猫澤
Public
 

草薙寧々の受難


 曇り空タップ。ちょっぴり退屈な授業スライド
 当たり障りのないクラスメイトの会話ロングノーツ
 雨が降りそうタップ進まない時計タップ小難しい先生の声ロングノーツ
 とん、とぜんぶ、指で弾いてフリック
 ようやく訪れた昼休みの合図に、わたしは人知れずふっと頬を緩ませた。
 今日から待ちに待ったソシャゲのイベントが始まる。
 イベ開始後すぐにレベルアップできるように、プレイヤー経験値の調整は事前に朝のうちにしておいた。
 スタダの用意は完璧。ワイヤレスイヤホンは外して、幼馴染に作ってもらった遮音性の高いヘッドホンを鞄から取り出す。
 あと、お昼ごはんのサンドイッチ。パックジュース。
 いつでも自分だけの世界に入り込める。浮き足立っていた。そんなタイミングで。
「草薙寧々はいるか――――!」
……げ」
 クラス中に響き渡った耳を劈く声に、あからさまに眉を寄せた。聞き覚えのあり過ぎる声の主をわざわざ確認しようという気も起きない。
 都内屈指のテーマパーク――フェニックスワンダーランドのショーユニット、ワンダーランズ×ショウタイム。
 その座長、天馬司。
 自信家で、目立ちたがり屋で、ときどき不遜で無神経で。でも、……まっすぐで仲間想い。
 その彼が、なんだって昼休みに、わざわざ一年の教室まで。ショーのことで用があるならラインで事足りるのに。
 はあ、とため息をつく。無視しよう。クラスどころか学校中で変人と名高いあいつと知り合いだなんて思われたくないし。
 クラスメイトの視線が刺さる。それも無視。わたしはイベスト回収に忙しいの。
 でも。どのクラスにも、ひとりはお人好しがいるようで。スマホを持ち直して視線を落とすわたしの頭上に、ふと影が落ちた。
……草薙、司先輩が呼んでいるが……知り合いだったのか?」
「知らない」
「そうか。なら草薙違いかもしれない。伝えてくる」
「うん。よろしく」
 草薙なんて苗字の生徒、神山高校この学校には自分しかいないと思うけど。
 たまに、本当にごく稀に話すクラスメイトの彼は、今時珍しく素直であまり人を疑わない性格みたい。ああ、ううん、他にもいるか。素直であまり人を疑わない性格の、……ともだち。
 ちら、と視線だけ教室の入り口に移す。そこにはやっぱりというか案の定というか、司が立っていた。
 レモンクリーム色のカーディガン。あまいカスタードのような髪。メープルシロップの瞳。
 クラスメイトの男の子が、司に声を掛ける。
 あ、やば。目が合った。
「知らんわけあるか――! 寧々! 一緒にランチに行くぞ!」
「は? なんで……。司、いつもひとりで食べてるじゃん。寂しいなら類でも誘えば」
「知らんあんなヤツ!」
「知らんわけないでしょ……
 幼馴染の類と、司は。クラスこそ違うけど、大体いつも一緒にいる。学校でも、バイト先でもだ。
 ワンダーランズ×ショウタイムを結成してから、類の口から司の名前を聞かない日はほとんどないし――それこそ、一瞬仲違いしたあの時期だけだ――類に懐かれても、司は離れるどころかまんざらじゃなさそうな態度で接してくれてる。
 類が一番つらい時期に支えてあげられなかった身としては、類にも安心して寄り掛かれる相手ができてよかったな、なんて呑気に思ったりもしていて。
 だから、司の珍しく棘のある態度につい「あれ?」と訝しんでしまった。
「めんどくさ……。何? 喧嘩? 巻き込まないでほしいんだけど」
 わたしがそう口を開くと、司はぱちりと瞬いた。
 端正な顔立ちをしてると思う。黙っていれば、多分、その辺の女の子が放っておかない感じの。残念ながら口を開けばナルシストとしか思えない発言のオンパレードなので、すぐに遠巻きにされてしまうけど。
