椿
2025-01-28 10:24:51
3594文字
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瀬轟・和風ファンタジー

青年の姿にキツネの耳と尻尾が生えた神使・範太×領主三男・焦凍。
自分用に書いて倉庫にしまいこんでた和風ファンタジーのあらすじ。

お家騒動に巻き込まれ、大きな火傷を負った轟家の三男・焦凍(10)。領地視察を兼ねた鷹狩りの際、家来たちとはぐれて沢に転落する。
「泣いてるね、どっか痛いの? あららケガしちゃったかあ」
足をくじいて歩けなくなって泣いていたところ、瀬呂範太と名乗る青年に出会う。
泣き顔を指摘されグッとこらえる焦凍に範太は笑顔で頭を撫でる。
「辛かったら泣いても良いんだよ。じゃあちょっとしつれいして、よっこいしょ」
涙を我慢しろと誰もが言うし、自分もそうあるべきだと思っていた。泣いても良いと言われたのは記憶の中では初めてだった。慰められ抱きかかえられ焦凍はとてつもない安心感を覚えた。範太はまるで焦凍を抱えていないかのように身軽に沢を登り始めた。
そして森の入り口まで運んでくれる。礼をしたいと申し出ると
「いなり寿司食べたいな。ここの山のてっぺんに赤い鳥居があるからそこをくぐってお供えしてね」
と言われ、その後痛みのあまり気を失う。意識が無くなる直前、その青年に耳と尻尾が揺れるのを見た。ふと目を覚ますと既に陽が沈みかけている。森の入り口付近で家来たちが焦凍を探している悲壮な声が聞こえる。無事生還。
焦凍の遭難の責により自害の命を受ける焦凍の家来たち。その処分は焦凍の「では私も共に参ります」と父である領主に懇願により未然に阻止した。その件で「名君の器あり」と焦凍を担ぎ上げる気運が高まり益々後継争いは悪化した。

すっかり嫌気が差した焦凍は、日々助けてもらった青年を強く思うようになる。
足が早く治れば良いのにと気持ちが急いた。
ある日、自分が食べると偽って御台所で作ってもらったいなり寿司を携えお供えに行くためこっそり城を抜け出した。供を連れなかったのは、また責を負うものを増やしたくないからと、ひとりで行かねばならぬと何故か強く思ったからである。
森の入り口で「山のてっぺんにお供えに行きたい!」と念じると、不思議なことに道が開け、鳥や虫たちが案内してくれた。
古びた、でも立派な赤い鳥居をくぐる時に少し目眩がした。霧に包まれた頂上で、包みごとお供えすると甲高い鳴き声がひとつ。小さなお社に、耳と尻尾の生えた青年が笑顔で立っていた。
「約束守ってくれてありがと。久しく空きっ腹だったから嬉しいな」
青年の正体を訊ねればあっさり明かしてくれた。この領地を鎮守する神のお遣いらしい。範太に土地神様しか知り得ない歴史を聞いた。轟家は新興勢力で、元々の勢力であった旧領主の氷叢家の娘を娶ったため、土地の歴史には明るくない背景があった。轟家がこの土地を治めて以降、お詣りするものが激減したらしい。焦凍はこれを機に頻繁に城を抜け出し範太に会いに行くようになる。また、領主一族の勤めとしていなり寿司をたくさん捧げた。美味しそうにいなり寿司を食べる範太を眺めるのは焦凍の楽しみになった。そうして範太に助けてもらった恩義もあって懐くのは早かった。また、範太も焦凍をよく可愛がった。更には城を抜け出しやすいような神様のご配慮もあり、ふたりはあっという間に仲良くなっていく。

「神使殿」
……それさあ、そろそろやめない? 固いんだよなー」
「では……瀬呂殿」
「まだ固いし、殿はいらないよ」
「そういうわけには参りません」
「領民同士のようにさ、気軽に呼べば良いよ。こんな感じで」
里や村、城下町の庶民の様子を水鏡に映して見せてくれる。砕けた呼び名や気安さが焦凍にも魅力的に見えた。
範太の希望通り、呼び名は「範太兄」「焦凍くん」となった。
呼んでいると不思議なモノで、縁の薄い兄たちより、範太は焦凍にとって兄らしく思えた。範太への淡い想いがその頃芽生えるが、焦凍にはその気持ちが何かはまだわからなかった。
焦凍が16になった頃、お家騒動が激化した。まだ死人こそ出ないものの、いつか大変な争いになるだろう。縁談も持ち上がる。心底うんざりした焦凍は範太に相談する。領主となってこの土地を守りたいが争いは好まない。どうしたらいいか、との悩みに範太は目を細くして三日月のような口で笑う。初めて見る笑いだった。
「ねえ、焦凍くん。俺のお嫁さんになる?」
……お嫁さん?」
「そう、俺のお嫁さんになったらいいよ」
「俺は男だから嫁にはなれねえぞ?」
「んーとじゃあ、この言い方情緒がなくてあんま好きじゃないんだけど、ツガイになろっか?」
……ツガイ」
「そ。俺たちみたいな存在は性別関係無いからさ。焦凍くんにわかりやすく、ツガイ。でもお嫁さんとかお婿さんの方が可愛げあっていいでしょ?」
「俺がこの土地を守ることと範太兄の嫁とやらになることに繋がりはあるのか」
「うん。この方法だと焦凍くんは人間やめることになるけど」
神使の見初めた人間は、ツガイになることによって、同じく神使として生まれ変わる。神に仕えるため人ならざるモノへと変貌する。
神使となれば土地を守る立場になる。
範太とも生涯、永い刻を過ごすのだ。
「俺のお嫁さんになりなよ。ずっと大事にするからさ」

