けがわ。
2025-01-29 12:20:01
1978文字
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お疲れ刑事さんを癒しに来た爆弾魔くんのお話

刑爆

 今日も一日中爆弾魔の痕跡を追うので手一杯だった。
 俺の目の前に現れては頻繁に爆破事件を繰り返しているが、その目的は未だにわかっていない。
 忌々し気に舌打ちをしてネクタイの結び目に指を引っかけて外していく。
 寝室にはクローゼットの隣に姿見が置いてあり、その前には大きな隈を携えた、明らかに不健康そうな男が映っている。最後にしっかりと睡眠を取ったのはいつだったろうか? 自宅に帰っても持ち帰った仕事は山積みだし、日中は書類仕事をしている暇なんかない。せめてアイツさえ早く捕まってくれれば俺の負担も少しは減るだろうに。
 何度目かのため息を吐いてスーツをハンガーに掛けていると、不意に寝室の扉がガチャッと音を立てた。
「っ!」
 思わず反射的に扉のほうを振り返ると、黒いコートに全身を包んだ青年が勢いよく俺に飛びついてきた。
「けーいーじーさーん♡」
「っ、お前はまた性懲りもなく!」
 俺の住んでいるマンションは決して警備が緩いわけではないのだが、なぜかコイツ、もとい爆弾魔は度々俺の家に不法侵入しては入り浸る。
「あいたかったよ~♡」
「っ、離れろ!!」
 爆弾魔の肩を押して何とか剥がそうと試みるが、相変わらずのバカ力で思うように引きはがせない。爆弾魔はそんな俺に構うことなく、首筋に鼻を埋めて、スーと大きく息を吸い込んだかと思うと、あっさりと俺を解放した。
「そんなカリカリしないでよぉ~。今日は刑事さんと遊ぼうと思っていいもの持ってきたんだからさ」
……いいもの?」
 コイツがいいものというくらいだから、どうせロクなものじゃないだろう。
「ふふん、じゃーん!」
 得意げに鼻を鳴らして手を後ろにやったかと思うと、背後から大きめの枕を取り出した。
 どこにそんなもの隠してたんだ……
 自慢げに見せつけてきた大きい枕の中心には『YES』とピンクの文字で書かれている。予想はつくが裏面には『NO』とでも書いてあるのだろう。
……は?」
「あれ、刑事さん知らないの? 『YES、NO枕』っていうんだよ」
 コイツはいつも唐突に現れるし、突拍子もないことをしてくるが、今回もまた、コイツが何を考えているのかまるでわからない。
「それがなんだ」
「んふふー♡ 本当は刑事さんとエッチなことするために用意したんだけど、お疲れみたいだからそれはまた今度にしてあげるね♡」
 何を言ってるんだコイツは……
「どうでもいいが、俺の前に現れてただで帰れると思うなよ?」
「きゃー♡ 刑事さんってば積極的ー♡」
 へらへらと笑って、枕をぎゅうぎゅう抱きしめて体をくねらせる。一々癇に障る動きは俺の火に油を注ぐだけだといい加減覚えてもらいたい。まぁ、わざと俺を煽っているのだろうが、コイツの挑発に易々と乗ってやるほど俺は子供ではない。
「でもでも、お誘いは嬉しいけど、そうじゃなくて、今日は俺が刑事さんを癒しにきたの♡」
 誰のせいでこんなに俺が疲弊してると思ってんだ。
 俺の言動を都合よく解釈している爆弾魔は、ぱちぱちと片目を瞑ってしつこいくらいにウインクを飛ばしてくる。
「いい加減に——
 くだらないやりとりに痺れを切らした俺が口を開きかけた時、爆弾魔の表情にふと影が差して、枕を間に挟むように俺ごと抱きしめてきた。
「だってさ……刑事さん倒れちゃったら、オレ、嫌だもん」
…………お前」
 俺の首筋に頬を擦りつけてくるコイツがどんな表情をしているのかはわからなくて、だけど小さく呟いたと思った次の瞬間には、体を離してぱっといつもの笑顔が戻っていた。
「ってことで! 一緒に寝よ?」
……は?」
「えいっ!」
 無遠慮に俺の手を掴むとすぐ後ろにあったベッドに俺を投げ入れた。
 ボスっと音を立てて沈み込んで、文句を言うために爆弾魔を振り返った途端、口に温かさを感じた。
「っ、」
 俺の体温よりも温かくて、近すぎてボヤけるマゼンダが嬉しそうに微かに細められる。
「ん♡ 大人しく寝てくれたら今日のところは何もしないから♡」
……何が目的なんだ」
「さっきも言ったよ。刑事さんと一緒にねんねするだけだって♡ ってことで、ほら頭あげて」
 爆弾魔は強制的に俺の頭を持ち上げて、大きい枕を分け合うかたちで向かい合って寝転がる。
 それから俺を抱きしめて、背中を摩りながら上機嫌に鼻歌なんか歌い始めた。
 コイツの温かい体温と、心地良い歌声で正直眠くなってきた。なんで犯罪者と一緒に寝ているのに落ち着くんだ。油断している今が一番捕まえるチャンスだろ。
「お仕事お疲れ様、刑事さん。だいすきだよ♡」
 コイツがどんな想いでそんなことを言ったのかわからなかったけれど、眠気は疾うに限界で、俺が起きるまで逃げないように目の前の爆弾魔を強く抱きしめた。