劇場版 なにもない清涼学園 赤い夢と黒い煙

10月27日開催予定 COMIC CITY SPARK 19内の「羅針盤の赴くままに」で頒布予定の新刊サンプルです。
・サイズ:文庫
・ページ:270
・頒布価格:1000円
・頒布場所:東1ホール シ16b
タイトルからお察しの通りなんでもありの現パロ本です。
だってはやみね御大がやったからさ、やってもいいのかなって思ったんだよ。
当日はどうぞよろしくお願いいたします。

一章───赤い夢を見るこどもが怪盗に手紙を書く






 毛利小五郎探偵事務所のビルには、喫茶店も併設されている。喫茶ポアロという名のカフェは、小さいながらも充実したメニューと早朝から夜遅い時間帯まで開店しているため、子供から老人まで、様々な客が訪れる。
 早朝は、これから仕事に向かうサラリーマンやOLが。昼日中の時間帯は、近所の奥様方やちょっと休憩に訪れた大学生など。夕方時分になると、高校生がお喋りに興じる溜まり場に様代わりする。
「うっわあ、すっごいイケメン」
「でっしょー⁉」
 夕焼けの日差しが差し込む店内に、女子高生たちの賑やかな声が気ままにはしゃいだ。
「ね、蘭も見に行こうよ」
「ええ? そんな、人を見世物みたいに……それより園子、京極さんはいいの?」
「それはそれ、これはこれよお!」
 キャアキャアはしゃぐ園子の手元にある端末には、容姿端麗という言葉をそのまま人の形にしたような青年が映っていた。
 透き通るような麦穂の髪に、誰もが羨ましくなるだろう白い肌。どこか遠くを見ているグリーン・アイは瞳を宝石に例える理由が分かる気がするほど。言わずもがなスタイルよくスリーピースを着こなしていて、スマホを覗き込んだコナンも、内心「へーすっげー」この世にはこんなに整った人間がいるのかと驚いた。綺麗を通り越していっそ作り物めいて見える。
「もー、園子ったらまたそうやってー」
「まあまあいいじゃないの! というか、ついてきてほしいっていうのはホントっていうか……
「?」
 ミーハーにはしゃいでいたのが一転、様子が変わった園子に、蘭は首を傾げた。
「どしたの。何かあるの?」
「あるっていうか……ないっていうか……
 実はね、と考え考え、園子が言葉を選んで並び立てる。
「彼、アメリカ政財界の大物の後継って言われてるんだけど、どうも恋人とかいないらしいのよ」
「それが?」
「だから、ワンチャン狙いで参加するご令嬢が多いって話! ゴルツィネ氏が彼の相手を探してるらしいのよね」
「へえー……
 イマイチ身近に感じられない蘭の相槌を打ち消すように、コナンが子供らしく声を上げた。
「ねーねー、この人、アメリカ人でしょ? 日本でパートナーとか探すの、変じゃない? 文化の違いとかさー、大変そうだし」
「確かに……自分の国の情報とか、流出する可能性も大きくなるよね?」
「だから、最近流行りのポリコレ配慮へのパフォーマンスなんじゃないかって言ってる人もいるくらいよ」
「あー……、」
 ポリコレ配慮の話も、やはり身近に感じられない蘭は、曖昧な相槌を打った。
「でも、見た目がこれでしょ? 今回参加する女の子たち、すごく多いのよ。私も、ウチがパーティ会場を提供してるから参加しなくちゃいけなくて。女の子たちと揉めたくないのよ〜」
 園子が机に突っ伏す。なるほどね、と蘭は頷いた。
「つまり、誰か一緒に居た方がいいってわけね。京極さんとは連絡つかないの?」
「うん……修行の邪魔したくないし……
