猫澤
Public
 

青年Rの犯行供述



 まずは事の顛末について説明をさせてほしい。

 とは言っても、さて、どこから話そうかな……。早いものでもう二月も下旬になってしまうね。最近特に寒くなってきたから、君もあまり薄着をして体調を崩さないように……うん? ああそうそう、二月だね。二月といえば、そう、あれだよ。男女問わず世間が浮き足立つ一大イベント、バレンタインデー。その起源は愛の前に生贄となったウァレンティヌスという一説があるけれど、こと日本においては親しい人にチョコレートを贈る日として有名だね。日本企業の戦略的努力の結果ともいえる。いやはや本当に、義理だとか本命だとか、よく思いつくものだと感心してしまうよ。僕達は恋に恋するお年頃というヤツだけれど、そういったターゲット層の心理を上手く突いている。
 これは自慢でもなんでもないんだけれど、僕はこう見えてどうやら結構モテるみたいでね。そうはいってもチョコレートを僕に直接渡してくれるのは母さんや寧々くらいのものなのだけれど、何故か昔から、バレンタインには下駄箱やら机の中やらロッカーに見ず知らずの生徒から贈り物が忍ばせられていることが多々あってね。まあ要するに、僕にとってバレンタインデーとはそれらをどう処分するか、うんと頭を悩ませる日でもあったわけだ。
 ただ、君も知っている通り……今年は僕にも想い人がいる。
 そう、司くんだよ。まだ当分、告白に踏み切る勇気はなかったのだけれど、世の中にはいわゆる友チョコというものがあるじゃないか。それでね、ちょっと真似事をしてみようという気分になったんだよ。せっかくここまで好きになれる人と出会えたんだ。どうせなら片想いも存分に楽しみたいじゃないか。フフッ、僕も普通の高校生らしい感情があったんだよ。意外かい?
 ただどうも僕の感性は普通ではないようでねぇ……。ううん、というよりもだ。ちょうどあの時は年始のショーの公演期間が終わったところで、まあ所謂、ハイになっていたんだよね。次のショーの舞台装置を考えて、三日ほど徹夜してしまったのもあって、うん、うん……そう、三徹くらいなんともないと思っていたけれど、案外脳の処理って馬鹿になっているものだよね。
 ――だからね、徹夜の勢い余って、等身大司くんチョコレートを一日で完成させてしまったのも、無理はないと思うんだよ。
 いやあ、ほら、司くんには妹さんがいるだろう? 司くんがものすごく溺愛してる……そう、咲希くんだ。きっと彼女も今頃、司くんの為にとっておきのチョコレートを用意しているだろうし、僕がどんなものを用意しても彼女のチョコには敵わないと思ったから、せめてインパクトで勝負しようという考えに至ったんだよ。ああ勿論、それについては自信があったとも。僕の頭脳のリソースは大部分が演出プランで占められているからね。そのために知識を蓄えたといっても過言じゃない。
 うん、だから出来るだけ路上パフォーマンスで稼いだ日銭の範囲に収まる予算でありながら、クオリティーには一切妥協をしないチョコレート作りを目指したよ。四方位どこから見てもあれは完璧な司くんだった。うん? 演出家やめて彫刻家になったらどうかって? いやいや、別にチョコレートを直接彫ったわけではないよ。銅像みたいなものを想像していたのかい? フフッ、違うよ、3Dプリンターの応用さ。だからチョコの中は空洞で、組み立てもいくつかのパーツを溶接して……そうだ、図面があるよ。もっと詳しく聞くかい? ……いい? 話が長くなりそうだから? 残念だよ。ではその話はまたいずれかに。
 ともあれ、無事に等身大司くんチョコレートを作り上げた僕は完全にランナーズハイになっていてね。うきうきとそれを背負いながら翌日登校したのだけれど、四徹目だったこともあり昇降口に辿り着くまであることを失念していて……そう、僕の下駄箱が悲惨な状態になっていたんだよ。僕は思わず愕然としてしまった。世はバレンタインデー。本当ならいの一番に司くんにチョコレートを渡したかったのに、ぎゅうぎゅうに押し込まれた贈り物達を袋に入れ、ようやく取り出したスリッパに足を通している間にも通りがかった生徒に手渡され、階段で手渡され、廊下で手渡され……。ついには司くんのクラスに辿り着く前に始業のチャイムが鳴ってしまった。
 うちの学校、都立の割に設備費を惜しまないのが良いところだよね。そう、真冬の校舎内はしっかり暖房がついている。そして背中に背負った司くんはチョコレートだ。僕は焦った。このまま放っておいたら司くんが溶けてどろどろになる……とまではいかずとも、品質は多少なりと下がってしまうだろう。パフォーマーの矜持として、それは絶対に譲れなかったんだよ。
 かといって食べ物を外に置いておくわけにもいかないだろう? 考えた僕は……司くんとゆっくり話せる昼休みまで、塗装することにしたんだ。……何を? 決まってるじゃないか。勿論、等身大司くんチョコレートを、だよ。