 でも、今日の司は違った。
……それもそうだな。無理を言ってすまなかった。失礼する」
「え? ちょっと……
 どうせまたうるさく言い返されるものと思っていたわたしは、あっさり頷いた司に拍子抜けしてしまって。それから司の顔を見て、言葉を失った。
 揺らいでいた。
 どうしてメープルシロップだなんてその瞳を喩えてしまったんだろう。ううん、でも、ゆっくりと瞬きをしたら零れてしまいそうで、泣きたいのに泣けない、みたいな。ちょっと、昔の類、みたい、で。
 踵を返して、来た時の嵐のような騒がしさは微塵も感じさせず、司は教室を出て行った。
 静寂。その場にいた誰もが様子を窺う中で、ひとりの空気を読まないクラスメイトだけが「いいのか?」とわたしに静かに問いかける。
「司先輩、行ってしまったが……
……ああもうっ、BP回復しちゃってるのに……!」
 ここで無視できるほど、司は知らない仲じゃない。
 というか、あんなんでも仲間だし。もし、もしも司にあんな顔をさせたのが類なら、幼馴染として申し訳ないと思うし。だから。それだけ。それで十分でしょ。


……司!」
「む。どうした?」
「どうした? じゃない……!」
 スマホはポケットに突っ込んで、お昼ごはんだけ引っ掴んで。慌てて司の後を追いかけると、振り返った司はもういつも通りの顔だった。
 乱れる呼吸をどうにか整えながら、先を歩く司の腕を掴む。
 司は黙っていた。待っていた。わたしの言葉を。普段はとにかく傍若無人な振る舞いを見せるのに、こういうときばかり年上の顔をするのがずるい。一歳しか変わらないくせに。
 そういえば、妹がいるって言ってたっけ。だからかな。わたしは司のことを年上の男の人だとか、そんな風に感じたことはないのに、司にとってわたしは年下の女の子なんだ。
「話、聞いてあげる……あんな顔してる司、司らしくないし」
「あんな顔とはどんな顔だ?」
……自覚ないわけ?」
 隣に並ぶと、司は顎に手を当てて何もない天井を見上げた。
 実際、今この場にいる司はさっきの憂いを含んだ表情は微塵も見せないで、澄ました顔をしてる。
 わたしはその惚けた態度が無性に苛立って、むっと唇を尖らせた。
「喧嘩したんでしょ、類と」
「ああ……。いや、喧嘩ではないな。オレが一方的に拗ねてるだけだ」
「拗ねてる? 司が?」
 廊下で立ち話もなんだし。でも、外はもうじき雨が降りそうなほど曇っているから、わたし達は近くの空き教室へと体を滑り込ませた。
 適当な席に座って、向かい合ってお弁当を広げる。と言ってもわたしはたまごサンドだけで、包装をぴっと剥がすだけ。
 司のお弁当はいつ見ても意味がわからないくらい豪華で、冷凍食品なんてひとつも見当たらない。
 その上デザートにメロンとケーキって、いったいどんな家庭に生まれ育ったら普通のお弁当がそんなハイランクのものになるのか。うちだったら運動会のお弁当でももうちょっと手を抜いてる。
 お母さんが作ってくれてるのかな。たぶん、そうだろうな。司を見てればなんとなくわかる。司はきっと両親にものすごく愛されて育ったんだろうなって。
 もちろんわたしも、それに類だって親にはたくさん愛されてるけど。
「時に寧々、類の初恋の相手って知ってるか?」
「知らないけど……
 ナプキンで手を拭いて、ちゃんと事前に「いただきます」をしてから、司は箸を指で絡めとった。
 わたしもサンドイッチの端に齧りつく。何気なく視線を上げる。じっとその様子を見つめる。卵焼きがひとつ、大きな口に吸い込まれていく。
 司と二人でランチなんて、変な気分。
 類とは。小学生の頃はよく一緒に遊んだけど、中学時代はほとんど疎遠だった。
 なんとなく思春期だったのもある。あの頃男女がふたりでいると、変なからかい方をするような連中もいたし。