 嘘だった。まごうかたなき本音だったが、その本音は園子の心の半分強しか占めていなかった。本当は今すぐ連絡して、修行を中断してもらって、鈴木財閥の力でチャーターした飛行機に乗って、日本まで飛んで来て欲しかった。それでも、自分の道を邁進するその姿をこそ応援したいと思う心の方が、ほんの少し勝ってしまっているが故に、園子は頼れる親友に声をかけたのだった。
「分かった。じゃ、お父さんにも声かけて、皆で園子のこと手伝いに行こっか」
「え、いいの?」
「うん! コナンくんも、それでいい?」
「もちろん! 僕もお手伝いするー!」
「では、僭越ながら僕も」
 え、と全員が声のした方を見た。元気に手を挙げるコナンの真後ろ、スマホ画面に映っている青年に負けず劣らずの爽やかさを持つ安室透が、にこやかに控えめな挙手を披露していた。



 結局、毛利小五郎は昼間の競馬観戦の折に飲んでいた酒が抜けきっていなかったため、蘭と園子、そしてコナンの保護者役は、安室が担うことになったのだった。



 週末の夜、マンダリンホテルのパーティ会場には、着飾った男女が優雅にひしめき合っていた。園子の伝手でこれまでに幾つかのパーティに参加したコナンでも、参加者数の多さに驚いたほどだった。
「にしても安室さん、蘭姉ちゃんと園子姉ちゃんの会話、どこから聞いてたの?」
「人聞きが悪いなあ。聞いてたんじゃなくて、聞こえたんだよ。あの時、店にお客さんは君たちくらいだったからね。聞こうとしなくても、耳に入ってくるものさ」
「あ、そ……
 コナンは半眼で、それ以上の追求を避けた。癖のようなもので、自然、会場に視線が走る。
 今回のパーティをホストしているのはあくまで日本の政財界関係者で、鈴木財閥は会場を提供している関係から、補佐役として参加しているようだった。この場合の補佐役とは、ホストへの参加者の紹介や、ゲストのリクエストに応えるといった仕事をこなす役目を指す。園子は蘭にタイムキーパーをしてもらい、キリのいいところで「そろそろじゃない?」と声をかけてもらうなどして、会場を行ったり来たりしていた。安室やコナンは、その近くをつかず離れず、会話が長引きそうな時はコナンが空気の読めない子供のふりをして、蘭や園子の腕を引いた。
「ねえねえ園子姉ちゃん、さっき、あっちの人たちが呼んでたよ?」
「あ、そうなの?」
「ありがとう、コナンくん」
「どういたしまして! 僕、お手伝いちゃんとできてる?」
「うん、バッチリよ」
「じゃ、すみません。また……
 会釈する園子と蘭に、子供に邪魔をされては仕方がないと、相手も軽く会釈をしてにこやかに別れられる。体が小さくなって幾ばくか、この手のことには慣れたもんであった。
 園子がどうもお久しぶりですと会話を始めると、コナンはまた会場へ視線を滑らせた。
 あっちはさっき挨拶して、おおあんな大物がこんなところに、あれって、この間ニュースに出てた政治家じゃねえか? と人間観察をしていた視線が、ふとしたところで止まる。
「あれっ、」
 はた、と蘭が気付いた時には、コナンはもう駆け出していた。コナンくん、と呼ぶ声が後から追いかける。僕が追いかけますよと身振りで蘭を制し、安室がコナンに追いついた先で目にしたのは、「桜姉ちゃん!」蒼髪の美丈夫に挟まれた女性に声をかける、コナンの姿だった。
「、……
 桜姉ちゃん、と呼ばれた女性が膝を折ってコナンと視線を合わせる。
「やっぱり桜姉ちゃんだ! 久しぶり!」
「久しぶり」
「コナンくん、知り合いかい?」
 男たちに会釈しながら、安室も腰を折る。うん、とコナンは元気よく頷いた。
「この人、片岡桜姉ちゃん! 前に、平次兄ちゃんに誘われて、蘭姉ちゃんと一緒に、桜姉ちゃんの学校の文化祭に行ったことあるんだ! 桜姉ちゃん、殺陣のパフォーマンスやってて、すごかったんだよ!」
