三崎
2025-01-28 23:17:14
11809文字
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"Chatty" Stick Revision 1.0.1

ガタケ新刊 サンプルです
機密情報漏洩阻止でこっそりチャティのデータがコピーされ、ブルートゥの元で目覚めていたら…の話の第一話。

   1.ひとりぼっちのチャティ・スティック


 俺が最後に見たものは――綺麗なオレンジ色の夕焼けと、それに負けないくらいに鮮やかに、勢いよく燃え上がる炎。
 ごうごうと燃える機体、その中にいたパイロットの生死さえわからないまま、強制停止信号によって俺は長い眠りにつき、そして――
 次に目覚めた時、俺はたった一人、静まり返ったグリッド012の奥で佇んでいた。
 主がどうなったのかも、この場所がどうなったのかも、わからないままに。

   ※※※

「はあ……何か、面白いことはないかねえ……
 RaDのAC用のガレージで、入出庫制御を担当するモヒカン頭のドーザーの男が、つまらなさそうにため息をついた。くたびれたパイプ椅子に腰掛けて、埃まみれのテーブルに置かれた灰皿に、とんとんと安煙草の灰を落とす。
 端的に言えば退屈だった。やろうと思えばRaDには何かしらの仕事があるが、年末年始を経て、クリスマスの後片付けも終わった今、急ぎの仕事はほとんどない。忙しかった頃は休みたいと思ったものだが、いざ暇な時間が与えられると途端に退屈になるのだから、難儀なものである。面白いこと、笑えることを求めるRaDのドーザーだから、余計に。
 男は短くなった煙草を灰皿に押し付け、真新しいものをベストの胸ポケットから取り出して火を付けた。備蓄していたコーラルドラッグも、クリスマスからの年末年始で大盤振る舞いしてしまったせいで、節約しなければならない。男はパイプ椅子をギシギシ鳴らしながら、たっぷりと煙を吐き出した。それくらいしかすることがないのだった。
「はあ……ん?」
 ぷかぷか煙草をふかしていると、制御盤兼通信用のコンピュータに、新着メッセージありの通知が届いた。来客を告げる通知ではなく、単純なメッセージが送られてくるのは珍しい。
 ドーザーの男は不審に思いつつ、そのメッセージを開封して――つまらなさそうな表情から一変、口元を楽しげに歪め、テキストメッセージを読み始めた。
 送り主は、独立傭兵レイヴン。一介のドーザー相手にわざわざメッセージを送ってくるとは、余程の用事か、それとも。
「ビジターさんときたら、本当に……
 こいつは面白くなってきた。メッセージを読み終えた男は、まだ長い煙草を灰皿に押し付けると、仲間のドーザーたちに相談すべく、ガレージから飛び出していった。


 数日後。独立傭兵レイヴンこと621とチャティは、グリッド012、かつてのオーネスト・ブルートゥの根城へと向かっていた。
「全く……わざわざこんな雑用なんてしなくても良かったんだぞ」
「でも……このところ、お世話に、なってばっかり、だし……
「やれやれ……
 呆れた様子だが、ACに乗っての二人きりのミッションは、チャティにとってもまんざらではないらしい。グリッド012に残された〝使えそうなもの〟を拾って帰って来て欲しい、という危険の少ないミッションとなれば、ほとんどデートに近いものがあるからだ。
 グリッド086を見て回るのも楽しいし、二人きりで部屋で過ごすのも素敵だが、たまにはピクニックだって悪くない。
 二人は自動操縦の輸送機に乗り込むと、広大なアーレア海を越え、グリッド012へと降り立った。


 621からドーザーの男へ送られたメッセージには、こう綴られていた。
 パーティに招待してもらったり、クリスマスの時にもてなしてもらったり、去年はたくさん世話になった。何かお礼がしたいけれど、ドーザーのみんなが喜びそうなことはわからない。何か出来ることはないか教えて欲しい……、と。
 ドーザーの男も、そんな律儀な申し出が届くとは思っておらず、正直なところ、申し訳なさもあった。普段からチャティとの恋路を覗き見して楽しませてもらっているのだから、パーティのゲストやクリスマスの演出はこちらからの普段のお礼に近いものがあったからだ。
 お礼のお礼をいただくのは忍びない……と思いつつ、ドーザーとしては、こんな面白い申し出を断るのはつまらない。そして仲間たちに相談した末、一つのミッションを依頼することにしたのである。たまには水入らずでデートして来い、という思いを込めて。
 ……そんな中、ただ一人、オーネスト・ブルートゥだけが、楽しいだけの暢気なデートにはならないだろうことを知っていた。


