つぶ
2024-09-23 14:45:38
3694文字
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きみがいるなら

王獄 / どこに行く?どこでもいいよ、

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紅鮭軸。予定を立てる二人のやりとり。
23/5/3にイベントにて無料配布したお話です。当日受け取って頂いた方、本当にありがとうございました!




 山の家族の話をしてよ。
「え?」
 真っ白なノートを見ていた瞳がふっとこちらを見上げて言った。ゴン太が聞き返すと、王馬君は、山のさあ、たとえば、どんなところだったとか、と、片手を広げて続けている。
「どんなところ、だったか……
「行きたい場所の参考になるかも知れないだろ? だから、なるべく詳細に頼むね」
 右手に持っているボールペンをくるくると回して、彼はにやりと笑ってみせる。そういうことなら、とゴン太も頷いて、記憶を辿る為に瞼を閉じた。
「えっとね……


 ――この学園を卒業したら、二人で互いの行きたいところに行かない?
 王馬君がそう提案したのは、九日目の夜のことだった。行きたいところ、そう呟いて、ゴン太はぼんやり王馬君の瞳を見つめる。
「世界をまたにかける犯罪組織の総統と、フィールドワークであらゆる場所に身一つで行っちゃう昆虫博士なら、行きたくても行けてない場所なんて地球上に存在しないかも知れないけどさ」
 言いながら、王馬君は頭上から垂れている藤の花を見上げた。後ろ手をつき、ベンチの下でゆらゆらと揺れる足を見ながらゴン太は、王馬君って世界をまたにかけているんだ、そういうことを考えていた。
「誰かの行きたいところに付き合って、一緒に行くっていうことは、したこと無いでしょ?」
「う、うん……
「オレも無いからさ。丁度いいじゃん」
「うん……
 何が丁度いいのかは分からなかったけれど、その提案に心がわくわくしたことは本当だった。
 この学園を卒業したら。王馬君と……まだ行ったことのない場所に、二人で行けるんだ。
「なんか……
「なんか?」
 ゴン太が言うと、王馬君がこっちを見る。目が合って、その瞳が笑っていると、ゴン太はどうしてか慌てちゃって、頬を掻きながらぽつぽつと答えた。
「あ、えっと……楽しみ、だなぁって」
 思って、と、小さく付け足す。どうしてこんなに首が熱いんだろう? 理由は分からないけど、王馬君はその理由すら全部理解しているみたいな瞳で、にしし、いつもの笑い方で笑って、言った。
「オレも」
 付け足された王馬君の声はとても小さい。
 聞き間違いだったのかも知れない。ゴン太が、王馬君も楽しみなら良いな、そう思ったから、そう聞こえたのかも知れない。
「そうと決まったら、早速計画を立てないと! 明日どうせやること無いだろ? お前の研究教室で作戦会議するぞ!」
 王馬君はもう、藤棚に視線を戻していた。
 明日はいよいよ、最終日の、十日目だ。
……うん!」
 ゴン太が勢いよく言うと、王馬君はさっと立ち上がる。先にホテルに着いたほうが勝ち、叫ぶやいなやあっという間に駆けていくから、ゴン太も慌てて後を追った。


