猫澤
Public
 

明星を希うレグルス

類司オンリー記念アンソロジー寄稿

 ――今日は、アタシの大切なひとに、大切なひとができた日のお話をさせてください。

 その日、学校帰りに駅前のクレープ屋さんまで寄り道したのは、本当にただの偶然でした。
 いつもなら借りてきたスタジオでバンドの練習をするんですが、バンドメンバーのほなちゃんは部活があって、しほちゃんはバイトがあって。ちょうど新しいクレープ屋さんができた話をお昼休みにしてたから、二人だし、じゃあ行ってみよっかっていっちゃんが言ってくれて。たまたま、駅前まで足を伸ばすことになったんです。
 平日の駅前、それも夕方になると結構学生や社会人で往来は混んでいて、アタシが人酔いするといけないからっていっちゃんが聞かなくて。いっちゃんが一人でクレープを買いに行っている間、アタシは近くの公園のベンチに座っていっちゃんの帰りを待っていました。
 都会の喧騒から少し切り離された、緑の多い公園は、ジョギングをする人やわんちゃんのお散歩をする人が時々通り過ぎていきます。
 ふと、手にしていたタピオカを吸い上げていたら、聞き慣れた声がして。アタシはつい反射的に周囲を見渡しました。
「あ、やっぱりお兄ちゃん」
 声の主はすぐに見つかりました。うちのお兄ちゃん、ぱっと見は普通の学生なんですが、仕草と声が大きいからすごく目立つんです。
 お兄ちゃんはアタシよりもちょっとだけ赤みの強い髪を振り乱して、右手を左胸から天に向けて掲げてみせました。アタシには気づいてないみたいで――お芝居の練習だったのかな? 左手には台本みたいな冊子を持っていて、お兄ちゃんは時折その内容を確認しているようでした。
 そのすぐ傍には、お兄ちゃんと同じショーユニットに所属してるるいさんも立っていました。
 ぴんと伸びた背筋に、すらりとした長い脚。二人とも学校の制服を着ていましたが、その瞬間はまるで物語の王様と騎士に錯覚しちゃうくらい様になっていました。
 アタシは二人に声を掛けようとして――ベンチから腰を浮かせて――ぴた、と動きを止めました。
 何かお兄ちゃんと一言二言交わしていたるいさんが、不意にお兄ちゃんのほっぺたに手を伸ばしたから。そのまま、るいさんが体を屈めたから。喉元まで出掛かった「お兄ちゃん」と呼ぶ声は、ひゅっと肺の奥まで引っ込んじゃったんです。
「えっ……
 お兄ちゃんとるいさんはすぐに体を離したけど。きっと他の人達は気づいてないと思うけど。アタシにはばっちり、見えちゃっていました。お兄ちゃんの耳が赤くなってるのも、そんなお兄ちゃんを見下ろするいさんの視線がすごく柔らかくなっていることも。
 まるで恋愛ドラマのワンシーンを緊張しながら観ているときみたいな、そんなドキドキが胸を落ち着かなくさせました。
「咲希、お待たせ。……咲希?」
 クレープを両手に持って戻ってきたいっちゃんが、中途半端に立ち上がったままのアタシを見て首を傾げても、アタシの胸の高鳴りはすぐに収まりそうになくて。そのぐらい、衝撃でした。
「いっちゃん……アタシ見ちゃった」
 いま、いまね。絶対、ぜーったい、お兄ちゃん達ちゅーしてた!