「へえー、そうなのか。でも、急に蘭さん達の側を離れるとびっくりするだろう?」
「へへへ、ごめんなさーい」
 すいません、と安室が大人達に頭を下げる。桜は小さく首を振って立ち上がった。
「蘭達も来てるのか」
「うん! あっちにいるよ。おじさんたちとお話してる」
「そうか」
 す、と桜が視線を上げて、会場を探る。それにつられてコナンも視線を上げ、ようやく桜を挟んで立つ男二人と目を合わせた。
「お兄さん達は、桜姉ちゃんの知り合い?」
「あー……まあな、そんなところだ」
「コナンくん、知らないのかい? こちらは世界的な槍術選手のクー・フーリン選手だよ」
「なんだ、アンタは俺のこと知ってたのか」
 クー・フーリンは朗らかに人好きのする笑みを浮かべた。
「俺はランサー、こいつはキャスターだ。今日はこいつの師匠に呼ばれてな。可愛い妹分の護衛ってところだ」
 髪を括っている方が桜と気安く肩を組む。桜は毛程も表情を動かさなかった。
「護衛とはまた、穏やかな話ではありませんね」
「なあに、そう肩肘張るもんじゃねえよ。アンタもそのランとかいうお嬢ちゃんのボディーガードかお目付役か、まあそんなところだろ?」
「ああ、なるほど」
 そうか、何か危険な目に巻き込まれているとかではないのか、とコナンは無意識に入っていた肩の力を抜いた。ランサーとキャスターの醸し出す雰囲気が、護衛という言葉に、いやに重さを持たせるものだから、ちょっと体に力が入ってしまった。
「ねーねー、桜姉ちゃんが妹分ってことは、ランサー兄ちゃんと桜姉ちゃんて、試合したことあるの?」
「おー、あるぜ」
「こいつ油断しまくって世界大会でチェリーに負けやがって、後で俺たちの師匠に大目玉喰らったんだぜ」
「おい、そこまで言うことァねえだろうが」
「事実だろうが愚弟、引退した俺にまで余波があったんだぞ」
 自分の頭上で口喧嘩を始められた桜が、無言でランサーの腕を退けて、再び膝を折ってコナンと視線を合わせた。
「二人と話せそうか」
「うん! 僕連れてってあげる!」
 こっち! と世界の中心よろしく桜の手を取って駆け出すコナンに、男達の反応は半歩遅れた。二人の姿はあっという間に人混みの中に溶け込んで、どこに向かったやら分からない。
「あーあ、撒かれちまった」
「二人が向かった先ならある程度分かりますよ。ご案内します」
「助かるぜ。これでチェリーに何かあったら、どやされるだけじゃ済まねえしな」
「しかし、わざわざアイルランドからお二人ほどの人物をお呼びだてするとは……、どうやら彼女は随分と大切にされる立場のようだ」
「まーな。あー……
 桜に再会して黄色い歓声を上げた蘭と園子がはしゃぐ様子を視界に留めながら、キャスターが「ほら、あれだ」と軽く顎を上げてある方向を指し示す。そちらに視線を遣った安室は、内心驚いた。
……あの、ほとんど表情の見えない方ですか?」
「そう、それ」
 小さなカクテル帽と黒いベール、そして長い前髪のせいでほとんど表情の窺い知れない女性に、安室透に心当たりがなくとも、降谷零は勿論知っていた。
「あの方が、なんです?」
「チェリーの師匠だよ。猫可愛がりしてんだ」
 なるほど、と頷き、あれが、と桜を見やる。
 キャスターが指し示した女性は、表向きただの一般人だ。しかし日本の政財界、特に上層部において、彼女を知らぬ者はいない。彼女が一言「それっ」と言えば、日本が動くとさえ言われているほどだった。普段はこのような社交の場にも出席せず、必要な時は彼女の代理人が橋渡し役となって彼女の言葉などを届けるらしい。
