人間の寿命を外れた水木は最初いくつかの家を転々としていたが、それでは落ち着かないでしょうしと、どう手を回したかわからないが鬼太郎が妖怪の仲間達に相談し、こぢんまりした平屋の一軒家を探してきてくれた。
詳しいことはよくわらかないが、住人が何十年と姿形が変わらなくても詮索されないという。水木は最初半信半疑だったが、かわいい義息が探してきてくれたのだし、とそこに居を定めた。それからあっという間に二十年くらいが経った(もしかしたらもっとかもしれない)が、今のところ水木の姿が騒がれることはなかった。なお住民税は払っているので、妖怪が占拠している異郷…というわけでもないらしい。
そんな水木の家、庭先にはよく雀がくる。庭といってもささやかなものだが、夏には少しだけトマトやキュウリを作れるくらいにはあるし、小さいが梅の木を一本植えている。他は鉢植えが少し。植物があれば虫が来て、今度は鳥がくる。もっとも、スズメを見ると時々米粒などまいてしまう水木にも原因はあるだろうけれど。
その朝も随分早い時間からチュンチュンとかしましいもので、それにつられて鬼太郎は目を覚ましていた。
普段なら、水木も目を覚ましていたかもしれない。だが、今彼はぴくりともせずぐっすり眠っている。
中途半端な腕立て伏せのような格好で起き上がった鬼太郎は、口元を緩め、隣で眠る人を見つめた。今は水木は横向きに眠っており、枕でつぶれた頬が少し子どもっぽい。外見の背丈の割に大きめの手で、鬼太郎はそっと水木の頬に触れた。案外やわらかい。
水木は幼い頃の鬼太郎の頬を愛でるのが好きで、よく餅だのなんだのと言って揉んだり、口づけたりしていた。自分も結構やわらかいじゃないか、とこっそり笑ってから、鬼太郎は身体を起こし、胡座をかいた。
窓の外、縁側にスズメ達が並んでこちらをのぞきこんでいるシルエットが、カーテンに映っていた。真っ裸のまま枕元の煙草を手に立ち上がった鬼太郎だったが、やはり思い直して下だけ履く。
そうして水木の肩まで掛け布団を描け直して、今度こそ煙草、それから灰皿を持って窓辺へ向かう。数歩もいけばすぐ縁側のある窓だ。この小さな家を、鬼太郎は気に入っていた。水木と一緒に過ごすのに、こんなに居心地の良い家はなかった。どこにいても水木が強く感じられるから。
カーテンをあけ、窓も開ける。ただし、静かに。
パチッと指をこすり合わせて煙草に火をつける。チュンチュンと賑やかなスズメ達は全く逃げていかない。
それどころか──
『きたろ、みずき、いじめた?』
『みずき、いない』
『きたろがなかせた』
『おなかすいたの』
スズメ達は鬼太郎が自分たちの言葉を解するのを知っているし、鬼太郎が彼らを害さないのをわかっているから、遠慮が全くない。
フー、と細く息を吐きながら、鬼太郎は片方の口角だけ上げた。
『いじめてない。可愛い、可愛いってしただけだ』
さらりとした言葉に、またもスズメ達はチュンチュンと忙しい。鬼太郎は肩をすくめ、静かにしてくれ、水木が起きるだろう、と告げる。
だがスズメ達としては、言葉はわかるが米粒ひとつまかずに紫煙を吐いている鬼太郎より、よしよしと米粒だのなんだのを撒いてよこしてくれる水木が起きてくれる方がありがたい。
ならばとさらに歌い立てる。通行人でもいたら何事かとのぞきこんでいるかもしれない。
鬼太郎は背後の水木がもぞりと身じろぐのを感じた。起きるのか、起きたのか。
…寝たふりをしているな。微妙な呼吸の深さの違いで、鬼太郎は背中を向けたまま悟った。鬼太郎とスズメをじっと気にしている。声をかければいいのに、そうしない。
まだ半分以上残っていたけれど、煙草を灰皿に押し当て、鬼太郎は立ち上がった。窓はほんの少しすき間をあけて閉める。まだ夜半のただれた空気が残っていたから。
「……」