 それに類はわたしより一歳年上で、たかが一歳の差があの頃はとてつもなく大きくて。
 類はそういうのあまり気にしないみたいだけど、わたしが気にするからか――いつの間にか、類の方から自然と話をしなくなった。
 それでも家は隣同士だし。親同士は仲良いし。聞きたくなくても類の話は親づてに聞いていたし、たぶんこっちの話も類の耳には届いてたんだろうなと思う。
「あいつ、昔から根っからのショーバカだったし……ショーが恋人って言ってもおかしくないくらいで、浮いた話なんて聞いたことないよ」
「一度もか? ……では、……彼女、とかも」
「彼女?」
 聞いたことはない、けど。
 わたしと類の間には、空白の一年がある。
 類は中学卒業後、ものすごく入試が難関って言われる都内の名門校に進学していったはずなのに、わたしが神山高校に進学するのと同じくらいのタイミングで、何故か類まで神山高校こっちに転校してきた。
 転校の理由はわたしも知らない。聞いてもたぶん、教えてくれないと思う。だから類が中学校を卒業して、神山に転校してくるまでの空白の一年間に、ひょっとして彼女がいた可能性は否定できない。
 それでも。類が半端な気持ちで特別な誰かをつくるようなひとじゃないことは、わかるから。
「わたしが知る限りではいなかったと思う……
「そうか……
 司は箸をおいて、何か考えるように腕を組んだ。
「寧々。これは、ここだけの話にしておいてほしいんだが」
「うん」
 誰もいない空き教室で。声を潜めなくても、きっと盗み聞きされるような心配はないと思うのに。司は口元に手を当てて、わたしをちょいちょい、と手招いた。
 片耳を向ける。司の息が当たる。ちょっと擽ったくて、笑っちゃいそうになる。
 それで、一体どんな話をされるのかと思えば。
「類には好きな人がいるらしい」
……
 目が据わった。
「はあ」
「おい。なんだその気の抜けた返事は――!」
「うるっさ……いや、うん、……それで?」
「それで? とは?」
「類に好きな人がいて、それで、何?」
「うっ……それは……
 黙り込んだ司に、今度は隠さずため息を吐き出した。
 類に好きな人がいることは、知ってる。というか、まさに目の前のこいつが類の好きな人その人だ。
 なんならこういう恋愛とかに疎そうなえむですらなんとなく気が付いてるくらい、類からの司への好意は駄々洩れだった。気づいてないのなんて、当の本人である司くらいだ。
 去年のハロウィンの時くらいからかな。類はよく、司のことを気にするようになった。
 さすがにショーでは、主演をはる司にはかなりこだわった――ちょっとだけ奇抜な――演出を次から次へと司で試しているけれど。それ以外のところでは、眼差しが特に顕著で。
 いつもやさしい顔をしてる。
 好きって感情を、はちみつとミルクでとろとろになるまで煮詰めたみたいな、そんな顔。
 ねえ寧々、司くんには好きな人がいるのかな。どんな人がタイプだと思う? 男の僕でも、彼の恋愛対象になれるかな。……なんて相談をこれまで何百回と類にされてきた身としては。そんなもの、本人に聞けと言いたくなるんだけど。
 ……ん? なんだろう。すごくデジャヴ。
「司、今日なんか変だよ。いや司はいつも変だけど……
「何だと⁉︎」
 類の好きな人を気にしたり。過去を詮索しようとしたり。それってなんだか、身に覚えがありすぎる。
 そんなの、まるで。
……類に恋してるみたい」
――ぐっ」
 みるみるうちに司の顔が赤に染まる。
 わたしはひどく驚いて、ぱちぱちと瞬きを繰り返してしまった。
 だってあの司が真っ赤になるなんて。羞恥心というものをうっかりお母さんのお腹の中に忘れてきたわけじゃなかったんだ。意外。