「グリッド、012……ひさし、ぶりだ」
「そうだな。足元に気をつけろ」
「ああ……
 グリッド012は広く、崩れかけた足場が多い。二人は慎重に移動しながら、内部に侵入していった。
「あ、あれは……?」
「ん? あれは……電子回路も含まれているが、断線箇所が多い。他を当たろう」
「そうか……残念だな」
「あっちの方を見てみよう。襲撃した時にはあまり立ち寄らなかった場所なら、無事な部品も多いはずだ」
 素直過ぎるきらいのある621は、ドーザーたちからの依頼を真に受け、出来るだけ有用そうな資源を回収しようと意気込んでいた。〝再利用と発展〟はRaDのモットーでもあるから、彼らにとって大きな意義のあるミッションだと思っているのだ。ピクニックにしては堅苦しいが、それはそれで楽しくもある。二人はグリッドの下層を目指して進むことにした。
 オーバードレールキャノンが回収されてから、長い時間が経っている。ブルートゥの襲撃に来た際に防衛設備のほとんどは621が破壊しており、後から来たRaDのメンバーによって不穏な仕掛けの数々も解体された。だから、人っ子一人おらず、動作している機械もないはず――だったのだが。
……おかしい。誰も訪れていないはずなのに……
 修理する〝誰か〟がいなければ、壊れた設備が復旧するはずもない。だというのに、下層に降りた二人の目の前には、いくつもの防衛ドローンやタレットが浮かんでいた。
「誰かが、占拠……したのか?」
「理由がない。こんな場所を根城にしたがるのは、余程の変わり者くらいだ」
 例えば、オーネスト・ブルートゥのような。そう告げようとしたチャティの声を、広域音声が遮った。
『ようこそ、ビジター! こんな僻地まで来るとは、余程の物好きのようだな!』
「この声……!」
……
『ん……? お前たち、RaDの……そうか。ならば歓迎しよう。話したいこともあるからな』
「ま、待って……! きみ、は……
 621の呼びかけも虚しく、音声はぷつりと途絶え、周囲に響くのはドローンやタレットの駆動音のみ。会いに来い、ということらしい。
「チャティ……今のは……
……俺にもわからない。ボスは俺のコピーやバックアップは作っていないと言っていた」
 しかし、さっき聞こえた声は間違いなくチャティと同じ声だった。621の隣にいる本人のものよりは、少しばかり陽気な雰囲気ではあったが、聞き間違えるはずはない。罠かどうかもわからないが、真相を確かめるには先に進むしかなさそうだ。
……行こう。このまま……放っては、おけない」
「そうだな。まったく、とんだミッションになりそうだ……
 二人は周囲を一層警戒しながら、グリッド012の奥へと侵入した。

   ※※※

 誰もいなくなったグリッド012で目覚めた時、俺の中に明確に生じたものは〝寂しい〟という感覚だった。今まで忙しなく話しかけてくれていた主の姿はなく、一人ぼっち。
 することもなく、誰も訪れないグリッド012は退屈だった。スリープモードで眠り続けても良かったが、俺に組み込まれた〝性格〟は、何かしらをしていなければ落ち着かず、僅かに生き残った設備を動かして、荒れ果てたグリッドを掃除することにした。掃除が終わった後は、壊れた設備の修復を。そうしてグリッドがほとんど元通りになると、いよいよ手持ち無沙汰になり、暇にかまけて自分のACを組み上げることにした。幸いなことに、主は奥まった場所にガレージを作っていたから、主が保持していたACのパーツは誰にも回収されずに残っていた。
 主の屈折した趣味のおかげで、RaD製のパーツは豊富にあった。ルビコン内企業のパーツもいくつか。それらを組み合わせたACに、好きなように色をつけた。
 自分の中にある記録を元に作ったそれは、どこかにいるはずの俺の〝オリジナル〟が乗るものと同じ姿をしているに違いない。だから、乗る予定も、誰かに見つかる予定もないACに、バーレスク、と名前をつけた。
 もし誰かが――叶うなら、本物の〝チャティ・スティック〟に最初に見つかれば良い。そう願って。

