仮面カフェ・カモフラージュは妙に深夜まで開いている。朝5時までやっている店はそう無いので、ちょっとした「仕事」が長引いた僕でも立ち寄りやすい。困ったことに、受け取った書類がPDFだった。スマートフォンでも読めるらしいのだが、アプリが立ち上がってしまってよくわからない。どこに保存されたかもわからず、何度もダウンロードしてしまった。
一人の場所で落ち着いてスマートフォンと戦いたい僕は、カフェに入るなり素早くVIPルームへ向かう。夜勤の店員に声をかけた。
「VIPルームを借りるよ」
「かしこま……あっ!」
店員の声が跳ねる。途中で気付いたのだろう、先客がいることに。けれど僕の手はもうドアノブにかかっていた。
「……ん?」
「は?」
「おっと」
宗雲と高塔戴天が居た。夜更けだというのに二人で。これは――彼らの生活サイクルからして、わざわざ指定して合わせたと考えたほうが自然だろう。
宗雲は高級ラウンジの支配人だ。仕事終わりは深夜になるだろう。高塔戴天は真逆で昼間の仕事をしている。二人の休憩時間が重なるには仕事を休むか睡眠時間を削るしか無い。よって「偶然」に出会ったとは考え難い。
次に座り方だ。Uの字型にソファの配置されたVIPルーム。その中で二人は横並びでソファに座っている。仕事の依頼、ライダーとしての情報共有であれば対面に座るのがオーソドックスだ。対面で観察しながら相手の情報を伺うのが自然な流れだろう。しかし、二人は横並びでソファに座っている。これは心理的に距離が近い人間でないとできない座り方の上、より親しくなりたいカップルが行うことの多い位置取りだ。このテクニックを使ってバーカウンターで口説く駆け引きなどもある。なんらかの理由で彼らはお互いの距離を縮めようとしている。
さらに、飲み物のグラスの位置にも注目しよう。頼まれているものは白ワインのグラスと日本酒のおちょこだろう。左側に座る宗雲の、左手側に日本酒。右側に座る高塔戴天の右側に白ワイン。これは彼らの利き手がそれぞれ左と右であることを示す。というか、僕はクセでライダーたちの利き手は把握しているので、そうだとわかる。左利きの人間と右利きの人間が座ると、グラスを持つ手がぶつかりあってしまうことがある。それを避けるために、左利きは左端に座ることが多い。慣れた友人関係であれば、自然とレストランなどで位置取りが決まってくる。この二人もまた、適当に座るのではなく相手の利き手を考慮して座っている。無関係で無関心な相手ではないのだろう。
最後に、飲み物だ。高塔戴天は日本酒を好むと酔った静流から聞いていた。ワインには詳しくないとも。しかし、高塔戴天の前に日本酒はない。宗雲の前に日本酒がある。これは、彼らの間に会話があった事を推察させる。「こちらの日本酒は美味しいですよ」などといった会話の結果、相手の好みを受け入れたのだろう。それは少なくない友好関係を示す。相手に気に入られたいという気持ちがなければ、この年ごろまでに作り上げられていた自分の好みを曲げることはそうないだろう。
これは――デート、あるいはデートに移行するための口説きあい。
なるほどね。初歩的な推理だ。
それならば邪魔する訳にはいかない。僕は微笑み、気にしていないよ、内緒にしておくね、と表情で語った。
「邪魔したね。それじゃ」
僕はスマートに扉を閉める。部屋の奥から、叫び声が二つ聞こえた。
「……違う!」
「違います!」
その後に聞こえたのは、どちらかがテーブルにぶつかった打撲音だった。
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