 こんなこともあろうかと食用塗料と新品のエアブラシを鞄に入れておいて良かった。それに案外やり始めたら熱中してしまって……元々少しばかり凝り性なきらいがあったから、午前の授業がいくつか終わる頃には今にも動き出しそうなほど立派な等身大司くんチョコレートにそれは生まれ変わっていた。
 僕は会心の出来栄えにすっかり満足してしまってね、昼休みまでまだ時間もあったし、ひとまず調理室の冷蔵庫を借りて司くんチョコレートを冷やしておくことにしたんだ。そうそう、あの大きいやつだよ。人が何人か入れるくらいのね。――最初からそうしておけば良かったって? フフ、そんな野暮なことは言わないでおくれよ。
 そう、その後さ。事件はその数分後、起きてしまったんだ。
 今年のバレンタインデーは平日だから、当然、僕以外にもチョコを用意している生徒や、既にチョコを貰った生徒はいるわけで、事件の被害者……青柳くんもその一人だった。
 白石くんから貰ったチョコレートを、真面目な彼もまた冷やしておこうとしたのだろうね。そして冷蔵室の扉を開いた瞬間、彼の目に飛び込んだのは、彼が敬愛してやまない先輩の変わり果てた姿――
 凄惨、だったよ。きっとこの先、彼があれほどまでに取り乱す姿を見ることはないだろうと確信するほどには。悲鳴を聞いて僕が駆けつける頃には、青柳くんは同じく駆けつけた白石くんと東雲くんに支えられながらも、顔面蒼白で絶望に打ちひしがれてしまっていた。
 深まる謎。絡まるアリバイ。一体誰が天馬司をこんな姿にしてしまったのか――
 学校の、それも授業の合間に起きた事件だ。きっと犯人はまだこの学校の中にいる。そうにらんだ青柳くんは、早速知人に聞き込み調査を行うことにした。
 東雲くんの証言。「いや犯人はひとりしか有り得ないだろ」
 白石くんの証言。「そういえば神代先輩、朝大きな包みを持っていませんでした?」
 えむくんの証言。「とってもスイートでわんだほい! な香りがするよ〜!」
 ああ、えむくんというのは僕達ワンダーランズ×ショウタイムのメンバーで、宮女に通っているんだけど、たまに神高にも遊びに来ていて……え? 司くんから聞いたことがある? 逆さ吊り? ……うん、そう、その子だね。きっと君も気に入るんじゃないかな。夢を大事にする素敵な子だよ。
 フフッ、そうなんだよねぇ。見事に犯人は僕だってみんなにはバレてしまっていたよ。だけどなんだかんだ、神高の生徒達はお祭りごとが大好きだから……あっという間に事件の話は神高中に広がって、ついには本物の司くんの耳にまで入ってしまった。僕達二人とも、校内ではちょっとした有名人だからさ。変人ワンのいるところツーあり、逆もまた然りとね。ちょっとどころじゃない? フフ……それはそれは。お褒めにあずかり光栄だよ。
 そういうわけで、変わり果てた司くん(チョコ)の姿を自らの目で確認した司くんは、それはショックを受けていた。「誰がこんな酷いことを……!」と憤り、キツく拳を握っていた。この頃には東雲くんあたりはもう面倒になってしまっていたようで、「愛憎故の犯行じゃないっすか」と適当に流していたけれど、当たらずも遠からずな推理に僕は内心冷や汗が止まらなかったよ。どうやら彼にも僕の司くんへの想いはバレてしまっていたみたいだ。……ん? 司くんの反応? 君が想像している通りじゃないかな? たしか、「いくらオレが万人を魅了してしまう罪作りな男だからといって、何も殺すことはなかっただろう……!」と司くんチョコを前に項垂れ嗚咽を漏らしていたよ。
 ここで一度思い出してほしいのだけど、僕、この時四徹で思考回路がめちゃくちゃな上にハイになっていてね。うん、お察しの通り、なんだか面白くなってきてしまってねぇ……。思わず刑事ドラマの犯人になりきって「僕がやりました」とここで犯行を自白してしまったんだ。
 すると昨晩ぐっすりすやすやだった司くんも、エチュードと勘違いしたのか何故か刑事役を始めてしまってね。「カツ丼だ、類」とどう見ても生姜焼き弁当を僕に差し出し、スマホのライトを当て、彼は「何故こんなことを……」と心から悔しそうな顔をした。……うん。まがりなりにも僕らは二人とも役者だし、司くんとはよく下校中にもエチュードをして遊んでいたから、お互いに迫真の演技がこもっていたと自負しているよ。
 そして司くんは僕にこう言ったんだ。「洗いざらい吐けば楽になるぞ」と。
「司くん……。この想い、君に吐露したところで楽になんてなれやしないよ」
「わからんだろう! この天馬司、どんな想いでも受け止めてやる覚悟はある!」
 その時、僕の心の中で天使のえむくんと悪魔の寧々が囁いた。「もしかして、司くんに気持ちを告げるなら今しかないんじゃないのかな?」と――。「類のことだから今を逃したら一生言えないよ」と――
 だから僕は震える喉を叱咤して、こう続けたんだ。
……、一目見た時から、君が好きだった。これは僕の気持ちだよ。どうか僕を……君の生涯の専属演出家にしてほしい」
「んなっ……⁉︎ ……ハッ、る、類……いや待て、もしやこれはバレンタインチョコか⁉︎ ……ああ、ああ……! 無論、答えはイエスだ! 喜んで……!」
 そう、そうなんだ! 僕と司くんは両思いだったんだよ!