 彼女が何か企業を経営しているとか、実は財閥であるとか、そういう事実はない。ただ、街に道場を構え、門弟を幾らか抱えているのは有名な話だった。その門弟の中で、特に気に入って面倒を見ている者がいる、という噂も、降谷は小耳に挟んだことがある。
 そうか、女子高生だったのか。降谷は安室の顔をキープしながら、内心ゾッとしなかった。

 ───油断していたとはいえ、『アルスター』の『ランサー』を、一度は打ち負かすほどの技量の持ち主か……

 コナンを猫の子のように持ち上げてふざけているらしい姿からは想像がつかない。しっかりと大人顔負けの対応をしていた園子に、そのサポートに入っていた蘭も、年相応の表情で楽しそうに笑っている。そこへひょこひょこと近付く男の姿があった。
「鈴木さんのお嬢さん」
「あ! 伊部さん!」
 園子の知り合いらしいのを見てとって、この嬢ちゃんどんだけ顔が広いんだ、とランサー達は軽く引いた。
 伊部と呼ばれた男は肩にカメラを担いでいた。よく見ればスタッフカードを首から下げて、腕に「撮影スタッフ」と記載された腕章をつけている。
「この人、ちょっと前に、ウチがスポンサーしてたフォトコンテストで優勝した人なの」
「いや、どうも。伊部俊一と言います。こっちはアシスタントの奥村英二」
 どうも、と英二が軽く会釈する。彼は大きな荷物を背負い、腕には三脚を抱えていた。
「あれ? あなたもしかして、伊部さんの写真のモデルさん?」
「、え」
「えっそうなんですか? すごーい!」
「あ、いや、その、」
 しどろもどろする英二を他所に、園子と蘭は「確か空を飛んでる写真じゃなかったかしら」「すごい! どうやって撮ったんですか?」と盛り上がっている。英二は助けを求めるように伊部を見遣って、伊部は苦笑しながら気恥ずかしそうにスマホを取り出した。
「これがその時のデータですよ」
「あ、棒高跳び!」
 スマホの小さい画面の中で、まだ幼さをほんの少しだけ残した青年が、空を飛んでいる。
 ずっと向こうの先を見つめる瞳。たなびく服と髪が、風を感じさせる。青年は、見ている者の心をふわりと軽くさせるような小さな笑顔で、はるか先に臨んでいた。
「すごーい……
「いい絵よねえ」
「あ、ありがとう……ございます……?」
 ぎこちなく、曖昧に、英二が返す。ほんの少しまごついた変な空気を誤魔化すように、「よかったらお撮りしますよ」伊部が穏やかに言った。
「いいわね! せっかくだし、撮ってもらいましょ!」
 撮るのも撮られるのも日常である花のJK三人が身を寄せる。コナンは「僕おりる!」と足をばたつかせたが、悲しいかな桜の腕力には到底敵わなかった。猫の子よろしく抱えられたまま撮られて、しかし伊部は「いいね、学生って感じだ」と笑った。
「じゃ、お嬢さんはこのまま、ゲストと一枚、お願いしていいですか」
「あ、はーい」
 伊部の大人な対応に、学生達は、なるほど、園子の確保のためだったかと遅れて理解した。
 行ってくるね、と会場の奥の方へ行く園子を見送って、蘭はようやくひと心地着いた。
「私たちもそろそろ休憩しよっか」
「うん、そだね」
 二人の会話を受けて、桜がランサーとキャスターを見遣る。瞬いた男達は、さりげなく蘭との距離を詰め、安室と蘭の間に入った。
「じゃ、優男には悪いが、エスコートは任せてもらおうかね」
「えっ、」
 誘うように片目を瞑るランサーに、ちょっと頬を染める蘭。
 コナンは内心「エッ‼」と絶叫し、実際目を剥いた。
 差し出された腕にそっと指を沿わせる蘭に、コナンはジタバタもがいたが、悲しいかな桜の腕力には到底敵わなかった。安室とキャスターは、揃ってそっと顔を背け、頬が攣りそうになるのを全力で堪える羽目になった。
