溶けかけ。
2025-01-28 23:27:03
916文字
Public ほぼ日刊
 

解く

複雑に絡まる糸を紡ぐ紡ぎ手のヌヴィレットとそれを解く解き手のフリーナのお話。
(※解き手は造語です)


「あ、ごめん」
「こちらこそ、すまない」
 髪が何かに引っ張られる感覚にフリーナが振り向けば、ヌヴィレットのカフスボタンに彼女の淡い波のような銀糸が絡まっていた。
「すぐに外そう」
 ヌヴィレットはそう言うとカフスボタンに指をかける。
……………………
……………………
 
 いつまで経っても変わらぬ状況を見兼ねたフリーナが提案する。
……取ろうか?」
「すまないが頼んでもいいだろうか……。こういったことは不得手なのだ……
 落ち込むヌヴィレットは大きな犬のようで思わず笑みがこぼれる。
「ふふっ……いかにもそんな感じだね。少し待っていてくれたまえ」
 なみなみと注がれた水のような彼女が初めて見せた花が咲くような笑みにヌヴィレットは瞠目する。
 彼女はヌヴィレットの心情など露知らず、カフスボタンに手をかける。細い指先がカフスボタンにかかれば、たちまちのうちに絡んだ銀糸が解けていった。
「はい、おしまい」
「ありがとう、フリーナ殿」
 ヌヴィレットがぎこちなく会釈をする。慣れていないのが見て取れる動きだ。
「お礼はいらないさ。それにパズルを解き明かすみたいで少し楽しかったよ」
 フリーナはそう言うと彼の横をすり抜けて去っていく。波のように揺れる銀糸がどうしようもなく名残り惜しかった。

 ふと、違和感を感じてヌヴィレットは首を傾げる。傍らにはいつもの正装を纏ったフリーナがいた。考えて、考えて、ようやくヌヴィレットは違和感の正体に気がついた。
……髪を切ったのだな」
 風に揺られる銀糸は今では肩につくかどうかといった長さで切り揃えられ、その存在をささやかに主張していた。
「ああ、これかい? ……神という役を終えたからね。僕なりのけじめみたいなものかな」
 短くなった銀糸を指に絡めながらフリーナが笑う。
……もう交わることはないのだな」
「何のこと?」
「いや……なんでもない」
 絡まった髪を解く彼女の仕草に、時折見せる笑みに魅了されていたと気がついた。
「君の髪は綺麗だな」
 青白磁色の髪を一房掬う。仕方ないなぁ、と無邪気な笑みを浮かべる記憶の中のフリーナが今の彼女と重なった。