のま
2025-01-29 13:57:16
2910文字
Public CPなし
 

お題「15年後/奥武高校」

ワンドロワンライ、奥武高校・矢島がエキシビションマッチを観戦する話。ALL捏造。
(矢島は原作で一言も喋らないので、一番かっこいい矢島を紹介します。20巻196Pです。)

「へえ、カバディリーグ……エキシビションマッチ?」
 デスクトップの文字を読み上げる低い声が、昼時の静かな営業部に響き渡った。
 思わぬ声掛けに、矢島は肩をびくりと跳ねさせる。
「ちょ! いきなり読み上げるなよぉ……
 振り返ると、声の主――ふたつ年下の後輩社員がそこにいた。後輩はトレードマークである黒ぶちの眼鏡を光らせ、矢島を――正確には矢島の開いている画面を――見下ろしていた。
「職場で開いてるってことは見られてもいいってことですよね」後輩は真面目で仕事のできる男だが、どこか愛想に欠けている。「てか、なんすか、カバディリーグって」
 真正面から聞かれてしまったら、答えるしかない。矢島はしぶしぶ口を開いた。
「カバディ、俺、高校の頃やってたんだよ。どっかで話したことなかったっけ?」
「ああ、そうでしたっけ? そういえば聞いたことあるような気も……
 男は視線を迷わせ、それから矢島の胴体のあたりに目を向けた。「そうだ、矢島さんがスポーツやってたの、なんか意外だなと思った記憶あります」
 含みのある視線に、矢島は思わず抗議する。
「なんだよ、失礼だなあ」――三十を越えてから、めっきり太りやすくなった。高校の同級生との飲み会でハイボール片手にそう溢したら、「えっ、矢島は昔から、じゃねえの?」と直球を投げられたことも記憶にずいぶん新しい。――うっかり蘇った記憶に矢島は顔を顰めたが、後輩は「まあまあ」と気にも留めなかった。
「だってカバディって結構激しめのコンタクトスポーツですよね?」
 それがずいぶん知ったような口ぶりだったので、矢島はすぐに気を取り直す。
「お、そうそう。よく知ってんな!」
「妹の彼氏がやってたことあるみたいで。ちょっと動画見たことありますよ」
「へえ、今はだいぶ競技人口も増えてんだろうなあ……
 こうやってカバディに親しむ人が少しずつ増えたからこそ、日本カバディリーグも発足に至ったのかもしれない。矢島は先程まで見ていたニュースの内容を反芻する。
 ――日本カバディリーグが発足した。記念すべき第一回目のリーグ開幕は、二か月後。当日は著名人を交えたエキシビションマッチも実施する。チケットの発売は来週から。
 矢島のデスクトップには、ネオンカラーの〝EXHIBITION〟の文字が躍っている。嬉しさを噛み締めながらそれをもう一度見つめていると、後輩がふと口を開いた。
「でも矢島さん、仕事のパソコンで業務に関係ないサイト、見ていいんすか? この間、システム部門のひとにそういうのよくないって怒られましたけど」
 矢島はしばし考え込む。そして答えた。
……いや、仕事にも関係あんだよ!」
「何の?」できる男の問いは鋭い。
……午後からの俺の士気に関わる!」
 矢島が堂々と胸を張ると、後輩は「ええ、それじゃあなんでもありじゃないですか……」と呆れた顔をして、自席に戻っていった。