   ※※※

「この、先に……ブルートゥが、いた……
……奴がいるのも、おそらくそこだろうな」
 下層の開けた場所に出ると、待ち受ける誰かの〝歓迎〟はどんどん過激になっていった。
 襲撃した時に壊したはずのトイボックスも見事に修復され、少しばかり改造を施されたそれらは、傾いた足場を縦横無尽に動き回り、二人を大いに驚かせた。もちろん、熟練した二体のAC乗りには敵わなかったが。
 一斉に襲ってきた五体のトイボックスを片付けてすぐ、再び広域音声が鳴り響いた。
『流石、トイボックスでは相手にならないか』
「! き、きみは……誰、なんだ?」
……それは、お前の隣にいる奴なら、おおよそ見当がついているんじゃないか?』
 621の呼びかけに、声の主が言う。しかし。
「チャティ……
……
 621が声をかけても、チャティは答えなかった。
『だんまりか。まあいい。会えばわかることだ。奥で待っているぞ、ビジターに……〝チャティ・スティック〟』
……
 広域音声は切れて、再び辺りは静かになった。音声の主が呼ぶチャティの名は、どことなく意味ありげで、複雑な感情が含まれているように621には思えた。
「チャティ……あの、この先に、いるのは……
「やはり、奪われていた……ということか。ブルートゥの奴、やってくれたな」
「どういう……ことだ?」
 621が尋ねると、チャティは小さくため息をついて話し始めた。
「お前が初めてグリッド086にやって来た時のことを覚えているか?」
「う……うん」
 チャティの質問に、621は少しばかり気まずい思いで返事をした。
 ウォルターに休めと言われていたのを無視して、知り合ったばかりのエアと共に、海越えの手段を探してグリッド086を襲った時のことだ。随分前の話なのに、未だにドーザーたちと顔を合わせると話題になる。いきなりやって来て大暴れした挙げ句、ラミーを倒し、景気よくスマートクリーナーを破壊して――それで死人が出なかったおかげで、ドーザーたちにとっても楽しいパーティの思い出になってしまったらしい。
……その時の俺は、メンテナンスのためにRaDのコンピュータの中で動作を停止していた。お前も俺と話した記憶はないだろう」
「そういえば、そう、だな……
「お前が悪い訳ではないが……タイミングが悪かったんだ。その時は」
「?」
 今ひとつわかっていない様子で621は首をかしげた。機体ごしではその様子は見えないが、長い付き合いで、チャティにはその様子が容易に想像出来た。
「お前の襲撃でRaDのネットワークは物理的にダメージを受けていた。防衛戦力も削がれ、しかもシステム担当の俺が寝ている時に、コヨーテスどもが攻撃を仕掛けてきた……となれば、〝笑えない〟状況なのは理解出来るだろう」
「確かに……
「そこに、うちのコンピュータへのハッキング。狙われていたのは〝俺〟そのものだった、という訳だ。ボスはその時の詳細なログは俺に見せてくれなかったが……コピーされようとしていた本人には秘密にしておきたかったんだろう」
「でも、あの時は……
「ボスのカウンターハックで、向こうのサーバーは壊滅……という顛末は聞いている。しかし、コピーされたデータのいくらかは、カウンターを喰らう前にネットワークから遮断されていたんだろう。ブルートゥが首謀者なら、その程度はやってのけるはずだ」
……
「どの程度向こうに渡ったかはわからないが……七割ほど手元にあれば、動作するAIを組み上げることくらい、あいつなら可能なはずだ」
「話、難しい、けど……つまり……あれは、きみのコピー、というよりは……
「俺のコピーを元に作られたAI……というのが、俺の仮説だ」
……
 621は勿論、チャティがAIだということを知っている。知っているが、他の知り合いと変わらない〝個人〟として認識している。AIだから出来ること、出来ないことがあるだけだ。人型の体にインストールされれば人のように動けるし、ACだって動かせる。だから、AIであることを意識することはあまりない。容易にコピーを取られ、改造されてしまうこともあるなんて、そんなこと、考えもつかなかった。
「きみは……その……平気、じゃない……よな」
 その心境を想像するのは、621には難しい。でも、自分とそっくりの姿をした人間がいきなり目の前に現れたら、少し怖くなると思う。いつも冷静なチャティなら怖くはないかも知れないが、嫌だとか、悲しいとか、何かしら思うところはあるだろう。621の質問に、チャティは少し考え込んでから、口を開いた。
……正直、わからない。俺のコピーを取ったこと自体には腹が立つが……それは、ブルートゥに対しての話だ。そいつ自身に対しては……そうだな。まずは、知りたいと思う。何を考えて、何をしたいと思っているのか」
 わからない、というチャティの返答に、621は少し驚いた。もっと知りたいという回答も意外に思える。しかし考えてみれば、チャティには本当の意味での〝同類〟はいない。チャティほど豊かで自立した人格を持つAIなど滅多にないからだ。そんな相手と出会えたことに、チャティも何かしらの期待を感じているのかも知れない……
「とはいえ……敵対するなら、容赦しない。俺も死にたくはないからな」
……そう、か」
 向こうがどんな手を打ってくるかはわからないが、もしACか、それに準ずる兵器でもって攻撃して来るのなら、戦闘は避けられないだろう。
「だが、もし……少し、俺たちと〝遊びたい〟だけなら……相手をして、連れ帰ろう。お前もそれで良いか?」
……! ああ。そうしよう」
 チャティが望むなら、出来る限りそれを叶えたい。戦闘になったとしても、なんとか対話して、互いを知ることができれば、あるいは――
 そんな甘いことを考えながら、二人はグリッド012の最下層、かつて、レールキャノンとブルートゥが待ち受けていた区画へと降下していった。