「え、ウソ。図星?」
……違う。違うぞ……
「そんなに顔赤くしておいて、『違う』は通用しないでしょ」
「ぐううっ……
 ぱさりと少しだけ癖のついた髪を振りかぶりながら、司は――司にしては珍しく行儀悪く――机に肘をついて頭を抱えた。
 よく見たら耳もちょっと赤くなってる。なんだか司なのに、司のくせに、可愛いなんて思ってしまって、わたしは緩む頬を誤魔化すように「んん、」と小さく咳払いした。
 不自然じゃなかっただろうか。たぶん司はそれどころじゃないから大丈夫だ。
「そっか。好きなんだ、類のこと。ふ――ん」
……おかしいか?」
「なんで? 別にいいんじゃない?」
 むしろ。嬉しいとさえ思う。
 類は司のことを大事に想うあまり、告白に踏み込めないでいるみたいだし。あれでいて一度決めたら頑固なところがあるから、考え直させるにはなかなか苦労する。
 かといって無責任に発破を掛けて、司にフラれたりしたら目も当てられない。最悪ユニット解散だって有り得たから。わたしにはどうしたって中途半端に励ますことしかできなかった。
(そっか。……よかったじゃん、類)
 司なら。類みたいに拗らせることもなく、ストレートに告白してくれるだろう。さすがに司本人から告白されれば類も素直にならざるを得ないはず。
 同じユニット内でカップル誕生なんて、今後鬱陶しさが増しそうだけど、いつまでも類にうじうじされるのも……だし。
 それに何より、わたしはワンダーランズ×ショウタイムの歌姫で。類とは腐れ縁の幼馴染だ。やっぱり類にも笑顔になってほしい。彼を笑顔に導いてほしい。それができるのは司だけ。
 でも、思ってたより事態は深刻――というか、司は重く受け止めているようで。
「良くはないだろう……類には好きな人がいるんだぞ? ならオレは……類の恋を応援してやらねばいけない立場だというのに……っ。クッ……
……
「心のどこかで、その人と上手くいかなければいい、などと思ってしまっている自分がいる。それが情けなくて――なにより、悔しい」
「司……
 それ、全部杞憂だけど……
 とはさすがに言えず。そう、と当たり障りなく呟いて、食べかけのサンドイッチを再び食んだ。
 遠く、グラウンドの方から生徒のはしゃぐ声がする。
 おそるおそる鳴り始まる、吹奏楽部の昼練の音。あんなに進みの遅かった時計は既に昼休みが半分消費されたことを告げていた。
 司もふと窓の外を見つめて、ふう、と憂いのこもった息を吐き出す。
「だから一方的に拗ねている。こんなことしても類を困らせるだけだとわかってるんだがな!」
「ちなみに、類は?」
「知らん。知らん、が、どうせそこのドローンで様子を見てるんだろう。結構あからさまに避けてるからな、今」
「うわ……
 言われてはじめて、教室の隅からこちらを覗くドローンの存在に気づいた。
 猫……なんだかよくわからない、プロペラの生えたそれは類がソロパフォーマンスする時にもよく使っているものだ。目の部分がカメラになっていて、時折録画を見返してはショーの反省に活かしているらしい。
 わたしはそれ、ただの大義名分だと思ってるけど。
 だって類は最近ソロパフォーマンスよりも司と、そしてわたし達とするショーに夢中だから。必然的に被写体は、司が多くなる。そこに一滴の下心もないなんて言わせるつもりはない。
 美味しそうなミニハンバーグがひとくち、司の口に飲み込まれていく。咀嚼。上下する喉。
「期末終わったらショーの練習再開するんでしょ。それまでずっとぎくしゃくしてるつもり?」
「ショーの練習は真剣に向き合う。それはそれ、これはこれだ。切り離して然るべきだろう。だが……はああ。類と顔を合わせるのがこれほど憂鬱になるとはな……
 ――司は。
 こう見えて、ショーに対しては結構まじめで、真剣だ。
