ぼう! せーの!
 ――ペガサス・ザ・シャイニングー!
「あ! ペガサス! もう怪我は良くなったのかムゥ!」
「ご覧のとおり、ピンピンしている!」
「それは良かったムゥ。なら今日は手加減なしムゥ!」
「望むところだ! いくぞネネンガーV! ネネンガービーム!」
「だからビームはダメだってばー!」
「フフッ……♪」
 僕達は戦い続ける。
 今日も今日とて、フェニックスワンダーランドの平和と、愛する人を守るために!