らぎ
2025-01-26 19:02:17
1142文字
Public モノノ怪
 

離坤ドロライ第九回「若気の至り」「温泉」

懐かれ離薬さん。今回どえらい難航しまして5時間くらい掛かってます…

降り頻る雨の中、不愉快な金切り声が響く。
「下がっておいでなさい」
背後に隠した童に告げ、彼が無言で後ろに下がった所で荒ぶるモノノ怪に向き直る。化猫列車の乗客も、このくらい素直だったら良かったのだが。
ほんの僅かに意識を逸らした持主を急かす様に震える退魔の剣を鞘ごと構え、凛と声を張る。
「───解き、放つ!」
薬売りが退魔の剣を抜く。それは彼らの半身たる神儀を喚び起こすことと同義だ。薬売りの化粧がするりと溶け、ひとつ瞬きののちに彼の身体は逞しき神儀のそれへと変貌する。黄金の輝きが一閃し、一拍遅れてモノノ怪の断末魔が響いた。



離の方、その子は」
坤の薬売りとの待ち合わせの場に現れた離の薬売り。その背に隠れるように、一人の童子が俯いている。細い手はしっかりと浅葱の袖を握っており、子供ながらなかなか自我をしっかり持っていそうであった。
「近くの村に出たモノノ怪に、襲われていましてね」
「へえ。そりゃあ面倒見の良い事で……
何やら含みのある坤の薬売りの返事に、離の薬売りはきょとんと首を傾げた。
「私とて、人助けくらいしますが」
「鵺屋敷のは人助けに入るんですかねェ
「入るとも。さて坊主、奉行所はあの角だ行けるな」
さてこの童子、物分かりは良いのか泣き喚くようなことこそしなかったが細い手は離の薬売りの袖を握って離さず、子供の対応など慣れておらぬ離の薬売りは無表情ながらいよいよ対応に窮していたところ。
「坊」
膠着を破ったのは坤の薬売りだった。からりと下駄の歯を鳴らして、童子と目を合わせる。
「お行きなさい。あんたは人の世に居るべきだ」
………
ひとつ瞬いた童子はそっと離の薬売りの袖から手を離し、この場で初めて口を開いた。
「お兄さん」
明確に自分に向けられた言葉に、離の薬売りは首を傾けて続きを待つ。
「おれ、ぜったいあなたを迎えに行くから。待ってて」
それだけ言うと童子はくるりと踵をかえし、返答を待たずに駆けていった。
そのままその場には暫しの沈黙が訪れたが、それを破ったのもまた、坤の薬売りであった。
「ふふ、ふ……
笑いを堪える坤の薬売りを、離の薬売りは睥睨する。
「なにか。」
「いえ、ね随分と……懐かれたもんだ」
「若気の至り、と言うやつでしょう。或いは吊り橋効果か。何にせよ私にはあなたがいますから、ね」
それだけ言い置いて離の薬売りは歩き出す。尚もくすくす微笑いながら、坤の薬売りは後に続いた。薬売りが助けた人間に惚れられる事はよくあることであったし、数刻前に助けた子に悋気を起こすほど坤の薬売りは狭量では無かったものだから、宿に着いて熱い温泉に入って仕舞えばもう、童子の話が上がる事は無かった。そういうものである。