望月 鏡翠
2025-01-26 22:27:01
868文字
Public 日課
 

#1611 「枯れ草」「噺家」「飲食店」

#毎日最低800文字のSSを書く/三題話

 最後の吐息に魂まで込めて吐き出してしまったらしい。
 その言葉を最後に彼は二度と息を吸うことはなかった。そこまでして伝えたかったのは、呪いの言葉だった。俺の人生に災いあれと、どうしても人生を終える前に呪詛を吐きたかったのだ。
 それを聞いたとき、俺は笑ってしまった。面白かったわけじゃない。相手を馬鹿にしたわけでもない。それが心の底から出た言葉だということもわかっている。きっと心底、俺に不幸になってしまったのだろう。
 直後に命を落としたから、この笑いが本人に聞かれなくて良かった。もし聞かれていたら、きっと死に際に嫌な気持ちにさせてしまっただろう。
 わざわざ命をかけて言葉にする必要なんてなかったんだぜ。
 言われなくても俺はきっとひどい死に方をする。あんたが望むくらい惨めに死ぬさ。それは最初から決まっていることだ。
 こんな風に病院に入れてもらうこともないから、末期の言葉を人に聞かれることもない。
 最後の晩餐は、スーパーのお勤め品だろうしな。今だってそうだから十年二十年経っても、それは変わっちゃいないよ。たまにファミレスに入ったら、傷が入りすぎて白く曇った飲食店のグラスで、せっかく金を出したのだからと甘すぎるジュースでも飲んでいるだろうさ。そういうものを知らなかったから、羨んで呪いの言葉なんて吐くことができたのだろう。
 枯れ草のように痩せ細った噺家は口から出てくる声だけが、いつまで経っても精彩を失わなかった。
 だから死に際の呪詛の言葉も、鮮やかに脳裏に焼き付いた。
 馬鹿だね。どうせならもっと人に聞かせられる話にすればよかったものを。これで俺だけのもんだよ。
 病院を出たとき、人の死に際に居合わせたとは思えないくらい、俺は上機嫌だった。たまの贅沢をしたっていいと思えるようないい日だった。
 本当に呪っているのなら、不幸になって欲しいなら、あんな言葉を残すべきじゃなかったんだぜ。
 あんたの言葉で、俺は報われて、自分の人生に満足してしまったんだから。死に際が惨めだったくらいじゃ、覆らないよ。