「あんたみたいな美人に会えるなら、日本まで十時間以上のフライトを堪えるのも悪くないな」
「え! そ、そんな……困ります……
「困る? ああ、恋人でもいるのか? 妬けるねえ」
「こ! いびとっていうか、その……
 いるだろ‼ 俺が‼ 工藤新一がコナンの中で絶叫する。
 しかし悲しいかな、桜の腕力には到底敵わないし、新一の声は蘭に届かないのである。何せ蘭の横にいるのはこれまた端正に整った顔としなやかに鍛えられた体躯を持つ、そんじょそこらの学生では文字通り歯の立たない、いい男であるので。
「えっと……そういうの、言われ慣れてないですし……
「ふうん? そいつは随分シャイな奴なんだな。あんたいい女だろ? 口説くには、いくら時間があっても足りなさそうだがね」
「!」
 今度こそ返す刀を失った蘭が、頬を染めて黙り込んでしまう。初心な様子に、ちょっとからかうだけのつもりだったランサーは、くすぐったい微笑ましさを通り越してなんだか面白くなってきてしまった。こどもは趣味ではないが、蘭は磨けば光るだろう原石に違いない。ランサーはこの手の勘を外したことがなかった。
「で、でも!」
 ようやく予備のメンタルを装備して立ち直った蘭がなんとか持ち直す。
「私、待ってる人がいるので!」
 きらきらした瞳で真っ直ぐ射抜かれて、ランサーは寸の間きょとんとした。
「───そうかい」
 そうしてやがて、ゆるりとその笑みを深める。蘭は先ほどまでの勢いはどこへやら、返されたランサーの表情に「は、はい、」とうつむきがちに頷くしかなかった。頬の赤いのがなかなかどこかへゆかない蘭は可愛らしく、ランサーは今回も自分の勘が外れていないことを確信した。我ながら相変わらずいい勘をしている───そのいい女にどうやら毎度の如く縁がなさそうなのは置いておくとして。
 ランサーがほんのちょっとだけ惜しむほどのいい女との縁を先んじて結んでいた男はと言えば、どう足掻いても振り解けない桜の拘束にぐったりとして、見た目ばかりはパーティに疲れてほとんど寝落ちそうになっている子供そのものだった。



 ホストであるパーティ主催者、そしてそのゲストを中心に、補佐役を務めた園子とゲストの連れが傍に並ぶ。伊部は何枚か写真を撮り、英二は三脚を用意したり、反射板を広げたりと、なかなかに忙しなかった。
 伊部が撮り始めると、他にも取材を申し込んでいた各社撮影班が次々にストロボを焚き、シャッター音を響かせる。やがて伊部が一通り撮り終えて礼を述べると、ホストとゲストが握手を交わし、それを皮切りに取材班達は蜘蛛の子を散らすように撤退し始めた。あっという間の動きに、英二も慌てて三脚を片付けようとする。
「、あ」
 どん、と何かに押されて、屈んでいた英二は思わずつんのめった。三脚に頼ろうとして、しかし折ってはいけないと咄嗟に思い直し、受け身の姿勢を取ろうとする。
 果たして、英二を受け止めたのは毛足の長い絨毯ではなく、さわり心地の良い背広の感触だった。
……大丈夫か?」
「あ……はい、大丈夫です、どうも……
 金髪碧眼のイケメンが自分を抱えて助け起こしている。英二は素直にびっくりして、オロオロ三脚を手繰り寄せた後、はたと思い出したかのように「ありがとう」と礼を言った。
「別に。あんたみたいな危なっかしいやつでもプロカメラマンのアシスタントが務まるなんて、驚いたけど」
……
 英二はちょっとムッとしたが、助けてくれた人の手前、特に反論は口に出さなかった。人が慌ただしく行き交う中で邪魔になるような姿勢をとっていたのは英二の方なのは事実であったし。
「初日だからね。次からは気をつけるさ」