「山の家族と暮らしたところは、もちろん、人間が訪れることは滅多にない、森のずっとずっと深いところだったんだけど……
 目を瞑り、山の家族の姿を頭で思い浮かべると、その後ろにはよく遊んでいた草原の風景が広がった。
 まだ、ゴン太の身体が小さかった頃……丈の長い草花に隠れちゃう位だった頃によく、かくれんぼと鬼ごっこを合わせた遊びをしていたんだ。兄弟たちは皆足が速くて、ゴン太はいつも負けちゃうんだけど、それでもすごく、楽しかったなあ。
「人類最速と名高いゴン太が負けるって、よっぽどのことじゃない?」
「ふふ。そんなことないよ。小さい頃は、ゴン太……足が、遅かったから」
 だから、普段は遊ばない山の奥の、更に奥のほうまで入って、こっそり練習してたんだ。
 話していくうちに光景が、情景が、はっきりと思い出されていく。あれが初めての冒険だったかも知れないなぁと、瞼を持ち上げながら考えていた。
「そこにね。小さな川が流れていたんだけど」
「うん」
「練習して、くたくたになって、休むためにそこへ行くと……川の流れる音が心地よくて、すごく、気持ちが落ち着いたんだ」
「ふーん……
 王馬君の間延びした相槌を聞きながら、もし君とあの場所に行ったら、と想像する。
 特別に神秘的な風景だとか、誰も見たことのない壮大な景色だとか、そういう場所では無かった。どちらかと言えばありふれているし、きっと君にもどこかで見たことある、なんて、言われちゃうかも知れない。
 でも、それでも……見て欲しいな、と、思う。
 知って欲しいな、って、思う。ゴン太が今まで、どんな場所で過ごして、どんなものを見てきたのか。どんなものに触れて、どんな人たちと付き合ってきたのか。
 知って欲しいし、それから、知りたい。
 王馬君のことを、もっと……誰も知らない、見たことのない、未踏の場所まで。……ゴン太を連れて行って欲しい。
 そう考えた途端、ぶわ、と、胸の内から熱くなってきて、ゴン太は王馬君に気付かれないようほんの少し身を竦めた。
 な、なんか、恥ずかしい。
 ……ものすごく、恥ずかしい!
 思わず胸のあたりをぎゅう、と掴む。王馬君のことをこういう風に考えているって知られたら……ゴン太、話せなくなっちゃうかも。
 そう思って、彼とふいに目が合わないよう、髪の毛の中に隠れるように、俯いた。
「な、なんだか。思い出したら、懐かしくなってきたよ。ゴン太、行くならきっとそこを選ぶなあ」
 気が付けば、王馬君が話すより前に、言葉を繋いでいっていた。
「ほ……本当に、素敵なところだから、皆にも見て欲しいよ。……あ、それも良いんじゃないかな? ゴン太と王馬君の行きたいところに、他の14人を招待するっていうのは、」
「ねぇゴン太」
 止まらなくなっていたゴン太の言葉を、王馬君がぴたりと止める。びく、と肩が震えて、ゴン太は恐る恐る顔を上げた。
「オレが行きたいところ。……ゴン太を、連れて行ってあげたいところ。教えてあげようか」
 ゴン太の髪の毛の隙間から、頬杖を突いてこっちを見ている王馬君の、……どこか、不敵な瞳と、目が合った。
「あ……
 うん、って。頷くことも出来ずに、王馬君の眼差しを見つめる。
「オレが行きたいのは、オレの家族のところだよ」
……! か、家族って……
 ひゅ、と息を飲む。王馬君の口からそんなことを聞くのは、これが初めてだったから。
「やかましくて、生意気で、嘘つきばっかで、オレの命令なんか全然聞かないんだ。パシリの一つもしやしない。むしろ、オレに行かせようとするんだよ? ホント、最低最悪な奴らだよ」
 王馬君はため息とともに身体を倒して、寝転んだ。両腕をぐっと上へと伸ばして、長く息を吐いている。
「全員バラバラのことをしたがるし、我が強いから、作戦中にハブられてるな~って感じたら計画をぶち壊したりするんだ。全く、協調性の欠片も無い連中だよ。あーあ、一体誰があんな奴ら集めたんだろ?」
……想像、出来ないな。王馬君がそんな風に言う人たちなんて」
 本当に、輪郭や、雰囲気すらも、頭に浮かんで来なかった。ううん、と唸りながら両腕を組んで、首をひねる。
 一体……どんな人たちなんだろう?
「ま、そうかもね。だってこれって本当の話だし」
 王馬君は、何の気も無さそうに言う。
「本当の話だから、ゴン太に言ったんだよ」
……え?」
 ゴン太が隣を見下ろせば、王馬君は瞼を閉じていて……にしし。楽しそうに小さく笑った。
「こんな話、誰も信じてくれないからね。オレだって信じて欲しくなんてないし、嘘のほうがよっぽど楽だったって思ってるよ。いや、マジで面倒な奴らなんだから」
 そう言うのに、王馬君はずっと、楽しそうに笑っていた。
 だから、……なのかな。そうやって毒づくように話す王馬君に、ゴン太も嬉しくなっちゃって。
「そんな大切な人達に会わせてくれるなんて、ゴン太、すごく嬉しいよ!」
 胸の奥がじわっと暖かくなって、ありがとう、って、気付いたらお礼を言っていたんだ。
……。ま、そういうわけだから、他の14人を一緒に連れて行くなんて馬鹿な真似はしないでよね。あんな奴ら、ゴン太ぐらいにしか会わせらんないから」
「あ……え? でも、ゴン太の行きたいところだけなら、」
「大丈夫、って? ふふ、まだそんなこと言ってんの?」
 鈍いなあ、ゴン太。そう言って、王馬君はようやく瞼を開いてゴン太のほうを見上げた。
「これってさ、デートだよ?」
「え?」
「この十日間やらされてきた偽物じゃない、嘘偽りない……正真正銘本物の、デート」
………………――え、えぇっ!?」
 本物の……デート!?
 それを聞いて、一体何が本物なのか、分かったわけじゃあ無かった。ただその言葉から放たれている特別な雰囲気と、王馬君の、その、
「にしし……ねぇ、ここを出たらさ。オレとデートしてくれる?」
 ゴン太。
 どこか優しそうに細められた目尻に、ドキドキして。
「あっ……う、……えっと……
 ゴン太もすごく嬉しかったのに、どうしてか、また髪の毛の中に隠れた後に、どもりながら返事をした。
「う、うん」