つぶ
2024-09-23 14:57:02
4342文字
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部屋テント部(仮)活動記録

王獄 / どうにもならなくて楽しい夜

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24/9/22にイベントにて無料配布したお話です。当日受け取って頂いた方、本当にありがとうございました!



 どうしてテントを使うの、ゴン太が言ったんだよ、えっゴン太が、夜間活動届、やかんかつどう、出したがってたじゃん、えっゴン太が、この下らない集まりが正式な活動になったかと思うと涙が出そう、実現を手伝ってくれた全ての人に感謝しないとね、ゴン太、いつの間に部活に入ったんだろう、それはオレも同意だね、ゴン太ってばいつ部活を立ち上げたのさ、……ええっ!?
 だらだらと会話をしていたが、それでもベッドの上にテントが出来上がると、多少の盛り上がりはあった。やったあ、すごいね、小さく歓声を上げているゴン太の右手には使われるはずの支柱が一本握られている。王馬は一瞬だけ考えて、別に壊れないならいいか、と言及するのはやめることにした。

 部屋テント部(仮)発足には、最初のきっかけなどは存在しない。ゴン太がテントを使いたいと言ったとか、ましてや、王馬自身がテントで遊びたい、と思ったわけでもない。強いて言うなら、ゴン太の自室にあてがわれているキングサイズのベッドを様々な方法で滅茶苦茶にしてやりたい欲求が王馬の中にはあって、テントはその破壊活動の一部に使えるかも、と思ったことがきっかけだ。
 ……ま、全部嘘だけどね。
 今しがた完成したばかりのテントの、そのクリーム色をした表面に触れ、王馬はふうと息を吐き出す。どう利用したものかな、と思案しながら、さんかくのてっぺんを見上げた。
「これさ、誰から借りてきたの?」
「ん? ……ああ。このテントは、天海君から」
 旅先で野宿することもあるんだって。そう続ける声を聞きながら王馬はふうんと間延びした相槌を打つ。どこからどう見ても一人用だが、その事実にゴン太はまだ気付いていなさそうだった。
…………。一番乗り~!」
「あっ」
 ゴリラ用が必要だったとからかうかどうか、一秒だけ考えてから言葉を飲み込む。まるで男子高校生並みのちっぽけな打算なのだが、まあ男子高校生だし良いか、とも思う。
 王馬は閉じているジッパーを下から上へ素早く上げて、テントの中へ勢いよく飛び込む。ぼすん、と深く沈み込んで、軽く跳ね戻る。ベッドの上に敷いているので弾力面は申し分ない。
「あー……
 そのまま身体を反転させて仰向きに寝転がった。両足はテントの外で……厳密に言うならベッドの外で、膝から下をぶらぶらと揺らす。
 見上げるのは四角錐の頂点、テントの中で一番高い部分。凝視し続けていると、まるで吸い込まれていくような感覚に陥るが、実際のところ意識はテントの外にあった。
「ど、どうかな?」
 王馬が視線を下げて入口のほうを見れば、のれんを上げるような仕草で腕を上げたゴン太の顔が覗いていて、それが妙に面白い。
「どうって……まあ、うん、こんなもんだよなーって感じ」
「こんなもん?」
「気になるならゴン太も入ってみたら? テントの良し悪しを量ることも活動の一環でしょ」
「そ、そっか。そうだよね」
 うん、と自分自身を鼓舞するような頷きをしてから、ゴン太がゆっくりと動き出す。活動内容なんて考えたこともなかったが、ゴン太が素直に騙されているので王馬も何も言うことは無い。身体を端へ寄せてやって、事の成り行きを見守った。
 頭を下げて入口をくぐり、身体をひねり両肩を入れる。
……。ち、ちょっと」
 そこで動きを止めたゴン太は、テントのサイズについてようやく疑問を抱いたようだった。
 いや、テントのサイズというか……自分自身のサイズに。
「うん?」
 それを、まるで分かっていないかのような相槌で返す。
「ゴン太には、このテントはちょっと……狭すぎるのかも」
 あまりに今更の愚問を、至極真面目な顔で言うその滑稽さといったら! ……噴き出しそうになりながら、王馬はそれでもしらを切った。
「えー、そう? でもそこまで入ったんだから、一度いけるところまでやってみたら?」
「でも、上半身が入るかどうかも」
「にしし……やってみないと分からないって!」
……王馬君……
 ひそやかに笑う王馬の声に嘲笑のそれが混じっていると、さすがにゴン太も気付いたらしい。ほんの少しだけ眉根を寄せているこいつの、その表情は割と貴重だ。そうそう、ゴン太ってのは、不平不満の一切無い奴なんかじゃあないんだよな。
「くっくっく……ほらゴン太、もうちょいだから」
 ゴン太の、胸の下で揃えた肘、そこから前に伸びる両腕。その形の綺麗さはどこか動物染みている。似合いの姿だ、そう考える。
 王馬は寝転んだまますぐそばにある右腕を取り、ぐいっと、存外力を入れて引いた。
「あっ。……わあ、」
 ゴン太の体勢が崩れて、頭を対岸の壁に突っ込んでいる。王馬君、そう非難を込めて叫ぶゴン太の、そこまで怒っていない声色に胸の底がちゃんと満たされている。
 ああ、なんてちっぽけな存在なんだろう。
 なんてちっぽけな打算だろう。
 王馬はいっそのこと面白さすら感じている。なんでもない夜、なんでもない理由で、なんでもない嘘を吐いて、なんでもない奴との時間を勝ち取っている。