「へえ。日本って何歳からバイトできるの? 十五歳?」
 遠回しにガキだと揶揄われた。こればっかりは英二も聞き逃せなくて、「僕、二十一歳だけど」はっきりつっけんどんに言ってやった。エ、と美青年が虚を突かれたかのように瞠目する。
「ホントに? マジで? 俺より年上? ミドルティーンじゃねえのか?」
「誰が中学生だッ」
 がおう、とがなる英二に、アッシュはケラケラ笑った。
「悪い悪い、謝るよ、えー、ミスター……
……英二。エイジ オクムラ。エイジでいいよ、君は?」
「アッシュだ」
「よろしく」
 握手を交わす。英二はチラリとホストとゲストの恰幅のいい外人の方を見やった。二人とその周囲はまだ歓談に話を咲かせているようだった。伊部も混じって、何やら受け答えをしているらしい。
「混ざんなくていいの?」
 アッシュは肩を竦めて見せた。様になるなあ、と英二はいっそ感心した。しかし、あれ、何か引っかかるな、とも思う。
「エイジこそ、仕事しなくていいのか?」
「サポートする人が喋ってるんじゃあね」
「そりゃそうか」
…………
……なに?」
 ふと、黒々とした丸い瞳にじっと見つめられて、アッシュは内心たじろいだ。吸い込まれてしまいそうなブラックアイは、アッシュにとっては珍しかった。気まずいのに視線を外せなくて、そうしているうちに、自分の何もかも、全てが見透かされるような居心地の悪ささえ感じた。
「きみ……
「なんだよ、」
 身構えるアッシュに対し、英二はいっそしみじみと言った。
「その格好、全然似合ってないね」
「───はっ?」
「、あ、ごめん。悪い意味じゃなくて」
「英ちゃん、そろそろ行こうか」
「あ、はい!」
 ポカンとするアッシュを他所に、伊部に呼ばれた英二は慌ただしく三脚を抱え直した。
「とにかく、ごめん! 気を悪くしないで。きみにはもっと似合う格好があるだろうなって思っただけ。それじゃ!」
 おい、と呼び止めるより先に、英二はあっという間に行ってしまう。アッシュは自分の丸くなった目を意識して戻すのに、何度か瞬きを繰り返さなければならなかった。
「あー……ミスターリンクス?」
「、なんでしょう」
 ハッとして、声のした方へ振り返る。少しだけ困ったような顔をした園子があちら、と主催者達の方を手で示した。
「ゴルツィネ氏が、そろそろお帰りになるって。それと……良かったらあなたにこの辺りを案内してあげて欲しいって言われたんだけど……
……それは……
 アッシュは寸の間、言葉に詰まった。
 ディノの意図は、大体の想像がつく。きっと日本有数の財閥とパイプを作っておけということなのだろう。しかし、タダでディノの指図通りに動くのは気が進まない。園子には悪いが、てきとうに理由をつけて遠回しに断ろうか、と思考を走らせるアッシュを、園子の「でも、正直、こういうのってめんどくさいわよね」ほんの少し悪戯っぽい声が遮った。
 園子の言葉が意外で瞬くアッシュに、園子はこっそり言葉を続けた。
「ゴルツィネ氏や他の人には、私の方からうまく言っておくわ。もしホントに暇だったら、週末にでも皆で遊びましょ」
 パチリ、園子が片目を瞑る。これ私の番号ね、それじゃあまた、と小さなカードを渡されて、アッシュがそれを自分の懐にしまう頃には、園子はさっさと蘭達のところに戻ってしまっていた。
……
 こういう時、大抵、集まる予定のはずだった『皆』は、当日様々な理由で参加を見送り、結果二人きりになる、なんてことが多い。アッシュが経験してきたのは、大体がそのパターンだった。けれども、アッシュはなんとなく、園子は本当に、『皆』を集めて来るんだろうという気しかしなかった。