 まだまだ役作りは甘いし、役になりきれない部分もあるし、声が裏返ったり台詞が棒読みになる時だってあるけど。
 でも、司を主役たらしめる度胸がある。
 譲れない矜持がある。ワンダーランズ×ショウタイムに懸ける情熱と、深い愛情を感じる。
 公私混同は、たぶん、しない。このまま類との関係が拗れたって、それこそ司の言う通り、それはそれこれはこれで切り替えてくれるだろう。そのあたりは、むしろ類の方が引き摺りそうなくらい。
 でも、だからって悩みが消えるわけじゃない。オンとオフの違いだけだ。
「なぜオレは類を好きになってしまったんだ?」
「類に脳でも弄られたんじゃないの? 何かの実験で」
……
「『それだ』みたいな顔しないで」
 まあ、司が類に惚れちゃった理由はわたしも気になるけど。
 だって類、一度没頭したら全然話を聞かないし、ひとりで急に笑い出すし、時々なんかキマってるみたいな顔してるし。わたしは幼馴染だから類が本当は優しいことも、ショーが本当に大好きなんだってことも知ってるけど、知らない人から見たら「変人」でしかない。
 事実、だからそういうレッテルを既に学校中から貼られているわけで。変人ワンツーフィニッシュだとかなんとか。
「ともかくだ。こうして秘密を打ち明けたからには、当然、協力してもらうぞ。寧々」
「協力って、何の?」
「オレが、類とよき友人でいられるようにするための協力だ!」
……パスで」
 シンプルにめんどくさい。
 サンドイッチと一緒に持ってきていたパックのジュースにストローを挿す。司は「何故だ!」と声を荒げて、勢いよく立ち上がった。
 声もだけど、動作が既にうるさい。身振りが大きく大袈裟なのは職業病ってやつなのかな。たぶん違うな。
 恋とか、愛とか、わたしにはまだわからないけど。
 でも、わたしみたいな人間も多くいるような世界で、年齢で、お互いに同じ感情を向け合っている司と類は。奇跡とか、運命って呼んでもいいんじゃないかと思う。
 二人ともこれが恋だと知っていて、お互いを大切に想っていることは伝わってくるのに。本人には伝わってないなんて。ほんと、歯痒い。
「頼む寧々! お前しかいないんだ!」
……はあ。グレープフルーツのゼリー」
「週一で奢ってやる!」
「週三」
「乗った!」
 がし、と力強く手を握られて、持っていたパックを落としてしまいそうになった。
 外はこんなに曇っているのに。晴れ間のような明るい笑顔が目の前にある。類と友達でいたいなんて、……類への恋心を諦めたいって言ってるようなものだ。そんなことしたって類が喜ぶはずもないのに。
「では早速明日から頼む。ぜひ相談に乗ってくれ!」
「気が向いたらね……
 わたしに向かって大きく手を振りながら、二年の教室まで戻っていく司をぼんやりと見送る。
 パックのストローを咥えて、けれど中身を吸い出すことなく口を離した。漏れ出る陰鬱なため息。
「めんどくさいことになったなあ……
「やあ寧々」
「げ……どこから出てきたの、類……
 一階ではあるけれど、今までわたしと司しかいなかったはずの空き教室の中から姿を見せた幼馴染に若干引いて、わたしは一歩後ずさった。
 どこって、窓からだよ、と悪びれもせず類が指差す。つまり、わたしと司がどこにいて何をしてるか知っていながら、こそこそ様子を窺っていたってこと。
 ……司、よくこんなやつのこと好きになったよね。
「司くんと話していたようだけど」
「まあね。世間話」
「そうかい。君と司くんが仲良くなってくれて嬉しいよ」
「別に、仲良くはないけど……
 仲良くはないけど、特別仲が悪いわけでもない。
 わたしにとって司は友達じゃないし、先輩後輩と言うほどあいつを慕ってもいない。仲間、っていうのが一番しっくりくる、それだけの関係。