ゆっくり振り返れば、水木は鬼太郎に背を向けていた。鬼太郎が起きた時はこちらを向いていたのに。寝ている体だが、まあ、間違いなく起きている。
鬼太郎は水木の横に膝をつき、その肩に触れた。
「おはようございます」
「……………」
「体は? きつくないですか」
直接の返事はなかったが、くるりと水木は寝返りを打ち、鬼太郎の方を向いた。
むすっと唇を引き結び、言いたいことが山程あるという顔をしている。
「……しゃべれなくなっちゃったんですか?」
それまではただ丁寧で紳士的だった鬼太郎の空気が、そこでガラリと変わった。はっと水木は息を飲んだが、遅い。
しっかりと水木の顎を捕まえて、鬼太郎は唇をぬるりと重ねた。ほころびから舌を差し込み、唾液を注ぎ込む。
水木がむせてしまったところで、鬼太郎は口を離した。
「…っ、な…、」
顔を赤くして睨む水木の目は潤んでいた。そうさせた犯人の方はといえば、悪気のない様子で肩をすくめ、笑う。
「僕らの体液は万能なので。声、出るでしょう」
絶対取って付けた言い訳だ。ぐぬ、と悔しがったところで水木に勝ち目はない。そもそも力ではかなわないのに、今はそれに加えて寝起きなのだ。
「……俺がいるのに、…なんでスズメなんか、かまってるんだよ…」
ぼそぼそと言ってから、…羞恥心が頂点に達した水木はがばりと起き上がり、さすがに呆気にとられる鬼太郎に枕を投げた。
もちろん痛くも痒くもなかったが、水木の台詞には背骨がふにゃふにゃになるくらいの衝撃を受け、鬼太郎は固まった。…だが立ち直りは早かった。
「!」
水木の手首をつかんで、そのまま布団に組み敷く。慌てすぎて、水木の頭が布団をはみ出し畳に落ちたがかまえなかった。上から食い入るようにのぞきこみ、本当に?、短く鬼太郎は尋ねる。
『あー! きたろ、みずき、いじめてる!』
『みずき、みずき!』
窓の隙間から鬼太郎を非難するスズメの声が聞こえるが、無視だ。
水木は何とも悔しそうな顔をしていたが、急にぎゅっと目を閉じると、腹筋で顔を持ち上げ、自分押し倒した男の頬に口づけた。何なら口がぶつかった、くらいの色気のなさで、接吻と呼んでいいのかわからないが。
「…みずき、…さん」
「………………こんな、は、恥ずかしいこと、何回も言えるわけな、」
皆まで言わせず、貪るといった方が良い様子で鬼太郎は上から水木に口づけた。
んっ、んっとくぐもった声が漏れる。ちゅくちゅくと音を鳴らして唾液を混ぜ合う。鬼太郎の手が、水木の浴衣を割り開く。
「………はは」
唇を離すと、鬼太郎は低い声で笑った。思わず笑ってしまった、というような雰囲気だった。
片や水木はといえば、思い切り貪られて息も絶え絶えになっていた。
「…スズメ達に怒られたんですよ、僕」
「……?」
額をこすりつけるように顔を近づけて囁く義息、この家に越してきた時からははっきりと伴侶として意識している男に、水木は目を眇める。熾火のような熱があっという間に燃え上がり、のぼせそうになっていた。
「水木をいじめたって」
「いじめ…?」
ぼんやりした顔で水木は首を傾げる。
「……何回いったか、覚えてないのに……?」
「………」
恥じらうように目を伏せた水木は首まで真っ赤で、鬼太郎はごくりと唾を飲んだ。
「…いいですか?」
顔を近づけてお伺いを立てる。朝だぞ、普段ならきっとそうたしなめられたはず。
しかし今朝はそうではなかった。
水木は困ったように眉を寄せた後、いいよ、とごくごく小さな声で頷いてくれた。許しを得たのに立ち止まる馬鹿はいない。
「…僕がうんと気持ちよくしてあげる」
熱っぽく囁いて再び唇を重ねれば、水木も徐々に体の力を抜いて、小さく鼻を鳴らした。
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