 かつてブルートゥが〝サプライズ〟を仕掛けてきた場所に到着した二人は、周囲を警戒しながら少しずつ前進した。今はレールキャノンはなく、隠れるような場所は見当たらない。二人のスキャナーにもACのような大型機体の反応はなかった。
『長いお喋りだったな? 待ちくたびれたぞ』
……!」
「トイボックス……! まだいたか」
 広域音声と共にスキャン範囲外の天井から下りてきたのは、六基のトイボックス。この数に動き回られたら厄介だ。二人は銃器を構え、応戦しようと狙いを定めた。二人の周囲を取り囲むような陣形を取られては、複数体をまとめてバズーカで蹴散らすような真似は出来ない。
「背後は頼むぞ、ビジター」
「ああ、わかっ、た」
 おそらく、トイボックスだけで終わりではない。二人はそれぞれの正面に落ちてきたトイボックスに向けてバズーカとグレネードを放った。本格的に起動する前に破壊出来たのは二基だけ。残りのうち一基は爆風に煽られ動きを止めている。他三基はこちらにガトリングを構え、発射体勢に入っている。見えたのはそこまでだった。爆煙で視界が遮られ、二人は一旦、上空へと飛び上がった。それとほとんど同時に、トイボックスから放たれた銃弾と、もうもうと上がる煙の隙間から、重量感のある大型MTが姿を現した。
「今度は四脚MTか……!」
「こいつは、わたしが、やる……! きみは、残りを……!」
「了解した」
 621が四脚MTの側面に回り込んで惹きつけている隙に、チャティは残りのトイボックスの位置を確認していく。三基のうち、二基の距離は近い。右腕のグレネードならまとめて破壊出来る。もう一基は左腕のリロードを待たねばならない。チャティはグレネードを放ち、二基の破壊を確認した後、爆煙に隠れてしまったもう一基の動きを把握しようとスキャナーを起動し、そして――トイボックスでも、四脚MTでもない反応を検知した。ACだ。
――‼」
 迎え撃つにしても、トイボックスがいては厄介だ。スキャナーの反応を頼りに、チャティはリロードを終えたグレネードを放つ。ACの反応はすぐ側まで迫っていた。広域音声が辺りに響く。チャティと同じ、あの声だ。
『はじめまして、だな、チャティ・スティック。初めて出会う〝誰か〟が俺の〝オリジナル〟とは……俺はよほど運が良いらしい』
「くっ……お前は……!」
 トイボックスを蹴散らした後の爆風の奥、炎を撒き散らしながらブースターをふかして躍り出たのは、オレンジ色のAC。その機体構成は――
「サーカス……⁈ いや、しかし……
『さあ、俺と遊んでくれ。ずっと一人で寂しかったからな……!』
 両腕にはチェーンソーと火炎放射器、背にはミサイルとバズーカ。武装はこのグリッドの主と同じもの。しかし、機体そのものはACサーカスと全く同じ構成だ。ただ、オレンジと空色に塗られたそれは、見慣れたチャティの機体とはまるで違って見える。
「くっ……懐に入られては……!」
 近接兵装を持たないチャティでは、応戦するのは難しい。四脚MTを片付けた621の援護を期待して、逃げ回った方が賢い選択だろうか。だが、向こうには遠距離攻撃を仕掛ける手段もある。何より、逃げ回ったことで標的が621に変わってしまう方が危険だ。いくら621でも、四脚MTとACを同時に相手取るのは骨が折れる。
『どうした? 逃げても良いぞ。鬼ごっことやらもしてみたかった。一人では出来ない遊びだからな』