 類って、ときどきお節介だ。そうさせてるのはわたしだけど。わたしは別に独りでも平気なのに。友達だとか、クラスメイトとの繋がりだとか、そういうものの素晴らしさを説く。そんなこと言って独りが嫌なのは類の方でしょ。
 体ばかり大きくなっちゃって、心はちっとも成長してないんだ。昔は類のこと、もっと頼れるお兄さんって思ってたのにな。どうしてか、今はちょっと頼りない。
 類はその持て余した体を壁に預けて、「それで?」とわたしに問いかけた。
「それでって?」
「何の話をしていたんだい?」
「詮索するの? ドローンで見てたんでしょ」
「見てたけど、見ていただけだよ。こんなことなら録音機能もつけておくんだったな」
 類が手を挙げると、何かを感知したようにドローンが類の元まで飛んでくる。
 どこから出したのか類がドライバーで背面のパネルを開ければ、小さなモニターに先ほどまでのわたしと司の様子が映し出された。
 小型だから画像は荒いし、音声は聞こえない。でも、わたしと司が内緒話していることはわかる。
 なるほどね、と呟いた。やきもちってわけ。告白もしてないくせに、一丁前に。
……気になる? 司と何話してたのか」
「意地悪しないでおくれよ。僕と君の仲だろう?」
「ふふ……
 下がる眉尻。情けない顔をする類がちょっとだけ面白くて、口元を隠して笑う。
 司と、類と。二人にこれだけ巻き込まれてるんだから、もう少しくらい意地悪してもバチは当たらないはずだ。
 午後の授業の予鈴まであと少し。空っぽになったパックを、ぱり、ぺり、と折りたたむ。
「司、好きな人がいるんだって」
――は?」
 聞いたこともないような低い声。そんな声、出せたんだ、類。
 昔はもっと天使のような声をしてたのに、いつの間にか声変わりしちゃって、大人、みたいになっちゃって。
 でも、大事なものを奪われそうになったとき、類はいつもそんな顔をしてたよね。
 普段はあまり負の感情を表に出さないけど、それでも全然その手の感情がないわけじゃない。期待して、失望して、そうしているうちに上手に隠せるようになっただけ。
 そんな類の仮面を簡単に剥がしてしまえる司のことは、少しだけ尊敬する。
……誰だい?」
「内緒」
「寧々」
「司に口止めされてるもん。類にも言えない」
……
 別に言ったっていいけど。それで類と司がどういう関係になったとしても、わたしには関係ないけど。
 でも、お互いにちゃんと向き合ってないのに、わたしの口からそれを教えてしまうのは違う気がする。そうしたって結局またいつかどこかで歯車が狂って、類か、司か、その両方かが傷つくだけだ。
「ねえ、類。ドローンで監視するだけじゃ、類の気持ちは司に伝わらないよ」
……
「それに、司は……類の気持ちを知ったって、類から離れて行ったりしない」
……わかってる。わかってるんだよ……
 くしゃりと前髪を雑に掻き上げて、類は眉間に皺を寄せた。そういう顔もあまり人前では見せないよね。わたしだってあんまり見たことない。
 でも、司は。司の存在は、類の心を掻き乱す。
 類が、どんどん人間らしくなっていく。
「クラスのあの子か……? それとも後輩くん? 妹さんの友達? 寧々やえむくんではないんだろう?」
「知らない。司に直接聞いて」
「頼むよ。グレープフルーツ味の飲み物奢るから」
「残念、それはもう売約済み」
 買い手に心当たりがあるのか、類はあからさまに嫌そうな顔をした。
 司も相当鈍いけど。類も類だ。
 どうして司がわざわざ好きな人の相談をわたしにすると思うんだろう。どうして、司の好意の向く先が自分だって気づけないんだろう。
 恋をしたことがないから、わかんないな。恋は盲目って言うけど。こういう形でも盲目になるわけ?