 顔が真っ赤なお兄ちゃんにつられちゃったのかな。なんだかアタシまで恥ずかしくなってきちゃって、アタシは自分のほっぺたを押さえて俯きました。だってお父さんとお母さんがしてるの以外で、はじめて見たんだもん、キスシーン。
 そっか、……そっかあ。るいさんとお兄ちゃんってそういう関係だったんだ。
 そうならそうと、早く教えてくれればいいのに。高揚する気持ちとは裏腹に、心の中が「どうして?」と疑問でいっぱいになりました。言ってくれたらアタシ、たくさん応援するのに。るいさんのことも知らない間柄じゃないのに。
 お兄ちゃんてば水くさいなあ。……なんて、思っていたんです。


 ――お兄ちゃんと話をしたのは、その翌日でした。
 バイトがお休みだったので、アタシはついついお寝坊さんしちゃって。慌ててリビングに下りたら、お兄ちゃんがキッチンで鼻歌混じりに棚からフライパンを出してるのが見えたので、ふっと昨日の――公園での出来事が頭を過ぎったんです。
「お兄ちゃんにだいじなお話があります」
 むくむくと湧いてくる小さな不満。カウンター越しに仁王立ちすれば、お兄ちゃんは機嫌良さそうに微笑みを浮かべたまま小さく首を傾げました。
「おお、咲希! そんなに改まってどうした?」
「あのね…………? お兄ちゃん、何作ってるの?」
「む、これか? 小腹が空いたのでパンケーキでも焼こうかと……
「パンケーキ!」
 あまいにおいがするなと思ったら、お兄ちゃんの手元にはパンケーキの「もと」がボウルいっぱいにありました。
 ぱっと目を輝かせたアタシを見て、ふ、とお兄ちゃんが堪えきれないみたいに笑います。
「咲希の分も焼くから、好きなトッピングを用意してくるといい!」
「やったあ! たしかバニラアイスあったはず! あとチョコとー、生クリームとー、あっ、バナナも!」
「こらこら、あんまり欲張ると夕飯が食べられなくなってしまうぞ」
「うう〜、でもどれも捨てがたいよ〜!」
 冷蔵庫から出したチョコソースも、棚から出したバナナも。お兄ちゃんが作るパンケーキはとびきりおいしいから、どうしたって欲張りたくなっちゃうんです。
 でもお兄ちゃんの言う通り、あんまり食べ過ぎたらお夕飯が食べられなくなっちゃうし、お腹がぽっこりしちゃうかも。……でも……
 真剣に悩むアタシの頭を、不意にお兄ちゃんの大きな手がぽんと叩きました。
「ならオレの方をチョコバナナにして、半分こしよう」
「えっ、いいの?」
「ああ! 咲希を見ていたらオレも食べたくなってしまったからな!」
「お兄ちゃん……! ありがとう! だぁいすき!」
「ハーッハッハッハ! オレも咲希が『だぁいすき』だ!」
 陽気なお日様みたいな眩しい笑顔に、アタシもつられて笑顔になります。お兄ちゃんは、つかさくんはね、昔からいつもそうなの。
 アタシと一歳しか変わらないのに、妹のアタシのことを誰よりも考えてくれるんです。兄ならば当然だーとかお兄ちゃんは当たり前のように言うけど、それはお兄ちゃんが世間知らずなだけで、意外とうちみたいに兄弟仲が良い家庭って珍しいんです。
 リビングのテーブルにパンケーキが乗ったお皿を並べて、お兄ちゃんの手がパンケーキをチョコで飾り付けていきます。
 お兄ちゃんの手は魔法が掛かってるみたいでした。入院生活が長かったアタシが寂しくないようにって、アタシのために作ってくれたぬいぐるみも、ときどき弾いて聴かせてくれたピアノも。ずっとずっとアタシの大切な宝物です。
「それで?」
「え?」
「大事な話があるんだろう?」
 おいしそうなパンケーキを前に、フォークを握りしめたアタシを見つめるお兄ちゃんは幸せそうで――ちょっぴり変だけれど、優しくてカッコいい――いつも通りのお兄ちゃんに見えました。
 でも、アタシは見ちゃったから。きゅ、と喉を締めて、意を決して持っていたフォークをそっとテーブルの上に下ろしました。
「あのね、お兄ちゃん」
「ん?」
「お兄ちゃん、るいさんとお付き合い、してるの?」
……ゲホッ」
 青とピンクの、兄妹お揃いのマグカップ。お兄ちゃんはアタシが淹れたミルクティーをちょうど口に含んだところで、噴き出さないようにって慌てて近くの布巾で口元を押さえました。