 熱い抱擁を交わす僕と司くん。「And I♪ will always love you♪」と某映画の主題歌を熱唱する白石くんと東雲くん。涙ぐみながら拍手するえむくんと青柳くん。遠巻きに見ているその他生徒と先生……


――という経緯で、僕と司くんは晴れて無事お付き合いすることになったというわけさ」
『ウッッッソでしょ今のこの流れで……⁉︎ けほっ、あはっ、もうめちゃくちゃだよ、ひい〜!』
 自宅のガレージに設置したパソコンのモニター越し。通話アプリ『ナイトコード』を繋いだ先で――僕と旧知の仲である瑞希は、薄桃の髪を小刻みに揺らして大きく口を開け、それはもう楽しそうにけらけらと声を上げた。
 その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。元々笑い上戸な人ではあったけれど、ここまで大爆笑する姿は久方ぶりに見たかもしれない。
『そんなの絶対生で見たかったよ、も〜〜! ボクも登校すればよかったー!』
「フフッ、残念だったねぇ」
 次のショーの衣装案が詰まってしまったので、たまには第三者の意見でもと服飾に強い瑞希を頼った矢先ではあるが、進捗のほどはご覧のとおり、瑞希が過呼吸レベルで笑い転げているのであまり芳しくない。まあ、急を要する案件でもないし、僕もちょっとは惚気たい気持ちもあったから、全くもって問題ないのだけど。
 デスクに肘をついて口元を緩める。このところ、ちょっと気が緩むとすぐにやけてしまって困る。僕達くらいの年代の子を箸が転んでもおかしい年頃とはよく言ったものだけど、なんだかそれもわかる気がした。なんといっても今、人生が楽しくて楽しくて仕方がないんだ。
 何故って、そりゃあ、大好きな人と結ばれて、同じだけの気持ちを返してくれると言われたら、浮かれてしまうのもしょうがないだろう?
『で、類が今手に持ってるそれがウワサの司先輩チョコ?』
「ああ、うん、そうだよ。司くんが『流石に全部は食べきれん! お肌にも良くないから責任もってお前も食え』と言ってきかなくてね。かわいい恋人の頼みなら、と左腕だけもらってきたんだ」
 泣く泣く鋸を入れて切り離した司くんチョコの左腕を、ひらひらと瑞希にも見えるように振り翳す。
 いくら中が空洞だったとはいえ、等身大だ。実際に使用したチョコレートの量は尋常じゃなく、我ながら向こう見ずだったなと反省はしている。……まあ、その反省が次回に生かせるかは、ちょっと確約しかねるが。
 ひとしきり笑った瑞希は「へえ〜」と気のない返事をして、ティッシュで目尻を押さえながら息をついた。
『でもよかったね。そっかぁ、類と司先輩がカップル……うん、お似合いじゃん。ボクも二人の恋、応援するよ』
「ありがとう、瑞希。……ん、おや、お客さんだ。寧々かな。ちょっと席外すね」
『はいはーい』
 談笑のさなか、ふと、ゴンゴンとガレージのドアを叩く音がして片耳に掛けていたイヤホンを外した。家族は両親とも出払っているし、わざわざ家のインターホンをスルーしてガレージをノックする客人なんて、心当たりは一人しかいない。
 案の定、ドアの施錠を外すと、そこには薄緑の髪を胸の前で束ねた幼馴染――寧々が立っていた。
「あ、こんな時間にごめん。ダンスの練習してたんだけど、どうしてもわからない振りがあって……って、類、何持ってるの……
「うん? ああ、これかい? これはね、司くんの腕だよ」
「え………………
 ――その後の擦った揉んだといったら。
 カメラ越しに一部始終を見ていた瑞希は笑い転げたまま動けなくなっていたし、一週間寧々は口をきいてくれなかったし、司くんのインスタはしばらく僕の手作りチョコの写真で更新が埋め尽くされていたけれど、そろそろ御後が宜しいようなので、この話はまた、別の機会に……
 うん、そうだね、後に起こるホワイトデーの「寝起きドッキリ☆ジャーマンスープレックス編」を語るときにでも、するとしようかな?