望月 鏡翠
2025-01-29 14:51:57
1005文字
Public 日課
 

#1617 「トマト」「家来」「時計屋」

#毎日最低800文字のSSを書く/三題噺

 それはあらかじめ決められていた運命。あるいは、物語上の必然である。
 選ばれた物語の主人公は、魔法の世界に迷い込んで不可思議な経験をする。子供のときにだけ見える魔法は、生涯に渡って帰るべき場所の幻想と思い出を残してくれる。そんなものはない方がいい。私はそう思っている。
 幻想に逃げ場所を求めても、幸せにはなれない。人は現実で生きていくものだ。空想を見ている子供は、今や白い目で見られる。
 魔法の世界に入ったことがある者と、そうでない者の間にできた溝は埋まらない。どうしようもなく追い詰められたときに、一度魔法を見たものは魔法の力を信じて縋ってしまう。
 自力で生き抜く力が失われる。
 魔法などない方がいい。だから私は、そういうものの入り口を一つ一つ閉じてまわっている。可哀想な子供をこれ以上ふやさないためだ。
 大昔に見た童話の登場人物のような、トマトのように真っ赤な上着。子供が追いかけていってしまうかもしれない。街角の古びた時計屋。ねじ式の柱時計には物語が眠っている。赤の女王の家来に捕まってしまうかも。物語の必然のように、子供達はそういうところに引き込まれていってしまうのだ。
 しかし、今日も物語は始まらない。だからゆっくりとおやすみ。
 秘密の世界へ繋がる扉を閉める。
 子供たちは夢の世界ではなくて、現実の世界で夢を見るんだ。
 夢を一つ一つ閉ざしていく私の背中に、好奇と嫌悪の視線が突き刺さる。まだ夢を見ていたい子供が、指をさす。
 両親が慌ててそれを咎める。よくある光景だ。気持ちはわかるが、仕方がない。これは子供達のためなのだ。絶対に必要な仕事だ。
 空を飛べると信じた子供が、窓から飛び出してしまうことがないように。あるいは、ウサギを追いかけて穴に落ちてしまう子供がいないように。

 街の人が噂をする。
 ねえ、あの人何をしているの。
 〝魔法の扉〟を閉じているんだと。
 〝魔法の扉〟? いい年してそんなことをいって昼間から街を彷徨いているのかい。
 そうとも。そうやって人の庭に入り込んで穴を埋めたり、店のシャッターを勝手におろしたり、夜中に外を眺める子供を怒鳴りつけたりしているのさ。
 頭がおかしいんだ。
 仕方がない。あの人は夢を見ているんだ。
 現実を見ることができなくなってしまったから、ああしてこの世界には魔法があると信じて、夢の世界に逃げ込んでいるんだよ。