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雪成はす子
2025-01-29 20:11:20
2783文字
Public
🐧🐬
やわらかな傷跡
🐧🐬ノベロ軸
怪我をしたニコイチが🐯さんの許可を得てお風呂に入る話
ほかほかの🐬が書きたくて書いた話です。怪我をしてから暫くは🐧も🐬も情緒不安定だといいなって思います
無断転載・AI学習・コピペ・自作発言禁止Repost is prohibited
ふんふんと、シャチは楽しそうに鼻歌を歌いながら体を洗っている。
先日大怪我をして倒れた俺たちは、今日主治医であるローさんにやっと風呂の許可が出た。それまではずっとお湯で濡らしたタオルで体を拭いたり頭だけシャワーで流していただけだったから、あたたかい湯に体を沈めるのは本当に久しぶりだ。ほう、と体中の力が抜けていくのが分かる。
こんな風にゆっくりとお湯に浸かるのは、本当に久しぶりだった。
ぼうっと湯舟の縁に体を預けながら、じっとシャチを見やる。腹の傷はもう殆ど痛まないようで少し安心した。体中に残っていた痣も、火かき棒で付けられた火傷の痕も随分と薄くなっている。良かったと思う反面、シャチの心の傷はどうだろうと不安になる。肉体的な傷に関しては腕が千切れた俺の方が重傷だったってローさんは言ってたけど、シャチの場合はそうじゃない。もっと、もっと深い所についた傷は、きっとまだ癒えていないに違いないのだ。
けれど目の前のシャチは、全身を泡に包まれながらにこにこと笑っている。赤く火照った頬が、風呂場の照明を受けてつやつやと光っていた。ざば、と桶の湯を浴びて泡を流す。ふう、と一息吐いて、シャチは湯の中に入って来た。
「
……
っはぁ~
……
あったけぇ
……
」
「シャチ、鼻歌といいさっきからなんかオッサンみてえだな」
「いいじゃんオッサンみたいになったってさ。ふふ、あったかいお風呂、気持ちいいなぁ」
シャチはそう言ってふにゃりと笑った。力の抜けきった、蕩けるような笑みだ。ともすればだらしない、緩み切った顔とも言えるのに、どういう訳か俺には目が離せなかった。
「気持ちい
……
あったかいお風呂、しあわせ
……
」
うっとりと呟くシャチの顔は本当に幸せそうだ。これまでの事なんて、何も無かったかのように。
両親が死んだあの日から、シャチが本当の意味で笑っていた事なんて無かった。あの地獄の中でシャチはそれでも笑っていたけど、どこかぎこちなくて、目尻の端や、口角はいつも強張っていた。
でも今は、心の底から嬉しそうにシャチが笑っている。
そのシャチの笑顔に、俺は胸がぎゅっと苦しくなって思わずシャチを抱き締めた。
「わっ! どうしたの、ペンギン」
シャチはびっくりしたような声を上げたが、構わずシャチの体に腕を回す。まだ少しぎこちない右腕を動かして、シャチを強く、強く抱き締めた。
「
……
ペンギン? なんで黙って
――
」
俺の方を見るなり、シャチは目を見開いて絶句した。
「ローさん!」
どたどたどた、と廊下を走る音とシャチの声が聞こえる。何事かとちらと見やると、シャチがまるで背後霊のようにペンギンを体に張り付けたまま部屋に入って来た。
「
……
おい、二人羽織なら他所でやれ」
「違うってよく見て! なんかペンギンが泣いてるんだけど!!」
「えっ、ペンギン泣いてるの!?」
気象学の本を読んでいたベポが顔を上げてふたりを見る。シャチの背後に張り付いたペンギンはシャチの肩に顔を埋めてひぐ、としゃくり上げていた。シャチ曰く風呂に入ってる時から様子がおかしくて、何とか着替えだけはさせたがそれでも泣き止まずにシャチに張り付き、そのまま離れなくなったのだという。