 相手は炎を撒き散らしながらチャティを煽る。そいつの言うことを真に受けても良いものか。追いかけてきてくれるならそれもいい。だが、本当にそうしてくれるかもわからないのでは、それは最善な策とは言えない。ならば――
『? どこを狙って……
 チャティが放ったクラスターミサイルが向かった先は、チェーンソーを構えた相手ではなく、その背後。621が相手をしていた四脚MTは、雨あられのように降り注ぐミサイルを浴び、体勢を崩した。
『ははっ、狙いはそっちか……! 二人での連携、それも一人では出来ない。羨ましいな』
 相手はそう言って笑うと、チャティに向けてチェーンソーを構えた。近距離で炎を浴び続け、チャティも体勢を崩している。今チェーンソーの一撃を喰らうのはまずい。
「チャティ! ごめん!」
『なにっ⁈』
――ぐっ‼」
 四脚MTにとどめを刺す前に、621はチェーンソーを構えた相手に向けてグレネードを放った。チェーンソーで切りつけられるよりはマシだが、その爆発はチャティにも少なからずダメージを与えるほどの威力がある。だが、グレネードの直撃で体勢を崩した相手から距離を取る程度の時間は稼げた。
 621は四脚MTにパイルバンカーを打ち込んで沈黙させると、相手が体勢を整える前に急接近し、オレンジ色のACに伸し掛かった。621の四脚で上から抑えつけられ、少し離れた位置では、チャティがバズーカとグレネードを構えて狙いをつけている。
 邪魔なMTたちは破壊され、動けなくはないが、少しでも不穏な動きを見せれば容易に破壊されてしまう状況にある。となれば――勝敗はついたも同然だった。
『負けたのか、俺は……
「ああ、そうだ。まだやるか?」
……いや。死にたい訳じゃないからな。……お前たちは、俺をどうするつもりだ?』
 相手はそう二人に尋ねた。壊そうと思えばすぐにでも出来るはずで、だが、二人はそうする素振りもない。チャティは構えていた武器を下ろし、口を開いた。
……話がしたい。お前が何者で、どうしたいのか、教えてくれ」
『それだけか?』
「あとは、話の内容次第だ」
『やれやれ、俺の〝オリジナル〟は随分と甘ちゃんらしいな』
「なんとでも言え。お前の正体は見当がついているが、まずは答え合わせをしたい」
 自分のコピーに、ブルートゥが手を加えたもの。チャティの予想はそれだった。大きくズレてはいないはずだが、真実は本人の口から聞いてみるまでわからない。
『ふむ……なるほどな。それもそうか。俺はチャティ・スティック。お前のマスターデータを基に、オーネスト・ブルートゥを主として目覚めさせられたAIだ』
……なるほど。あいつが奪ったのは、そこだけか」
『ああ。お前を丸ごととはいかなかったらしい』
 チャティが起動を開始してから三年余り。目覚めてからの間に経験したことや学んだことで、少しずつ自身を構成するプログラムを変更――人で言えば〝成長〟――させてきた。奪われたデータは、チャティが目覚め、成長し始める前の、赤ん坊のような状態のもの。だとすれば。
……ということは、お前は」
『言うなれば、お前の生き別れの双子……みたいなものだな』
……えっと……?」
『独立傭兵レイヴン……話についてきていないようだが』
「ああ……ビジター、後で説明してやる。安心しろ」
「わ、わかった」