「なっ、る、るるるるるるい? なん、なんのことだっ!」
「もー! 隠さないで! アタシ知ってるんだから!」
「知ってるって何を、」
「お兄ちゃんとるいさんがキスしてるの、見ちゃったの!」
「キッ……!」
 ぶわ、と音が聞こえてきそうなほど、お兄ちゃんの顔が真っ赤に染まっていきます。十六年、お兄ちゃんとは一緒に過ごしてきたましたが、お兄ちゃんがそんなに動揺した顔を見るのは初めてでした。
 困ったように下がる眉。しどろもどろになりながら、お兄ちゃんが慎重に言葉を選びつつ、口を開きます。
「ご、誤解だ、咲希」
「え? 誤解?」
……オレと類は、付き合ってはいない」
……
 静かに告げられた言葉にショックを受けて――それと同時にものすごく悲しくなって――アタシはゆっくりと下を向きました。
 家族に恋人の話をするのは、いくらお兄ちゃんだって恥ずかしいのかもしれない。気まずいのかもしれない。
 でも、アタシは、それでも言ってほしかったんです。
 だってお兄ちゃん、昔アタシがいたずらしてお母さんに怒られそうになったときは、いつもアタシのこと庇ってくれていました。
 お兄ちゃんがずっとアタシの味方だったように、アタシだってお兄ちゃんの味方なんだよって、やっと伝えられると思ったのに、それが叶わないのが悔しくて。
「お兄ちゃん、アタシ、お兄ちゃんのこともるいさんのことも応援するよ……? だから隠さなくても、」
「ちがう、そうではない! 事実として、類と付き合っていないんだ……まだ」
……『まだ』?」
 ぱち、とアタシは瞬いて、お兄ちゃんの言葉を繰り返しました。
 お兄ちゃんはそれから言いにくそうに、るいさんとの関係をぽつぽつと零してくれました。
 るいさんとはつい昨日まで本当にただのショー仲間で、気のおけない友だちだと思ってたこと。それなのに突然るいさんに好きだと言われて、キスもされて、ものすごく動揺したこと。
 動揺するあまり返事は保留にしてしまって、今もまだるいさんに待っていてもらっていること。
「あんなに一方的にキスをされたのに、オレは全然嫌じゃなかった。むしろ少し――ときめいていた。それは事実だ。認めよう……
 パンケーキを小さく切り分けて、お兄ちゃんはそのひとかけらを口元へと導きました。
「それって……お兄ちゃんもるいさんのことが好きで、付き合いたいって思ってる、ってこと?」
……まあ、……そうだな……
「じゃあ今すぐお返事しようよ! るいさんのこと待たせちゃダメだよ!」
「待て待て待て待て!」
 咄嗟にソファーに置き去りにされていたお兄ちゃんのスマホに手を伸ばせば、お兄ちゃんはものすごく慌ててアタシの手を制止しました。
「心の準備が、……っそれに類も予定があるかもしれないだろう!」
 珍しく焦った顔のお兄ちゃんをじっと見つめて、アタシはカーペットに視線を落としました。
 お兄ちゃんのこと、すっごく困らせてるのが伝わってきました。でも、それでも、お兄ちゃんがアタシやショー以外に心惹かれる誰かに出会えたことがうれしくて、お兄ちゃんにはもっとワガママになってほしくて。
 どうしたら伝わるのかな。アタシはその時、もどかしい気持ちでいっぱいでした。だけど、どんなに大切でも、愛し合っていても、言葉にしないと伝わらないことがあるって――アタシ、知っていたから。だから一生懸命、言葉にしました。
「お兄ちゃん……。アタシが入院してたとき、言ってくれたよね。退院したらやりたいこと、いーっぱい考えておくんだぞって。アタシいっぱい考えたよ。いっちゃん達と星を見に行きたいなあとか、タピオカ飲んでみたいなあとか、たくさんたくさん考えたの」
 今がどれだけ苦しくても、未来は楽しいことでいっぱいだって、お兄ちゃんが教えてくれたんだよ。だから退屈な入院生活も、手術だって乗り越えられた。
 ……でも。
「入院中はずっと病室のベッドで安静にしてなきゃいけなくて……お兄ちゃんはたくさん励ましてくれたけど、やっぱり寂しかった」
