街で評判の美食家が、一番美味い店を教えてくれた。そこは鍋を出してくれるのだという。鍋といっても、全ての具材をごった煮にして、秩序もなにもあったものではないような料理ではない。
出汁をとり、黄金色に澄んだ汁の中に、綺麗に切られた食材が上品に並んでいる。上に飾りの三つ葉などをのせ、料亭の出すお吸い物と遜色ない。
香りと食材の味が見事に調和した本当に上品な鍋をだすのだ。
そう熱を込めて語るものだから、私も行ってみたくなった。
なにしろ彼は、美味いものがあると聞けば全国津々浦々訪れては食べにいく、筋金いりの道楽ものなのだ。
しかし、そんなに美味い店がこんなに近い場所にあるとは思わなかった。
場所を聞き出し、嬉々として店を予約しようとした。しかし、予約は受け付けていないのだという。その場にきたお客様しか受け入れない。なるほど、硬派な店だ。ならば直接店を訪れようと思って支度をしていると、彼は私を呼び止めた。
しかし一つだけ忠告があるぞ。
一体なんだ。一見さんお断りなのか。店主が面倒なのか。
いいやどちらも違う。店主は簾の奥にいて、けして顔を見せてこない。心地よい気持ちのまま帰りたいなら、それを探ろうとしてはいけないぞ。
その物言いを聞いて私はピンときた。この男は、好奇心に負けてその顔を覗き見たのだ。
開けるなと言われたら開ける。そういうところがある男だから、どうして店主は顔を隠しているのか。こんなに美味いものを出すのなら、ぜひ直接会ってお礼を言いたいなどといって、簾の向こうを覗き見たに違いない。
店主はとてもではないが、世間に顔を見せられないほど醜いのだ。きっと飯の味など忘れてしまうぞ。だから常に簾の奥に隠れて、料理だけを差し出してくる。
料理に作っている人間の顔など関係なかろうと思ったが、私よりも美食家の彼がいうのだからよほどのことなのだろう。
私は頷き、店に行ってもその顔を改めようとはしなかった。
彼がそこの店主と婚姻したことをきいたのは、しばらくあとである。
さては醜いというのは嘘で、私に横取りをされまいと思って謀ったのか。しかし妻が美しいという噂もきかず、やはりその姿を見たものは誰もいない。
胃袋に人生を掴まれているような男だったから、店に通い詰めるうちにどれほどに醜くても構わないと惚れ込んでしまったのかもしれない。
そちらの方がよほどあの男らしいと思った。
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.