望月 鏡翠
2025-01-29 13:32:00
875文字
Public 日課
 

#1616 「夏」「鍛冶屋」「椀」

#毎日最低800文字のSSを書く/三題噺

 夏の炉は地獄だ。
 命の危険を感じるほどの熱が、さして広くもない工房を満たしている。
 工房の天井の高さや広さは、安全を確保するためにある。道具を置き、槌を振り回すための場所を確保し、全てのものが十全に機能するために必要な条件を満たしている。そこには内部の人間が煮えないようにすることも含まれているとはいえ、快適さは二の次である。
 救いがあると言えば、街から離れていることだ。
 万が一、火を出してしまったとして周囲に迷惑を掛けることはないし、すぐに逃げられる。そして、仕事を終えたあと作業着を脱いで、井戸で体を洗っていたとしても誰の目も憚ることはない。
 汗を拭った布を水で洗い固く絞ったあと、これから洗うものをためておく籠に投げ込んだ。
 外だって涼しくはないのだが、工房内と比べれば涼しく思える。
 飲み物を取るために、一度家に戻った。
 キッチンをあさる。井戸水よりも上等なものがどこかに残ってはいないだろうか。戸棚を探っていると、以前に旅人が持ってきてくれたクランベリーのジュースを見つけた。どのくらいそこに置きっぱなしになっているものかわからないが、色は悪くなってはいない。腹を壊すということもないだろう。そんなに繊細な腹はしていない。
 一度冷やした方がうまそうだ。それと椀を持って外に出た。
 金目のものなど碌にない家だから、窓も扉も開け放たれている。天井から干してある保存食が風に吹かれてゆらゆらとしている。その間を潜り抜けるのは、家の主導権を食糧に握られてしまっているようだ。こうやって家主はそれらに頭を下げながら、出入りをして生活している。
 来客にだす食事に少しは彩りがあった方がいいと、日持ちのするものを用意し始めたのだが、生来の凝り性が災いして家を圧迫し真面目た。こちらはこちらで、何かの工房のようだ。
 次の仕事で大きな金が入ったら、もう一つ窓の大きい物置を立ててもいいのかもしれない。
 冬に間に合うように、夏の間に頼んでおかなくては。
 水に浸したジュースが冷えるのを待ちながら、これからのことを思案した。