 お父さんやお母さんを心配させたくなくてずっと強がっていたけど、やっぱりこわかった。明日しんじゃったらどうしようって、夜真っ暗になると考えちゃうんです。このままお兄ちゃん達と会えなくなったら、寂しくて、悲しくて、そんなの絶対いやだなあって。
「あのね、お兄ちゃん。お兄ちゃんだって、るいさんだって、いつでも元気でいられるわけじゃないんだよ」
「咲希……
「アタシ、お兄ちゃんには絶対後悔してほしくない。アタシがつらいとき、お兄ちゃんはいつもそばにいてくれたもん。今度はアタシがお兄ちゃんの力になる番。アタシはお兄ちゃんの妹だけど、家族なんだから……もっといっぱい頼ってよ」
 一年。
 ……ね、一年分だけなんだよ、アタシとお兄ちゃんの砂時計の違い。たったそれだけなの。アタシ、ちゃんともうひとりで立てるよ。お兄ちゃんのこと支えられるよ。
「というわけで、ハイ」
 お兄ちゃんの手が緩んだのを感じて、アタシはスマホをお兄ちゃんに手渡しました。
……
 受け取ったスマホの画面をじっと見下ろして、お兄ちゃんは僅かに唇を震わせているように感じました。
……類、本当に良い奴なんだ」
「うん」
「突然学校を爆発させようとするし、意味わからん実験にオレを巻き込もうとするし、発想が奇抜だし、何を考えてるのかよくわからん奴だが」
「うん」
……仲間想いで、優しい。オレはいつもあいつの優しさに甘やかされている」
 優しい眼差し。お兄ちゃんの柔らかい目元に見覚えがあって、すぐに昨日お兄ちゃんを見つめていたるいさんと同じ目をしてるんだって気づきました。
 アタシ、びっくりしちゃって。お兄ちゃんてば、ほんとに昨日まで気づいてなかったの? って。るいさんもきっとすごく困ったと思うな。気持ちなんてわかりきってるのに、肝心のお兄ちゃんが鈍感なんだもん。
「るいさん、お兄ちゃんのことすっごく好きなんだね」
……そうかもしれない」
「お兄ちゃんも、るいさんのことだいすきでしょ?」
「そう……、そうだな」
 顔を上げたお兄ちゃんは、もういつものカッコいいお兄ちゃんで。どこか吹っ切れたように、ふ、とアタシに向かって微笑みました。
「だが、咲希。これは不要だ」
 そう言うなり、お兄ちゃんはスマホがソファーにぽいと投げました。
「お兄ちゃん……
……ふ、フフ、ハーッハッハッハ! オレはスターになる男ッ! 一世一代の告白が電話越しなんてカッコつかないからな!」
……うん!」
 そうと決まれば善は急げだと言わんばかりに、お兄ちゃんは急に立ちあがったかと思えば、バタバタとものすごい勢いで二階の自室に駆け上がって、上着を羽織ってまっすぐに下りてきました。
 アタシも急いで玄関でスニーカーを履くお兄ちゃんの背中を追い掛けました。鏡を見ながら髪を手櫛で梳かして、ジャケットの裾をぴしっと伸ばして。どうだ? 振り返ったお兄ちゃんに、返事の代わりに笑顔を向けます。
「お兄ちゃん、頑張ってね! いってらっしゃい!」
「ああ! …………咲希」
 お兄ちゃんはアタシに向かって手を伸ばしました。そして、くしゃくしゃに髪を撫でて――
「ありがとう。……大きくなったな」
 その落ち着いた声にはっとして、じわりととめどない感情が溢れてくるのを、アタシは頑張って飲み込みました。
 大好きなお兄ちゃん。アタシだけのお兄ちゃん。幸せになってほしいよ。ずっとずっと、笑顔でいてほしい。――たったひとりのお兄ちゃんだから。大切な家族だから。
 顔を上げて、精一杯、いたずらっぽく笑ってみせました。
「ふふーん。もう子供じゃないんだよ?」
 だから、ね。はやく、お兄ちゃんの大好きなひとを安心させてあげて、と。背中を押したい一心で。


 ――あのあと。
 夕飯前に帰ってきたお兄ちゃんは何も言わなかったけれど、リビングでテレビを見てたアタシにだけわかるように、こっそり小さくピースしてたから。アタシはなんだか自分のことみたいにうれしくなって、思わずにやけてしまいました。
 よかった、うまく伝えられたんだ。本当はすぐにお兄ちゃんを追いかけて話を聞きに行きたかったんですが、我慢してクッションを抱きしめました。その日見たテレビの内容は、正直、あんまり覚えてないです。
