めめた
2023-03-08 18:40:56
2558文字
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りゅぱん

はっぴ〜


 仲睦まじい恋人同士はキスという行為をするのだ。と、リュールが知ったのは、読書好きの仲間からとある物語の本を借りたのが切っ掛けだった。
 物語の中では、互いを思いやり、嫌だと言われたときは行為をせず、気持ちが同じになったときに唇を触れ合わせていた。
 この本を『親密なパートナーとのやり取りを知りたい』と言って借りはしたが、あくまで一例であることを念押しされたのだ。
 とはいえ、仲間であり友人では無く、伴侶である相手に、特別なことをしてあげたい、と思って何をすれば良いのか分からなかったリュールは、仕入れたばかりの知識に頼るしかなかった。
「パンドロの唇と、私の唇を触れ合わせたいのですが、かまいませんか?」
「うぇ!?」
 吊りがちな目を丸く見開いてから、長いまつ毛をしばたかせる。回答が無いことに首を傾げたリュールは、上手く意味が伝わらなかったかと思い、もう一度口を開く。
「えっとパンドロと、私の唇で、つまりはキスをしたいのですが」
「あっ! はい!! 聞き間違いじゃなかった……!」
 弾かれたように返事をしたパンドロの、ようやく動いた唇に自然と目が行った。落ち着いた声で愛を囁いてくれて、浮ついた声で盛り上げる唇の感触は、いったいどのようなものなのか。
「勿論、断る理由などありません……少々お待ちを」
 頬を、耳を赤く染めたパンドロは言うと、少し長い深呼吸をして、自らの両頬を軽く叩いた。
「お願いします!」
「初めてなので、不手際があっても笑わないでくださいね」
 頬に手を添えて、指先が耳に触れる。リュールの言葉に頷こうとしたのを感じたが、他でもないその手がそれを引き止めた。
 パンドロも、身を任せるばかりではなく、リュールと同じように頬に手のひらを添えた。
 二人の距離は同じ速度でゆっくりと詰められて、近すぎて焦点が合わなくなっても、互いに目は閉じずにいた。否、タイミングが分からないのだ。
 そうして、いつ触れるのかと息を止めながら近付いて、鼻先が触れ合ったところで、緊張の糸が緩んだ。
 距離を取って、ふぅ、と息を吐いたのは同時だった。
「すみません、上手くいかないものですね……
「オ、オレこそ……すみません。勝手が分からなくて」
 今度はリュールが、ぱちくりと目を瞬いた。パンドロも勝手が分からないとは。
「パンドロも、キスは初めてなのですか?」
「はい。今まであまり……こういった事とは縁が無く」
 不自然な間に、パンドロが言葉を選んだ事を察して、リュールはそれに言及することを辞めた。
 以前彼が話してくれた生い立ちや、周りの環境を思えば、恋愛などしてる暇もなかったのだろうことも分かる。聖職者として神に身を捧げるばかりでは無く、教会のため、民のために尽力してきたのだ。
 縁が無かった経緯を伏せたパンドロの気持ちを慮り、同時に、己が初めてになれることに歓喜した。
「目を閉じて、じっとしていてください」
「っ、はい」
 今度は両肩を掴んで、潤んだ金色が身を隠すのを見送る。伏せられたまつ毛はやはり長い。
 あとは、自分から唇を触れ合わせに行くだけだ。
 目を閉じると距離感が分からなくなりそうで、リュールは間近にパンドロを見た。
 肩に、腕に力が入っていることから、萎縮しているらしい。俯き気味の顔の、顎を支えて持ち上げた。それでも目を閉じたままのパンドロに、リュールは少しだけ心配を抱く。
 もしも、自分が酷いことをする気だったなら、どうするのか。信頼を行動で見せられて、リュールは目の前にいる人が、とてつもなく愛しくなった。
 逸る気持ちが僅かに唇を尖らせ、鼻がぶつからないように頭を傾ける。残り、数ミリの距離を近づけて、唇にが触れ合ったと感じた瞬間に目を閉じた。
 そのまま、弾力に任せて押し当てる。
 ビクリと跳ねた体は、しかし無抵抗だった。頭に触れて、太陽のような髪に指を通す。抱きしめるように引き寄せたのは、ほとんど衝動に任せた行動だった。
 しかし、二人の距離が離れるのは、そう遅くは無かった。
 リュールが息苦しくなってしまって、そろりとその手を、唇を離したのだ。
「う、上手くできました……?」
 息を吸い込んだリュールに対し、反応が無いパンドロに不安になって聞くが、やはりパンドロは何も言いはしなかった。
 変わりに、何度も大きく頷いて胸のあたりをぎゅう、と握りしめている。
 よく見ると、その下では服の上からでも分かるほどに、心臓が揺れているのだ。
「パンドロ……大丈夫ですか?」
「はっ……はぃ今、耳とか、心臓、とかおかしくて……
「ええ!?」
「だいじょぶ、です……少し、お待ちください……
 顔を真っ赤にして、あまりに苦しそうにしているパンドロは、大きく深呼吸を数回繰り返して、咳払いをして、ようやく落ち着いたようだった。
「無理をさせてしまいましたか?」
 リュールも息が苦しかったのだ。パンドロも辛かったのかもしれないと、首を傾げて聞いてみる。
「そんな! 滅相もない!」
 するとパンドロは、今度は大きく頭を振って否定した。
「オレが感極まり過ぎてしまっただけです!」
「本当ですか?」
「神竜様に……パートナーに嘘なんてつきません」
 色の引いてきていた頬に、再び紅がさす。とろりと蕩ける蜂蜜の瞳は、パンドロがパートナーとなったあの日から見せてくれているものだ。
「すみません。疑ってなどいないんです。心配だっただけで」
 指の背で熱い頬を撫ぜて、編まれた髪を崩さないように、頭を撫でる。
「では、これからは沢山キスをしましょうね」
……はい」
 空いた手を握って返事をしたパンドロは、相変わらず顔が赤い。
 何度もキスをすれば、いつかは慣れてくれるのだろうか。流石に、毎度この様子を見せられるのは愛らしいとも思うが心配だ。
 かといって慣れてしまうのも、すごく惜しい気がした。
 わがままなパートナーだと知れば、パンドロは呆れてしまうだろうか。
 思案していると、おもむろにパンドロの体が近付いて、肩が触れ合った。握られていた手が離されて、背中に腕が回る。温かい体に抱きしめられて、リュールは感じ入るように目を閉じた。