「ペンギン、何があった。ちゃんと説明しなきゃシャチが混乱するだろ」
「ろ、ろぉさ
……
」
ぐず、とペンギンが鼻を啜る。とりあえず鼻をかめ、とティッシュを渡すと、ペンギンはシャチから離れて鼻をかみ、それからまたシャチに張り付いた。
……
いや元の位置に戻るのかよお前。
「ペンギン大丈夫? 何か悲しい事でもあったの?」
「えっと
……
ペンギン、俺、なんかした?」
おろおろとするベポに続き恐る恐るシャチが問いかけるも、ペンギンはふるふると首を振るばかりだ。
「じゃあ、何でだ。シャチは悪くないんだろ?」
俺が問いかけると、ペンギンは唇を震わせながらぽつりと答える。
「シャチは、悪くない
……
ただ、嬉しくて」
「嬉しいって
……
お風呂があったかくて気持ち良かったから?」
シャチの言葉に、ペンギンはまた首を振る。
「それもある、けど俺は、シャチが笑ってるのが嬉しい。お風呂が気持ちいいって、シャチ、ちゃんと笑って、だから」
「え
……
そこなの?」
「うん」
「ええ
……
?」
こくりと頷くペンギンに、シャチは思いもよらない言葉にますます困惑したような表情を浮かべた。
一方の俺はと言えば、成程なぁと顎をしゃくる。
「あの日からずっと、ちゃんと笑えてなかったから
……
だから、シャチが心から嬉しそうに笑ってて、俺は、それが、すごく嬉しい」
「
……
って事だけど
……
どうしよう、ローさん」
なおもさめざめと泣くペンギンと、困惑するシャチ。そんな二人の様子を眺めながら、俺は口元を押さえて笑いを堪えるのに精一杯だった。
――
成程なぁ、そりゃ嬉しいだろうな。
弟ポジションの長いシャチには分からないだろうが、下の兄弟が嬉しそうに笑っているってのは兄にとって何よりも嬉しいものだ。ましてやこの二人は長い事地獄のような場所に居たのだ。久しくちゃんと笑えていられなかっただろうと考えれば、ペンギンの反応も分からなくもない。
「そっかぁ、ペンギンはシャチが嬉しいのが嬉しいんだね」
「嬉しいのが嬉しい
……
って」
「だって、シャチもペンギンが嬉しかったら嬉しいでしょ? それと同じだよ」
にこにこと笑いながらベポは言う。その言葉に、シャチはやっとペンギンの涙の理由を知ったようだ。
「
……
そうなの? ペンギン」
シャチが訊くと、ペンギンはこくんと頷く。シャチはこそばゆいようなむずかゆいような不思議な表情を浮かべ、それから俯いて顔を覆った。まだ生乾きの髪から覗く耳は真っ赤で、どうやらむずかゆいと思う一方で嬉しくも思っているようでもあった。
シャチがちゃんと心から笑えてるって事がペンギンにとってどれほど嬉しい事なのか、シャチはまだ分かっていないのだろう。
ペンギンにとって、それがどれだけの救いになるのか。
――
あの日、『生きてる意味が分からない』と泣いたペンギンの心を癒せるのは、きっと。
「
……
シャチ。恐らくペンギンは暫くそのままだ。だから泣き止むまで側に居てやれ」
「うん
……
分かった」
シャチはペンギンの腕を解くと向きを変え、改めてペンギンを抱き締めた。ぽんぽんと背中を叩いて、「これからはいっぱい笑っていこうな」とペンギンに囁いているのが見える。ふう、と胸を撫で下ろして俺はまた中断していた本へと向かった。
今はまだ、癒え切らない傷が痛む事もあるだろう。
けれど少しずつ、お互いに癒し合いながら生きていけたらいいと思う。
だからこれから好きなだけ、幸せを噛み締めていけばいい。
ふたりの様子を眺めながら、俺はそんな事を思うのだった。
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