 そして、それから数日後。
「ただいまー。……あれ?」
 長かった期末試験がようやく終わってくたくたになりながら家に帰ると、玄関に見慣れない男物の靴があることに気がつきました。
 お兄ちゃんの靴もあるから、お兄ちゃんのお客さんかな。とんとんとゆっくりと階段を上って、アタシはお兄ちゃんの部屋を覗き込みました。
「お兄ちゃーん、お客さん?」
「む、咲希か。おかえり」
「ただいま! ……あ、るいさんだ!」
「お邪魔してます」
 ルームマットの上で寛いでいたるいさんは、アタシに気づくなり少しだけ姿勢を正してぺこりとお辞儀しました。
「お芝居の打ち合わせ? それともデート?」
「でっ、……デートじゃない!」
「おや、僕は打ち合わせ兼おうちデートのつもりだったんだけどなあ」
「ば……馬鹿! 妹の前で変なことを言うな!」
 ベッドに腰を下ろしていたお兄ちゃんが慌てて立ち上がります。その時のお兄ちゃん、耳まで真っ赤にしてるけど、なんだかちょっぴりうれしそうで。ふっふっふ。アタシにはわかっちゃうんだな~、兄妹だからね。
「お茶入れてくる!」
「あ、お茶ならアタシが……って行っちゃった。もう、お兄ちゃんたらそそっかしいんだから」
……フフ」
 せわしなく階段を下りていったお兄ちゃんを見送って、るいさんと二人くすくすと笑いました。
 きっとるいさんも、お兄ちゃんは照れてるだけで全然怒ってないってちゃんとわかってるんだと思いました。だってるいさん、またあの日見たような優しい目をしてる。
「司くんから聞いてるよ。君が司くんの背中を押してくれたんだってね」
 そう切り出すなり、るいさんは佇まいを直して、改めてアタシをまっすぐに見つめました。
「僕からも改めてお礼を言わせてほしい。ありがとう、咲希くん」
「いえ! アタシが背中を押さなくても、お兄ちゃんはきっとるいさんの手を取ってたと思います。でもやっぱり……どうなるかわからない未来より、今、お兄ちゃんには幸せになってほしくて」
 お兄ちゃんは――昔から周囲に人を集めるのが上手だったけど、でも、ずっとひとりでした。ひとりで、小さい頃からの夢だったショースターになる努力をしていました。
 その背中は妹のアタシからはいつも凛々しく見えて、でも、ときどき寂しそうで。
「るいさんなら、お兄ちゃんを幸せにしてくれるって思ったんです」
……そう。では、期待には応えないといけないね」
 任せてほしいな。そう呟いたるいさんの言葉には重みがあって、ちょっとだけ泣きそうになりました。
 ああ、大丈夫なんだ。お兄ちゃんはもうひとりじゃないんだ。ちゃんとお兄ちゃんを見てくれる人がいるんだ。
 たぶん、アタシは安心したんだと思います。
 アタシがお兄ちゃんにしてあげられなかったこと、全部。このひとならできるんだって。
「類ー、紅茶で良かったか? ……ん? なんだお前達、随分楽しそうじゃないか。何の話だ?」
「んー……
 ひょこりと顔を出したお兄ちゃんから、アタシは隣に座っていたるいさんに視線を向けました。
 るいさんの、空に浮かぶ秋のお月様のような瞳と目が合って、それがふっと弧を描いた瞬間、るいさんが考えていることがアタシにもわかりました。
「ひみつ!」
 るいさんと声を揃えて言うと、お兄ちゃんは少しだけむう、と――そうそう、今みたいに、むくれて唇を尖らせてたけど。
 そんな顔してもダメだよ。これは世界で一番お兄ちゃんが大好きな妹と、世界で一番お兄ちゃんを愛してくれるひとの、ないしょの約束なんだから。
 ――ううん、もうないしょじゃなくなっちゃった。だってるいさん、ちゃんとアタシとの約束守ってくれたもんね。
 あのね。これからの長い人生、きっと二人にはつらいこともかなしいこともあると思います。でも、二人なら絶対に乗り越えられるって信じてます。
 だってお兄ちゃんは――……お兄ちゃん達は、アタシの自慢の兄だから。
 だから、どうか、どうかいつまでも末永くお幸せに。
 親族代表、――天馬咲希。

 ……もう。せっかくの晴れ舞台なのに、主役がそんなに泣いちゃったらダメでしょ?
 しょうがないなあ、お兄ちゃんは!