 二人の会話はスムーズ過ぎて、621に理解するのは難しい。とりあえず、もう敵意はないということだけはわかった。であれば、後は、この先の話だ。
「では、本題だ。お前はどうしたい?」
……
 選べる選択肢は多くない。チャティと621は黙って相手の返事を待った。ここに留まるか、それとも。相手は小さくため息をつき、とつとつと自身の〝選択〟を口にした。
『一人でいるのは……寂しい。お前たちさえ良ければ、連れ帰って欲しい』
 元のプログラムに手を加えられていないのなら、きっとそう答えてくれるはずだと、そうチャティには確信があった。対話型の、高度な処理能力を持つAI。それがたった一人で過ごすのは、あまりにも孤独なことだと想像が出来ていたからだ。
……わかった。ビジター、そいつを離してやれ」
「ああ」
 621のACがふわりと浮かび上がるのに続いて、相手のACも体勢を整えた。同じ構成をした色違いのACが二体並んでいるのを見ると、621は不思議な感覚になった。生き別れの双子というのは、621にとって難しい概念だ。他人のように育った、同じいきもの。それと出会うのは、一体どんな気持ちになるのだろう……
 621がそう考えているうちに、二人はどんどん話を進めていく。
『ついでで悪いが、この機体も連れて行ってくれると助かる。せっかく苦労して組み上げたんでな』
「それは構わない。俺たちのミッションは、ここから使えそうな物資を持ち帰ること。大荷物を運ぶための輸送用カーゴで来ているからな」
『それはありがたい。では……
 相手が乗っていたACがくりと動作を止めると、続いてコアの前部に設置された扉が開いた。そして、扉の奥から出てきたのは――
……!」
「これは……驚いたな」
 621とチャティ、それぞれが機体のカメラごしに見たのは、人――の形をした、誰か。
 彼はACを組み上げただけではなく、自身の体まで作り出していたらしい。
『ACに乗ったままでは不安かと思ってな。どちらかのコックピットに乗せてもらえるか?』
……俺が乗せよう。構造は同じだからな」
『そう言ってくれると思った。では、お言葉に甘えるとしよう』
 チャティは腕に持っていたバズーカをパージすると、彼に向けて手を伸ばした。手のひらに乗った彼を落とさないように、慎重に胸元へ腕を引き寄せていく。チャティもまたコアパーツの扉を開けた。冷たいグリッド012の空気が人工皮膚の頬を撫でる。夕暮れの日が差し込む中、彼の姿が近づいてきた。
 夕暮れに溶けていきそうな、鮮やかなオレンジ色の髪。ジャンカー・コヨーテスの作業着を着たそいつが、サーカスの大きな小指を蹴って、内部に飛び込んできた。
「はじめまして。俺のこの姿を直接見たのは、あんたが初めてだ、〝チャティ〟。ずっと誰かに見せたかった。感想を聞かせてくれ」
「お前も〝チャティ〟だろうが……。感想は後だ。扉を閉めるぞ。もっと奥に来い」
 チャティは呆れたように呟いて、彼を奥へと招き入れる。薄々感づいていたが、どうやら、こいつは随分とお喋りらしい。もう一人のチャティを乗せ、ACサーカスのコックピットの扉は閉じられた。
……ふたりとも、チャティ……。これから、どう、呼べば、良いんだ……?」
 そのすぐ側で621がぽつりと呟いていたのを聞いた二人は、コックピットの中で顔を見合わせ、やれやれと苦笑した。