「どんくさいなあ、ゴン太」
 もう一度腕を引っ張り上げて、王馬自身も起き上がる。互いの息遣いが確実にかかる距離で並び合うことの、なんて独りよがりな情動だろう。
 肩から腕、腰の辺り、太ももまで、触れ合うところからもぞもぞと退こうとするゴン太の、なんと憐れなことだろう。
 なにがどうなるわけでもないのに。
……。や、やっぱり、ちょっと狭いね」
 おずおずとゴン太が言うのを境に、王馬は友達のそれで呆れて見せる。
「本当だよ、なんで一人用のテントを借りてきちゃうかな」
「うう。ご、ごめんなさい」
「こんな状態じゃあ活動どころじゃないよ、全く……いつゴン太に押し潰されるかも分からないや」
「そ、そんなことはしないよ!」
 言い合いながら、王馬は片腕を前へ伸ばし、頭をそこへ横たえた。こんな下らない時間が夜間活動として通るのならば、世の中はなんて希望に満ち溢れてるんだろう。王馬は夜間活動届を出しに行った事務員の顔を思い出す。本当、楽しいことだらけだよね、人生って。……いやいや、本気で思ってるって。
「まあいいや。……じゃあ、どうする?」
「え?」
 ゴン太の、先ほどまでの焦った表情とは一転して、きょとんと目を丸くする様を眺める。
 友達としての感情と総統としての計画と、友達同士には抱かない感慨を、頭の中でゆっくり混ぜ、王馬は次の言葉を考える。
「オレとしては、この中で活動するならメンホスプァンタ一択だと思うんだけど」
……そ、そんなの!」
 メンホスプァンタの言葉を聞いて、ゴン太はすぐに「だめだよ」と叫んだ。血の気を引かせているのを見付けてクツクツと笑いが零れる。
 グラウンドの隅で実験した時の記憶を呼び起こしているに違いなかった。あの時、なにも知らなかったゴン太がどんな味がするのかな、なんて、えらく呑気なことを言っていたのが王馬の頭には強く残っている。
「こんな狭いところで……びしょ濡れになっちゃうよ!」
「えー。でもさ、テントのあのてっぺんのところにメンホスを当てたら楽し」
「だめったらだめ! ゴン太の部屋が大変なことになっちゃう、やるならせめて外……
「オレたちは部屋テント部だぞ! 外なんて二度と出ないって、昨日誓い合ったじゃんかよ!」
……そんな約束、してたっけ!?」
「嘘に決まってんだろ、バカゴン太!」
「ええっ! そんな……
……――
 ああ、まずい。
…………ぶはっ」
 嘘なの、と言外に語るゴン太の悲愴な表情で、総統としての計画はバラバラに崩れた。崩れてしまった。
「だはははは!」
 王馬は盛大に笑い転げる。そんなつもりは無かったのに、楽しくて、全てがどうでもよくなってしまった。どうにかなることなんてと冷めた思考を、ついさっきまでしていた奴が。それすら今はもうどうでもいい。
……。お、王馬君!」
 笑わないでよ、むくれた声を出すゴン太の、……ひとかけらの輝石になりたい。
 一節の詩になりたいし、ひとすじの傷になりたい。
 ひとひらの愛になりたいし、ひとつきりの嘘になりたい。
「はは、……あー……
 ようやく治まってきた笑いの波にとりあえず安堵して、王馬は、あとは何が残っているのか、自分の心の中で数えてみる。
 友達としての感情も、友達には抱かない感慨も、テントの中のちっぽけな密室も、むくれたまま、けれど少し心配そうに視線を向けるゴン太の両目も、まだ、なんとか残っている。
「じゃあ、聞くけどさ……ゴン太はここで、どんな活動をしたら良いと思うわけ?」
 この、好きな男の前で。
 何をすれば感慨は残るのか、確かめるつもりで、そう聞いた。
……。えっと……
 頬に指をあてて考えるゴン太は、ほどなくして口を開く。
「ここにね、ゴン太がこの前お友達になった蛍さんに来てもらって、……星座を再現するのは、どう、かな」
「う」
 伏目がちに、照れくさそうに発表する姿は、それはもちろん、もちろん良い。星座の再現も想定外にロマンチックだ。感慨は確実に育つだろう。伝播していく可能性もある。……けど。
 ぞわぞわ、走る鳥肌には、さすがの王馬でさえ嘘をつきようがない。
……わー、それはとってもヤバい、いや、楽しそうだけど、どうだろうねー? みんな今夜は忙しいんじゃないかな、ほら、こんな晴れた夜なんだから出掛けちゃってるって」
「うーん……そうかな……
「そうそうそうに決まってるよ! あとゴン太が忘れてるようだからもう一度言っておくと、これは部屋テント部の夜間活動になるわけだから、最終的にはどんなことをしたのか記録して提出しなきゃいけないんだよ」
「え……そうなの?」
 嘘だ。たった今、王馬が作り出した架空の規則だ。
「そうだよ! だからゴン太が普段やっているようなことじゃあなくて、もっと革新的な、根源的な、衝撃的な活動をしていくべきだよ!」
「そっか……それなら、普段は会えない虫さんに来てもらって、お話を」
「いやいやだからさあ! オレの話聞いてた? 一回虫さんから離れようって、ねえ!?」
「でも、王馬君にはまだ会わせてあげられていない虫さんがたくさん、」
「それは今度最原ちゃんあたりに会わせてあげよ!! ね!!」
 そうして、王馬は結局残しておきたかった感慨も見失ってしまい、いつものように友達のそれを続けていく。
 それでも一向に構わない。
 ひとかけらの輝石を目指す行程は、こいつ相手ならば退屈にあえぐことも無いのだから。