「俺は矢島が声かけてくれなくても来るつもりだったぞ」
 満席の会場。久しぶりに会った港は、ざわめいた客席を見渡してどこか得意げにそう呟いた。
「港は社会人になるまでカバディ続けてたしな」
 矢島を挟んだ隣でそう答えたのは、船井だった。船井は高校卒業後はカバディを続けなかったものの、大学で資格勉強に打ち込み、今ではオールバックの髪形と仕立ての良いスーツ姿がようやく年齢に追いついてきている。ふたりはぽつぽつと会話を交わす。最近どうだ。どうも何も、いつも通りだな。現状維持、一番いいことだな。それは言えてるかもしれないな。港と船井はどちらも口数が多い方ではない。凪いだ会話を聞きながら、矢島は手元のスマートフォンに目を落とす。『いま入り口通った、もうすぐ着く』――そこにはもうひとりのメンバーのメッセージが映っていた。
 どうやら試合開始までに間に合いそうだ。
 矢島は胸を撫でおろすと、ようやく口を開いた。
「だって冬居も出るんだろ、俺、ほんとびっくりした!」
 だよな、と港と船井が頷いたそのとき、会場アナウンスがアリーナに響き渡った。
 Welcome、everyone!!
 そして、あの「不倒の宵越」の電撃的な登場を皮切りに、エキシビションマッチのプレイヤー紹介が始まる。ゲストチームの中には、矢島が心待ちにしていた懐かしい後輩の姿もあった。その名前がコールされると、黄色い声が上がり紹介ムービーが流れる。ひとこと答える度に、ファンが湧く。高校のあの古びたちいさな体育館で一緒に汗を流したはずの後輩が、今こうしてスポットライトを浴び、大スクリーンに映し出され、大勢からの熱を含んだ眼差しを受けている。
 矢島は思わず感嘆の声を漏らした。
「冬居ィ! あんなに遠い存在になっちゃって!」
 それは大歓声の中の、ほんのちいさな一言だった。しかし、奇しくもまばゆい光を浴びた当人が視線をこちらへちらりと向ける。すこし驚いたような表情をしたあと、唇がゆるく弧を描き、首が少し傾げられる。矢島の胸はどきりと跳ねた。
 そのとき、「ワリ! 遅くなった」と矢島の隣の空席に一人の男が滑り込む。休日らしいラフな出で立ちながらも、鋭い目つきは昔と一つも変わらない男だった。
「橋本ォ! 冬居が、冬居と、目が合った!」
 挨拶もそこそこに、矢島は今現れたばかりの男に縋りつく。
「え! なんだよ、えっ、えっ?」橋本は目を白黒させる。
「あれ、ほら、霞だってさ」
 船井がコート上の長身の男を指さすと、橋本は「ああ、霞か!」と存外あっさりとそれを受け入れて、すぐにカメラを向けた。
「だってモデルだぞ、あいつ! 有名なんだぞ!」
 矢島は鼻息を荒くしたが、橋本は「矢島、アイドルと目があった! って言い張ってるファンみたいだな」と意にも介さない様子で、ぱしゃりと写真を撮る。「これ、山田にも送ってやろ」
「いいな、山田に送ったらヴィハーンも見るんじゃないか?」「山田と同じチームらしいしな」「ヴィハーンかあ……俺たちのこと覚えてるかな」「覚えてるって。きっと」
 口々に喋り出す面々に、矢島は「なんでお前ら、そんな冷静なんだよ!」と言うが、その声は鋭いホイッスルにかき消される。
 いよいよ試合が始まる。
 ミッドラインに並ぶプロチームとゲストチーム。
 矢島はコートを見下ろし、ひとつ身震いをした。
 あの頃よりも、コートを取り巻く歓声ははるかに大きく、会場を包む熱気はすさまじい。まばゆいほどのスポットライトを受けた選手たちは皆、同年代だ。その堂々たる姿をかつての仲間たちと並んで見つめる。十五年前には想像もできない光景が、今、目の前にあった。
 それでも試合を前に血が湧きたつような感覚は、どこか懐かしく、それでいて鮮烈で、いまも矢島の身体に確実に染みついている。
『試合、開始――!!』
 威勢の良いアナウンスと共に、ファーストレイドが始まる。観客はひときわ大きく沸き、一人の男が敵陣に足を踏み出す。
 矢島はぐっと拳を握り締めた。そして、その懐かしいシルエットの行方を追う。