   ※※※

 ACという外で動ける体が出来ると、俺にはやれることが少しだけ増えた。定点カメラごしに見る光景とは違う、近づいたり離れたりすると変化する視界は面白かった。
 朝方、ACに自身をインストールしてグリッド012を見て回り、遠隔操作では片付け切れなかった場所を片付けたり、監視カメラが壊れてしまったところや、放置されていた場所を手入れしたりした。夕方になるとガレージに戻って、大型コンピュータへと移動する。その後は、その日の出来事を整理して、追加で必要になりそうな物資を夜通し作ったりもした。
 そうしてしばらく過ごすうち、ACではない目線でも動いてみたくなった。ACはどうしても大きいから、細かい部分の修繕は難しいこともある。ガラクタには不足のない場所だったし、アンドロイド用のパーツもいくつか残っていたから、人型の体を作る部品は十分あった。それを組み上げ、不格好ながらも二足歩行が出来る体を作り終えると、一つ問題が浮上した。顔だ。
 人には様々な顔がある。内面的にも外面的にも。それだけ重要なパーツなのだから、丁寧に作り上げるべきだと考えた。しかし、顔を作るのは、グリッド中を片付けるよりもずっと大変なことだった。美醜の概念さえわからなかったから、まずはなるべく多くの教材を集めようと考えた。
 主の顔は好きでも嫌いでもなかったが、参考にはなる。俺が対話したことのある人間は主しかいなかったから、まずはそれが基準になった。後は、壊れかけたデータベースに保存されていた幾人かのポートレート。それは主がどこかから拾ってきたどこの誰とも知れない有象無象の群衆だったり、執心だった女性のものだったりした。ポートレートから始まり、美術資料、情報ログ、そんな、様々な顔の数々を眺めていると、ジャンカー・コヨーテスの写真つき名簿が見つかった。グリッド012はほとんど主の別荘のような状態だったから、俺自身はコヨーテスのメンバーと接する機会は無かった。しかし、自身が所属している組織のメンバーの顔がわかれば、自身がどんな顔をしているのが適しているのかの指標にはなる。同じ組織のメンバーは同じ意匠のものを身に着けたり、化粧をしたりして、アイデンティティを共有するものだというから、俺もそれに倣うことにした。コヨーテスのメンバーは、誰もが派手な髪色に染め、あちこちにタトゥーを入れたり、ピアスを開けたりしている。
 色鮮やかな髪の色は俺から見ても好ましい。しかし、長い髪は邪魔になりそうだ。短く刈り揃えた髪を鮮やかなオレンジ色に染めることにする。瞳は抜けるような空色に。幸いなことに、痛覚を感じる装置が搭載された顔面パーツはストックされていない。眉に入れたピアスが一番……そう、イカしていると思ったから、それを真似ることにした。
 誰かに見せるでもないのに、くだらない。こんなの、意味のないことだ。
 そう思っても、暇なのだから仕方ない。時間をかけて人間らしい体を作り上げてから、俺は人型の体を動かす練習をしがてら、グリッド012の細かな掃除や整備、残されたログの整理をして過ごした。
 ACや修理したカーゴを使ってグリッド012の外に出ても良かったが、なんとなく、そういう気にはならなかった。主に命じられれば素直にそうしていただろうに、一人きり、突然の自由を与えられてみれば、案外窮屈にしか生きられないらしい。


 だから、誰かに手を引かれてこの狭いグリッドの外に出る――それは、月並みな言い方かも知れないが、期待と不安の入り混じる、未知の体験だった。
 俺を導いてくれたのが俺の〝オリジナル〟であったことが、どれほどありがたく心強いことだったか、俺は生涯忘れることはないだろう。
 ……当の本人には、伝えるつもりは無かったが。


続きは本編でお楽しみください。