ある晩、領主三男焦凍が忽然と姿を消した。まるで神隠しに遭ったかのように。そして嵐が領地を襲った。川は溢れ、山が崩れ、木々が飛ぶ。ひどい嵐は三日三晩続いたが、不幸中の幸い。死人は誰も出なかった。そして焦凍の行方の手がかりはなにひとつ出てこなかった。
次第に、神の怒りを鎮めるため湖に飛び込んで生け贄になったのだと言うものや、あまりに不憫で美しいため神がおかくしあそばされたのだと、領地のどこからともなく話が広がった。
湖の畔には大層立派な石碑が建てられ祀られるようになった。そうして後継争いは空中分解し、領内は平らかとなった。

「ごめんね、初めてなのにやり過ぎちゃったね」
焦凍の紅白の髪から生え立ての小さなキツネの耳がぴょこぴょことせわしなく動いている。
「ちっちゃな耳、可愛いなあ」
耳の産毛に柔らかく口付けをし、丸い小さな尻尾を撫でる範太の手つきは謝罪の言葉とは裏腹に、まだまだこれからだと伝えられるようで、さすがの焦凍も困り果てた。
神使になるための儀式は三日三晩続いた。人ならざるモノへと変化させるには心身すべてを交合わせ、ひとつとなる行為が必要なのだ。範太が焦凍を「嫁にする」儀式は閨で行われ、その「勢いと激しさ」が領内の嵐と連動するのを知ったのはしばらくあとだった。
「も、もう嫁になる儀式は終わったんだろ」
「うん、大変だったね、お疲れ様。こっからはツガイの愛の時間だよ」
三日三晩の儀式でも、激しさはあったものの手荒なまねはされなかった。愛の時間と言ったのは物の喩えだと思ったが、宣言通り優しく丁寧にすべてを愛された。焦凍はただただ範太に翻弄されるばかりだった。
「こんなことばっかしていいのか」
「うん? そりゃもちろん」
神使のツガイが出来るのは神にとっても大変喜ばしくめでたい出来事で、仲良くするのを推奨するし、人間で言うところの「子を成す」行為は土地を富ませる。神使がツガイと愛情深く過ごせば過ごすほど森は緑深く、土は豊かに、木々の実は豊作で美しい水が流れる。そこで住む人々に愛を授けることが出来る。
キツネと人間の営みの行為が混ざったような睦み合いは冬中行われた。
その甲斐あってか、初春、焦凍に立派な耳が生え、毛並みの美しいふさふさの紅白の尻尾が出来上がる。
ようやく焦凍は儀式のお社から出られた。とは言っても、まったく足腰が立たないので範太に優しく抱きかかえられてはいたが。
久しぶりの外の空気はまだ冷たかった。陽の光が眩しく目を閉じる。
「ほら、焦凍くん、目開けてごらん」
 範太に促されておそるおそる目を開く。眼下に広がる景色に息を飲む。
「すげえ……
「うん、久しぶりに俺も見た」
 山あいが薄紅に染まっており木々に花が咲き乱れている。何年もの間、記憶の中で殺風景だった山里にきらめくような春が来ていた。
「今年はきっと豊作だよ」
だって俺らがいっぱい愛し合うからね。
その囁きに薄紅の花より赤くした焦凍の頬に範太が口付けをする。鳥たちが囀り合う声がはっきりと聞こえる。
『お盛んだね』
『木々の実も今年はきっと甘いよ』
『ずっと酸っぱくって食べられたもんじゃなかったからね』
『大きくて甘いね、楽しみだ』
 風に揺られた草や花もくすくす笑っているようだった。
 動物や植物にまで冷やかしまがいの言祝ぎを受け、恥ずかしさのあまり焦凍は範太の胸に顔を埋めた。生え立ての焦凍の耳に口付けをし、範太は社へと踵を返す。
「期待に応えなくちゃね」

そうして焦凍は、神使として永く神に仕えた。代替わりする轟家を見守り、土地を富ませ、範太と愛情深く永い刻を幸せに暮らした。

めでたしめでたし。