「それより、いいの? 司、明日から頑張るつもりみたいだけど」
……っ、寧々、もしかすると、僕は明日から廃人のようになってしまうかもしれないんだけど……
「はいはい、砕けても当たらないよりマシでしょ」
「ありがとう、少しだけ勇気が出たよ……。絶対に司くんを落としてくるね」
「は? せめて『振り向かせる』って言って」
 予鈴が鳴る。あーあ、結局全然、イベント走れなかった。まあいいか。PSプレイスキル不問のイベント方式だし、ランカーになりたいわけでもないし。
「まあ……頑張れば。応援はしてるよ」
 それは、本心。だってわたしも、ワンダーランズ×ショウタイムの一員だ。
 観客もキャストもみんな笑顔にする。司が掲げたユニットの目標は、わたしの心にも刻まれているんだからね。


 そんなやりとりを経て、放課後。HRが終わりざわめき出す教室の隅で、わたしはスマートフォンをそっと握りしめた。
 やっと……やっと誰にも邪魔されずソシャゲのイベントを走れる……
 残念ながらスタダは叶わなかったけど、今日はショーの練習もないし、期末試験が近いから課題も少ない。これは早く帰り支度を整えて、自分の部屋でソシャゲの世界観に浸かりながら没頭するに限る。
 そう、思っていたのに。
――草薙寧々! 草薙寧々はいるか⁉︎」
「いない」
「いるじゃないか! 顔を貸せ今すぐにだ!」
 神さまどうして……
 慌ただしく教室に駆け込んできたのは、やっぱりというかなんというか、声だけで存在感がありすぎるわたし達の座長。
 クラスメイト達の視線も気にせず、司はずかずかと教室に入り込んでわたしの肩を掴んだ。
 ……あ、司の後ろでクラスメイトの彼がおろおろしてる。
 彼、司のこと「司先輩」なんて呼んでるし、文化祭神高フェスでもちょこちょこ司と一緒にいるのを見かけたし、ひょっとして顔見知りなのかな。あまり興味ないけど……
「匿ってくれ! 類が変なんだ!」
「類はいつも変でしょ」
「そうなんだが! それだけじゃないというか……!」
「やあ寧々」
「出た――!」
 どこからともなくヌッと現れた類に、司は飛び跳ねてわたしの後ろに隠れた。当たり前だけどわたしの体じゃ司の体は隠れきるはずもない。
「ちょっと司……!」
「おや。寧々の後ろに隠れるなんてひどいなあ。僕は君とおしゃべりがしたいのに――ねえ、司くん?」
「知らん! 人違いだ!」
「さすがにそれは無理がありすぎるでしょ……
 にこにこと笑顔を絶やさない類と、顔面蒼白の司。
 対照的な二人の顔を見比べて、静かに息をつく。わたしはその場で考えた。類に司を引き渡すのと、司を匿うのと、どちらがより面倒か。
 そして瞬時に答えは出た。どう考えたって、この二人に関わる方が圧倒的にめんどくさい。
 ひっつき虫状態の司を無理やり剥がして、類に押し付ける。耳元で司の悲鳴が上がったけど、知らない。
 だって契約は明日からだもん。わたしは司からまだ賄賂をもらってないし、であれば、幼馴染というアドバンテージのある類側にわたしがつくのは当然で。
 まあ、そんなのは建前でしかないんだけど。
「フフフ、逃がさないよ、司くん。君には絶対に口を割ってもらうからね。その上で僕のプレゼンを聞いてもらおうか。さあ行こう、寧々、邪魔したね」
「なんのプレゼンだ! い、いやだ、寧々、寧々……
「子犬みたいな目でこっち見ないで……
 類に引き摺られるようにして教室を出て行く司を見送る。ちょっとだけ罪悪感。でもこれで、少しは二人の間の妙なすれ違いもましになるはずだ。
 なんでお互い好きって言うだけなのにこんなに大事おおごとになってるんだか。やっぱりわかんないな。いつかわたしも誰かに恋をしたら、あんな風に必死になっちゃったりするんだろうか。……まだ、想像つかないや。
 ……その後。
 類に攫われた司がどうなったのか、わたしは知らない。
 ただ、期末試験が終わってショーの練習が再開したと思いきや、類を見るなり司が不自然に視線を逸らすものだから――また、めんどくさいことになってるんだろうなってことは、わかってしまって。
 そんなあからさまに意識してます、って態度、仮にも役者志望がするもんじゃないでしょ。公私混同はしないんじゃなかったの?
 ああもう、えむが困った顔してるでしょうが。やめて。グレープフルーツジュースをちらつかせないで。わたしはそんなに安くないから。
「寧々、頼む、相談に乗ってくれ……、類のやつ、オレが好きらしいんだ!」
「はあ……
「たしかにオレは妹の次に老若男女問わず愛される容姿をしているが!」
「帰っていい?」
「寧々……!」
 
 わたしの受難の日々は、当分続きそう。