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夢篠
2025-01-30 02:00:06
2531文字
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帰師には遏むること勿れ
雑渡と尊奈門が伏竜を迎えに行く話
「ぜひ我が殿の為にお力添えを頂きたく」
「え?普通に嫌だ」
とても綺麗な顔をした其奴はとても綺麗な顔で微笑んで、とても綺麗な声で組頭の言葉に対しとんでもない事を言い放った。
最近「タソガレドキの領地に伏竜有り」という噂が実しやかに流れている。そんな情報が齎されたのはつい先日の事だった。根も葉も無い噂、と断じるにはやや具体的な内容も含まれているそれに、真偽の程を確かめよと殿に命じられて私たちは動いていた。
噂の伏龍とやらは割合容易に見付けられた。忍んでいた訳ではないようで、以前に軍師として仕えた城が落ちてからは閑雲野鶴の生活を送っているようだ。
軍師の癖に仕えた城を落とされるなど大した事はないな、と思って組頭にそれを零したらなんと落城の原因は其奴らしい。なんでも若く優秀なせいで周囲から妬み嫉みを買い、それを疎んじて城を内部から崩壊させた、そうだ。そんな縁起でもない奴を今、私たちはタソガレドキへ勧誘しようとしている。
あらかじめ調べておいた其奴の棲まいを訪ねる。町からは少し離れた閑散とした、山中といった方が良いだろうか。丁寧に組頭が訪の挨拶をする。話を聞いていると人間性の欠片も無い奴のようだからそんなに畏まる必要は無いと思うのだが、と少し不満に思っていた。しかもこの野郎、組頭が何度も訪の挨拶をしているのに一向に出て来ない。気配は間違いなく家に在るというのに。
「組頭!もう帰りましょう!」
いい加減腹が立って組頭にそう主張する。組頭は苦笑の後、「仕方ないね、殿からの手紙だけ置いていこうか」と胸元から書状を取り出した。そんな書状を置いたところでこんな失礼な奴を殿に目通りさせる訳にはいかないだろうと思った。
しかし私の予想に反してタソガレドキの城に件の伏竜から返信があったのは、私たちの訪問から三日の後の事だった。流麗な字で李白だかなんだかの詩が書き付けてあったそうだ。
「はあ〜、これはまた、手強いね」
殿から渡された書状を組頭から見せられる。和様の筆致からは書き手の気品のような物が感じられた。だが、所々に見える筆の運びが気品だけでは無い、そこはかとない意地悪さを垣間見せた。
「これは、李白の山中問答ですか」
「そうだね。つまり心穏やかに生活しているから邪魔するな、だってさ」
「やっぱり失礼な奴だ
……
」
私の懸念に反して、殿はこの書状でより伏竜に興味を惹かれたようだ。再度訪問して来いと言われた。今度は南蛮菓子の手土産付きだ。
訪の挨拶に相変わらず返事は無い。だが気配はある。組頭が許容しているから此奴は今でも無事でいられるんだぞと内心で苛々しながら組頭の隣に控えている。四度目の挨拶の途中だった。
「良い加減しつこいんだよなァ。
……
李白も理解らない野暮天に仕える気は無いって、言葉にしないと分からないかなァ」
上から声がして、見上げる。視線の先にいたのは。
「
…………
は、」
とても美しい男、だった。女、と言われたら信じてしまうと思う。通った鼻筋に形の良い目口が絶妙な配置で据えてある。大きな目には知性が宿り、煌めいている。だが、その目には人を人とも思わないような純粋な悪意が見え隠れしていた。
「失礼。タソガレドキに伏竜有りとの噂を掴み参った。貴殿の事と存ずるが」
「勘違いだろう。私は竜ではない。とても怖い蛇だ。私を見ると一族郎党滅びるぞ。今日にでも標の梲を立てておくからもう二度と来るなよ」
屋根の上から私たちを見下ろす男は声も玉のようだった。傾城でもきっと、ここまでの者はいないのではないだろうかと思ってしまう。
試すような笑いにどうにも気後れしてしまう。一瞬視線が絡んだ時に嘲るような笑みが見えて如何にもならない感情が鬩ぎ合ってかっと顔が熱くなった気がした。
「伏竜殿を夜刀神などと、とてもとても。本日は殿からの書状を此処に。それから、こちらも。殿より是非に宜しくと言伝かっております」
組頭の視線が私の方を向いたので慌てて手土産の南蛮菓子を提示する。大きな目が思案するように細められる。形の良い唇がゆっくりと持ち上がるのが見えた。毒々しいまでの色香だ。
「
…………
ああ、タソガレドキの城主様は、舶来気触れなんだったか。
……
あのさあ、モノは相談ってやつなんだが」
私と同じくらいの歳の頃の癖に随分尊大で馴れ馴れしい話し方をする男を睨み付ける。男は最早嘲笑を隠そうともしていない。組頭が何もしていないから、私も何も出来ない。でも多分、許されるなら、此奴を絶対に伸してやりたい。
「南蛮に『軍事大要』っていう書物があるんだ。千年くらい前に書かれたんだけど。それ、手に入らない?」
「というと?」
「どうしても読んでみたいんだ。手に入れてくれたらこの間の書状の件、検討してあげるよ」
どう?と微笑まれる。美しい、とあれだけ苛々していても感じてしまう。顔が良いのは得だな、と苦し紛れに心の中で毒付いた。
「我々にまた貴殿を訪れよと?」
「あは、本物の伏竜先生だって目通りまでに三回訪問されたんだぜ?二回目で会えたなら僥倖、三度目なぞ苦でも無いだろう?まあ
……
、嫌なら別に構わないよ。私は本来、俗世に降りる気は無いんだから」
じゃ、色好い返事をお待ちしてますよ
最後に美しい微笑みを残して男は頭を引っ込め姿を消した。組頭は男がいた場所を見詰め少し思案していたようだったが、戸口に殿の書状と手土産を几帳面に置くと私を振り返って「帰ろうか」と言った。
帰り道、組頭に少しだけ文句を言った。あんな生意気な若造の。そうしたら組頭は目を細めた。それは組頭が忍務中によくやる、私たちの背筋を震わせる笑いに似ていた。
「気付いていたかい、尊奈門。彼はこの道すがらやあの家の周囲に沢山罠を仕掛けていたね。とても巧妙に隠されていたけど、人間が踏めば致命傷を受けるような物もあった。
……
一度目の訪れの時は、あんな物無かったのにね」
微笑む組頭の顔を見ていたら、空恐ろしくなってしまった。同時にあの男の瞳に宿る純粋な悪意に背筋に氷柱を突っ込まれた気分になって生唾を飲み込んだ。
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